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発端

~レックホランド法国 聖都リンデ 聖堂リンデルシア 法王執務室~


 レックホランド法国 法王執務室のドアが静かに叩かれる。


「入れ」


 室内から発せられた、凛とした女性の声が入室の許可を出した。

 ドアを開け、入室して来たのは白い法服に身を包んだ年若い女性だった。


「陛下。クリスタニア王国から親書が届いております」


 そう言って女性は美麗な箱を差し出した。

 女性の名はタナトス。褐色の肌と、銀色の髪を持つ、レックホランド法国の枢機卿の一人である。


「ほう、親書とな」


 法皇は呟き箱を受け取った。


 レックホランド法国 法王リリー・マルレーン。

 二十代前半の女性であり、法服で隠されたその身体は非常に魅力的な姿を形造る。

 金糸の様な艶やかな黄金の髪。

 しかし、その相貌はミトラ(司教冠)から垂れる羅紗布に隠されている。法皇リリー・マルレーンの素顔を見た者は誰も居ないと言う。建前上は。


 リリー・マルレーンは、親書の封蝋を切り内容に目を通す。


「ケッ!」


 舌打ちと共にいきなり親書をほおり出すリリー・マルレーン。


「どうか致しましたか?」


 タナトスが優しく問いかける。

 この問いに、リリー・マルレーンは忌々しげに


「断ってきよったわ」


 吐き捨てる様に言葉を放った。

 その光景をタナトスは楽しそうに見つめていた。そして腰を屈め親書を拾い目を通す。


「ぷっ!」


 文字を追う中、タナトスは噴き出した。

 その笑いに、リリー・マルレーンの眉が跳ねる。

 不機嫌オーラを纏うリリー・マルレーン。

 しかし、タナトスは知らん顔。


「何か言うたらどうじゃ?」


 焦れたリリー・マルレーンが口を開いた。

 しかし、タナトスは半眼で見つめるのみ。


「言うたらどうじゃと言っておるのじゃが?」


 再度リリー・マルレーンは口を開く。


「言ってもよろしいので?」


 タナトスが確認の言葉を綴る。まるで、子供をあやす様に。

 リリー・マルレーンは、頷く事でタナトスの言葉への返事とした。

 この行動を確認し、タナトスは咳払いを一つすると口を開いた。


「陛下の腹黒さがにじみ出たのでしょう」


 そう言うタナトスの表情は、すこぶる楽しそうであった。


「じゃから振られた、と?」


「ええ。シャルロットは賢い()ですから」


 そう言うタナトスに対し、苦笑いを浮かべるリリー・マルレーンであった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





