姫の思惑
「ほな、姫様。行って参ります」
「「行って参ります!」」
トラ、フェルナンド、ラルフは、膝に手を付きシャルロットに向け頭を下げる。
「ええ。商業ギルドの方は、鐘二つ(約四時間)後に出発予定みたい。いい。解っているでしょうけど、見知った顔を見ても、話掛けちゃダメだから」
シャルロットは、トラ達が浮足立たない様釘を刺す。そして、場の全員、トラ達三人とタムラの顔をぐるっと見渡すと、それと、と補足を入れる。
「それとね、新たな情報なんだけど、ケルミナス王国に大量の鉄が流れているそうなの。アンタ達の重要度は、さらに上がったからね。しっかり頑張ってきなさい!」
「「へい!」」
旅立つ三人は、息を揃えて返事をした。
「よーし、俺から一言。オメェら、姫様の言った事を忘れずに、しっかりと仕事して来いよ!」
「「へい! タムラの兄貴!」」
「よし!」
タムラの喝に三人は勢い良く返事を返す。
「では、行ってこい!」
「「はい!」」
タムラの号令一過、三人は旅立って行った。
「上手く証拠が集めると良いんだけど」
小さくなって行く三人の背中を見ながら、シャルロットは呟く。
「まあ、なんだかんだ言って、トラが居れば大丈夫だろう」
タムラの言葉に、シャルロットは「ふーん」と感想を漏らすのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カーディナル領主邸から国境まで半日。そこからケルミナス王国の北側、ベレン領の中心街まで三日。計三日半を費やし、トラ達は目的地へと到着する。
街外れに宿を取り、トラ達はようやく落ち着いて腰を下ろせる事となった。
「まあ、急いでもしゃーらへん。少し休もうやないか」
トラはそう言って、残りの二人にも着席を進める。
だが、生来生真面目な性格なのだろう、トラの言葉を丁寧に断り荷物の紐解きを開始した。
十数分が経ち、あらかたの荷物が開かれる。そして、最後に残ったのは三つのずた袋。
フェルナンドは袋の口を開き、中の物を取り出した。
三つの袋の中身、それは剣であった。そう、数日前に、鍛冶師ダジルから受け取ったなまくらの剣。
フェルナンドは剣を手に取り、ゆっくりと鞘から刀身を開放する。
「見事な物ですねぇ」
くたびれ果てた刀身を眺めながら、フェルナンドが呟いた。
「これって新品なんですよね」
「おお、姫様の話じゃあ、そうらしいな」
弟子の作品とは言っても一度も使われていない新品の剣。
それを鍛冶師達は、シャルロットの依頼で、まるで長年使われていた様に加工したのだ。
「明日からは、コレを持って鍛冶屋巡りですかねぇ」
フェルナンドと同様に、剣に視線を向けていたラルフが呟く。だが、その言葉をトラは否定する。
「いや、それは明後日からやな。明日は別れて街を見回る」
「そうなんですか?」
トラの言葉に、不思議そうな表情でラルフは問いかける。
ラルフの口にした言葉に、トラは呆れかえる様に言葉を発した。
「あのなー、良く考えてみろよ。一人当たり十件くらいの鍛冶屋を回るんやぞ。昨日直したのにまた剣持って、他の鍛冶屋に入れるか?」
トラの言葉に、二人は「ああ」と納得する。言われてみればその通りである、と。
「では明日、は?」
真面目な表情で、フェルナンドは問いかける。
「出来るだけ街を回って、道を覚える事や」
「「?」」
トラの言う事は理解出来るが、二人はどうにも確信が掴めずにいた。
それを見越してか、トラは再び口を開く。
「脇道や、脇道。脇道探して、あんまり人目に付かん様にするんや」
「「おお」」
そんな話を交わす中、夜は更けて行った。
夜が開け、宿の食堂で朝食を食べた三人は、早速行動を開始する。
トラから下された命令は二つ。
街の隅々まで回れ。
そして、決してメモは取るな、である。
何故メモを取ってはいけないのか? そう訊ねる二人に、トラが言った言葉はシンプルな物であった。その言葉は……不審な動きに見えるから、である。
只の街中で、メモを取る商人では無い年若い人物。それを不審がるな、と言われても無理な事である。
少しでも疑われたら、この任務は失敗なのだ。失敗は即、タムラの面子を潰す事になる。信頼して送り出してくれたタムラに対して、それは絶対に出来ない事である。
食堂からは、一人ずつ外へと向かう。最後まで残ったトラも、静かに外へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~カーディナル領 領主邸~
「あー、大丈夫かぁ? トラ達」
領主邸の応接室でくつろいでいたタムラの口から、こんな言葉が漏れた。
「なに? 信頼して送り出したんじゃないの?」
シャルロットが懐疑的な言葉で返事を返す。
この言葉に、タムラは身体を起こしながら答えを口にした。
「いや、信頼はしてるけどよぉ……あいつ、馬鹿だからなぁ」
呟くタムラは、どこか嬉しそうであった。
その後、タムラは紅茶で喉を潤すと話題を変える。
「マチダの方はどうなった?」
「ん? どうとは?」
「どんな名目で送り出したんだって事だよ」
タムラの言葉の意味を理解したシャルロットは、その口を開いた。
「薪何かの価格交渉ね。カーディナルは、ロックフェルを吸収してから一大山間都市となったからねぇ」
悪戯っぽい表情で答えるシャルロット。
しかし、タムラの眉は八の字を描いた。
「一大山間都市って事は、薪の値段を安くするのか?」
「バカじゃないの!」
タムラの言葉に、シャルロットの御叱りが飛んだ。
「高く売るのよ! た・か・く!」
「なんで高く売るんだ? 沢山あるんだろ?」
タムラの言う事は尤もである。
では、何故シャルロットは高く売ると言うのだろうか?
