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謎の来訪者 前編

 巨大ワームの一件が終わりを告げ、シャルロット達がカーディナルに帰還を果たしてから十四日が過ぎた。

 クロムウェルも徐々にだが、カーディナルの空気に馴染んで行っている様に見える。

 これと言って騒動が起こる訳でも無く、穏やかな時間が流れていた。そう、この瞬間までは。

 カーディナルの領主邸。シャルロットの住まう屋敷の玄関ドアが、激しく開かれた。


「ゴラァーーー! でてこいやー、シャルロットー!」


 荒々しくも幼い怒声と共に。


 サラサラとした長く伸ばされた黄金の髪。

 大きくドングリの様な、髪と同様の色を湛える瞳。

 歳の頃は十二歳程か? 百三十センチ程のちんまい身体。

 そして、その身に纏うはゆったりとした白いワンピース。

 可憐な少女が領主館に殴り込んで来たのであった。


 声に気付き、執務室のドアから顔を出すシャルロット。

 その目に映る光景は、ヴァネッサ、イレーネ、アキリーズ、領主館のメイドに執事が三人掛かりで、荒ぶる少女をなだめている姿であった。

 シャルロットは、溜息と共に謎の少女の下に向かう。


「なにやってんのよ、アホ鳥」


 シャルロットは、言葉と共に謎の少女の鳩尾にソバットを決めた。


「おごっ!」


 謎の少女は、呻き声を上げながら後へと吹っ飛んだ。しかし、謎の少女は一切のダメージを見せる事無くシャルロットと対峙する。


「ようやく出て来たわね、シャルロット。謝りなさい。すぐ謝りなさい。さっさと謝りな――ごふぁ!」


 謎の少女が言葉を終わらす前に、シャルロットの二度目のソバットが炸裂した。


「うるさいわねー! ピーチクパーチクさえずるんじゃ無いわよ!」


「なにおー! このわたしに二度も蹴りを入れるなんて! シャルロットのくせに生意気だぞー! ぎゃふん!」


 三度目のソバットが決まった瞬間であった。


「とりあえず、餌をあげるから黙りなさい!」


 シャルロットは、ビシッと謎の少女を指差す。


「えさ? 豆か? 豆をくれるのか?」


 謎の少女はそう言って目を輝かせた。それも豆、で。

 シャルロットは悲しい気持ちで一杯になった。

 目の前の謎の少女は、何て可愛そうなのだろう、と。その食生活も。そして、頭の中も。


「イレーネ。あなたが焼いたスコーンがあったでしょ? アレを出してあげて。たっぷりのジャムと一緒に」


「は、はあ。畏まりました」


 そう言ってイレーネは奥へと引っこんで行った。

 そして残るは、シャルロット、ヴァネッサ、アキリーズ、そして謎の少女。

 シャルロットは、ヴァネッサとアキリーズを視界に留める。


「大丈夫だから。このアホ鳥は、少しお頭(おつむ)が可哀そうな子なのよ」


 そして、こう説明した。当然の如く、背後では謎の少女がピーピー騒いでいたが、シャルロットは一切の無視を決め込んだ。


「御知り合いで御座いますか?」


 代表する様にアキリーズか問いかけて来た。


「まあねぇ。昔からの知人よ」


 シャルロットは疲れた様に声を絞り出す。

 だが、この言葉にヴァネッサは首を捻る。

 ヴァネッサ及びイレーネとシャルロットの付き合いは長い。それこそ二人がシャルロットと時間を共有していない期間は、シャルロットが産まれた瞬間からの二ヶ月程だ。

 シャルロットが知っている人物は、当然自分達も知っているはずなのである。だが、ヴァネッサは目の前で騒ぎ立てる謎の少女を知らなかったのだ。しかし、当のシャルロットは長年の付き合いの様に振る舞っている。

