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両面作戦

~ケルミナス王国 ベレン領 商業ギルド~

「南からですと!」


 ギルド長の顔に驚愕の表情が浮かぶ。


「ええ。我がカーディナルから、ヴァスカビル領を経てケルミナス王国の南へと荷を運び、海産物と交換し戻って来る、と言う順路ですかねぇ」


 デビットは種明かしでもする様に言葉を綴る。

 しかし、驚きを顕にしていたギルド長は、すぐに落ち着きを取り戻したかの様に口を開いた。


「他の領地を通りますか。では、南も安値で薪を手に入れるのは不可能では?」


「そうでしょうか? 彼の領地を巡回路にしている行商人がおります。彼らに商売を任せ、ヴァスカビルの海産物を一手に引き受けると言う条件を出せば、免税特権を引き出せると我々は考えております」


 デビットの言葉に、ギルド長は鼻で笑う様な表情を浮かべる。

 その笑みは、商業ギルドのギルド長としての経験から来る物であった。


 商業ギルド。

 その業務は、数々のギルドの纏め役と、領内の商店からの陳情の整理、各種決定事の代理業務。

 つまりは、商業ギルドの力が及ぶ範囲は、最大でもその領内に限られているのだ。

 なのに、目の前の若造は、他の領地の販路を持つ行商人に商売を任せると言う。それは、商業ギルドの仕事の範囲を超えているのだ。

 もし出来るとするならば、各領地を回る販路を牛耳っている大商会を手足の様に使えると言っているのと同意なのである。

 カーディナルに居を置く大商会は、コーネリア商会のみ。あの人物、エンデマン・コーネリアが一領主に頭を下げる姿など、ギルド長には思い描けなかった。


「コーネリア商会をあてにされておるのですか? それは残念なことですねぇ」


 ギルド長はニヤリといやらしい笑みを浮かべる。

 それは、勝ちを確信した笑みであった。

 だが、カーディナル側の面々は涼しい表情で受け流す。

 それは、知っている者と知らぬ者の違い。


「何をおっしゃっているのかは解りませんが、我らが委託する商会は、コルデマン商会。お間違い無き様」


 デビットは毅然と真実のみを告げた。

 此の言葉は、ギルド長にとっては寝耳に水であった。コルデマン商会の名は知っている。クリスタニア王国から東の帝国を主な市場としている奴隷商だ。

 このケルミナス王国にも少しだが買い付けに来た事があった。その時世話を焼いたのが自分なのだ。

 だが、奴隷商が何故マキや水産物などの交易品を扱うのだろう? それはルール違反であり、コーネリア商会との間で問題になる。そんな解り切った事を、コーネリア商会はするのだろうか?

 この事柄に、ギルド長は思い悩む。何か失念している事があるのでは、と。

 その手助けは思わぬ所から現れた。そう、目の前から。


「情報が随分と古い物の様ですね」


 マティアスだ。


「古い、ですと?」


「ええ。コーネリア商会は、もうありません。コーネリア商会の販路、権利は全て、コルデマン商会に移譲されておりますが」


「!」


 ギルド長の表情に、再び驚きが張り付いた。


「コーネリア商会が、もう無いですと!?」


「ええ。なんでも不正に手を染めていたとかで」


 マティアスのこの言葉に、ギルド長は焦りを覚える。

 目の前の若造の話が真実ならば、領主によってコーネリア商会は潰された事になる。

 その後を引き継いだコルデマン商会。それは、確実に現カーディナル候の息がかかった物であろう。

 そうなれば、先ほどの販路の話。交易品の話が全て真実となる。

 だとすれば、このベレン領は冬を越せない可能性が出て来るのだ。


「私一人の判断で、この金額を飲む事は難しい。明日、もう一度話がしたいのだが?」


 今の段階でギルド長が出来る事は、時間を稼ぐ事のみであった。


「解りました。では、また明日」


 そう言って、デビットとマティアスは席を立った。

 宿への帰り際、デビットはマティアスへと話しかける。


「しかし、可哀そうだな。値段を飲んでも、姫様が販売を許可するかは別だと言うのに」


「そうだな。内乱が事実だとすれば、姫様がどんな手段をとるか解った物じゃないからな」


 そう言って二人は苦笑いを浮かべるのであった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「こんにちは。今、大丈夫でっか?」


