さようなら、お馬鹿さん
カーディナルの西側に居座る荒くれ者集団の長、ザックは憤慨していた。報告をして来る手下たちを殴り、蹴り、罵詈雑言を投げつける。
「何で金が集まらねぇんだよ!」
言葉と共にテーブルを蹴り上げ、その衝撃で上に乗っていたワイン瓶が落下し割れる音が響く。
「ボ、ボス、落ち着いてくだせえよ」
手下その一が何とかなだめ様と言葉を掛ける。
「うるせえ! 一体どうなっていやがるんだ!」
「いやあ、それがですねボス」
手下その二が経緯を語る。
手下二号、シャルロット的に言えば、西のお馬鹿さん二号の言葉は、簡単に言えばこうである。
西のお馬鹿さん達は、街にみかじめ料を貰いに行きました。
しかし、商店の方達は暗い顔をしてこう言いました。
「あんた達に払う金は無いよ」
西のお馬鹿さん達は怒りました。激おこです。
しかし、善良な商店の御爺さんは、さらに表情を暗くして言いました。
「もう、全部払っちまったよ」
西のお馬鹿さん達は、言葉の意味が解りませんでした。
なにせお馬鹿さんですから。
だから素直に聞きました。
誰に払ったんだと。
この問いに、善良な商店の御爺さんは答えます。
「解るだろう?」
と。
やっとの事で、西のお馬鹿さん達は気付きます。
東のお馬鹿さん達が全部持って行ったのだと。
西のお馬鹿さん達のボスであるザックは、さらに怒りのボルテージを上げる。
ザックは手下三号を呼び、使者として東のお馬鹿さんの所へ話を聞きに行くよう指示を出す。
しかし、これが悪手であった。
肝心な事を気付けずにいたのだ。
幾らお馬鹿さんの中でリーダーをやれるザックであっても、実質はお馬鹿さんなのである。そして、話し合いに向かった先の方達も、やはりお馬鹿さんなのだ。
暫くの時間が経過し帰って来た手下三号は、見事なまでにボロボロであった。
服は引きちぎられ、体の痣は数知れず。
ザックは怒り狂い、東との全面戦争を決意する。
東のお馬鹿さんと西のお馬鹿さん。
二つのお馬鹿さんが激突する。
街中で出会えば殴り合いとなり、何人ものお馬鹿さん達の命が散っていった。
僅かに知性のある者が指揮をしていれば回避出来た戦いであった。なにせ、東が手下三号をボッコボコにした理由も、西と同じであったからだ。
「解るだろう?」
善良な店主達が言ったこの言葉を、同様に解釈し、同様に回答を導きだしたのである。
十日もすると、元気なお馬鹿さんの達の数は十分の一程まで減っていた。
執務室でその報告を聞いたシャルロットの口が邪悪に歪む。
「そろそろね」
言葉短く立ち上がり、最終清掃の準備に取りかかるのだった。
廊下を歩くシャルロットの後ろに、自然に二人のメイドが付き添う。
「ヴァネッサ、イレーネ。掃除の時間よ!」
「「畏まりました、姫様!」」
ヴァネッサが馬車を駆り、街へと進む。
そして、到着した場所には、西と東のお馬鹿さん達が集合していた。
御互い得物を手に、罵詈雑言を投げつけ合う。
ヴァネッサ同様御者台に乗っていたイレーネが素早く降り、馬車のドアを開ける。
すかさずシャルロットは大地に足を付け周囲に視線を巡らせた。
今、自分の目の前にある光景、それが思い描いたままであった事にシャルロットは満足げな笑みを漏らす。そして、掌をパンパンと二度叩き、お馬鹿さん達の注目を集めた。
「はいはーい。ちゅーもくー」
「誰だ、オメェは!」
お馬鹿さんの一人が声を上げる。
だが、シャルロットは怯みもえず、名乗りを上げた。
「私は、この地、カーディナルの領主、シャルロット・デュ・カーディナルと申します。的確に申しますと、あなた方の敵です。御解り? お馬鹿さん達」
言って、少女は笑みを浮かべる。
しかし、この馬鹿げた口上は、お馬鹿さん達の頭に火を注ぐ。
「こ、こんのぉ、ガキがぁ!」
「舐めやがって!」
「ブチ殺してやる!」
お馬鹿さん達の敵意がシャルロットに向けられる。
「ヴァネッサ。イレーネ」
名を呼ばれ、二人のメイドは一歩前へ、シャルロットを庇う様に位置する。
「「姫様。御指示を」」
二人の声が重なる。
「とーぜん、殲滅よ」
「「畏まりました」」
言葉と共に、二人はさらに一歩踏み出す。
「お馬鹿さんの皆様。誠に勝手ながら、私共二人で御相手させて頂きます」
ヴァネッサが事実のみを告げる。
しかし、このクールな対応が、お馬鹿さん達に、さらにガソリンをくべる事になった。
「女二人で何を言ってやがる!」
「でけえオッパイぶら下げて、俺達が遊んでやるぜ!」
「ははっ! 何人まで正気を保てるかな!」
お馬鹿さん達の暴言に
「ゲスが」
言葉と共にイレーネの奥歯がギリリと鳴る。
「イレーネ。冷静に」
「解っているわ、ヴァネッサ」
「では」
「ええ」
「「失礼致します」」
二人が頭を下げる。
そして
「ヘラクレス。行きますよ」
「アタランテ。来なさい」
力ある言葉を紡ぐ。
言葉によって二人の前の空間が、水の波紋の様に歪む。そして、そこから生み出される様に、二冊の本が現れる。