 ヴァネッサの困惑は加速するのみであった。

 シャルロットは、何とかヴァネッサをなだめ、場所を応接室へと移す。


「それで、アンタ何しに来たのよ」


 そう言うシャルロットだが、謎の少女からの反応は無い。

 現在の謎の少女は、イレーネが持ってきたスコーンに夢中なのだ。


「なんだコレは! うまいぞ! うまいぞ、シャルロット!」


 バクバクとスコーンを貪る謎の少女。ぽろぽろと食べかすをこぼしながらスコーンにかぶりつく。気品や上品さなど皆無の姿。

 シャルロットは、その姿に溜息を吐くのであった。

 十数分を費やし、山の様にあったスコーンは謎の少女の腹に全て収まった。


「ふー、はらいっぱい」


 謎の少女は、自身の膨らんだ腹を叩きながら満足げに呟く。

 この行動に、シャルロットは再び溜息を吐いた。


「それで、アンタ何しに来たのよ」


 シャルロットは再び問いかける。

 謎の少女は、シャルロットを指差し“それよ!”と叫ぶ。一体何がソレなのかは意味不明なのだが。


「あんた、なに考えてるのよ」


 ようやくまともに話す謎の少女の言葉がコレである。

 一切の説明をする気が無いのか、はたまた順序立てて話す事が出来ないのか、それは謎の少女にしか解らない事だろう。


「なに考えてるって、何が?」


「お姉さま、怒っていたわよ! 激オコよ! ぷんぷん丸よ!」


 謎の少女の姉が怒っているそうだ。だが、後半部分の言葉は、シャルロットには理解不能であった。


「え? 怒ってるって?」


「そうよ!」


 謎の少女の言葉に、シャルロットは本日何度目かの溜息を吐いた。


「一から説明しなさいよ! 意味解んないわよ!」


 謎の少女は腕を組み立ちあがった。

 どうやら、上から目線で話したい様である。

 自身が上位者であると示したいのか、それとも、シャルロット以外には威張者が居ないのかは不明であるが、恐らく謎の少女の行動を見るに、明らかに後者であろう。


「あんた、バリサルダどうしたの?」


 謎の少女から、責める様な言葉が投げかけられた。

 しかし話し相手はシャルロット。簡単に事は進むはずが無い。


「うん? バリサルダ? あげたわよ」


 しれっとそう言うシャルロット。

 謎の少女の表情は凍りついた。しかし、それも一瞬。徐々に謎の少女の顔は、赤みが増して行く。そして、感情が爆発した。


「バカじゃないの! バリサルダよ、バリサルダ! バリサルダなのよ! ごふぇ!」


 あまりのうるささに、シャルロットの放つ四度目のソバットが的中した。


「うるさいわねー。少し黙りなさいよ」


「そう言う事は、蹴る前に言いなさいよ」


 シャルロットの言葉に、珍しく謎の少女が正論を口にした。

 これには、シャルロットも驚きを示す。


「ア、アンタ。まともな事も言えるのね」


「わたしを何だと思ってんのよ! シャルロット!」


 謎の少女の怒りに対し、シャルロットは僅かに逡巡し


「とり?」


 短く返事を返した。それも失礼と思われる言葉で。


「ん? ま、まあ、まちがってはいないわね」


 しかし、どうやら失礼では無い様だ。

 だが、こんな馬鹿な会話を何時までも続けていられない。シャルロットは領主様。忙しいのだ。


「それで。バリサルダをあげちゃったから、文句言いにきたの?」


「うん? ちがったような……」


 謎の少女は再度腕を組み、今度は悩みだした。

 必死に、何用で来たのか思い出そうとしている様である。どれほどの時間が経過したであろうか、謎の少女が両手を打ち鳴らした。


「そうだ! バリサルダの事よ!」


「はあ? バリサルダの事なら、さっきさんざん騒いだじゃない」


 シャルロットの言葉に、謎の少女は右手の人差し指を立て、それを左右に振った。


「チッチッチ! 甘いなぁ。シャルロットは甘々だなぁ」


 謎の少女は、ニヤリといやらしい笑みを浮かべながら、小馬鹿にした様な台詞を口にする。

 ウザイ! それがシャルロットに生じた感情の全てだった。


「じゃ、じゃあ、バリサルダの何を言いに来たのよ」


 もう一度蹴り飛ばしたくなる感情を、グッと押さえてシャルロットは問いかける。


「では教えてしんぜよう! バリサルダってねぇ、あんたにしか使えないのよ」


「え?」


 謎の少女はそう言うが、実際にクロムウェルは使えていた。これは一体どう言う事なのであろうか?


「大変だったみたいよぉ。戦闘中にコードを書き換えるの」


「こーど?」


 シャルロットは首を傾げる。実際、謎の少女が言った言葉、その半分もシャルロットには理解出来なかったからだ。


「コードってのはねぇ、バリサルダの使用権限みたいな物だそうよ」


「そうよって、アンタ知らないの?」


 シャルロットの言葉に、謎の少女の表情が曇る。そして


「わかんにゃい」


 半泣きの様な表情を浮かべた。

 この表情に、シャルロットからは恒例となった溜息が洩れた。


「つまり! つ・ま・り! バリサルダを使えるのは、世界で一人だけと言う事! もうあんたは使えなくなってるし! ほかの人も使えない! 覚えておきなさい!」


 謎の少女の言葉を、シャルロットは頷きで肯定する。理解した、と。

 シャルロットの了承を無事確認した謎の少女は、お使い完了とぺったんこの胸を張る。


「さてと。帰るわ」


 謎の少女は、そう言うと笑いながら応接室から出て行った。

 シャルロットも慌てて後を追う。

 その姿が目に留ったのか、ヴァネッサ、イレーネも合流した。

 謎の少女は外に出ると、屈伸などの準備運動を始める。その姿を後ろから見守るシャルロットは、その背中に向けて声をかけた。


「また来なさい。今度は事前に連絡しなさいよ。わかった、ミカサ?」


 謎の少女、いや、ミカサと呼ばれた少女は振り返り、嬉しそうな笑顔でシャルロットを見つめる。


「それなら、また美味しい物を用意しておくのだぞ。それから……ほい!」


 ミカサがシャルロットへ向け何かをほおり投げた。

 それは、拳程の大きさの巾着袋だった


「何よ、コレ?」


「屋敷の四方に植えるが良い! お姉さまは、そう言っていたぞ」


 屋敷の四方に植える? 意味は解らないが、アイツがそう言うのなら、何か意味が有る事なのだろう。

 シャルロットは、素直に巾着袋を受け取った。ありがとう、と言う言葉と共に


「とう!」


 ミカサは言葉と共にジャンプした。

 その瞬間、辺りは目が開けていられない程の光に包まれる。そして、眩しさが治まった大空には…………体長十メートルを超える黄金の鳥が舞い、南へと飛び去って行った。


雷神鳥(サンダー・バード)


 ヴァネッサがポツリと呟く。


「……姫様。あの少女は……」


 イレーネがおずおずと問いかける

 この疑問に、シャルロットは南の空から目をそらさずに答えた。


「アイツはミカサ。この世界にある五種類いる幻獣の頂点にして、クソビッチ、じゃないや、ビクトーリア様の御使いよ」


 そう言ってシャルロットは、楽しげに笑うのだった。



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