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褒賞

 自身が解放されたのだと認識したクロムウェルは、泣き崩れる様に床へと座りこんだ。

 ずっと気を張っていたのだろう。自身を奴隷に落そうと決意する程に。

 そんな緩やかな空気の中、クレメンスは少し困った様な声を上げた。


「うーん、どうしようかしらぁ」


「どうしたの? 自分がバカだと気付いたの?」


 クレメンスの言葉に、シャルロットが茶化す様に反応した。だが、これは何時もの事。クレメンスは何事も無かったかの様に、自身の悩みを口にする。


「彼女の、これまでの食費とかを請求する場所が無いのよ。クロムウェル、あなた払える?」


 クレメンスはそう質問するが、各地の奴隷オークションを回ったため、クロムウェルが現在持ち得る金銭は僅かな物となっている。当然、支払える訳が無い。

 バリサルダを売り払えばかなりの大金が手に入るが、国宝級の魔剣など誰が買えると言うのだ。それに、好意として貰った物である。売り払える訳が無い。現実的には無理なのであった。

 クロムウェルは悲しげに首を横に振る。

 この現状を見て、クレメンスは溜息を吐いた。

 だが、この場には居るのである。悪巧みの天才と言っても良い人物が。

 シャルロットは、クレメンスの机に右手を置くと、顔を近付けてこう言った。


「クレメンス。アンタ、商売を広げたいと思わない?」


 それはそれはさわやかな、邪気の無い笑顔で。

 商売を広げる。その事に嘘は無い。それは解っている。しかし、相手はシャルロット。絶対にその裏があるはずなのだ。

 クレメンスはシャルロットの意図を探ろうと一瞬思ったが、すぐにその思考を放棄する。目の前の人物の思考など、一商人である自分には到底及ばない事は解っているのだから。


「それは思っているわよ。国の許可をもらっているとは言っても、扱うのは奴隷。徴税請負人並に、夕闇を歩く様な職業だもの」


 クレメンスはあっけらかんと言い放つが、その心情は推して知るべしなのである。


「それで、シャーリィはどうしたいの?」


 クレメンスは、シャルロットに問いかける。腹の内を見せろ、と。


「カーディナル、アイオン、ヴァスカビルを回る行商路の独占権と、商会の建物一切合切」


「な、何、何ですって!」


「だーかーらー、カーディナル、アイオン、ヴァスカビルを回る行商路の独占権と、商会の建物一切合切よ」


「ひ、姫様それはもしかして……」


 シャルロットの思惑に気付いたヴァネッサが、慌てて声をかける。だが言葉の続きは、シャルロットの掌によって阻止された。

 クレメンスは、この提案について思案する。そして、一つの引っ掛かりを覚えた。


「ねえ、シャーリィ」


「なに?」


「その辺りって、確かコーネリア商会の販路じゃなかった?」


 クレメンスの問いかけに、シャルロットはにっこりと花の様な笑顔を見せ


「大丈夫。コーネリア商会なら、潰したから」


 えらく物騒な言葉が返って来た。

 この言葉に驚いたのはクレメンス。シャルロットはこう言った。潰れたのでは無く潰した、と。

 一体、目の前の少女は何をやったのだろうか? そして、コーネリア商会は何を行って怒りを買ったのだろうか? だが、その答えは容易に手に入るだろう。自分が首を縦に振りさえすれば。


「ごめんなさい、シャーリィ。一日程時間をくれる? じっくり考えてみたいの」


 しかし、組織が大きくなれば、人事を考える必要が出て来る。王都に残す者。新天地に連れて行く者。自分一人では答えが出せない。だからこそ、クレメンスは時間の余裕を求めたのだ。

 シャルロットとしても、そんな事は解っている。だからこそ、この申し出を二つ返事で了承した。

 しかし、コーネリア商会を丸投げ出来る人物を見つけたのだ。シャルロットは、決して逃がしはしないと心に誓うのであった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 翌朝、宿で朝食を済ませたシャルロット一行は、ゆっくりとした速度で馬車を走らせ、王城へと向かうのだった。

 車内のシャルロットはお気楽な物で、簡単な報告で終わるだろうと予想していた。しかし、現実はそう上手くいく事は無かった。


 城門を潜り馬車を止めるが否や、十名程の騎士達に出向かえを受けた。そして、すぐに謁見の間へと赴く様にと指示を受ける。

 謁見の間で報告? シャルロットは首を傾げるが、国王が来いと言っているのだから、行かない訳にはいかない。シャルロットは何度も首を傾げながら、渋々謁見の間へと歩を進めるのだった。

 謁見の間の前まで来ると、扉を守る兵士が声を上げる。


「シャルロット・デュ・カーディナル男爵卿、御越しに御座います!」


 声と共に、重い扉が開かれた。

 その瞬間、シャルロットは眩暈がする思いだった。

 玉座には国王、王妃が座り、その隣には第一王子であり王位継承一位のシャルルマーニュが立っていた。

 そこまでは了承出来る。

 此処からが問題なのだ。シャルルマーニュの隣、一歩引いた位置にエリザベート、第一王子の妻が立っている。そして、通路の様に敷かれた絨毯の横、そこには王都に居を構えている貴族達の姿があった。それも十人。皆、王国の重鎮達だ。

