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皆様初めまして

 一つの部屋の中を、水音が支配していた。ちゃぷちゃぷと、ざぶざぶと。


「んー。良いわね、ここのお風呂」


 金糸の様な髪を、泡まみれにしながらシャルロットは素直な感想を口にした。

 そう、現在シャルロットは入浴中である。

 と言っても、王城で使用していた様な猫足のバスタブでは無い。

 何でも、このカーディナルの前々領主が、東から流れて来た者に聞いたと言う、オンセンと言う施設を真似た物らしい。作りつけの湯船に、広い洗い場。そしてかけ流しのお湯。

 貴族の屋敷にある一般的な風呂とは一線を画した物であった。


 何故入浴中であるか? 理由は幾つかある。疲れを取るため。汗を流すため。

 しかし、一番の理由は…………イレーネの愛情たっぷりのお汁を盛大に被った為であった。


「あん、もう。姫様、あまり動かれますと、上手く洗えません」


 正面からシャルロットの髪を洗うイレーネが注意を促す。


「そんな事言たって、イレーネのせいでしょうが」


 俯きながら、口を尖らせるシャルロット。


「それはそうですが、しろとおっしゃったのは姫様です」


「でも、本気でする? 屋敷は私達だけじゃ無いのよ」


「うう。反省致します」


 言い負かされ、項垂れるイレーネ。

 だが、反省しつつも仕事は忘れない。イレーネは出来るメイドなのだ。


「さあ、姫様。流しますよ」


 そう言って桶に入った湯を掛ける。二度、三度と湯ですすがれ、泡は消えて行った。


「はい。奇麗になりました」


 イレーネはすすぎ終わった事をシャルロットに告げる。

 それを聞いた瞬間に、シャルロットの瞼がパチリと開く。

 目の前にある物は?

 イレーネのむっちりとした色香漂う下半身。


「うーん。何度見ても、見事なたわしね」


 シャルロットはイレーネの下半身に茂る恥ずかしいお毛ヶをマジマジと見つめ、それを言葉にする。


「御不快でしょうか? でしたら、すぐにでも剃毛いたしますが」


 イレーネの言葉にシャルロットは僅かに首を傾げる。


「なんで? 私は好きよ。イレーネのコレ」


 そう言ってシャルロットはイレーネのお毛ヶを撫で摩る。


「あっ、ひめさまっ」


 ゾクッと言う僅かな痺れを感じ、イレーネが腰を引く。


「でも不思議よね」


「な、にが、ですか?」


「だってイレーネって、ココ以外体毛薄いじゃない」


「あんっ! そうで、しょうか?」


「そうよ。脇も足も、すべすべだわ」


「あ、ありがとう、ございます。うんっ! もう、姫様!」


 イレーネが、自身の股間をまさぐっていたシャルロットの手を払う。


「もう、おふざけも好い加減に。でないと……」


「でないと?」


「お仕置きです」


 そう言ってイレーネは立ち上がる。そして、シャルロットの脇と膝に手を差し入れ、洗い場の床に寝転がらせた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 いちゃいちゃと甘い情事を終え、二人は仲良く湯船に浸かる。


「姫様?」


「なに?」


 イレーネの呼びかけに、シャルロットが答える。


「執事のアキリーズに、何か用を御言い付けられた様ですが……」


「そうだけど? 何? 妬いてんの?」


「はい。御用なら、私かヴァネッサが居ますが?」


 イレーネは、自身の感情を隠す事無く吐露する。その素直さには、シャルロットも笑うしか無かった。


「ふふっ。拗ねないの。あなた達に頼まなかったのは、ちゃあんと理由があるんだから」


「理由、ですか?」


「そう」


 ゴボゴボとお湯に浸りながらシャルロットは答える。


「あなた達、鏡を見た事ある?」


「当然ありますが?」


 首を傾げ、イレーネが答える。


「あんた達は、隠密任務に向かないの。目立ち過ぎるの」


「そ、そうでしょうか?」


 無自覚なイレーネに、シャルロットはゴボボと言う水音で返す。


「あの、姫様は何を成され様としているのですか?」


 イレーネの問いに、シャルロットは意地の悪い笑みを浮かべながら本質を告げた。


「ちょっと、街の掃除をね」


 此の何でも無い言葉が何を意味するのか、イレーネは後に知る事になる。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 シャルロットの自室。本日この部屋は、ちょっとしたドレスの展覧会と化していた。


