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新天地

 シャルロット一行は、約二週間、十五日を費やしカーディナルへと到着した。


 カーディナルとは、王都から見て北西に位置する王国の辺境であり、他国と隣接し、いざ戦となれば最前線にもなる場所である。


 水車小屋の脇を通り暫く進むと、まばらだった家屋が徐々に密集して行った。


「この辺りが中心街かしら?」


 ヴァネッサがおもむろに口を開く。


「ええ、そうでしょうね。何件か商店も見えますし」


 ヴァネッサの問いに、イレーネが答えた。

 一方のシャルロットはと言うと、無言で街を眺めていた。その神が作りし美貌に、妖しい笑みを湛えながら。


 馬車は領主の邸宅へと滑りこんで行く。

 馬の嘶きと共に、馬車は止まる。

 扉が開きヴァネッサ、イレーネが馬車を降りる。


 皆、一様に元気ではあるが、各々腰や肩に手を置いている。

 サスペンションの効果がほぼ無い馬車と言う乗り物は、身体に負担を掛ける。

 そして最後に


「やっぱり、もう一工夫必要かしらね」


 そんな事を呟きながら、シャルロットがカーディナルの地に降り立つ。

 そしてその力を秘めた瞳に、自身の居城を映す。


「「姫様」」


 ヴァネッサ、イレーネから声が掛る。

 シャルロットは一度頷くと


「ヴァネッサは右。イレーネは左。」


 簡潔に指示を出す。

 シャルロットの指示した内容は、簡単に言えばこうである。

 ヴァネッサは右側から、イレーネは左側から屋敷を一周し設備と地形を確認せよ、である。

 暫くの時間を置き、ヴァネッサとイレーネが再び顔を見せる。


「「姫様、確認終わりました」」


 二人同時に作業完了の意を告げる。


「そ。御苦労さま」


 シャルロットは二人に慰労の言葉をかける。


「さ、て、と。荷を降ろす訳だけど……」


 シャルロットは荷車に視線を向ける。

 そして思う。

 結構あるな、と。


「とりあえず、屋敷に放り込むとしますか」


 やっつけ仕事的な行動を取ろうとするシャルロットだが、思わぬ味方が現れる。


「姫様、それは私共が致しますゆえ。姫様は室内でお茶でもお飲みになってお待ち下さい」


 声の主に、三人の視線が向けられる。

 その視線の先には、二人の男と一人の女がいた。

 男の一人は五十は過ぎているだろうか。執事服をぴっちりと着こなした、白髪の男。

 二人目は三十前? 動きやすい野良着の様な物を着ていた。垂れ気味の瞳が印象的な、真面目そうな青年だ。

 そして、最後は四十過ぎの女性。ややぽっちゃりした容姿で、エプロンを付けている。


「あなた達は?」


 ヴァネッサが一歩前に出、三人へ問いかけた。

 この問いに対し、執事服の男がヴァネッサ同様一歩前に出回答を提示する。


「私共はこの屋敷の使用人で御座います」


 言われ三人は「ああ」と納得の意を表す。

 王家から廃嫡されたとしても、現在のシャルロットはこの地域を治める領主なのだ。

 屋敷が用意されている以上、使用人も用意されていても何の不思議は無いのだった。

 信用出来るか出来ないか? それはまだ判らない。しかし、追い出すにしても次期尚早である事も事実。

 ならば、答えは一つしか無い。触れ合って解り合うしか無いのだ。


「そう。ならば、言葉に甘えさせて貰うわ。イレーネ、ヴァネッサ、扉だけは貴方達が運んで。場所は……えーと」


 良い淀み、視線を執事服の男に向ける。


「この屋敷に地下室は有るかしら?」


 言われ、男は胸に手を当て腰を折ると


「御座います。玄関を入り、エントランスの階段の脇から降りる事が出来ます」


「そ、ありがと。じゃあ、そこに設置して」


「「畏まりました」」


 返事と共に、二人のメイドはいそいそと荷車から扉を降ろしに掛る。その扉は、堅牢と言う言葉がピッタリとくる様に重々しく存在感を放っていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 シャルロット一行が、この領地、カーディナルに到着して二日が経った。