 トラは金槌の音が鳴り響く一軒の店の前で声を張り上げた。


「おう、何だい? 客かい?」


「そうですわ」


 引き締まった筋肉を顕にした大柄な男が歩み出て来た。どうやらこの鍛冶店の店主の様だ。

 トラはニッコリと笑うと、腰に下げた剣を差し出した。


「手入れをお願いしたいんだが、大丈夫でっしゃろか?」


「大丈夫じゃあねえんだが……剣を見せてみな」


 店主は人が良いのか、トラの剣を受け取った。剣を鞘から抜くと、火の光にかざす。


「使い込まれているみてぇだが、出来は悪いなぁ。とんだなまくらだな、こりゃ」


 店主の目利きは優秀で、物の良し悪しを正確に見抜いていた。


「そんなに粗悪品でっか?」


「ああ、ダメだな」


 店主の正直な言葉に、トラは頷く。

 そして


「別の剣を見せてもらってもいいでっしゃろか?」


 商品の在庫事情を探る事にした。

 だが、トラの言葉に、店主の顔色が曇る。


「見せてやりてえんだが、今店にある剣や防具は、領主様からの注文品ばかりだからなぁ。悪い、無理だな」


「ほんなら、別の店を紹介してもらう事は?」


 此の言葉によって、店主の表情はさらに暗くなっていった。


「どこも同じような状況だと思うぜ。一体何をするのか解らねえが、急に領主様からの依頼が殺到してな、どこも忙しいだろう。とても、旅人の用件を聞いていられるほど暇じゃねえよ」


 店主の説明を聞いて、トラは口を閉じた。

 此処まで急な武具の調達。戦を考えている事は明白であろう、と。それも領民に黙って。奇襲での勝負を狙っているのか? 

 ここまで考えて、トラは思考を放棄する。此処からの予想は軍師の仕事だ、と。


「そうでっか。ほな、すんません」


「力になれなくて悪かったな」


 店主と言葉を交わし、トラは大路へと向かった。

 歩く中、トラはこれからの事を思い描く。

 鍛冶場から得られる情報は、あれ以上は無理だろう。店主の表情を見るに、言葉以上の事は知らないであろう。

 薄々は何か感ずいているかも知れないが、決して口にはしないだろう。

 きっとフェルナンドもラルフも同じ結果となっている事だ。

 後出来る事は…………情報が集まる場所での聞き取り。

 酒場でも行くか。そう思いながら街を見渡すと、ある張り紙が目に付いた。


“本日クリームちゃん来店! 御予約受付中!”


 娼館の張り紙であった。

 それを見て、トラの口角がこれでもか、と上がったのは言うまでも無かった。





 太陽が沈み、三人は宿で合流を果たす。


「で、どうやった?」


 トラの問いかけに、フェルナンドとラルフは昼間にあった状況を素直に話した。


「やっぱりそうか」


 トラは溜息を吐いて報告を受け取った。


「トラの兄貴。これからどう致しますか?」


 フェルナンドが明日以降の行動を聞いて来た。だが、トラの言葉は今夜の行動であった。


「お前ら、酒場に行って愚痴って来い」


「「はぁ?」」


 二人から妙な返事が返って来た。

 それもそうだろう。トラの言う事は、意味が解らないのだから。


「剣が直せんでどないしようって、言うて来いと言っとるんや」


 やんわりとした言葉に聞こえるが、実際には命令。反論は許されないのだ。

 二人は静かに酒場へと向かった。

 残されたトラは、その顔にいやらしい、真にいやらしい笑みを浮かべると部屋を出た。

 静かに、それでいて急ぎトラは大路を歩く。

 そして到着した。トラの目指すべき場所へ。店の前まで辿り着き、トラは娼館の門をくぐる


「まとってやー、クリームちゃーん」


 と言う声と共に。


「オイ。クリームちゃんだと」


「ああ、全く」


 どこに目があるかは解らない物である。



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