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森と湖の魔物 後編

「いずれ落ち着くとは言え、なかなかの物ね」


 シャルロットは、窓から庭を覗きながら呟いた。


 その原因はドリアード(樹妖精)達。

 流石はビクトーリア謹製とでも言うべきか、森に住まうドリアード(樹妖精)達や、トレント(樹人族)などが、挨拶に来るのである。どうやら、領主邸のドリアード(樹妖精)達は、ここら一体の森に住まう植物モンスター達の長となったらしい。

 それとは別に、ドリアード(樹妖精)達に僅かな変化があった。

 ドリアード(樹妖精)と言う呼び方では、誰だか解らないと言うシャルロットの言で名前が付けられたのだ。まあ、呼び名が付いただけで、別段何か変わる訳でも無いのだが。


 リーダーと思われる、シャギーの入ったロングヘアーのドリアード(樹妖精)は、サフィア。


 短めの前髪に、後ろ髪をシニヨン編みにしたドリアード(樹妖精)は、シスフィア。


 パッツン気味の前髪のドリアード(樹妖精)は、ソフィア。


 前髪を真ん中で分けているドリアード(樹妖精)は、ラミフィアと名付けられた。


 それに加えて、ドリアード(樹妖精)達は自身の本体、神性樹となった大木を連携させ領主邸に結界を張ったのである。この結界は、ドリアード(樹妖精)達の許し無くしては絶対に通ることは出来ない物であった。


 そんな様子を見ながら、朝食後の紅茶を飲んでいたシャルロットは、空になったティーカップを置いた。


「さてと。わたしも仕事しなくちゃねぇ」


 そう言ってシャルロットは立ち上がる。そして、二人のメイドに視線を向けた。


「出かけてくるわ。留守番よろしくね」


「シーラ湖、ですね。畏まりました」


 ヴァネッサが代表して返事を返し、イレーネ共々頭を下げる。

 そして、シャルロットの視線はもう一人の人物へと移る。


「さて、行きましょうか、クロム」


「御供致します、姫様」


 クロムウェルは一礼して、シャルロットの後を追う。


「しっかし、まだまだ硬いわねー」


 シャルロットは振り向かずにクロムウェルへと語りかける。


「すみません。不敬な気がして、どうにも」


 この二人の会話。それは、シャルロットの呼び方の事である。

 最初クロムウェルは、シャルロット様、と呼んでいた。それを、当のシャルロットが他人行儀だと修正を求めたのが発端である。

 では何て呼べば? と言うクロムウェル。

 シャルロットの答えは、あだ名で呼べと言う物であった。

 あだ名とは? それが姫様である。

 ヴァネッサやイレーネは呆れて頭を抱えたが、実質現在シャルロットは姫では無いので、単なるあだ名だとシャルロットは主張したのだった。何か反論をしようと試みるヴァネッサとイレーネであったが、相手はシャルロット、口喧嘩と屁理屈ならば国一番の猛者なのだ。仕方無く二人は溜息を吐く事になった。

 これが昨夜の出来事である。


 シャルロットとクロムウェルが玄関を出ると、一台の馬車が止まっていた。シャルロット専用の白い四人掛けの馬車では無く、一回り大きい黒い馬車が。


「お待ちしておりました、姫様」


 男が馬車の影から姿を現す。マンティコア隊のシブヤであった。


「あれ? どうしたの?」


 突然のシブヤの登場に、首を傾げるシャルロット。


「いや、姫様がお出かけとの事で、ワシが御者を仰せ使いました」


「そうなの? ヒムロの指示かしら?」


「へえ」


 シブヤは膝に手を置き頭を下げた。

 シャルロットは、労をねぎらう様にシブヤの肩を二度ほど叩いた。


「まずは、水運ギルドまでお願い」


 そう言うと馬車へと乗り込んだ。

 シブヤは、シャルロット、クロムウェルが馬車へと乗り込むのを見守ると御者台へと座る。そして、手綱を引き馬車を発進させた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 領主邸を出発したシャルロット一行。