~カーディナル領 領主邸~


 早朝、仕事を開始しようと書類を取り出したシャルロットの耳に、ノックの音が響く。


「どうぞー」


 入室の許可に対し、ドアが開けられる。

 姿を現したのは、領主邸の執事アキリーズであった。


「姫様。少々よろしいでしょうか?」


 アキリーズは腰を折り、シャルロットへと問いかける。


「どうしたの? 深刻な話?」


 アキリーズの態度に違和感を感じ、シャルロットは眉をひそめた。

 だが、アキリーズの態度は煮え切らない物である。顎に手を当て思い悩んでいた。


「深刻かどうかは解らないのですが………」


 アキリーズは前置きを一言呟くと、本題を口にする。


「隣国への小麦の搬出量が増えているそうなのです」


「隣国ってケルミナス王国?」


「はい」


 ケルミナス王国。

 クリスタニア王国の西に位置する国家である。

 海に面した国であり、国の中心に巨大な湾がある事で知られている。

 ケルミナス王国の土地はコの字を描いており、その為一国二主制の様な統治形態となっている。

 国の南側に首都があり、そこにケルミナス城。そして王が居る。


 問題は北側。

 カーディナルと国境を接する側である。

 北側は飛び地の様な状態になっており、国王の弟が辺境伯として統治しているのである。

 その北側に普段よりも多い量の小麦が運ばれている。

 少しキナ臭い話であった。


「アキリーズ。その情報はどこから?」


 言われアキリーズは情報の元である人物を口にする。


「テターニア殿からの情報です」


「お店かー。と言う事は、行商人からの情報なのね」


「はい」


 アキリーズからの報告を、シャルロットは頭の中でまとめる作業に移る。

 その中で、一つ気になる事柄が浮かんだ。


「アキリーズ。マチダを呼んでくれる? それと――」


「畏まりました」


 そう言ってアキリーズは退出していった。


「姫様。御呼びとの事で、マチダ参上致しました」


 ドアを開け、マチダは腰を折りながら言葉を綴る。

 シャルロットは、マチダの来邸を笑顔で迎え、ソファーへの着席を進めた。

 マチダが座るのを視認すると、シャルロットも同様に腰を降ろす。


「頼んだ物、持ってきてくれた?」


「ええ。ここに」


 シャルロットの問いかけに、マチダは鞄から数枚の羊皮紙を取り出した。

 羊皮紙を受け取ったシャルロットは、隅々にまで目を通して行く。そして、羊皮紙を指で弾いた。


「確かに増えているわね」


 シャルロットは、マチダを視界に留めながら呟いた。

 この言葉に、マチダも同様の反応を示す。


「ええ。只、これが備蓄の為なのかどうかが……」


「そうなのよねぇ」


 二人の会話は一旦途絶える。

 しかし、再び口火を切ったのはシャルロット。


「他の販路はどうなのかしら?」


「他?」


 シャルロットの発言に、首を傾げるマチダ。


「カーディナルから、ケルミナス王国に通じる街道は一本よね」


「はい」


 シャルロットの言葉に、頷くマチダ。


「だけど、ヴァスカビル領にもケルミナス王国に通じている街道があるじゃない」


「あ、ああ、そうですね。ケルミナス王国の中央付近に通じる街道ですね」


 マチダの言葉に、シャルロットは頷く事で返事とした。そして、ある事柄を思い出した。


「マチダ、少し待ってもらえる?」


 シャルロットはそう言うと、執務机でペンを執った。

 必要な内容を書き終え封筒に手紙を治めると、封蠟で留め、マチダへと差し出した。


「この手紙を、商業ギルド名義でコルデマン商会の商会長に届けてもらえるかしら?」


「商業ギルド名義で?」


 シャルロットの回りくどい手法に、マチダは首を傾げる。

 それを敏感に感じたのかシャルロットは笑いながら口を開いた。


「どこに目があるか解らないでしょ」


 そう言われてマチダは理解した。

 大商会と言っても、コルデマン商会は一介の商店でしか無い。そんな商店に、領主から直々に書簡が届く。

 感の悪い者達でも、気付くのである。コルデマン商会はカーディナル領主と繋がりがある事が。

 そして、悪意ある者達はさらに感ぐるであろう。自分達が調べられているのではないか? と。

 そう思われてしまったならば、全てが水の泡となってしまう。地下に潜り、証拠を隠滅し、姿を眩ます。

 だからシャルロットは、商業ギルド名義で書簡を送ることを命じるのだ。


「明日朝の早馬で届けさせます」


 マチダは手紙を受け取ると、責任感ある声で言葉を綴る。

 そして、二人の話題は次の展開へと進む。


「しかし姫様。ケルミナス王国に何か動きがあるとして、どう掴みますか?」


「そうよねぇ。情報を分析しても、出来る事は推測だけだものねぇ」


 シャルロットの言う通りだとマチダも思う。

 では、どう言う手が打てるのか? それが問題なのである。


「ギルドの方で、何名か割いてみるのはどうでしょう?」


 マチダはそう提案するのだが、シャルロットの反応はイマイチであった。と言うよりも、何か一つ足らない、と言う表情だ。


「商業ギルドからの派遣だと、顔が割れている可能性があるのよねぇ。商業視察、と言う名目で送るのは良いのだけど…………バレずに調べる役割も欲しい訳よ」


 シャルロットの言葉を受け、マチダは近しい人物の顔を思い出す。暴走せずに、言われた事をこなせる人物を。


「姫様。タムラの兄貴に相談してみたらいかがですか?」


「タムラァ?」


「ええ。タムラの兄貴の舎弟達は、良く教育されていますから」


 この言葉を聞き、シャルロットはじっと考え込んだ。

 マチダの言う事には一理ある。

 警邏隊の詰め所で、タムラが後輩を叱っている所を何度も見た事があったからだ。その叱責は理不尽な事では無く、普段の生活態度や、街の人への言葉遣いなど細かな事まで様々であった。


「マチダ。今夜にでもタムラに頼んでおいてくれる? 人選はまかせるからって」


「人数はいかがしますか?」


「二人くらいかしら」


「承知いたしました」



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