「姫様。これはどうでしょう?」


 イレーネが淡いブルーのドレスを手に取る。


「うーん。ちょっと豪華かな。舞踏会に出る様みたい」


「では姫様。こちらは如何でしょうか?」


 次はヴァネッサ。


「良いとは思うけど。少し大人びてるかなぁ」


 シャルロットの手厳しい言葉に、メイド二人は顔を見合わせる。


「では、姫様はどう言った物がよろしいのでしょうか?」


 イレーネが眉をひそめ問いかける。


「私の好みじゃぁ無いの」


 しかし、シャルロットから帰って来た言葉は、意外な物だった。

 自分の好みで無かったならば、一体誰の為に衣装を選んでいるのだろうか? 二人のメイドは表情でそう訴える。

 シャルロットは、その表情を汲み取り言葉を続ける。


「御客様対策、よ」


 語尾を切り可愛らしく言葉を綴るが、その表情は腹黒さで一杯であった。

 何故にこの様な事態に陥っているのか? それを説明するには、少し時間を遡らなければならない。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 シャルロットの執務室。

 現在この部屋には、四人の人物が居る。

 部屋の主であるシャルロット。そして、二人のメイド。最後の人物は、執事長であるアキリーズである。


「それで、どうだった?」


 シャルロットの言葉にアキリーズは僅かに顔を緩め、数枚の羊皮紙を机に置く。その報告書に目を通すシャルロットだが、表情はどんどん暗く陰って行った。


「いかがなされました? 姫様」


 ヴァネッサが問いかける。


「八方塞がり、四面楚歌。そうとう荒れてるわ、この土地は。母上の実家、そうとう統治をサボってた様ね」


 言って、報告書をヴァネッサへと渡す。ヴァネッサは一通り目を通し、イレーネへ。


「東と西。そして南に荒くれ者の集団、ですか」


 イレーネが興味無さげに呟く。


「ええ。そして、北に姫様」


「なかなかの無法地帯ですね」


 無責任な発言を交わす、すけべメイド二人。しかし、当のシャルロットは後の雑音など気にもせず話を続ける。


「とりあえず、南は保留ね。実害を出していないみたいだし」


「ええ。南の者らは、極東からの流れ者らしいですから」


「極東? 極東って和の国?」


 シャルロットの眉が、八の字を描く。


「ええ。この辺りでは見ない服装をしておりまして、得物も刀と呼ばれる物らしいですな」


 アキリーズが補足を入れる。


「ふーん。おもしろそうな連中ね。アキリーズ。当たりを付けてくれる? 合ってみたいわ」


「畏まりました」


 アキリーズは腰を折って、任務を受領する。


「そ、れ、で、東と西のお馬鹿さん達の事だけど……」


 シャルロットは一旦言葉を切る。

 一体シャルロットは何を言うのか? 三人は固唾を飲んで注目する。


「お互いに美味しく頂いて貰いましょう!」


 立ちあがり、指を天に掲げ盛大に宣言した。


「その準備として、街中の重鎮を集めてくれる? 商店の店主とか、相談役とか。題目はそうねぇ、新しい領主の挨拶会でいいわ」


「日程はいか程に?」


 アキリーズが問いかける。


「食材の調達とかもあるだろうし……イレーネ、どう?」


「三日頂ければ、何とか致しますが?」


「そう。じゃあ、四日後の夕暮れ。その時間に、顔見せと晩餐としましょう」


 そして、最初に戻る。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「姫様。お客様との会合なら、先ほどの大人っぽいドレスでよろしいのでは?」


 ヴァネッサが的確な指摘をする。

 だが、シャルロットの答えは真逆であった。


「実はね、そのお客様のほとんどが、お爺ちゃん、お婆ちゃんなのよ」


「?」


 メイド二人は首を捻る。

 シャルロットは、街の実力者を呼んだはずだ。

 それが何故お年寄りばかりなのだろうか? 代替わりをしていないと言う事だろうか。

 思案する二人のメイド。

 だが、その答えをシャルロットはすぐに提示する。


「何でもね、東と西のお馬鹿さん達が、そろってみかじめ料を要求するもんだから、店の売上だけじゃ足りなくて、男手はほとんど出稼ぎに行っているんだって」


 アホな話だとシャルロットはケラケラと笑う。

 しかし、には腑に落ちない。


「しかし姫様。そんなに生活が苦しいのなら、何故隣の領地へ逃げないのでしょうか?」


 尤もである。


「そこが問題、と言うか厄介な所でねぇ。この土地は、もともと店を構えている人達の物だった訳」


「はい」


「そこに、件のお馬鹿さん達が入り込んで来たのよ」


 意味は解る。

 だが、話が見えない。


 口を開こうとしたイレーネだが、シャルロットが待てと、急ぐな、と手で押さえた。


「この土地。カーディナルと言う土地はね、先々代の領主であるカーディナル候と、彼らのご先祖様が切り開いた土地なの」


「ああ、それで」


「そう。この土地に住む人達にとって、この土地その物が誇りであり、ご先祖様が眠る場所なの」


「だから出て行けない、と」


「と言うよりも、意地ね」


 カーディナルと言う土地と、そこに住まう人達の事は解った。しかし、このドレス選びと何の関係があるのだろうか?