 その間、二人のメイド ヴァネッサとイレーネは片付けに追われている。

 一方シャルロットはと言うと……


「終わんないわね」


 溜息吐く暇なく、書類の確認に追われていた。


「こう言っては何ですが、あまり根を詰めますとお身体に障りますよ、姫様」


 コトン、と言う小さな音を立て、言葉と共にシャルロットの机に紅茶の入ったティーカップが置かれる。


「そう言われても、書類の束は減らないから」


 言いながらも、シャルロットの手は書類をめくり続ける。暫くの時間を費やし、税収関連の種類に目を通し終わる。


「はぁー」


 一つ息を吐き、背延びをしてからシャルロットはティーカップに手を伸ばす。だが、その可憐な唇を濡らす紅茶は、すっかり冷めてしまっていた。


「入れ替えましょうか?」


「いいわ。それより、あなたを此処に派遣したのは誰?」


 声の主の表情が固まる。

 シャルロットの隣に侍り、仕事をこなしている人物。それはメイド二人では無い。

 この屋敷の執事、アキリーズであった。


「それは、王家の……」


「嘘ね。王家の人間が、誰かを派遣するなんて、絶対に無いわよ」


「そ、そんな事は……」


 慌てるアキリーズを前に、シャルロットはクスリと笑みをこぼした。


「姫様?」


 何が可笑しいのか、何故王家は使用人を派遣しないのか、アキリーズには皆目見当が付かないでいた。


「ごめんなさいね。笑ったりして」


「い、いえ」


「わたしに使用人が居ないのはね」


「は、はい」


「あの二人が居るからよ」


 シャルロットの言葉に、アキリーズは首を傾げる。


「あの二人はねぇ、愛が深いから」


 そう言ってシャルロットはカラカラ笑う。


「それで? あなたを派遣したのは誰?」


 ほがらかだったシャルロットの表情が、冷たい物に変化する。

 アキリーズは確信した。

 逃げられない、と。


「私を、いえ、私達を派遣されたのは、アンナマリー・ヴィルヘイム様で御座います」


 アンナマリー・ヴィルヘイム。

 王族直轄領である王都クリスタニアに次いで、広大な領土であるヴィルヘイム領。その領主を務めるヴィルヘイム公爵の長女。それがアンナマリーであり、シャルロットの従妹でもある人物だった。


「くすっ。あの娘の事だから、わたしが廃嫡されたのを不憫に思っての事でしょうね」


「誠に。アンナマリー様のお考えは、その通りで御座います」


 終わった。

 アキリーズは内心そう確信した。

 領地を出る際、半引退の使用人である自分の手を握り願った少女の望みは砕かれてしまった。

 だが、シャルロットの考えは別の物だった。アキリーズ達を追い出す気など、さらさら無いのだった。


「ふぅ。これでスッキリしたわ。これからもよろしく」


 冷めた紅茶に口を付けながら、何事も無く言い切った。


「は? ひ、姫様?」


「ん? どうしたの?」


「いえ。私達はお払い箱、なのでは?」


 アキリーズの言葉に、シャルロットは首を傾げる。

 そして、不思議そうに口を開いた。


「何を言っているのかしら? わたしが知りたかった事は、あなた達が誰に派遣されたか、と言う事だけよ」


 シャルロットの言葉には、何の含みも嘘も無かった。

 そして、アキリーズは理解する。これがシャルロットと言う少女の根幹なのだと。敵かも知れない者を、その腹の中に入れてしまう様な人物なのだと。


 それでいて思慮深く、知識に長けた人物。


 アキリーズは頭を下げる。


「これからお仕えさせて頂く、アキリーズと申します」


「ええ。よろしく頼むわ」


 御互い、嘘の無い笑顔で向き合った。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 先の騒動があった次の日。アキリーズは再びシャルロットの執務室に呼ばれていた。


「アキリーズ。お呼びにより、参上致しました」


 礼儀正しく名乗りを上げる老執事に、シャルロットは思わず噴き出してしまう。


「くすっ。硬いわねー。まあ良いわ。あなたに少し聞きたい事があるのよ」


「なんなりと」


 再びアキリーズが腰を折る。


「うん。これなんだけどね」


 そう言ってシャルロットは、一枚の書類を提示する。アキリーズはそれを手に取ると、ざっと目を通す。


「徴税の書類、ですな」


「ええ。それで聞きたいの。この街はどうなっているの?」


「どう、とは?」


 アキリーズが言葉を繰り返す。


「納められた税から、店の収入を逆算するとね、どうしても食べて行けない金額になるのよ」


 シャルロットの言葉に、アキリーズは「ああ」と納得がいった。

 だからこそ、簡単に正解を導く事が出来る。


「やはり、そこに行きつきましたか。恐らくは、みかじめ料などが大量発生しているのでは?」


「みかじめ料、ねぇ。この街には、そう言う輩が居る、と?」


「ええ。確実に」


 アキリーズは断言する。


「調べて貰える? 屋敷の仕事は、すけべメイド二人が受け持つから」


「すけべメイド、ですか?」


 繰り返すアキリーズに対し、シャルロットは「気にしないで」と軽く返す。

 後に解った事なのだが、アキリーズは元諜報機関出身であった。

 アンナマリー。

 出来た娘だ。


 退室するアキリーズを見送り、さんぽがてらの屋敷探索をするシャルロットの瞳に、イレーネとヴァネッサの姿が映る。

 階段を上がった場所に、何脚もの椅子と机を並べていた。


「あんた達。何やってんの?」


 ひょっこりとシャルロットが顔を出す。


「ひめひゃま!」

「ひめさまぁ!」


 興奮気味に言葉を返して来た。


「それで? 何やってんの?」


 改めて疑問を口にする。


「ああ、はい。自室に置く机と椅子を選んでおりました」


 イレーネが代表して口を開く。


「見ててもいい?」


 問いかけるシャルロットに、二人は当然了承の意を告げる。

 ヴァネッサは幾つもの椅子に座り、気に入った物があれば机と並べて試していた。

 しかし、問題はイレーネの方である。

 椅子を手に取れば、座りもせず背もたれの高さを確認したり、机に至っては、天板の高さしか気にしていない。早々に決めたヴァネッサと違い、イレーネが選ぶのには結構な時間を要した。


