もたらされた凶報
「主様。何者かが上空を旋回しております」
開け放たれた窓から顔を覗かせ、ドリアードのサフィアがシャルロットに報告を入れる。
「上空? セイレーンじゃないの?」
書類から目を外し、シャルロットはサフィアへと問いかけた。
「いえ、旋回しているのは、ペガサスのようですが……」
「うん? どうしたの?」
歯切れの悪いサフィアに、シャルロットは理由を尋ねる。
「どうやら、人が乗っている様なのです」
サフィアの言葉を聞き、シャルロットは僅かに逡巡するが、すぐに結論を出す。
「わかった。すぐに行くわ」
言うや否や、シャルロットは外へと駆け出した。
………………
…………
……
急ぎ外へと出たシャルロットは、上空を見つめる。
そこには、サフィアが行った通りペガサスの姿があった。
だが、それだけでは無い。四頭のヒポグリフに釣られた籠も、上空を旋回していた。
「空馬車? それにあれは……」
空馬車、それは前出の通り、ヒポグリフに釣られた籠である。貴族、それも王族クラスの重鎮が、素早く移動する為に使われる交通手段だ。
それに加えてもう一つ。ペガサスに掛けられた前垂れ。そこには、クリスタニア王国の国旗が刺繍されていた。
「サフィア、結界の通行許可を。アレは味方よ」
「畏まりました、主様」
言葉と共に、ドリアード四姉妹は、円を描く様に手を繋ぐ。瞬間、屋敷を覆う結界が僅かな輝きを放つ。
「通り抜けできます」
サフィアが頭を下げながら、シャルロットへと完了を告げた。
その言葉を聞き、シャルロットはペガサスへと手を振る。
その意味を理解したのか、ペガサスはゆっくりと降下して来た。地面に降り立ったペガサスの背から一人の騎士が素早く降り、シャルロットに向け膝を付く。
「いきなりの来領、失礼いたします」
そう口上を上げるのは、王国聖騎士団第一班の副団長を務めるハミルトン・セーレンハイズであった。
以前、巨大ワームの件で、カーディナルを訪れた騎士、と言えば分るだろうか? 茶色のショートヘアを汗で濡らし、どこか疲れた様な表情は、強行軍で此処まで来たのが有々と解った。
「どうしたの、ハミルトン。そんなに急いで」
何か良からぬ事が起きた事は、ハミルトンの姿から想像出来る。だが、何が起きたのかを確認するまでは、焦るべきでは無い。そう判断したシャルロットは、努めて普通に対応する。
「はい。センチュリオン侯爵領に、ワイバーンが現れました。その数二十。レギオン・モンスターの可能性が高い為、早急に姫殿下には王宮へとお戻り頂きたく参上致しました」
ハミルトンは、矢継ぎ早に今回の来領の理由を口にする。それも、決して見過ごせないレベルの理由を。
自分を姫殿下と呼ぶハミルトン。この焦り様から見るに、事はそうとう切羽詰っていると思われる。
それに場所が問題なのである。事が起こったセンチュリオン侯爵領。そこは、ヴァネッサとイレーネの父、センチュリオン侯爵が治める地であり、シャルロットが幼少期を過ごした、第二の故郷と言える土地なのである。
急ぎシャルロットは今回の人員を精査する。
空馬車に乗れるのは四名。そして、ハミルトンの後ろに一名。合計五名が今回の派遣メンバーである。ならば、何も迷う事は無い。何時もの面子で出れば良いのである。それに、空での戦いとなれば、打って付けの者達がいるのだ。
シャルロットは、領主邸の玄関目指し駆け出すと、執事長のアキリーズを呼び出す。
「御呼びで御座いましょうか?」
シャルロットの焦った様な声色に、アキリーズは即座に姿を現した。
「テターニアを呼んで来てちょうだい。敵はワイバーン、完全装備でって」
「畏まりました」
言葉と共に、アキリーズは馬屋へと歩を向けた。
「ヴァネッサ! イレーネ! クロム!」
その呼びかけに、何事かと顔を覗かせていた三人は、すぐにシャルロット前へと現れる。
