着工
「彼女達の答えはどうだった?」
カーディナルの領主邸に帰る馬車の中、シャルロットはテターニアに問いかけた。
質問の中身は、そう、セイレーン達の住処の事である。
「その事なんだが、彼女らの望みは一つだけだった」
「それは?」
テターニアの言葉に、シャルロットは興味を示す。他に目を移してみれば、ヴァネッサやイレーネも同様の反応を見せていた。
「ああ、それは高さだ」
「高さ?」
「何でも、ロックフェル邸の屋根くらいの高さが望ましいと言っていた」
ロックフェル邸の屋根と言うと、おおよそビルの三階程になる。そして、セイレーンの数は、おおよそ五十体。
四階建てにして、一つの建物に二十体弱のセイレーンを住まわせても、建物が三つは必要になる。
それだけの工事の人足を、どこから集めれば良い物か? シャルロットは頭が痛くなる思いであった。
そもそも、何故セイレーン達は、高い所に住みたいのだろうか? そんな根源的な疑問に襲われ、シャルロットはテターニアに問いかける。
「ねえ、なんでセイレーン達は、高い所に住みたがるの?」
「ああ、それか。何でも彼女らは、風に乗って飛ぶのが楽で早いらしい。風魔法で補助をして、地上から飛び立つ事も出来るのだが、非常に疲れると言っていた」
つまりは、セイレーンと言う種は、空を飛ぶには、体重があり過ぎると言う事なのだろう。だから、高い所から飛び降りて、風に乗るのが楽だと言うのだ。
彼女らが、高い所に住みたいと言う訳は解った。残るは人足の問題である。
しかしこの問題は、あっさりと解決する事になった。ヒムロが持っていた情報によって。
「姫様。人足の問題ならば、解決するかもしれません」
「どう言う事?」
シャルロットの問いかけに、ヒムロはロックフェル老から聞いた話ですが、と前置きを言ってから語り出す。
「今、北のバーゲンミット公国からオークが出稼ぎに来ているそうなんです。それらを雇ってみてはどうでしょうか? 現在、ロックフェルの中心辺りの山に陣を敷いて、間伐の作業をしているそうですし、その間伐材と共にカーディナルに来てもらって、建築作業に従事して貰えば」
そう言われて、シャルロットは思い出した。
バーゲンミット公国の冬は非常に厳しい。山や平地は雪に覆われ、川や湖は氷に閉ざされる。
だが、そこに住まう者達は生きて行かねばならない。その結果、山の間伐作業や、川の浚渫工事などに従事する為に、出稼ぎに来るのである。
「良い考えね。領主邸に戻ったら、さっそくクソ爺に手紙をだすわ」
「ええ。それが宜しいかと」
そう言ってヒムロは笑顔を浮かべた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロックフェルから帰ってきてから二ヶ月が過ぎた。
そして現在、シャルロットは水車小屋があった空き地で、客の来訪を心待ちにしていた。
昼が僅かに過ぎた頃、その者達は現れた。十本の木材を三角形に積み、その木材に、直接車輪を付けた奇妙な大八車を引きながら。
そう、オーク達である。
オーク達は、少し離れた場所で立ち止まり、その中からリーダーと思しき一体が、シャルロットに向け歩いて来た。
「あなた様が領主様で?」
二メートルを超える体躯を縮こませ、オークが問いかけて来た。
その巨体に怯える事も無く、シャルロットは悠然と相対する。
「ええ、そうよ。今日は、確認作業だけだから、責任者だけ残ってくれれば良いわ。残りの方達は、宿舎の方に案内するから。シブヤ!」
「へい」
名を呼ばれ、シブヤは一歩前に出る。
「案内お願いできる?」
「へい。お任せを」
シャルロットの問いかけに、瞬時に反応するシブヤ。気持の良い返事を返し、すぐにシブヤはオーク達の下へと向かって行った。
シブヤを見送り、シャルロットは再びオークのリーダーへと視線を戻す。
「結構な多階層建築になるんだけど、出来るかしら?」
この問いかけに、オークのリーダーは、一も二も無く頷いた。
