ワイバーン
「良いか! 我らの目的は、ワイバーンの目をこちらに集中させる事にある! したがって、途中で動けなくなるなどの馬鹿な行動をとった者には、後々私自らが稽古を付けてやると思え! 解ったか!」
「「オウ!」」
領主邸の庭で、選抜された騎士達に対し、叱咤激励の声を上げるクーデリカ。そして、それを聞く騎士達も、誰一人臆する事無く声を返した。その声をクーデリカは満足げに聞く。
「良し! 準備が整った者から、乗馬!」
クーデリカの一言に、騎士達は一斉に荷物を手に持ち、兜をかぶると、割り当てられた馬の所へと走って行った。
「見事な物だ」
その様子を、領主邸の二階から見ていたアルバース侯爵は感嘆の声を漏らす。
「そうねぇ。でも聖騎士団の役割は囮役、上手く動いてくれれば良いけどねぇ。あんまりはしゃがれても困っちゃうわけだし」
あまりの勢いに、アルバースと共にクーデリカ達を見ていたシャルロットが呟いた。このシャルロットの言葉に、アルバースは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「姫様。槐殿、そしてセイレーン達が出立致しました」
背後からシャルロットに経過報告の声が掛る。
「そ。フレデリック兄様達も、昨夜出発したし……わたし達も行きましょうか、クロム」
そう言ってシャルロットは、声の主、クロムウェルに笑いかけた。
「後方での指揮だから、大丈夫だとは思うが、十分気を付けるんだよ、シャルロット」
心からの言葉をアルバースは口にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
領主邸から、時間にして半日程東へと馬で走った先にシャルロットは到着する。
その場には、先に出発していたクーデリカ達の手によって天幕が立てられていた。
「ごくろうさま」
気付かいの言葉を、天幕前に立つ騎士に言いながら、シャルロットは幕をくぐる。中には机が一体置いてあり、その両脇にクーデリカ、その部下であるハミルトンとフランソワの姿があった。
「みんな、ごくろうさま」
「「姫様!」」
シャルロットの姿を視界に収めた三人は、姿勢を正し敬礼のポーズで迎える。その姿勢を解く様にと、シャルロットは右手を軽く上げた。
「それで、準備の方はどう?」
そう問いかけるシャルロットに、現場責任者なのかフランソワが一歩前に出る。
「はっ。騎士団は、此処より東の地に天幕を張り、陣としております。客人である月狐族殿も、同陣地に居られます。セイレーン達は、ワイバーン出現の際の為に、近くの森に潜んでおります。もう間もなく、姫様の御指示通りに狼煙が上がる手筈となっております」
的確に、余計な話を挟まずフランソワは現状を伝える。
「姫様。一つ御聞きしたいのですが?」
これまで沈黙を守っていたクーデリカが、疑問の声を上げた。
「なに?」
この発言に、表情を変えず平然とした態度でシャルロットは答えた。それが普段通りの反応であるのか、クーデリカは不思議にも思わず自身の疑問を口にする。
「何故、狼煙を上げるのでしょうか? ワイバーンをおびき出す為と言うのは解るのですが――」
クーデリカの疑問に、シャルロットは短く“ああ”と前置きし、回答を口にした。
「ああ、その事ね。現状では、ワイバーン達はレギオン・モンスターと予想される? そうでしょ?」
シャルロットの口から、見えている現状が語られた。
クーデリカは、何を今さらと首を傾げる。同様に話を聞いていたハミルトン、フランソワもお互いに顔を見合せていた。
「わたしはね、それを確定させたいわけよ」
人差し指を立て、そう力説するのだが、いまいち要領を得なかった。
それを理解しているのか、シャルロットは返事を待たずに話を続ける。
