事前会談
シーリィから詳しく話を聞くに、仲間達は旧ロックフェル領の北側の山に居ると言う事が解った。恐らくだが、ビクトーリアの指示は、彼女達の事を指し示していたのだと思われた。
そして、彼の地で起きている、ハーピィからの鳥害。それにも、セイレーンが絡んでいるのでは? と言うのがシャルロットの推測である。
そして現在、シャルロット一行は、カーディナル領を東へと向かっていた。
メンバーはシャルロット、ヴァネッサ、イレーネ、クロムウェルの領主邸組。それに加えて、ヒムロ、テターニア、当事者であるセイレーンのシーリィ、計七名。
日の出前に出立した一行は、夕日が沈む頃にロックフェル邸に到着した。
「いらっしゃいませ、シャルロット様」
正面玄関で、シャルロット達を出迎えたのは、この館の執事長である。
「いきなりの訪問で悪いわね」
丁寧に腰を折る執事長に、シャルロットは労いの言葉を掛けた。
「いえ、とんでも御座いません。この地はシャルロット様の物。この館も、別荘と考える様にとロックフェル老からの言葉で御座います」
この執事長の言葉に、シャルロットの笑顔は僅かにひきつった。
言葉だけをとれば、ロックフェル老の言う事は、一歩引いて下手に出た様な言葉に聞こえる。だが、シャルロットはこの言葉の真意が解っていた。
(あんのクソ爺。屋敷の管理まで、わたしに丸投げする気ね!)
そう、屋敷をくれると言われても簡単には喜べないのだ。
民家程度なら気にしなくてもいいのだが、題材に上がっている家は、旧領主邸なのである。
城程では無いが、その敷地は広大で、部屋数も二十は超える。
その館の管理に、どれほどの金が要るかなど、誰が考えても解る事だ。
庭を管理する為の庭師。定期的に屋敷内の掃除をするハウスメイド。それらを、誰も居ない館の為に雇用し続けなければいけないのだ。
この企てだけは何とか阻止しないと、とシャルロットは必死に知恵を絞るのであった。
館の玄関をくぐり、一行は二手に別れた。
一方は貴賓室へと案内され、一方はロックフェル老が待つと言う書斎へと歩を向ける。当然シャルロットの行き先は、書斎であった。
執事長はドアをノックし、シャルロットが到着した事を告げる。
入れと言う入室の許可が下り、執事長はドアを開けシャルロット達を室内へと促す。
ドアをくぐると、ゆったりとしたソファーでくつろぐロックフェル老の姿が見えた。
「悪いわね、いきなり」
シャルロットは、まず突然の来訪を詫びた。まあ、当然毛程もそんな事は思ってはいないのだが。
「構わん。まずは、座ったらどうじゃ? ほれ、青年も」
青年、そう言われた人物は、当然ヒムロの事である。
ロックフェル老は、シャルロット達が腰を降ろしたのを確認すると、今回の目的を尋ねた。
「してシャル坊。随分と急ぎの様じゃが、一体どうしたのじゃ?」
「うん。それなんだけどね――」
問われたシャルロットは、これまでの経緯を語って聞かせた。
「成程のぅ。鳥害の事は聞いておったが、まさかセイレーンが関わっておるとはのぉ」
そう言ってロックフェル老は、天井を仰ぎ見た。
「まあ、それはわたしの想像の域を超えてはいないのだけどねぇ」
シャルロットはそう返し、ティーカップに口を付ける。
「成程のぅ。セイレーンの移住によって、住処を奪われたハーピィが麓へのぅ」
シャルロットの推理を口にしながら、ロックフェル老は目を瞑る。
「実際として、ハーピィによる鳥害は毎年の様にあったからのぅ。儂としても無視しておったのじゃが……よくよく考えてみると、時期が少し早いのう。シャル坊、お主の考え、当たりやも知れんぞ」
僅かに逡巡した後、目を開けたロックフェル老はそう口にした。
この言葉を聞いた途端、シャルロットは盛大に溜息を吐いた。また、面倒な事になったな、と。
「それでシャル坊。セイレーン達をどうするつもりじゃ?」
ロックフェル老は、暗にこう聞いているのだ。落とし所はどうするのか、と。