 そして、貴族達の背後には騎士隊が。見れば、クーデリカやハミルトンの姿がある。と言う事は、この騎士隊は王国第一騎士隊。つまりは、王国騎士団の中でトップに付く騎士隊と言う事になる

 一体何が起こっているのか、シャルロットには一切理解する事も、推測する事も出来なかった。


「シャルロット・デュ・カーディナル。巨大ワームの討伐を終え、帰還致しました」


 シャルロットはもう知らん、と意識を切り替え堂々と名乗りを上げた。

 その瞬間、左右の人だかりから割れんばかりの拍手が起こる。その拍手は、国王が右手を上げるまで続いた。

 そして、場は静寂に包まれる。


「シャルロット・デュ・カーディナル。此度の討伐成功、見事であった」


 国王から称賛の言葉が投げかけられた。


「御褒めに預かり、光栄であります」


 シャルロットは、言葉と共にうやうやしく腰を折る。


「細かな話は後程とするが、まずはカーディナル卿への褒賞を行う事とする」


 国王はシャルロットに対して、褒美をくれると言う。恐らくだが、横に居並ぶ者達は、シャルロットへの褒賞を祝に来たのだろう。


「レックホランド法国法皇リリー・マルレーン陛下及びヴィルヘイム公爵家からよしなに、との言がある。よって、シャルロット・デュ・カーディナル。本日、この場を持って、貴公に子爵の地位を与える物とする!」


 国王の言葉に、再び両サイドから割れんばかりの拍手が鳴り響く。中には目頭を押さえ、泣いている者達もいた。その者達の顔を良く見れば、幼い頃よりシャルロットを可愛がってくれていた者達であった。

 地位の向上。嬉しいか嬉しくないか? と聞かれれば、嬉しくは思う。だが、爵位が上がると言う事は、それに伴う責任も付いて来る。

 シャルロットは内心面倒臭いと思いながらも頭を下げる。


「感謝致します、国王陛下。シャルロット・デュ・カーディナル、子爵の称号拝命致します」


 シャルロットの言葉に、三度場には拍手の音が響き渡った。







「こんな短期間で爵位を上げるなんて、なにを考えているのですか!」


 場を国王の執務室に移した王族ファミリーとシャルロット一行。

 部屋に入るなり、シャルロットの放った一言がコレであった。


「仕方が無かろう! レビルネイトどころか、リリー・マルレーン法皇陛下からも言葉があったのだ。金や品物で済ます訳にも行くまい」


 バーングラス王は腕を組み、シャルロットの言葉を切って捨てる。


「叔父様の事は解るけど、なんで法皇陛下が出てくるのよ!」


 そう、何故此処で隣国であるレックホランド法国が出て来るのか? それに対しての説明をシャルロットは求める。

 このシャルロットの抗議に対して、バーングラス王は机の引き出しから一通の封筒を取り出し机に置いた。中を見ろ、と言う事なのだろう。

 シャルロットは、黙って手紙を手に取る。封は切られている。

 シャルロットは、封筒に残された封蠟に視線を向ける。そこに刻まれた意匠は、六対に別れた蜀台。レックホランド法国の国旗と同じ意匠であった。

 つまりこの書簡は、レックホランド法国より正式に送られた親書と言う事だ。

 シャルロットは、溜息を吐きながら親書に目を通して行く。

 内容は、要約するとこうだった。

 まずは、シャルロットのレギオン・ワーム討伐への祝辞。次に、事が放置されていれば、レックホランド法国の民達に被害が出ていた可能性。そして、それを未然に防いでくれた事への感謝。最後に、バーングラス王へ向け、褒賞は出来る限りして欲しいと言う希望。追伸として、クリスタニア王国が無理と言うならば、レックホランド法国にて枢機卿の地位を用意する、と言うことであった。


「ぶふぉ!」


 シャルロットは最後の一文を読んで噴き出した。かの法皇は、一体何を考えているのだ、と。

 枢機卿と言えば、レックホランド法国に置いてのナンバー2の役職になるのだ。

 法皇を頂点として、何名かの枢機卿が支える。それが、レックホランド法国と言う組織なのだ。


「お、お、お、お父さま!」


 あまりの驚きの為、対外的に使っていた国王陛下と言う呼び名すら忘れるシャルロット。

 その馬鹿馬鹿しさを重々理解しているバーングラス王は、静かにゆっくりと口を開く。


「解っておる。リリー・マルレーン法皇陛下には、ちゃんと断りの文を送っておいた。シャルロットはまだ年若く、勉強が必要である為、今回は辞去させて頂く、とな」


 バーングラス王の言葉を聞き、シャルロットは風船の様に息を漏らした。


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