「事変が起こったわ。センチュリオン侯爵領まで向かうわよ。テターニアが到着したら、すぐ出発するから用意して。それと、ムートアさんに、お茶と何か甘い物の用意をと言付けて。応接室にいるからって」
「「畏まりました」」
三人は、アキリーズと同様すぐさま行動を開始した。
「ハミルトン、少し休みなさい」
伝達を終え、ハミルトンへと振り返ったシャルロットはそう言って屋敷へと導いた。
………………
…………
……
「そう、いきなりワイバーンは現れたのね」
「はい。方向的には帝国領の方からです」
シャルロットは、ハミルトンを伴い応接室に腰を下ろし、ハミルトンの回復を行うと共に細かな情報を聞いていた。
「帝国方面かぁ。でも、帝国とセンチュリオン領の間には、デルヘルト山があるわ。三千メートル級の山を越えて来たとは思えないわねぇ」
そう、帝国とクリスタニア王国を隔てる二つの壁。街道を挟み、北にはエルマリア山脈が連なり、南にはデルヘルト山が行く手を阻む。
「はい。王都での判断も同じでありました。それに、アイス種以外のドラゴン種達の生息地は、確か法国よりも南であったと記憶しております」
「そうなのよねぇ。ちなみに聞くけど、現れたワイバーンは、アイスワイバーンでは無いのよね」
「はい。ブレスは確認されておりません」
大陸に生息するワイバーンは二種。
一種は通常ワイバーンと呼ばれる種類。もう一つは変異種、もしくは上位種と思われるアイスワイバーン。ドラゴンに近い種と思われ、通常のワイバーンと比べると、身体が小さくブレスも吐くのである。
だが、ハミルトンの言葉では、ブレスは確認されていないと言う。そして、ハミルトンはこう続きを語った。
「どうやら、ワイバーンは獲物として人々を狩るのでは無く、殺す事を目的にしている様なのです」
「殺す事を目的に? そう、だから王国はそのワイバーンをレギオン・モンスターかもしれないと言ったのね」
「はい」
それと同時に、ハミルトンはワイバーン達の連携が巧みであったという報告を聞いたと語った
竜達が、連携して得物を狙う。そう言った話は良く聞く事であった。だが、それは本能的に連携するのであって思考から来る物では無いと言われている。
剃刀の様に余分な部分を削り取って行った結果、出された答えがレギオン・モンスター。その結論に、シャルロットは否を唱える事は無かった。自身も同様の結論を下したからだ。
「それで、今センチュリオン領はどうなっているの?」
「はい。センチュリオン侯爵閣下の御長男、フレデリック様の指揮の下、侯爵領の騎士隊が民の避難に動いているそうです。同時に、クーデリカ隊長を筆頭に、王国聖騎士隊が侯爵領へと向かいました」
「そう。最悪の結果は避けられているのね」
「はい」
シャルロットは、ほっと胸を撫で下す。住民が虐殺に会い、すでに手遅れと言う事態は避けられているのだから。
だが、相手はレギオン・ワイバーン。それも二十体。巨大ワームの事でも解ったが、レギオン・モンスターに対して通常の集団では意味を成さないのだ。
「空への攻撃の集団は?」
「王宮魔術師達と、弓矢になります」
ハミルトンの説明を聞いて、シャルロットは確信した。足止めがせいぜいの布陣である、と
しかし、セイレーンが仲間になっていてくれて助かった。そう思い、シャルロットは大きく息を吐いた。
その時、応接室のドアがノックされた。
「誰?」
僅かな苛立ちと共に、シャルロットはドアへと声を掛けた。
カチャリと言う軽い音を立て、ドアが開かれ一人の人物が現れた。
「やっほー。何だか、困った事になってるらしいわねぇ、シャルちゃん」
麦穂の様な明るい髪色。その頭部から延びる、とんがった獣耳。纏った着物の裾から見える、膨らんだ尻尾。
槐であった。