「決まりましたか?」


 ヴァネッサが声を掛ける。


「ええ。良い物がありました」


 イレーネの答えに、ヴァネッサが選ばれた机と椅子を視界に納める。


「成程。良い物です。使い心地も良さそうですね」


 ヴァネッサはそう言うが、シャルロットの目には、そうは映らなかった。なんかこう、歪なのである。

 椅子は、背もたれが立ち過ぎているし、机は少し低いんじゃないかと思う。

 不遜な目で見るシャルロットに、イレーネが言葉を掛ける。


「姫様。良かったら、御使いになってみますか?」


 使う? 妙な言い回しである。

 椅子ならば「座ってみますか?」だ。

 なのにイレーネは使う、と表現した。


「イレーネ」


「はい」


「あんたは、どうやって使うのかしら? 教えてくんない?」


 言われたイレーネは、僅かに頬を染め


「では、失礼します」


 そう言って行動を開始する。

 静かに、音を立てない様にスカートを膝位置まで持ち上げると、おもむろに背もたれを跨ごうと足を上げた。


「ちょ、ちょっとイレーネ何を!」


 慌ててシャルロットは一歩を踏み出した。

 しかしそれがいけなかった。足がもつれ、シャルロットがイレーネに抱きつく形となった。

 愛しいシャルロットの感触と匂い。

 一瞬でイレーネは絶頂の渦にのみ込まれた。

 同時に、シャルロット、イレーネ、そして椅子は音を立てて崩れさる。

 倒れた拍子に、シャルロットの姿はイレーネのスカートで覆い隠された。

 抜け出そうとシャルロットはもぞもぞと動きまわる。

 しかし、その行動がイレーネに新たなる快感をもたらす結果となった。


「もう! 真っ暗で、どっちが上だか分かんないじゃない」


「姫様!」


「何が姫様よ! ブフッ!」


 シャルロットの息がかかり、その柔らかな刺激に耐えきれずイレーネがスカートを抑えつけたのだ。


「もがっ。ももぐぁ」


「だめです、ひめさま!」

 

 もがくシャルロット。

 そして、悶えるイレーネ。

 いつの間にかシャルロットの鼻は、イレーネの大事な部分に押し当てられていた。


「あっ!」


 イレーネは息を乱し、さらにシャルロットを抑えつける。


「ももがぁ!」


「ひ、ひめさま!」


 絶頂と共に、シャルロットの顔に暖かい何かが降りかかる。

 イレーネの動きが止まり、倒れながら大きく深呼吸を繰り返す。

 シャルロットは、やっと淫靡な香りと熱から解放されたのだった。


「いかがでしたか? 姫様」


 冷静に言葉を綴るヴァネッサ。

 シャルロットはヴァネッサを半眼で見つめ


「たわしに殺されかけたわ」


 素直に心中を吐露するのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





クリスタニア王国の北に位置する国、バーゲンミット公国。


豊かな森と水に育まれた国である。そのバーゲンミット公国の最北端、そこは先に挙げた二つの他に、もう二つが支配する世界であった。


それは……雪と氷。


極寒の気温と視界を遮る吹雪の中に、それはあった。


半径百メートル程の円形の湖。その中心にそびえ立つ一つの塔。二十メートルはあろうかと言うそれは、静かにそこにあった。

地上から最上階まで、扉はおろか窓も無い。唯一空洞がある最上階に、小さな明かりが灯る。


「■■■■■」


「ああ、そうだよ」


「■■■■■」


「そう。やっとだ。やっと会える」


塔の最上階。

小さな蝋燭の明かりが灯る中、二つの影があった。

一つは巨大な犬。黒い毛に覆われ、その体高は大人の女性程もあった。

もう一つは女性。死人と間違える程の白い肌。そして、身体と同じ色を湛える真っ白な髪。


「■■■■■」


「ははっ。そう焦る物じゃ無いよ」


「■■■■■」


「ああ、会いに行こう。私の、私達の御主人様に」


この言葉だけが、冷たい空に溶けて行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに廃嫡王女の続きを読みに来てみました! 正直衝撃が凄まじくて……笑 敢えてコメントしなくてもいいですか?笑 でも、シリアスからのコメディと言ったらいいのか、展開が可笑しかったです…
[良い点] 新天地の屋敷での召使達もこれで一安心でしょうか、アキリーズさんの元諜報部門所属という事で、辺境の国境近くという事を考えると、当面は地盤を固めることが先決なのですが、後に活きてきそうなスキル…
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