報告と相談
シャルロットに下ったセイレーン達五十体は山を降り、一時的にはロックフェル邸で暮らす事になった。衣類はすぐに用意出来ない為、現在はシーツを利用して、チューブトップブラとパレオの様な巻きスカートを着用している。
「何とかなったわね」
貴賓室で、ソファーにどっかりと腰を下したシャルロットが呟いた。
「ええ。ああも簡単に、セイレーン達が下るとは」
シャルロットの横で、ティーカップに紅茶を注ぎながらイレーネが答える。反対側に控えるヴァネッサの表情を見るに、イレーネと同意見である事が伺えた。
「それは当然だろう」
皆の疑問に答える様に、シャルロットの正面に腰を降ろすテターニアが口を開いた。
「我らには、ビクトーリア様の配下、十二氏族としての誇りがある。それは、ビクトーリア様の名代である姫様にも適用される忠誠なのだ」
「でもさぁ、わたしはビクトーリア本人じゃ無い訳だし……」
テターニアの言葉に、どうにも納得出来ないシャルロットは疑問を呈した。
「本人かどうかなど関係は無い。我らは、その力に従っているのだから」
テターニアの言葉を、シャルロットは何となくだが理解出来た。
彼女達が考える、魔女の存在とは何か? それが根本から違っていたのだ。
テターニアが言う十二氏族の考えでは、魔女とは力その物なのだ。光の力はビクトーリアを示し、停滞の力、冷気はアーバレンを指し、加速、炎はローラを指す。つまりは、ビクトーリアの力を行使出来るシャルロットは、ビクトーリアその人なのだと言う考えなのだ。
「それで、あなたから見て、セイレーン達の強さはどれくらい?」
シャルロットは素直に、テターニアへと問いかける。
「どうだろう? 直接戦ってみた訳では無いから、良くは解らん。だが、あの白いセイレーンは相当の強さのはずだ」
テターニアは、自信をもって断言した。だが、どうにも話が見えないシャルロットは、首をかしげる。
「うむ。姫様は人間だから解らないだろうが、私やまた子などの白き者は、生き残るだけでも大変な事なのだ」
何て事無い様に言葉を綴るテターニアだが、実際には途方も無い確率の中での事である。
人であろうが魔物であろうが、成体で誕生する事は決して無い。魔法生物などの例外を除き、幼い時期は必ずあるのだ。
その中で、街中で暮らさない者達、亜人であったり魔物であったりは、必ず敵が存在する。そんな敵が徘徊する中で、テターニアの様なアルビノが居たらどうなるのか? 答えは簡単、非常に目立つのだ。闇に紛れても、草に身を隠しても、白い身体は非常に目立ち、一番のターゲットにされる。
では、それを回避する方法はと問われれば、答えは一つしか無い。そう、早急に強くなる事である。
そして、成体になるまで死ぬ事が無かったアルビノの者の強さは、推して知るべしだとテターニアは語る。
「そうよねぇ。あんたもサイレンも、一族を纏めるまでになっているんだものね」
テターニアの話を聞き、シャルロットは納得の意をしめした。その言葉に満足したのか、テターニアは花が咲いた様な可憐な笑顔を浮かべるのであった。
「姫様。彼女達の住居はどう居たしましょうか?」
話が終わった事を確認し、ヴァネッサが新たな議題を口にする。
「場所は決めてあるわ。後は、建物の形状なんだけど…………テターニア、あなた彼女達に聞いて見てくれる?」
「了解した」
取り合えず、セイレーン達の今後は決まった。残るはこの地での後始末をどうするか、である。
「それじゃあ後は、ハーピィの鳥害の件よねぇ」
「ふむその事なのだが、セイレーン達にやらせてはどうだ?」
シャルロットがこぼした言葉に、テターニアが反応を示した。
「ハーピィは、セイレーンの眷族みたいな物だしな。上位種属の牽制には逆らえんと思うんだが?」
テターニアからの意見に、シャルロットは決定の意を告げる。上手くテリトリーを住み分ける事が出来れば良いのだが、と。
