跡目
今話の作中で、登場人物達は母国語で話しています
よって、地の文もそれに合わせております
ご了承下さい
ぐつぐつと湯気を立てる土鍋を前に、坂本は一人ある人物の到着を待っていた。
徳利に入れた酒を一本飲み干す頃、その人物は現れる。何の挨拶も無く、障子を開けて。
「遅れちゃったかしら?」
槐である。
麦穂の様な明るい髪色。
その頭部から延びる、とんがった獣耳。
纏った着物の裾から見える、膨らんだ尻尾。
月狐族、亜人の娘であり、坂本の養子である。表向きは。
「まあ、座れや」
そう言って坂本は徳利を差し出す。
「どうしたの? 気持ち悪いわねぇ」
悪態を吐きながら、槐は杯で受けた。
「今日はな、お前に相談があるんや」
「相談?」
「せや。組の跡目についてのう」
言って坂本は土鍋の蓋を取ると、良く煮えた鶏肉を口に運ぶ。
「跡目ねぇ。氷室しか居ないんじゃない?」
そう口にする槐も、同様に鶏肉を口に入れた。
「そやなぁ。しかしな、わしの頭の中には、跡目候補が三人おるんや」
「へー。そうなの」
真面目なトーンで話す坂本に対し、槐はどうにも気楽な物であった。
「親父がのう、そう長あらへんらしくてな」
「小保方の?」
槐が口にした小保方と言う名前。それは、無頼の組織内での坂本の親である。
同時に、ヤマトの三分の二を纏める無頼の組織、朱雀会の会長たる人物。
坂本一家。そう言っているが、実際の組織名は黒凰会と言う。正式には、朱雀会系黒凰会となる。
「ちゃう。小保方の親父はぴんぴんしとるっちゅう話や。わしの言っとる親父は、実の方や」
「ああ、おじいちゃんの方ねぇ」
思いだす様に口にし、盃を煽る槐。
「と言う事は、座に着くと言う事?」
「せや。わしも腹を括る時が来たちゅう事や」
言って坂本も盃を煽る。
「そんで、お前はどうする?」
「どうするって?」
「お前の母親。死んだ榊の頼みで、お前を政に巻き込まん様に、と養子としとったが、素性をばらし、やんごとなき身にも戻れるんやで」
現実、坂本と槐は、実の親子であった。
真面目に語る坂本に対し槐の答えは
「冗談!」
否定の言葉であった。
だが、この答えを坂本も予測していたのだろう。
「ま、そうやろうな」
短い言葉で、納得の意を告げる。
「ほんなら、氷室と所帯でも持つか?」
「まだ少し、早いと思うわねぇ」
「否定はせんのやな……。お前の答えがそれなら、跡目の候補は二人やな」
言いながら坂本は鍋の具材をよそう。
「一人は氷室でしょ。もう一人は誰? 田村?」
同様に鍋をつつきながら槐は問う。
「田村? あかん、あいつは氷室の下から離れんやろ」
「そうよねぇ。斉藤でもないだろうし、町田はギルド長やってるし、中島は…………まさか!」
「せや、兄妹や」
「あきれた。組をシャルロットちゃんに任せる気?」
心底呆れたと言う表情で、槐は盃に酒を注ぐ。
「実際問題、カーディナルに黒凰会を残すなら、シャルロットちゃんの枝にしたら? そうすれば、今のままでしょ」
「成程のう。ほな、近いうちに、小保方の親父から杯降ろしてもらう様に連絡するか」
坂本の言葉に、槐は眉をひそめた。
「それは不味いんじゃない。仮にもシャルロットちゃんは、クリスタニアの貴族よ」
「ほな、どうすれば良いんや? わしから離れぇ言うても、あいつら納得せえへんで?」
そう言われて、尤もだ、と納得する槐。
暫く両者無言で酒を酌み交わしていたが、何か思いついた様に槐が口を開いた。
「パパから降ろすしか無いんじゃない? 小保方会長に引退してもらって。前から打診あったんでしょ」
そう、小保方会長は、朱雀会を坂本に譲りたいと言う意向をずっと伝えて来ていた。
「なんやお前、わしに裏も表も纏めぇいうんか?」
「それしか無いんじゃない?」
槐に言われ、改めて考えてみるが、それ以上のいい案は坂本には浮かばなかった。
「明日、氷室に話すか……」
ポツリとそう呟く坂本であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「親父。氷室、田村、参りました」
氷室はそう言って障子を開けた。
「お、おお、来たか。待っとったで」
すき焼き鍋を前に、坂本は上機嫌で二人を招き入れた。横では槐がワイングラスを煽っている。すき焼きは牛肉なので、ワイン、と言う事だろうか?