「それでね、叔父様、アルバース侯爵の話だと、ワイバーン達は身体能力を試している様に思えたって言っていたでしょ? それなら人工的な何かを起こせば、そこに現れるんじゃ無いかって思ったわけよ」
立てていた人差し指を左右に振りながら、シャルロットは説明を終える。
だが、聞いていた三人は、いや、クロムウェルも含めて四人の表情は微妙な物であった。その表情を見、シャルロットはやれやれと首を振る。
「あのね、ワイバーン達は、最初領民を襲った。そして、次はセンチュリオン領の騎士隊と戦った。此処までは良い?」
シャルロットの問いかけに、四人は首を縦に振る。
「それじゃあ次に、ワイバーンが狙う獲物は何だと思う」
そう問われて、クーデリカは首を傾げた。解らない、と。
そんなクーデリカに、シャルロットは静かに近づくと
「アンタ達よ!」
クーデリカの額に指を突き付け宣言する。
「アンタ達、王国聖騎士隊。それがアイツらの標的よ!」
そう言って、クーデリカの額をパチンと弾いた。
「王国聖騎士隊。それがいる事を見せしめる為に狼煙を上げるの。大規模な狼煙なんて、軍隊しか使わないでしょ」
そう言って右目をパチンと閉じた。
「で、では、姫様。もしワイバーンが狼煙に引っ掛からなかったら?」
そう疑問を呈したのはハミルトン。
「野生種なんじゃないの?」
その疑問に、シャルロットはあっけらかんと答えるのであった。
………………
…………
……
シャルロットが到着して約四十分後、視界の先で大きな煙が空へと立ち上がっていた。
何所までも何所までも伸びるその煙は、大空へと吸い込まれて行く。
「どうなりますかね、姫様」
表情を硬くしながら、遠眼鏡を除くクーデリカ。
「さあねぇ」
方や対照に、表情柔らかなシャルロット。
この場に残っているのは、シャルロット、クーデリカ、クロムウェルの三人。ハミルトンとフランソワは、現場の指揮の為に前方の天幕へと向かって行った。
遠眼鏡で見るに、王国聖騎士団は大きく広く陣形を取っていた。
シャルロットは、その手に持つ遠眼鏡の角度を上方へと上げる。遠眼鏡越しのシャルロットの視線は、こちらに向かって来る幾つかの米粒程の影を見つけた。
「来た様ね」
静かにそう呟くシャルロットは、大きくなって行く影の数を数える。
「ひとーつ、ふたーつ、みっつ――二十! クーデリカ、ワイバーンの数は二十体、どう? あってる?」
「はい。全個体揃ってます!」
シャルロットの問いかけに、クーデリカは即座に答えを返した。
「来るぞ! 全員戦闘準備!」
「「オウ!」」
ハミルトンの指示に、騎士達は手に持った槍の穂先を、上空へと向けた。
「指示通り、三人一組で迎い討て!」
フランソワから、意志をしっかり持つ様にと指示が飛ぶ。流石は王国聖騎士団と言うべきか、騎士達は臆したりせず、ワイバーンを視界に収め槍を構える。
「うーむ。ペガサスを持って来るべきであったか?」
戦場を見つめるクーデリカから、悔いる様な言葉が漏れた。自分達も空を飛べれば、戦いを有利に運べると思っての事だろう。だが、そんなクーデリカを、半眼で見つめるシャルロット。
「姫様、どうか致しましたか?」
シャルロットの不審な行動に、クーデリカは首を傾げる。
「アンタね、ペガサスなんて、持ってきても何の役にも立たないわよ!」
そう言いきり、シャルロットは遠眼鏡を再び覗いた。
「姫様、それはどう言う――」
「あれを見てみなさいな」
シャルロットは、クーデリカの言葉を遮り、前方を指差す。クーデリカは、シャルロットの言う通り前方へと視線を移した。
「あ」
クーデリカの口から、小さな声が漏れる。
シャルロット達の視線の先、そこには五メートルは超えるであろう巨体とは思えぬ身のこなしで、空を駆けるワイバーンの姿があった。
「一体のワイバーンに、十頭のペガサスで挑めるならまだしも、今の騎士隊員の数じゃあ、ワイバーンの美味しい獲物よ」
シャルロットは表情を変えずに、悲痛な現実を突き付けるのだった。