謎の来訪者 後編
シャルロットがミカサ、雷神鳥と戯れていた時間と同時刻。クロムウェルは、テターニアと連れだって領主館の裏山中腹にいた。
「しかし、良かったのか?」
「ん? 何がです?」
クロムウェルは、テターニアの問いかけに首を傾げる。
それはそうだろう、いきなり良かったのか? などと聞かれても意味が解らない。
一瞬遅れてそれに気付いたのか、テターニアは補足の様に言葉を付足した。
「姫様の下に居る事だ。もうオマエは奴隷では無いのだろう? 好きに生きる事も出来るはずだ」
テターニアの言葉に、クロムウェルは少し寂しそうな笑みを浮かべる。
「好きに生きる、ですか。私には、帰る場所も待っていてくれる人も、もう居ませんから。ならば、この身を救ってくれたシャルロット様の下にありたいと思ったのですよ」
そして、自分の心中を口にした。
テターニアは、一言「そうか」とだけ口にすると話題を終える。
同時にクロムウェルも、バリサルダを握り本来の目的に集中するのだった。
「ふんっ! はあっ!」
クロムウェルは素早く、また的確に枝の先に茂る木の葉を切り付ける。
「大分当たる様になって来たな」
クロムウェルの斬撃の先を見て、テターニアが言葉を贈る。
その声が聞こえると、クロムウェルはバリサルダを降ろしテターニアへと視線を向けた。
「ええ。剣を振るうだけなら何とかなりますが、精密性を求めると、話は違いますから」
そう言ってクロムウェルは、薄っすらと笑みを浮かべた。
「精進するのは良い事じゃが、バリサルダの場合はちいと違うのう」
背後から声が聞こえた。
「誰だ!」
クロムウェルは、声が聞こえた方角へとバリサルダを向けた。
一方のテターニアも、急ぎ木に立てかけてあった火砲槌に右手を入れる。
二人の前に姿を現した人物は、森の中に居るには非常に不釣り合いな姿をしていた。
腰までは有るであろう金色の髪を、後頭部でラウンドシニヨンに編み込み、神が創ったのかと想像してしまう美貌には金色の瞳が輝く。そして、深紅のロココ調ドレスで着飾った成人女性であった。
「誰だと言われても、妾は妾じゃ」
そう言って女はカラカラと笑う。
話が通じないのか? そんな言葉がテターニア、クロムウェルの脳裏に浮かんだ。
だが、どうも何かが違う様に思えてならない。
話が通じないと言うよりは、話の矛先をずらされている様な感覚と言った方がしっくりと来る感じであった。
「まあ、妾が誰かは置いて置くが良い。優先するべきは、バリサルダの方じゃ」
そう言って女はバリサルダを指差した。
その行動は、一層の妖しさを醸し出す。
柄や鍔、鞘などの拵えの見事さからバリサルダが高価な剣であることは一目で解る。
では、目の前の女がバリサルダを奪おうとしているのか?しかし、女の表情や行動から、どうも違う様に思える。
結局、僅かな時間では女の思惑を推理は出来れど見抜く事は出来なかった。
クロムウェルは、剣の柄を握り、左手で刀身を支え横たえた状態で女の前にバリサルダを差し出す。
「ほう。素直じゃな。少しは疑ってみたらどうじゃ?」
女はニヤリと悪党の笑みを浮かべる。
まただ。クロムウェルは素直にそう思った。また話の矛先を変えられた、と。
女はそんなクロムウェルの迷いを楽しむ様にじっとその瞳を向ける。そして、クロムウェルの瞳を見詰めたまま、バリサルダの刀身に右人差し指を滑らせた。
「い、一体何を?」
「静かにせえ。集中できんじゃろう」
上から目線で言葉を放つ女に対し、何故かクロムウェルは反論する事が出来なかった。それほどの覇気、とでも言えばいいのか、存在感を女は持っていた。
ほどなくして、バリサルダに変化が起きる。
その刀身に浮かんでいた文様が、まるで意思を持つかの様に蠢き出したのだ。ぐにぐにと蠢く文様は、数分間動き続けその活動を止める。
「これで、バリサルダにうぬの魂が刻まれた。振ってみるが良い」
女はそう言って一歩下がった。
クロムウェルは、女に背を向けると先程行っていた練習を再開する。
「ふんっ!」
クロムウェルは、枝に茂る若葉に向かってバリサルダを振るう。その剣筋は、以前とは全く違いクロムウェルの意思通りの弧を描く。
「う、嘘?」
茫然と立ち尽くすクロムウェル。
その光景を、女は満足げに見つめていた。
「ふふん。バリサルダとは、本来こう言う物じゃ。その刀身に使用者の魂を刻み、一心同体となる様に創られておる。先程の状態では、取りえず娘が扱える様にしておっただけじゃ。じゃから、剣筋が乱れておったのじゃよ」
「で、では……」
「完全に同調させた。それで、小娘…………シャルロットを守ってやってくりゃれ」
そう言う女からは、先程までの邪気とでも言う様な物が消えていた。今の女から受ける印象は、妹を見守る姉の様に感じた。
だが、そんな雰囲気も一瞬の事。女は再び愉悦の様な表情を創る。
そして、視線はテターニアを捉えていた。
「ヴォーリア・バニー、か?」
女の問いかけに、テターニアは僅かに震えた。
自分達ヴォーリア・バニーと、数多くいるラビット・マンとの違いはほぼ無い。普通の者達なら、まずは自分をラビット・マンだと思うはずだ。
それなのに、目の前の女は自分の種族をヴォーリア・バニーだと一発で見抜いたのだ。
「な、何故、私がヴォーリア・バニーだと解った?」
テターニアは、焦りながらも女に尋ねる。
その言葉に答える様に、女はゆっくりとその右手を上げた。そして、一つの方向を指差す。
そこにあった物は?
