作戦会議
「そうだ! 我らセイレーン、主様に忠誠を誓う者だ!」
また子は、誇り高くそう宣言した。
「そうか、姫様の。それで、その姫様はどこに居られるのだ!」
クーデリカは、忙しく左右に視線を走らせる。だが、シャルロットの姿を見つける事は出来なかった。
その理由は、また子の口から語られる。
「うむ。我らが主様の乗るペガサスは、速度が遅くてな、万が一があるかもと言う事で、我らが一足先に参上したと言う事だ。あと半日もあれば、我らが主様も到着するだろう」
また子は伝えるべき言葉を言い終わると、周囲をグルリと見渡した。
「ふむ、皆一様に疲れた表情をしておるではないか。警戒は我らに任せ、暫し休息を取ったらどうだ?」
セイレーン達の提案に、領主であるアルバースは喜んでこの言葉を受け入れた。
アルバースの了承を確認し、また子は空で旋回するセイレーン達に腕を上げ、降りる様にと指示を出す。その指示に従い、五十体ものセイレーンが、屋敷の屋根や塀の上に降り立つ。その光景は、まるでセイレーンによって、屋敷が占拠されている様な様相であった。
セイレーン達が屋敷の警備を行ってから一時間ほど、正門の辺りで揉める様な声が聞こえて来た。
「一体何が起こっているのだ」
「我らは、乞われて警備をしているのだ。キサマこそ何者だ!」
落ち着いた男の声に、喧嘩腰に反応するセイレーン。
声を聞くに、相対しているのはシーリィの様である。
「どうしたのだ!」
騒ぎを聞きつけ、クーデリカが間に入る。
何故か憤っているシーリィを下げ、押し問答の相手の顔を確認した。その瞬間、クーデリカの表情が凍りつく。
「こ、これはフレデリック様。民の避難誘導御苦労様でした」
クーデリカは直立の姿勢で、啓礼のポーズを取る。
クーデリカが敬意を示した相手。名は、フレデリック・ド・センチュリオン。歳は二十歳で、センチュリオン家の長男たる人物。そして、ヴァネッサと血の繋がった兄弟である。そしてイレーネとは、義理の兄弟となる。
「ああ、クーデリカ。君も御苦労さま。それで、説明して欲しいのだが」
フレデリックは、セイレーン達に視線を向けながら問いかける。
その言葉にクーデリカは一度頷き、フレデリックにこれまでの経緯を説明した。
「そうか、シャルロットが…………」
感慨深そうに空を見上げるフレデリック。
「それにしても、魔物を仲間にか。相変わらず行動が読めない娘だ」
そして、昔を懐かしむ様に笑うのだった。
「ありがとう。救援感謝する」
同時に、セイレーン達への礼も忘れないフレデリックであった。
………………
…………
……
「父上、フレデリック帰還致しました」
フレデリックはクーデリカを伴い、父であるアルバースの執務室の前で声を上げた。
「入れ」
その声に反応し、室内から入室の許可が下りる。
「失礼します」
言葉と共にドアを開け、フレデリックは執務室へと入室した。
「近隣の民の避難、無事終了致しました」
「そうか、ご苦労であった」
簡潔に報告を済ませるフレデリックに、慰労の言葉を掛けるアルバース。
「しかし父上、少々驚きましたよ」
抽象的な言葉と共に、フレデリックは苦笑いを浮かべる。その意味がわかったのであろう、アルバースも同様の表情を浮かべた。
「幼き頃から不思議な行動をする娘ではあったが、まさか魔物を配下に加え、空の守りとするとはな」
そう言ってアルバースはクツクツと笑う。
「本当に」
アルバースとフレデリックは、幼き日のシャルロットを思い出し笑い合う。
「アルバース叔父様も、フレデリック兄様も、人の子供の頃で遊ばないで下さいますか?」
突然の呼びかけに、二人は驚き声の主を探る。そこには、ドアを開け少し恥ずかしそうな表情のシャルロットが居た。
「おお、シャルロットではないか。遠い所、救援感謝する」
アルバースは、シャルロットの無作法に憤る事無く、今回の参戦に対して礼を言う。
「ここに来るまでに、あらかたの事はフランソワから聞いたんだけど、叔父様、詳しい内情を教えて頂けますか?」
そう言ってシャルロットは、ソファーへと腰を沈める。
そして、シャルロットが口にしたフランソワと言う名前。その人物は、クーデリカを支える二人の副隊長の一人であり、清楚な見た目と蒼みがかった黒髪が美しい女性である。
「うむ、そうだな。まずはどこから話すべきか」
そう言ってアルバースは、執務机を離れ、シャルロットの正面に腰を下した。
アルバースに、ワイバーン襲来の一報が届いたのは、二十日程前だと言う。
すぐさま領内の騎士隊を派遣し、事実の確認を行ったのだと言う。幾ら完全武装の騎士隊と言っても、空を自由に飛ぶワイバーンに敵うはずも無く、多くの負傷者が出た。
その報告を聞いたアルバースは、すぐさま王城と連絡を取り、クーデリカ達王国聖騎士団の派遣を要請した。
領民達は、比較的強固な建物へと避難させ、その指揮をフレデリックが執ったのだと言う。
その避難誘導の中で、判明した事柄は、ワイバーン達が食料を求めての行動では無い、と言う事だった。ワイバーン達の行動は、まるで自身の身体能力を図る様な動きであり、領民に対しては、まるでいたぶる様に対応していたのだと言う。その知性がある様な動きに、先のカーディナル領に出現したと言うビホルダーの事象を加味し、レギオン・モンスターの可能性を王城へと上げたのだ。
そして、現在に至る、と言う事だった。
「なるほどねぇー」
話を聞き終え、シャルロットは理解したとの言葉を漏らす。
「シャルロット。お前なら、どう言う手を打つ?」
アルバースは、今後の展開をシャルロットに問う。
シャルロットは天井を見上げ、暫しの間考えを纏めた。
「そうねぇ、長期戦は避けたいところよねぇ。畑の被害や、領民の疲弊を考えれば」
「……そうだな」
シャルロットの言葉に、アルバースは同意の言葉を漏らす。
周りを見れば、フレデリック、クーデリカも頷いていた。
皆考えている事は同じなのだ。
「ロックフェル伯爵、いや、元伯爵、か。彼の者なら、どう言った作戦を立てるのか?」
アルバースが、昔を思い出す様にロックフェル老の名前を口にする。その名を聞いた瞬間、シャルロットは苦虫を潰した様な表情を浮かべた。
「なに? 叔父様、わたしに指揮を取れって言うの?」
「そこまでは言わんよ。只、案を出して欲しくてね」
シャルロットの突っ込みに、アルバースはニヤリと笑う。つまりは、そう言う事なのである。
シャルロットは大きく溜息を吐くと、今回の作戦を口にする。
「フレデリック兄様。兄様は、ヴァネッサとイレーネと共に、騎士隊を伴って領民の警護をお願いします」
「姉上達とか? 解った、引きうけた」
シャルロットの指示に、フレデリックは大きく頷いた。
「叔父様は、此処で全体の指揮をお願いします。援軍の要請があれば、その都度御屋敷に残っている騎士隊を派遣して下さい」
「ああ、任された」
アルバースには、総司令官を頼んだ。
「クーデリカ。アンタの所の、特に体力がある人達、三十人くらい選んで貸してちょうだい。得物は槍」
「畏まりました」
クーデリカは首を傾げながらも、シャルロットの命令を受領する。
「決戦は明日。今日は良く休んで下さい」
そう言って、シャルロットは作戦会議を終了した。




