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望みの行方

「終わったわね」


 シャルロットはメディア(精霊)を開放すると、クロムウェルに視線を向けながらそう呟く。ヴァネッサ、イレーネ、テターニアも同じ気持ちだったのか、クロムウェルを見つめていた。


「……そうだな。終ったんだな。ありがとう、礼を言う」


 クロムウェルはシャルロット達と向き合い、頭を下げた。

 シャルロットはクロムウェルの礼を頷く事で受領し、視線を騎士団長へと移動させる。その視線に気づき、騎士団長は早足でシャルロットの下へと馳せ参じた。


「何用で御座いましょうか、カーディナル卿?」


 騎士団長が姿勢正しく尋ねる。


「辺りの警戒と索敵をお願い。アレ一匹だとは思うけど、複数存在したら危ないから」


「はっ!」


 シャルロットの命に、騎士団長は啓礼で応え場を後にした。そして騎士達に言葉を告げる。

 騎士達は皆一様に啓礼のポーズで命令を受諾し、四方に散っていった。

 事後処理の命令を終え、シャルロットは馬車の荷台へと腰を降ろす。そのタイミングを見計った様に、クロムウェルは近付きバリサルダを差し出した。


「なに?」


 シャルロットは、バリサルダに視線を落としながら呟いた。まるで、クロムウェルが何を言っているのか解らないとでも言う様に。


「いや、剣を御返ししようと思って」


 シャルロットの反応に、戸惑いながらクロムウェルはそう返す。だが、シャルロットの口は開かれない。ただ、じっとバリサルダを見つめるのみ。

 どれほどの時間が経ったであろうか? おもむろにシャルロットは口を開いた。


「使い心地はどうだった?」


「そ、その良かった。ずっと使っていたかと思うくらい、手に馴染んだ」


「そっか」


 シャルロットは短く呟くと、夕暮れで赤く染まった空を見つめる。そして、再びクロムウェルを視界にとらえると


「あげるわ。大切にしてあげてね」


 そんな事を言い出した。

 これに慌てたのはクロムウェルだ。


「あ、あげるって……」


 たったこれだけの言葉を絞り出すのが精一杯であった。

 それほどにシャルロットの言葉は、出鱈目なのである。

 大体魔剣など、欲しいと思っても簡単に手に入る様な物では無い。僅かな属性が付与されただけの魔剣一本と、馬一頭がおおよそ同じ価格なのだ。馬一頭の価格? それは、平均的な農家の約半年分の稼ぎと同等。それほどに魔剣と言う物は、価値がずば抜けているのである。

 それが、バリサルダ。国宝に指定されても不思議でない程の魔剣であるならば? 答えは明確である。


「じょ、冗談はやめてくれ」


 そう口にした瞬間、クロムウェルは気付いた。自分は志願奴隷であり、目の前の少女は自分の主人なのだと。自分を警護させる為に、剣を持たせたのだと。


「そうか。いえ、そうですね。では、ありがたく使わせていただきます」


 そう言って腰を折った。

 だがこの事は、クロムウェルの盛大な勘違いである事が後に判明する事となる。誰一人として、シャルロットと言う人物を見抜けていなかったのだと。

 シャルロットとクロムウェルの会話も終り、しばらくすると騎士達が戻って来た。

 騎士団長は急ぎシャルロットの下へと駆け寄り、見周りの結果を報告する。何も問題は無かった、と。

 これにて、ダーク・エルフを巻き込んだヴィルヘイム領での騒動は終わりを告げる。

 残るは、国王とヴィルヘイム公爵への報告。そして、クロムウェルの処遇である。

 まずは、ヴィルヘイム公爵への報告であろう。

 一行は馬車を走らせ、来た道を逆に辿って行く。半ばの村で宿を取り、十日ぶりのヴィルヘイム公爵邸へと帰還した。


「無事戻ったのだ結果は解っているが、一応の報告を聞こう」


 皆がヴィルヘイム公爵邸の会議室に集まる中、ヴィルヘイム公爵が静かに語り出した。


「承知いたしました。件の巨大ワームなのですが、やはりウンディーネ(水精霊)を取り込んでおりました」


「そうか…………。で、ウンディーネ(水精霊)は?」


「世界の狭間へと」


「解った」


 この後報告会は半日程続いた。

 そして、二日後。


「では、気を付けてな」


「シャーリィ、またね」


 王都へと向かう馬車の前、ヴィルヘイム公爵とアンナマリーがシャルロットに向け言葉を掛ける。


「御心遣い感謝致します。アンナマリーもありがとね。では、いずれまた」


 シャルロットは笑顔と共に言葉を返す。そして、馬車はゆっくりと動き出した。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 シャルロット一行は、約五日をかけ王都へと到着した。時刻は夕暮れ。王城に出向くのは明日とし、本日は街で宿を取る事にした。支払は、もちろんクリスタニア王家に請求してもらおう。