なんでもオークは、種族固有の能力で土の魔法が使えるとの事。土の魔法、言いかえれば造形魔法だ。
木材を柱に、土で壁を造り、魔法で強化する。そうすれば、かなりの多階層建築でも出来るとの事であった。
この発言には、シャルロットと一緒に来ていた大工の棟梁も驚きを顕にしていた。オークが、そう言う事を出来ると言う事は知ってはいたが、まさか此処までとは思わなかったらしい。
「すごいわね」
シャルロットの素直な賛辞に、オークのリーダーは嬉しそうに表情を緩めた。
御互いが挨拶を交し、シャルロットはこの場を頭領に任せ場を後にする事にした。
………………
…………
……
「ただいまー」
シャルロットは扉を開け、帰宅を告げる。その声に反応し、すぐにヴァネッサが顔を出した。
「あら姫様、お帰りなさいませ。で、どうでしたか?」
話のノリからして、ヴァネッサもオークの事が気になっていた様である。
「なかなか優秀な種族みたいね。その内、カーディナルの土木ギルドが、オークを雇いたいとか言い出しそうよ」
「そんなにでありますか?」
「ええ。優秀な種族って、オークみたいな方達を言うのねぇ」
そんな一日の出来事を語りながら、二人は食堂へと向かって行った。
………………
…………
……
オーク達が到着した次の日の昼頃、書類仕事を済ませたシャルロットは、再び現場の視察に来ていた。
「おお! 基礎が出来てるじゃない」
たった半日で基礎工事が終了している現状を見て、シャルロットは驚きの声を上げる。その声が聞こえたのか、大工の棟梁とオークリーダーが近付いて来た。
「これは領主様。視察ですかい?」
棟梁は顎髭を撫でながら、冗談交じりに問いかけて来た。
「視察? そんな良い物じゃないわよ。今のわたしは、ただの野次馬よ」
「はっはっは、これは面白い領主様だ」
シャルロットの答えに、オークリーダーは声を上げて大笑いした。横を見れば、棟梁も同じ様に笑っていた。
「しかし領主様、基礎工事が済んだと言っても、まだ一軒分。先は長い、と言えますわ」
顎髭を撫でながら、棟梁は出来上がった基礎部分を見つめた。そして、僅かに遅れて首を傾げた。
「どうしたの?」
シャルロットが不思議そうに尋ねた。
「いや、今日は見物人が多いな、と」
そう言って棟梁は対岸を指差した。その指を伝う様に、シャルロットは視線を対岸へと持って行く。
そこには、棟梁が言う様に見学者が居た。興味深げに、働くオークを見つめる者達が。
その数は五体。水面から半身を出した、マーメイド達。
シャルロットは、マーメイド達へと手招きする。こっち来い、と。
マーメイド達は、シャルロットのその行動を見つけ、急々と近付いて来た。
シャルロットはマーメイド達の顔を見つめた。そして、その中に見知った顔があるのに気付いた。
「あれ、えーと、アクアだったかしら? どうしたの?」
「何を創っているのですか?」
シャルロットの問いかけに、アクアは邪気の無い笑顔で疑問を口にする。
どうしようかと思ったが、シャルロットは包み隠さず事情を語った。
話が進むにつれ、マーメイド達の表情が恨めしい物へと変化していく。
「「ずるい! セイレーン達だけ、ずるい!」」
最後には、こんな事を言い出すマーメイド達。シャルロットは、こめかみを掻きながら、どうした物かと頭を悩ませる。
「なあ、領主様」
悩んでいるシャルロットに、棟梁が話かけた。
「なに?」
声に引かれる様に、シャルロットの視線は頭領に向けられる。
「このお嬢さんの言う事なんだけどよぉ。一階、二階が開いているんだから、住むならそこに住めば良いんじゃねえか? まだ、基礎段階だからよぉ、変更も可能なんだが」
天啓である。
ここからシャルロットの行動は早かった。オーク達に休憩の号令を出すと、オークリーダーを呼び寄せる。
「この子達も、ここに住む事になったから、希望を聞いてあげてね」
正しくプロに丸投げするシャルロットであった。




