空からの来訪者
「だいたいさー、カーディナル領系黒凰会ってなによ!」
シャルロットは書類整理に追われながら、ソファーに座るヒムロとタムラに不満をぶちまける。
「そんなの知らねーよ。嫌だったら、姫様も組作りゃー良いじゃねーか」
「冗談じゃないわよ。これ以上変な肩書はいらないわよ。それに、組員どうすんの?」
シャルロットは、無茶振りとも取れる様な疑問を投げかける。
しかし、誰一人として驚く者はいなかった。
それは何故か? 当然答えが出ているからである。
「メイドの姉さん方と、あの新人ちゃんで良いんじゃねぇか?」
タムラがはっきりと人員を口にした。瞬間、ヒムロが顔をそむける。どうやら笑いをこらえている様だ。
その行動が、シャルロットに残っていた僅かな理性を搔き消した。
「ああっそう! いいわよ! やってやるわよ! ヴァネッサ! イレーネ! アーデルハイド! クロム!」
シャルロットは、叫びながら執務室を飛び出して行くのであった。
「オイ、リュウト。何か不味い事になったんじゃないか?」
「マジかぁ」
暫くすると、シャルロットがワインのボトルを抱えて戻って来た。
それに続くヴァネッサ、イレーネ、アーデルハイド、クロムウェル。そして、イレーネの手には、御盆に乗ったショットグラスが五つ。
「姫様、一体何をなさるのですか?」
アーデルハイドが楽しそうにシャルロットへと問いかける。
それとは打って変わり、何が起こるのか予想が付く三人の表情は優れない。何せ、自分が愛し、支えている者が、無頼の大将になろうとしているのだから。
そんな周りの困惑をよそに、シャルロットはショットグラスへとワインを注ぐ。
「ほい!」
かけ声一閃、シャルロットはワインを飲みほす。
次いでアーデルハイドは嬉々としてワインを飲んだ。
その後に続き、ヴァネッサ、イレーネ、クロムウェルもショットグラスを空にする。
「ひっく! くみのにゃまえわねー…………らいめいかい! いじょう!」
その言葉を最後に、シャルロットは椅子に座り船をこぎ始めた。
「一体どういう事なのでしょうか?」
シャルロットに、膝掛けの布を掛けながらアーデルハイドが呟く。
この問いに、領主館三人組は答えない。いや、何と言って良いのか解らなかった。
「いやあよう、何かからかい過ぎちまってなぁ」
そう答えるのはタムラである。
「しかし、組の名前はらいめいかい、雷鳴会、ですか」
雷鳴会系黒凰会それが、ヒムロが組長を務める組織の正式名称となった。
「雷鳴、まさに姫様を体現するような言葉ですね」
ヒムロの呟きに、クロムウェルが答えた。
クロムウェルの発言を聞き、ヒムロは首を傾げる。その姿を見たイレーネが、巨大ワーム退治時の事を語って聞かせるのだった。
「うーん」
一時間ほど雑談などを交えていた時、シャルロットが目覚める様な声を漏らした。
瞬間、ドスンと地面が揺れた。いや、そうでは無い。何かが空から落ちて来たのだ。
「なしたー!?」
その音に驚き、一瞬で覚醒したシャルロット。
それと同時に、執務室の窓が叩かれた。
コンコンと言う音に反応して、場の全員が窓に注目する。
ノックの主、それはドリアードのサフィアであった。眉は八の字を描き、どこか困った様な表情をしている。
「どうしたの?」
シャルロットは窓を開け、問いかけた。
「はい、主様。鳥が結界に触れた様で、落下して来まして」
そう言ってサフィアは、苦笑いを浮かべた。
「大丈夫なの?」
「ええ。気絶程度のショックですから、命には別条無いと思われます。ですが……」
「ん?」
的確な報告をしていたサフィアだが、話が進むにつれ、どうにも歯切れが悪くなって行く。
これには、シャルロットのみならず、首を傾げる。
「どうしたの? なんか困り事?」