これに関しては、ロックフェル老の知恵を借りるのも一つの策である。自分の考えを含めて、明日にでも会いに行こうと決心するシャルロットであった。
そこで一度考えを止め、視線を一人テーブルに着くヒムロへと向けた。
「こっちの行動は、こんな所よ。そっちの首尾はどう?」
まるで、悪党の密談の様な台詞で問いかけるシャルロット。これには、流石のヒムロとしても、笑いで返す他無かった。
「ナカジマ達は、ちゃんと仕事をしているそうです。それと…………ヘンリエッタさんと話しました」
ヒムロの口からヘンリエッタの名を聞き、シャルロットの顔に悪党の笑みが形作られた。
「アーデルハイドさんの事を話したら、随分と興味を持ってくれた様で、前向きに検討するとの事です」
「よし!」
ヒムロの言葉を聞き、シャルロットはガッツポーズを取った。
一体、シャルロットは何をしようとしているのか? それは、まだ二人にしか解らない事であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、朝食を取り、シャルロットはロックフェル老の書斎へと歩を向けた。扉を二回ノックし、ドアノブを捻る。
「クソ爺、ちょっと良いかしら?」
シャルロットに言葉を掛けられ、ロックフェル老は読んでいた本から視線を外した。
「おお、シャル坊か。何ぞ用か?」
シャルロットの失礼な言葉に憤慨する事も無く、実に好々爺然と迎い入れるロックフェル老。
「うーん、あのね、ちょっと魔物の事について教えて貰おうと思って」
シャルロットは、話ながらソファーにボスンと腰を下した。
「魔物の事じゃと? セイレーンの事なら、本人達に聞けばよかろう?」
シャルロット同様、ロックフェル老も話しながらソファーに腰を下ろす。
ロックフェル老の言う事は正解だが、本日の質問はそうでは無いとシャルロットは告げた。
「セイレーンの事じゃないの。わたしが聞きたいのは、ハーピィの事」
「ハーピィじゃと? 何を今さら?」
突然シャルロットの口から出たハーピィと言う単語。その意味が解らず、ロックフェル老は首を傾げる。
「あのね、ハーピィってさ、どれくらいの知能があるのかと思って」
「ほう、ハーピィの知能、か? シャル坊、何を考えておる」
シャルロットの真意に気付き、ロックフェル老の目が細められる。その凄みは、かつての殲滅軍師の姿を思い出させる物であった。
「あのね、ハーピィを飼い慣らせないかな? と思って」
「ハーピィを飼い慣らすじゃと!」
シャルロットの、あまりにも突飛な考えに、ロックフェル老は驚きを顕にした。だが、そんな事は気にもせず、シャルロットは自身の考えを披露する。
「ほら、あいつらって結構強いじゃない。五、六羽集まれば、猪くらい狩れるでしょ」
「ふむ。そうじゃな」
ロックフェル老は、シャルロットの言葉を肯定する。そう、何の能力も持っていないハーピィではあるが、腐っても魔物なのだ。
「それでね、農家の人に野菜の切れっぱし何かを餌にして貰って――」
「ハーピィを飼い慣らし、畑の護衛とする、か」
「そう言う事」
ロックフェル老は、顎に手を置くと暫し考えに耽る。どれくらいの時間が経っただろうか、ロックフェル老が不意に口を開いた。
「前例が無い事じゃからなぁ、正確な答えは出せんが、やってみる価値はあるじゃろう。ヘンリエッタも何ぞやりたい事があると言っておったし……良かろう、ハーピィの事は、儂が責任を持って受け持とう」
「ありがと。それと、もう一つお願いがあるんだけど」
「ほう」
ロックフェル老は、シャルロットのおねだりを気分良く受け止める。
「セイレーン達の住み家を作る間、彼女達を預かって欲しいのよ。ついでに、集団での戦い方を教えてあげて欲しいの」
「ほう、シャル坊は、老体に鞭打って働けと言うか」
嫌味の様な言葉をロックフェル老は呟くが、その表情は、実に楽しそうな物であった。