「姫様。それで、ドレス選びとの関連は?」


「うん? 相手はお年寄り、可愛い孫娘みたいな方が、籠絡しやすいでしょうが」


 あんまりな言葉だった。

 腹黒いったらありゃぁしない。

 だが、姫の真の腹黒さは、冥界の闇ほど黒い物なのだ。





 夜の帳が落ちる頃、二十名程の者達が領主官邸の門をくぐる。

 正面玄関まで歩を進めると、扉の門番如く二人のメイドが出迎える。


「皆様、御忙しい所、わざわざ足を御運び下さってありがと御座います」


 蒼髪のメイドが言葉と共に腰を折る。


「今宵は当家が瑣末ではありますが、晩餐を用意致しました。皆様には楽しんで頂ければと」


 緑の髪のメイドが趣旨を語る。

 そして、言葉と共に、扉が開けられた。

 丁寧な接客に、老人たちは恐々としながらメイドの後に続く。


 しかし、まだ驚きは続く。

 通された部屋には、テーブルがあった。

 しかし、そのテーブルが問題である。それは、そのテーブルが円卓であった為である。


 新しい領主は、無言でこう言っているのである。

 領主と領民。そこに違いはあれど、それ以外の上下は無い、と。領主と言う肩書は、仕事、であると。

 老人達はメイドに促され着席し、出された紅茶に口を付けた。

 僅かな時間が経過した時、男の使用人、執事服を纏った男が現れる。自分達をこの館に誘った人物、執事長のアキリーズである。


「お待たせ致しました。カーディナル候の準備が整いました。」


 言葉と共に、身体を横にずらした。

 その脇を一人の人物が通り過ぎる。淡いピンクのドレスを纏った人物が。

 その人物は、スカートの裾を掴み奇麗に礼を取る。


「皆様、初めまして。私が此の度、この地の領主を任されましたカーディナル候、シャルロット・デュ・カーディナル男爵で御座います。皆様の祖霊に恥じぬよう、誠心誠意努力致します。皆々様には、よしなにお願い致します」


 流れる様な言葉。

 土地に住まう者達への敬意。

 立派な名乗りだった。

 それを、まだ年端も行かぬ少女が口にしたのだった。


 誰からともなく、拍手が送られる。

 老人達の瞳は総じて垂れ、まるで、孫娘の発表会でも見る様な雰囲気であった。


 シャルロットは席に着くと、パンパンと手を二度鳴らす。

 それに反応して、メイド達が料理を運んで来た。そして、老人達はさらに驚く事になる。

 全ての料理が、一皿しか無いのであった。それも、一人分とは考えられない程の量で。

 それぞれの前に取り皿が配られる。

 老人達の喉がゴクリと鳴り、身体が硬く硬直する。

 一体何をしようと言うのだ、と。


 だが、そんな老人達を尻目に、シャルロットは自身の食事を大皿から取り分け口を付ける。

 そして……


「どうしました? ささ、御爺様方も」


 ニッコリと微笑み、食事を進める。

 最早老人達に逃げ場は無かった。

 各々大匙を手に、自身の分を取り分け口に運ぶ。

 最初は硬かった晩餐も、徐々にほぐれて行き。

 食事の終盤には、孫を囲んだ懇親会の様な雰囲気になっていた。


 食後のお茶が出され、いよいよ本題が語られる。

 それは、老人達が想像もしていなかった物であった。目の前の少女が考え付いたとは思え無い程の、えげつ無い提案であった。


「さて、気持ちも落ち着いたと思いますので、私から一つ提案があります」


「ほう。領主様から」


「ええ。皆様。この土地を取り返したいと思いませんか?」


 シャルロットが当たり前の事を口にする。老人達の答えも当然Yesであり、頭を縦に振る。


「では、私から一つ提案があります。東と西。それぞれに陣を構えるお馬鹿さん達を一掃する方法が」


「りょ、領主様。有るのでしょうか、そんな方法が」


「はい。それには皆様の協力と、僅かな我慢、そして、少しの勇気が必要となります。どうですか? 私の共犯者になりますか? この話を蹴っても、何の罰も有りません。乗る、と言う方だけ残って下さい。決は、私がこのお茶を飲み切るまで」


 そう言ってシャルロットは口を閉じた。

 老人達は、各々黙りこみ思案を繰り返す。

 そして時間となった。


 結果は………………誰一人席を立つ者はいなかった。


 シャルロットはその結果に満足し


「さあ、掃除を始めましょう」


 浮かべる表情は、悪人のそれだった。


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