「高く売れば、その分カーディナルで安くできるでしょ」
外に高く売って、領内では安く売る。儲けの金額は変わらないが、領民の貯蓄は増える。シャルロットの言う事は、そう言う事である。
「しかしよぉ、相手が受け入れるか、そんな事?」
「受け入れなきゃ、売らないだけよ」
シャルロットの発言に、タムラは目を見開いて驚きを顕にした。
確かに、シャルロットの言う事は間違ってはいない。だが、それが通るほど商売は甘く無いのだ。
薪を売らなければ、恐らくケルミナス王国は海産物を止めて来るだろう。それと一番重要なのは塩、だ。
これを止められたら、困るのはカーディナルなのだ。
「姫様よぉ、その案はちょっと子供のわがままじゃねぇのか?」
タムラは思った事を口にする。
実際にタムラの言う通りなのだ。
だが、相手は誰なのか? そうシャルロットなのである。
「わがままねぇ」
シャルロットはニヤリと顔に半月を張り付ける。
「だってよぉ、相手から買っている物はどうするつもりなんだ?」
「買ってる物? 塩とか海藻とかの事?」
「おお。そう言うヤツ」
「買うわよ。今まで通り」
「どこから?」
「ケルミナス王国から」
タムラは言葉が出なかった。
それほどまでにシャルロットの言っている事は出鱈目なのだ。
だが、シャルロットの顔には、邪悪な笑みが張り付いたままだ。
「さーて、ベレン辺境伯、戦争の始まりよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~ケルミナス王国 ベレン領 商業ギルド~
「これはこれは、ようこそお越しくださいました」
商業ギルドのギルド長は、客人に対して杓子定規な挨拶で出迎える。
客人とは? 無論カーディナル商業ギルドの面々だ。
「私は、カーディナル商業ギルドの、ギルド長の名代を任せて貰っている、名をデビットと申します。隣はマティアス」
デビットに紹介され、マティアスは頭を下げる。
「それで、今回は何用でこちらに?」
「今冬の薪の値段交渉に」
ギルド長の問いかけに、マティアスは来領の理由を言葉にする。
「成程。そう言えば、カーディナルはロックフェルを吸収し、森林資源が豊富だと聞いておりますぞ」
「左様に」
祝辞の様なギルド長の言葉には、デビットが答えた。そして、言葉と共に鞄から一枚の羊皮紙を差し出した。
資源が増えたのだから、安くなるだろうと推測したギルドマスターは、ホクホク顔で書類に目を通す。
それも一瞬の事。ギルド長の表情は凍りついた。
「な、何ですかこれは! 薪の値段が倍になっているではないですか!」
そう、シャルロットはマチダと森林ギルドを焚きつけ、ケルミナス王国に売る薪の値段を倍にしたのだ。
これは、現在戦争準備中と思われるベレン領には、大きな打撃となる。いや、打撃で済めば軽い方かもしれない。
実際問題として、ケルミナス王国北側にも山林は有る。有るには有るのだが、非常に傾斜が急なのである。
そんな山の樹木を、無作為に切り出したらどうなるか? 答えは雪崩の連発。
だからこそベレン領は、カーディナルから薪を輸入せざる得ないのだ。
ギルド長は、苦悶の表情でデビットを、そしてマティアスを睨みつける。そして、最後の切り札とも言える言葉を紡ぎ出す。
「では、カーディナルは、塩などの海産物はいらぬ、と言うことですかな?」
そう、これである。
しかし、デビットもマティアスも指示を受けていた。そう、シャルロットから。
「構いませんとも。ベレン領が売らぬと言うのならば、他から買うまで」
「他、ですと?」
「はい。この国の南側から買えば済む話です」
ギルド長の脅しとも言える言葉に、マティアスはキッパリと言い放った。