 途中で水運ギルドのギラムを拾い、一路シーラ湖へと向かう。

 ガタガタと車軸を揺らしながら馬車は進み、昼を少し過ぎた頃にシーラ湖へと到着した。

 馬車の窓から、外を眺めるシャルロット。その目にレイテン養魚場、と言う看板が見えた。

 看板があった場所から約五分、割と大きな小屋の前で馬車は停止する。


「やっぱり改善の余地があるわねぇ」


 馬車から下り、お尻をさするシャルロットが漏らした第一声がコレだった。

 何所か緊張感の薄いシャルロットに対し、ギラムは一礼すると


「レイテンの奴を呼んで来ますので、少々お待ちを」


 そう言って小屋へと入って行った。

 時間にして三分程だろうか、ギラムが一人の男を連れて来た。


「りょ、領主様。この度はお手数をかけまして――」


 謝罪の言葉を口にする男に対し、シャルロットは手で制止する。何も謝る様な事は起こっていない、と。


「大まかな話は、ギラムから聞いているけど、実際どうなの? 三者で揉めている訳?」


 シャルロットは前置きも無く本題を切り出した。

 この問いに対し、男、レイテンは頭を掻く。


「揉めては居るんですが、実際には私共とマーメイド(人魚族)の問題、ですね」


トードマン(蛙族)は?」


 シャルロットは首を傾げながら再び問いかける。


「彼らは、満足している様なのです。元々、トードマン(蛙族)達への給金は、現物支給ですので」


 レイテンの言葉に、三度シャルロットは首を傾げる。

 現物支給、とは?

 シャルロットの疑問にレイテンは丁寧に答えて行く。

 現物支給とは、養殖した魚を渡す事であると。

 だが、此処で新たなる疑問がシャルロットの脳裏に浮かぶ。


「そんなに簡単にお魚あげちゃって、経営は大丈夫なの?」


 この疑問に、レイテンはシーラ湖に視線を移しながらある一点を指差した。


「領主様、沖に旗があるのが見えますか?」


「ええ。三つあるわね」


「はい。右の旗はマスが居る生簀で、左がコイです」


 レイテンの説明に、シャルロットは頷く事で返事とする。


「そして、その奥。対岸辺りにある旗の下には、繁殖力が強い魚を育ててます」


 このレイテンの説明を聞いた瞬間、シャルロットの眉が八の字を描く。

 この養魚場で育て売っている魚は、マスとコイだったはず。ならば、もう一つの生簀で育てられている魚は、一体何の目的で育てているのだろうか、と。


「あの魚は、油が強すぎて人には向かんのですが、トードマン(蛙族)達はその油が好きだそうで」


「ああ。あのお魚が給金なのね」


「ええ」


 シャルロットは、なるほどと頷く。

 トードマン(蛙族)の方は理解出来た。ならば、次はマーメイド(人魚族)達の番である。


「それじゃあ、マーメイド(人魚族)達の賃金について教えてくれる?」


「はい」


 返事と共に、レイテンは手に持っていたクリップボードの様な物を差し出した。

 シャルロットは、それを受け取り目を通す。

 クリップボードに止められた書類には、マーメイド(人魚族)達へ支払われた賃金の一覧が書かれていた。一日当たり、一人に支払われる賃金は、マスかコイ一匹と三百スイール。安い。はっきり言って安すぎる。これでは、クラッカーすら買えない。