「はい。少々心苦しいのですが、鳥のサイズが大きいので、お手伝いいただけないか、と」
サフィアは恥ずかしそうに、心の内をさらけ出した。
シャルロットとしては、何て事は無い。手伝えと言うならば、手伝うのだ。
そう、シャルロットは良い領主様なのだ。
「大きな鳥、と言いますと、ミカサ様でしょうか?」
ドリアード達と合流する為に、外へと向かうシャルロットに向け、ヴァネッサが問いかけた。
そう、大きな鳥と言われて、まず思い出すのは雷神鳥であるミカサ。結界に引っ掛かったと言うのも、あの少し抜けたミカサならば有り得ない事では無い。
だが、ミカサは腐っても神鳥。この世界で、最も防御力が優れた者なのである。前の世界を滅びに導いた、終末の獣以外、ミカサを傷つける事が出来る者は存在しないのだ。
それを知っているシャルロットは、その意見に対して否を突き付ける。
「それは無いと思うわよ。アイツ、体だけは頑丈だから」
シャルロットはそう言いながら、扉をくぐる。
正面玄関を抜け、左へと曲がり、ドリアード達のお茶会場へと歩を向けた。
ドリアード達は、何かを囲む様に円を描いて立っていた。
徐々に距離が近づくにつれ、ドリアード達の中心にある物が見えて来る。
確かに大きかった。全長百六十センチ強はあるだろうか。
大きく力強い一対の羽。その羽色は黒。
長く艶やかな黒に覆われた、瑞々しい身体。
歳の頃は、十七~十九歳程。全裸のツインテール女性がそこに居た。
「ヒムロ! タムラ! 後ろをむく! イレーネ、毛布か何か持ってきて!」
「畏まりました」
「お、おう」
「はい」
シャルロットの飛ばした指示に、三人は一斉に反応した。
それを確認したシャルロットは、残りの者達と共にドリアード達の下へと向かう。
「いったいどう言うことよ」
溜息を漏らしながら、視線をサフィアへと向けた。
「はい。皆と楽しくおしゃべりしておりましたら、いきなりこの鳥が落ちて来たので御座います」
鳥、またサフィアは女性の事を鳥と言った。この齟齬に、シャルロットは首を傾げる。
「あの、姫様」
シャルロットの左側に陣を取ったクロムウェルが、声を掛けて来た。
「うん? なに?」
シャルロットの問いかけに、クロムウェルは女性を指差す。まるで、良く見てみろと言わんばかりに。いや、実際にそうであった。
一見横たわる女性は、人間と変わらない様に見える。
だが、良く良く見てみれば、相違点が見てとれた。肘から先に見える鱗の様な皮膚。指先に生える鋭い爪。下半身、足も同様であった。
「どちらさん?」
シャルロットはドリアード達に問いかける。
「セイレーン、ですわね」
答えは背後からもたらされた。そう、アーデルハイドの口から。
「セイレーン? 初めて見たわ」
そう、謎の女性の正体はセイレーン。空の女王と呼ばれる上位の魔物である。
ツインテールに見えた頭部から流れる物は、畳まれた翼であった。
「ねえ、アーデルハイド」
「何で御座いましょうか、姫様?」
シャルロットは、どんよりとした瞳でアーデルハイドへと声を掛けた。
「なんで服を着ていないのかしら?」
そう、セイレーンは全裸である。マーメイドは胸覆いをしていたのに。
「魔物ですから」
シャルロットの根源的な疑問に、アーデルハイドは簡潔に答えを返す。
マーメイドの事を取り上げ反論しようとも思ったが、すぐにその考えを捨てた。トードマンも全裸だった事を思い出したのだ。そして、ビホルダーとワームも。
だがしかし、とも思うシャルロットだった。
そうこうしている内に、イレーネが戻って来た。急ぎセイレーンを毛布で包み、ヒムロとタムラにゲストルームまで運ばせる。
「なにがなんだか分かんないけど、アーデルハイド、お願いできる?」
「承知致しました、姫様」
執務室へと戻る中、シャルロットは新たなる問題に溜息を吐くのであった。