「親父、今日は一体……」
田村が、本日の用件を聞こうと口を開く。
「ま、まあええやないか。とりあえず、座れ」
だが、その行動は坂本によって妨げられた。
「は、はあ」
氷室はそう言うと、田村へと目配せをする。そして、同時に畳へと腰を下した。
「ほれ、早よ喰わんかい」
坂本に急かされるように、氷室と田村は箸を握る。
雑談を交えての食事が始まり、暫く経った頃、表情を引き締めた坂本が口を開く。
「今日来てもらったのは、他でも無い。お前らの今後の事や」
「俺達の、ですか?」
「そうや」
事が大きく動く。二人は直感的にそう思った。
「氷室。近い内に、お前に組を譲ろうと思う。ほんで田村。お前が若頭や」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
言葉を聞いた氷室が、慌てて坂本を止めた。だが、坂本の態度は変わらない。それどころか、徐々に強硬な物になっていった。
「待たん! 決まった事や。覆らんぞ! それにのう、知っとるやろうが、わしは座に付かなあかん」
坂本の言葉を聞き、その意味を知る二人は、納得する他無かった。しかし、こうなった事で、別の問題も顔を上げる。
「親父が座に収まると、俺達は小保方会長に盃を直す、と言う事ですか?」
「ちゃう。朱雀会の跡目は、わしが継ぐ。小保方会長も納得してくれるやろう」
「そうですか。では、盃直しは無し、と言う事で?」
氷室の言葉に、坂本の顔に邪悪な笑みが浮かんだ。同様に槐の顔にも。
この表情の変化には、氷室はおろか、豪胆な田村も嫌な予感に襲われていた。
「いや。お前らには、盃直しをしてもらう」
「どう言う事ですか?」
氷室は純粋に疑問を口にした。
それがありありと解る為、坂本は素直に答えを口にする。
「おう。わしはな、朱雀会の改革をするつもりや」
「改革、ですか?」
氷室の問いに、坂本は力強く頷いた。
その後、坂本は改革の内容を開示する。
改革の最大の特徴は、利己主義な者達の排除。古株達を、出来るだけ排除し、新たな血を入れる事が目的である。
それと同時に、坂本の意思を、素早く正確に末端まで届かせる為の処置であった。
「それじゃあ俺達が直参に上がる、と言う事ですか?」
「ちょっと違うわな。お前らと槐は、今まで通りカーディナルに残す。朱雀会の若頭は、もう決めてあるからのう」
そう説明する坂本だが、氷室は眉をひそめる。
坂本が新たに就任させる若頭、氷室にはその人物が思いつかないのだ。
「氷室、お前の疑問も解る。わしが若頭に付けようとしておる奴は、組も持っておらんからの」
坂本は、氷室を落ち着かせようと説明するが、この一言で氷室には坂本の思惑が理解出来た。いや、理解出来てしまったと言う方が正しいかもしれない。
「親父、まさか……」
「おう、解ったか」
氷室の指摘に、坂本は愉悦の表情を浮かべた。
「お、おい礼司、どう言う事だ?」
氷室の言葉に、沈黙を守っていた田村が口を開いた。
田村の言葉を聞き、氷室は視線を田村に向けた。
「親父は、朱雀会の若頭に、姫様を就かせるつもりなんだよ!」
「なにぃ!」
団欒としていた室内は、驚きだけが支配する空間となった。
だが、坂本は落ち着き事の内情を口にする。
「ええか? これは朱雀会だけの事や無い。国の繋がりにも関係する事柄や。解ってくれるか?」
「俺達にそれを飲め、と?」
「せや。その為の杯直しや」
坂本と氷室。お互い一切の動きを見せず、視線だけが交わる。
「だけどよぉ、親父。それって俺達の親が姫様になるって聞こえるぜ?」
「聞こえるんじゃないの。そう言っているのよ」
同時に、タムラと槐の視線も交わった。
「あの娘は希望。あの娘が敵に屈する事があれば、世界の全てが隷属させられる」
とてもつまらなそうな表情で、槐は語る。
「まあ、あなた達は人間だから、そんな事は無いかもしれないけどね」
そう言って槐は視線を田村から外した。
「まあ、お前らの気持ちも解るわな。いきなり親を変えろと言ってものう。しばらく時間をやるさかい、よう考えてみてくれんか」
坂本はそう言って、場を締めるのだった。