現れたグリモアは一瞬にしてその姿を光の球体へと変え、ヴァネッサとイレーネの身体に吸い込まれた。
その瞬間、魔道の本流、とも言える力が二人から溢れ出す。
その力は徐々に集約して行き、二人の身体の一部に集中する。
ヴァネッサは、黒曜石の輝きを放つガントレットに。
イレーネは、エメラルド色のグリーブに。
「行きましょうか」
「ええ。ヴァネッサ」
言葉と共に、ヴァネッサはゆっくりと歩を進め、イレーネはその姿を消した。
いや、消したのでは無い。そのスピードゆえ消えた様に見えたのだった。
ヴァネッサの前方で悲鳴が聞こえる。
イレーネが戦闘を開始したのだ。
それを確信し、ヴァネッサはお馬鹿さん達と向き合う。
そして、足を踏みしめ拳で大地を穿つ。
「てぇい!」
叩きつけられた拳は、大地を割り、その破片をまき散らす。槇散らかされた破片は弾丸となり、お馬鹿さん達に降り注いだ。
「なかなか派手にやっているようですね、ヴァネッサは。こちらも負けてはいられません」
イレーネは微笑みを湛え、お馬鹿さん達と邂逅する。
剣をかわし、足へ、腹へ、その首筋へと蹴りを放つ。
最早圧倒的であった。
二人の魔道の前に、お馬鹿さん達は一人、また一人と意識を刈り取られて行く。
「魔道使いか。面白いやんけ」
小さな路地に身を隠すようにした男が、ポツリと呟いた。
魔道使い。この世界において、魔術を行使する者の総称である。
見る見る間にお馬鹿さん達は数を減らし、最後には全員地面で横になっていた。
そして、その中で威風堂々と立つ全く疲れを感じさせないメイドが二人。
「終わったようね。はいはーい、皆さん出てきてくださーい。終りましたよー!」
声を上げ、街の者達を呼び寄せる。
その声に呼応して、住民達が姿を現した。
「ホントに、やっちまった」
「凄い。こんなに簡単に……」
住民達は口々に感嘆の言葉を漏らす。
だが、シャルロットの反応は淡白な物だった。
「違うわよ。このお馬鹿さん達が、私の想像通りのお馬鹿さんだっただけ」
「「はぁ?」」
住民達はあっけに取られる。
「大体ねぇ、少しでも喧嘩の手を休めて、情報のすり合わせをすれば解るでしょうに。相手がみかじめ料をかすめ取っていない事が。でしょ」
言われれば、確かにそうである。
改めて住人達は思う。
なんて馬鹿な連中なんだろう、と。
その後、シャルロットの指揮でお馬鹿さん達は全員、手枷、足枷を付けられ、街の外れにある流刑所に収監された。
「それでなのですが、領主様」
老人の一人がシャルロットに声を掛ける。
それに対し、シャルロットは笑顔で答えた。
「あ奴らの処遇は、如何致しましょうか?」
老人は、今後の対策が聞きたいらしい。
ならば、とシャルロットは考えていた提案を披露する。
「売ります」
「「は?」」
住人達から声が漏れた。
「知り合いの奴隷商を通じて、一番質の悪い奴隷商に売っぱらいます」
「は、はあ」
「それでもって、売却額を皆さんで均等分けして下さい。私に出来る事はこれくらいです」
何事も無く言うシャルロットだが、僅かにでも奪われた金子が戻って来るのだ。
住民達の頭は自然に下がる。
そして、シャルロットの領主としての信頼も、僅かに上昇したのだった。
シャルロットは現在居る住民の中から、年若い青年数名を選び、監守とした。
その者達に、お馬鹿さん達に与える食事の日程、回数、水の量など事細かに指示を出した。
これは、お馬鹿さん達を生かさず殺さず、精神的に疲弊させ、暴れる事を諦めさせる処置である。
残る仕事は、知り合いの奴隷商、クレメンスへの連絡のみ。手紙を書くため、シャルロットは住民達に言葉を掛け、馬車へと乗り込んだ。
馬車は滑る様に発進し、ほどなくして領主館へと到着する。
玄関前には、アキリーズが待機しており、馬車、及び馬の収納は彼が行うとの事であった。
シャルロットは、礼の言葉を掛け、ヴァネッサ、イレーネと共にドアをくぐる。バタン! と言うドアが閉まる音が響く。
その瞬間、シャルロットの両腕が左右から拘束された。
「え?」
シャルロッから驚きの声が上がる。
しかし、拘束した二人のメイドは、その声を意にも解さずシャルロットを持ち上げ連行した。
シャルロットが連れて行かれた部屋。それは、彼女自身の部屋だった。
部屋に到着すると、静かに、優しく二人のメイドはシャルロットを解放する。
そして、自らのメイド服に手を掛けた。
衣ずれの音と共に、二人の瑞々しい身体が解放される。
それと同時に、表情は淫靡な物へと変化しシャルロットの唇を奪った。
反動。
魔道使いが必ず陥るとされる後遺症である。
魔道使いが魔道を行使し終えると、対価として僅かにだが生命力をグリモアに吸収される。その出来事を身体が感じ、種族維持本能のスイッチが入るらしい。よって、魔道使いは、魔道の行使の後発情するのだと。
二人の興奮が終息した頃、シャルロットの部屋には朝日が差し込んでいた。