「ねえ、さすがにこれはどうかと思うわよ」


 シャルロットは、思った事をそのまま口にする。

 この言葉に、レイテンは困った様な表情を浮かべた。そして、その理由を口にする。


「そうは言いますが、これが精一杯の額なんですよ」


 レイテンはこの言葉を皮切りに、事の一切を説明した。

 要約するとこうである。

 シーラ湖に生息するマーメイド(人魚族)達の数は五十。

 その全てに賃金を払うとすると、魚五十匹と一万五千スイール。

 なんて事無い金額に見えるが、魚を出荷出来るまでに与えた餌などの経費を加えると結構な額となるだろう。

 シャルロットはそれが解るからこそ、口を開けなかった。

 実際、養殖場の働き手は、トードマン(蛙族)達で十分間に合っているのだろうから。

 ならば、領主としてどうするべきか? 簡単である。マーメイド(人魚族)達に、新たなる職を与えてやれば良いのだ。


「レイテン。マーメイド(人魚族)達を呼んでくれるかしら?」


 言われレイテンは走り出した。

 十五分後、息を切らすレイテンと共に、一人の女性が湖から顔を出す。

 薄い水色の髪に、深い深海の様な青を湛えた瞳。マーメイド(人魚族)だ。


「あなたは?」


 シャルロットは問いかける。


「私はアクア。マーメイド(人魚族)のまとめ役をやっているわ」


 アクアの言葉に、シャルロットはふむと頷く。


「わたしはシャルロット。ここらの管理をしている者よ」


 御互いに名乗り合い、まずは最初の一手とした。


 ~マーメイド(人魚族)

 この種は、世界においても非常に珍しい種である。

 まず最初に、マーメイド(人魚族)に男はいない。同じ様に、女性しか存在しない種として、アマゾネスやヴォーリア・バニー(首狩り兎)などが挙げられるが、マーメイド(人魚族)は少し違う。

 アマゾネスやヴォーリア・バニー(首狩り兎)は、子を成す時他種族と交わるが、マーメイド(人魚族)は違う。交配期に入ると群れの何体かが雄化するのだ。そして、交配した後は雌に戻ると言う珍しい特徴を持った種族なのである。~


 シャルロットは、アクアを前に思い悩む。領主邸で雇うと言う選択肢もあるが、彼女達が水から上がれない以上難しいだろう。

 シャルロットは、悩みながら今回同行した面子の顔を眺める。そして、見つけたのだ。そう、丸投げ出来る人物を。


「ギラム」


「へ、へえ!」


 シャルロットの急な呼びかけに、ギラムは慌てて返事を返す。その一言が、地獄の片道切符だとも知らずに。


「お仕事なーい?」


 ニッコリと笑う悪魔がそこに居た。

 何もシャルロットとて、無責任に言っている訳では無い。ギラムは水運ギルドのギルド長。水に関する事で、彼以上の人物は他には居ないのだ。

 ギラムは腕を組み思い悩む。どれほどの時間が経ったであろうか? ギラムは手を打ち鳴らした。


「木材の輸送! 木材の輸送がありやすぜ!」


「木材の輸送? 彼女達に担がせるの?」


 シャルロットの返答に、ギラムはいやいやと首を横に振る。


「領主様。木材の輸送ってのは、山師が切り出した木材を、いかだに組んで川を下るんですわ」


「ほうほう」


 ギラムの説明に、興味を示すシャルロット。


「只、人が木材を運ぶ場合、行きが大変で……」


 そう言ってギラムは溜息を吐いた。


「何せ、帰りはいかだですから。どうしても行きは徒歩になるんですわ」


「あっ! そう言う事。彼女達マーメイド(人魚族)なら、行きの時間の短縮になるわねぇ」


「へえ。山師に言って、いかだから川に垂らすロープを付けて貰えば、牽引出来ますし」


 ギラムの言葉に、シャルロットは採用の言葉を掛ける。

 だが、もう一つ問題は残っているのだ。


「それで、給金はどのくらいだせるの?」


 そう、コレである。

 ギラムは顎に指を置き、暫し考えた後


「そうですなぁ、往復で八千スイールでどうでしょうな」


 悪くない。シャルロットは素直にそう思った。

 そうと決れば、後は本人に確認するのみ。


「どう? やってみる?」


 シャルロットの問いかけに、アクアは首を傾げた。どうも、理解出来ていない様である。


「あのね、川をさかのぼって、そこにあるいかだを引っ張って、川を下った先にある水運ギルドまで運ぶ仕事なんだけど」


 説明を聞き、アクアは考え込む。


「やる。あっ! でもお魚どうしよう」


 今まで貰っていた魚が無くなる事に、アクアは悩んでいる様である。しかしそこはシャルロット。打開策はすでに考えてあるのだ。


「レイテン」


「あっ、はい」


「彼女達に、お魚卸してあげられる? もちろん卸価格で」


「ああ、はい。それは大丈夫です」


「だって」


 シャルロットの言葉に、アクアは嬉しそうに微笑んだ。

 こうして、シーラ湖を舞台とした騒動は幕引きとなったのである。



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