「色々考えたんだけどねぇ、わたしが雇おうと思ってるの。魔物と言っても、言葉は通じるし」
「ほう。何をさせるつもりなのかのぅ」
シャルロットの落とし所に、ロックフェル老は楽しそうに笑みを浮かべた。
それほどに、思いがけない言葉であった。
「そうねぇ……以前の計画だと、王都からペガサスを何頭か譲ってもらって、空の警備に使おうと思っていたのよ」
「ふむ。常識的に考えれば、百点の答えじゃな」
ロックフェル老は、シャルロットの言葉に大きく頷いた。
通常どの国でも、翼有る獣を飼い慣らし、それを騎獣として空を警備している。
「でもね、もともと空を飛べる子達に任せたら、もっと効率良く警備出来るんじゃないかって思ったわけよ」
ロックフェル老は、ニヤリと悪党の様な笑みを浮かべた。成程、そう言う結論にたどり着いたか、と。
シャルロットの考えは、実に合理的であった。
通常、騎馬戦などは、馬を人が使役する。
この行動は、まず人の脳が思考し、身体を動かし馬へと伝える。そして、その指示を馬の脳が理解し、身体を動かす事によって成り立っているのだ。
では、この騎馬兵を、ケンタウルスなどの人馬一体の魔物で行ったらどうであろうか? 脳が思考し、身体を動かす。大幅な行動のロスが軽減されるのだ。
地上ですら、これだけの効果がある物を、空中で行ったら?
それが、シャルロットが行きついた結論であった。
「出発は何時にするんじゃ? シャル坊」
「朝には立つわよ。あ、そうそう、ヒムロはここに残すから、治安何かの申し送りしといてね」
「解った。ならば、シャル坊達には、執事長のハロルドを付けよう。麓のカルバ村との繋ぎにのう」
「そう、助かるわ」
シャルロットの、この言葉でロックフェル老との会談は終わりを告げた。
残る仕事は、部屋に戻って皆と計画のすり合わせをするだけである。
………………
…………
……
「と言う訳なのよ」
「そのカルバ村へは、どれほど距離があるのでしょうか?」
説明を聞き終え、ヴァネッサが日程への疑問を口にする。
これは当然の事で、もし一日以上かかり間に町などが無い場合、テントなどの夜具を持って行く必要がある。それを今から用意する事は無理であり、そうであるならば、明日の朝に出発と言う計画に綻びが生じるのだ。
シャルロットもそれを理解しており、笑顔を浮かべながら答えを口にする。
「早朝に出発すれば、夕方には到着するらしいわよ」
「そうですか。では、宿などはどうなっているのでしょうか」
二つ目の確認事をヴァネッサは問いかけた。
無論これに関しても、シャルロットは確認済みである。
シャルロットは出来る領主なのである。
「小さいけど一件あるらしいわよ。細かい事は、執事長のハロルドさんがやってくれるから、心配いらないわ」
「畏まりました」
一通りの説明を終え、シャルロットは、次の行動へと移る。
「ヒムロ。あなたには、別にやって欲しい事があるのよ」
「この地の、治安管理などの話ですよね。その事なら解っています。ですから、姫様は――」
“心配しないで下さい”と続けられるはずだった言葉は、シャルロットの意地の悪い笑みで強制終了させられた。
「治安管理? そんなの、ナカジマにまかせておけば大丈夫でしょ? ちがう?」
「ま、まあ、そうでしょうけど。じゃあ、俺は何をすれば?」
そう、まさにコレである。治安管理等の申し送り、これがロックフェル老へ向けたデコイなのだとしたら、一体シャルロットの真の狙いはどこにあるのだろうか?
そんな、ヒムロの疑問を解っているかの様に、シャルロットの口は、再び開かれた。
「あのね、ヒムロにやってもらいたい事は――」
シャルロットの言葉を聞き、ヒムロは頭が痛くなる思いだった。
シャルロットの言葉は正しい。だが問題は、その動機が非常に個人的な事情である為だ。
しかし、言われた以上はやらねばならない。それが、領地の繁栄へと繋がる事なのだから。