テターニアの得物である火砲槌であった。
「か、火砲槌……」
「懐かしき物よ」
女は瞳を閉じると、呟く様にそう口にした。そして瞳を開き、再び火砲槌を視界に映す。
「娘。先端に収まっておる魔玉、何が宿っておる?」
言われテターニアは自身の右腕、火砲槌の先端で輝く魔法石に視線を向けた。
「魔石に宿っている物?」
テターニアは首を傾げる。
魔石は魔石である。属性は存在するが、何かが宿っているなんて話は聞いた事が無い。
テターニアには、目の前の女が何を言っているのか理解が出来なかった。
テターニアの表情を見て、何かを気付いた女は疲れた様な表情を浮かべる。
「全く、こんな単純な事も失伝しておるのか。嘆かわしい事よ」
言葉と共に、女の表情は呆れた物へと変化した。
「良いか、魔玉、いや魔石か。それはのう、元素精霊の欠片、とでも言う物なのじゃよ」
「魔石が、精霊の欠片?」
女の話に、テターニアとクロムウェルはお互いの顔を見つめる。その行動は、お互いに“知っていたか?”と確認する様だった。そして、二人とも首を横に振るのであった。
「うぬらの知識がどの程度かは知らんが、元素精霊はとてつもなく大きい存在であり、四種八体の存在じゃぞ」
またしても知らない知識が女から語られる。
元素精霊は四種八体。これは何を意味する物なのだろう?
「元素精霊の大本、それらは世界の四隅に居る。それらから漏れだした力が形を作り、うぬらの知っているサラマンダーやウンディーネとなっておる。したがって――」
女は言葉と共に空間を掴んだ。
そして、その手が開かれて行く。
その中には…………深く蒼を湛えた魔石が握られていた。
「……それは?」
クロムウェルが石を見ながら呟いた。
その言葉を聞き、女は悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべる。
「これか? これは魔石じゃよ。水気を孕んだ、な」
女の話を信じるならば、これは水の魔石、と言う事になる。
クロムウェルは、恐る恐る魔石へと手を伸ばす。
そして、魔石を摘み上げると、僅かに魔力を通す。クロムウェルの魔力に反応し、魔石は淡く輝いた。
「……本物だ」
クロムウェルはテターニアに告げる。
言われたテターニアは、信じられないと言う表情で女を見つめた。
それが楽しかったのか、女はケラケラと笑い声を上げる。
「それでは……」
女はそう言って再び虚空に手を伸ばす
いや、そうでは無かった。女の肘から先が消失しているのだ。まるで、別空間へと手を伸ばした様に。
実際にそうであった。女の肘辺りの空間が、僅かにだが水が創る波紋の様に揺れているのだ。
女の手が、ゆっくりと空間から引き出される。
その手には、直径が十五センチ程の赤い魔石が握られていた。
いや、赤と言うよりも、紅と言い表した方が良い色を湛えた魔石であった。
「レギオン・モンスターと戦う時に使うが良い」
そう言って女は紅の魔性をテターニアに渡す。
「これは、何か特別な魔石なのか?」
テターニアは魔石に視線を落としながら、素直に疑問を口にする。
「そうじゃな。特別と言えば特別な物じゃ。今、うぬの火砲槌にはめ込まれておる魔石は、サラマンダーの力を固めた物じゃ」
女の言葉に、テターニアは頷きで返す。
「しかし、その魔石は、上位の存在、イフリートの欠片じゃ。威力は、今までの物とは桁はずれに上昇するであろうよ」
「……イフリート」
テターニアは、魔石を見つめながら呟く。
女は、クロムウェル、テターニアに一度ずつ視線を向ける。そして、ゆっくりとスカートを揺らしながら背を向け歩き出した。
何歩か歩き、女は思い出した様に振り返る。
「元ロックフェル領の北側へ向かえ。そうシャルロットに伝えてたも」
そう言うと女は、自身の眼前に浮かんだ暗闇へと消えていった。
「一体あの女は誰だったんだ?」
テターニアの独り言の様な呟きに、クロムウェルは首を横に振る。
「解らない。だた、絶対に逆らえない何かを感じた」
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この日の夜、領主館に戻って来た二人は、裏山で出会った謎の女の事をシャルロットに語って聞かせた。
その話が進めば進むほど、シャルロットの表情は疲れた物へと変化して行く。
シャルロットの表情を見、テターニアとクロムウェルは顔を見合わせ首を傾げる。
「まあ、ミカサが来てたんだから、まさかとも思ったけど……」
シャルロットは前置きを口にすると、謎の女の正体を口にする。
「アンタ達が出会った人は、多分ビクトーリア様よ。煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様」
驚きのあまり声が出ない二人を見つめるシャルロットは、実に楽しそうであった。




