空の女王と爆炎の女王
「クーデリカ。鏑矢飛ばして!」
「はい! 姫様!」
シャルロットの要請に、素早く反応するクーデリカ。返事と共に、センチュリオン侯爵家から借りうけた風魔法が付与された弓を手に取る。そして、鏑矢を宛がい弦を引き絞り、一気に解き放った。
解放された鏑矢は、甲高い音を立てながら弧を描いて戦場へと飛来する。
「姫様からの合図だ! 全員退けー!」
鏑矢の音を聞いたハミルトンから、騎士団へと命令が下される。
号令一過、騎士団は足早く戦場から離脱を試みた。同時に、周囲の林や民家から上空へと飛び立つ影があった。
そう、セイレーン達である。
空を駆けるセイレーン達は、ワイバーンを取り囲む様に円環状に展開する。そして、全員が同時に前方に魔方陣を展開した。
「「風葬槍!」」
力ある言葉が、事象を世界から切り離す。
穏やかな風が荒れ狂い、まるで巨大な矢の様にワイバーンへと襲いかかった。
襲いかかる荒ぶる風を、ワイバーン達は身をくねらせすんでの所でかわしてみせる。だが、それでも二体のワイバーンが風葬槍の直撃を受け、その巨体を地面へと落下させた。
「はーあ。ようやく出番かしらぁ」
地面に伏せるワイバーンを視界に捉え、一人の女性が戦場へと歩み出る。
艶やかな着物を着崩し、ぽっくり下駄をカタカタと鳴らしながら。槐である。
槐は、ワイバーンを前にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。そして、その右手をゆっくりと上げる。
「爆炎」
力ある言葉が、静かに告げられる。瞬間、豪と言う音と共に地面から火柱が上がりワイバーンを包み込む。
炎が消え去った時、ワイバーンの姿はどこにも無かった。
「凄い力ですね、あの月狐族」
離れた場所で、戦場を見るクーデリカがポツリと呟いた。
「ほんとよねぇ。強い魔力は感じてたけど、まさかあれほどとは」
それを聞いたシャルロットは、呆れたように返事を返した。
「あの方は、姫様とどの様な御関係で?」
クーデリカは、シャルロットに疑問を提示する。その文言は、素直な疑問の様に取れるのだが、クーデリカの纏う雰囲気は、旦那の浮気を疑う嫁のソレであった。
その問いかけに、シャルロットは僅かに考え答えを口にする。
「うーんと、友達」
実際には、直轄組織の子分となるのだが、そんな事を今言えば、ややこやしい事この上ない。だから、シャルロットが感じる関係を口にした。
「「風葬槍!」」
「爆炎」
セイレーン達と槐の連携によって、ワイバーンは見る見るうちにその数を減らして行った。
「■■■■■■■■!」
一際身体の大きいワイバーンが咆哮を上げた。その咆哮に鼓舞されたのか、他のワイバーン達の動きに変化が起こる。それまでバラバラに動いていたワイバーン達が、セイレーンの円環を破ろうと一点目掛けて攻撃を開始した。
「暴風葬!」
ワイバーンが、セイレーン達に襲いかかろうとした瞬間、上空から螺旋を描く風の槍が直撃した。
「「■■■■■■■■!」」
その鋭利な風は数体のワイバーンの身体を、バラバラに切り刻んだ。
「思ったよりもあっけないな」
遙か高みからワイバーンを見降ろしながら、詰まらなそうにまた子が呟く。
「「■■■■■■■■!」」
同族が消された事に激怒したのか、五体のワイバーンがまた子を標的とした。
だが、また子はそれに驚く事も臆する事も無く、ワイバーンを見つめていた。
いや、そうでは無い。また子の視線の先に居たのは、槐であった。
かなりの距離を持って邂逅する二人。
その二人が、同時に頷いた。
「暴風葬!」
力ある言葉に反応し、風が渦を巻く。
その荒々しい空気をその身に感じ、槐もまた力ある言葉を紡ぐ。
「暴爆炎!」
その言葉に呼応し、槐の頭上に現れた九つの火球は、お互い混じり合いながら上空へと登る。
世界の理から解き放たれた二つの暴力が、ワイバーン五体を上下から飲み込んだ。慟! と言う音と共に、二つの力はお互いを喰らい合い巨大な渦を巻く火柱と化す。
「オノレ、マモノヤアジンノブンザイデ」
リーダー格と思われる、身体の大きなワイバーンは、また子と槐を忌々しげな視線で交互見つめ言葉を紡ぐ。いや、ひねり出した。
「ふん。やはり主様の推測通り魔物モドキだったか。実に滑稽であるな」
また子は、ワイバーンの言葉を、軽くいなして見せる。
その余裕満々の態度に、ワイバーンは憤りを感じたのか僅かに表情を歪めた。
「キサマ、ワレヲブジョクスルカ……」
言葉と共に、ワイバーンは仲間を引き連れ翼を大きくはためかす。
大きく縦に輪を描く様に旋回するワイバーン達。
その行動を、目を細めて見つめるまた子。
ワイバーンは、上空からまた子目掛け一気に降下する。
その突撃を、僅かな身体の捻りで回避するまた子。空の女王、その名に恥じぬ身のこなしであった。
ワイバーンは何度も旋回し、それをまた子は何度もかわす。
好い加減に焦れて来たまた子は、地上に視線を向けた。それに気付き、槐は首を縦に振る。
ワイバーンが旋回し、降下して来る。それをかわすまた子。ワイバーンがまた子の横を通り過ぎた。刹那
「暴風葬!」
「暴爆炎!」
再び、二つの力ある言葉が世界を揺るがせた。
顕現する炎嵐。
その悪夢の顎は、ワイバーン全てを飲み込んだ。
「終わったのかしらぁ?」
槐は、地上から逆巻く炎を見上げながら呟いた。
瞬間
「■■■■■■■■!」
炎を突き破り、咆哮が響いた。
「ちっ! 頑丈なヤツめ」
「あらぁ、丈夫ねぇ」
その咆哮に、また子は悪態を付き、槐は呆れた声を漏らす。
身体にダメージを負いながらも、飛翔する一体のワイバーン。それは、あの一回り身体が大きいワイバーンであった。
また子は、自身の眷族達をグルリと見渡した。それだけでセイレーン達は、何を行えば良いのかを理解する。
全てのセイレーンは、羽をはばたかせ上空へと飛翔する。そして、また子を中心として円環を描いた。
「また子様、準備整いました!」
ニケがまた子に向け叫んだ。
その言葉に、また子は一度頷き両手を前へと突き出す。その動作と全く同じ構えを、他のセイレーン達も形作る
集団魔法。
セイレーン達の魔力が、中心のまた子へと集まって行く。
「喰らうが良い、醜悪なる者よ。悪魔葬送風!」
全ての空気が刃となり、大いなる息吹がワイバーンに吹きかかる。
「■■■■■■■■! ■■■■■■■■! ■■■■■■■■!」
何度かの絶叫と共に、ワイバーンは羽ばたきを止め落下して行く。だが、ワイバーンの瞳には、僅かに力が残っていた。
その事実を知るのは、一人の月狐族のみ。
「はーあ、生命力だけならドラゴン並ねぇ」
そう言って槐は、目を見開いた。そして、右人差し指で落下するワイバーンを指差す。
「九尾核炎爆」
言葉と共に、炎の球体がワイバーンを包み込んだ。
音も無く、熱も無く、重力すらも無い。
只、紅い球体が空中に浮かぶ
時間にして数秒、球体の消えた空にはセイレーン達だけが飛んでいた。