 荷物を下ろし一息吐いた所で、シャルロットは出かける旨を伝える。

 どこへ? 決まっている。クレメンス・コーデの所である。

 クロムウェルを誘い出かけようとするシャルロット。その時、ヴァネッサが同伴を申し出る。それを了承するシャルロット。

 イレーネとテターニアにも聞いたが、二人は留守番をすると言う。そうであるならば、とシャルロットは二人と共に歩きだす。大路から脇道にそれ、クレメンスの事務所前まで辿り着いた。


「クレメンスは居るかしら?」


 以前来た時の様に、扉の前に立つ男に声を掛ける。男は一礼し扉を開けた。

 扉をくぐり、一階の広間に出る。そこには商会のナンバー2、サージの姿があった。


「これはこれは、シャルロット様。お嬢様は三階に居られます。どうぞ」


 サージは笑顔で出迎えると、主人の居場所を口にする。そして、シャルロット達を導く様に歩き出した。

 一階、二階と階段を上がり、三階にある目的の部屋の前まで辿り着く。そして、ドアを二階ノックした。


「サージで御座います。シャルロット様が御到着なされました」


「どうぞー」


 室内から入室の許可が下りた。

 サージはドアを開けると、一礼して去っていく。シャルロットはその背中を見送ると、室内へと一歩踏み出した。


「おかえりなさい、シャーリィ。どう、順調に終わった?」


 クレメンスの言葉に、一切の不安は感じられなかった。シャルロットが、無事討伐を済ます事を信じて疑わないと言う現れだ。その言葉にシャルロットは、やや苦笑いを浮かべながら返事を返す。


「無事終わったわよ。思ったよりも大きくてビックリしたけど」


 こんな冗談を交えながら。

 クレメンスは二度ほど頷くと、本来の話題へと話を切り替える。


「以前カーディナルを根城にしていた小悪党、無事売れたわよ。これが証書」


 そう言って一枚の羊皮紙を机の上に置いた。シャルロットはその証書を手に取り、内容に目を通す。


「なかなか高額で売れたわね」


「まあね。手下は鉱山奴隷として売り払ったわ。それと首領と副首領の四人なんだけど……」


「なんだけど?」


「帝国にある、闇の婦人団体が高額で買ってくれたわ」


 クレメンスの言葉に、シャルロットは妙な引っ掛かりを覚えた。その引っ掛かりとは…………もちろん闇の婦人団体と言う言葉だ。


「ねえ、クレメンス」


「何かしら?」


「闇の婦人団体ってなに?」


 シャルロットの問いかけに、クレメンスは意地の悪い笑みを浮かべると


「世の中には、知らない方が良い事もあるのよ」


 そう言って問い掛けを跳ねのけた。知りたい、と言う気持ちもあるのだが、まあそう言う事なのだろう。

 さて、残るはもう一つの案件である。


「それで、これがクロムウェルの奴隷証書。シャーリィがサインすれば、それで契約は締結されるわ」


 クレメンスはそう言い、羊皮紙を置いた。

 シャルロットは先程と同じように、書類を手に取り目を通す。そして、その書類を蝋燭の上にかざした。

 書類は、その内容を死守しようとするかの如く、ゆっくりと少しずつ燃えて行く。


「ちょ、ちょっとシャーリィ、何してんの!」


 シャルロットの行動に、クレメンスは驚きの声を上げる。むろん、ヴァネッサも当人であるクロムウェルも声こそ出さなかったが同様に驚きを顕にしていた。

 だが、シャルロットは平然と書類を火にかざし続ける。そして


「なにって? 書類を破棄しているんだけど」


 悪びれずにそう答える。


「それは解るわよ! でも、何で破棄するのよ!」


 クレメンスの混乱は続く。

 奴隷とは所有物であり、財産である。それなのに、シャルロットはその財産を平然と捨てているのだ。これに驚かない者はいない。

 だが、シャルロットは表情を変化させずに、次の言葉を綴る。


「だって、いらないでしょ」


 意味が解らない。そんな表情を、場の三人は顔に出していた。

 シャルロットは一つ溜息を吐くと、破棄する理由を口にする。


「自信の望みを叶えてくれた者を、自身の所有者とする」


 シャルロットは、書類の一文を口にする。

 確かにそう書いてあった。だから、クロムウェルの主はシャルロットになるのだ。何か可笑しな所でもあったのだろうか?


「巨大ワームを打ち取るのが、クロムの望み。それで良いのよね」


 八の字眉毛で思案するクレメンスに、シャルロットは問いかける。


「ええ……そうよ」


 クレメンスは答えるが、言葉の中に僅かな疑問が伺えた。

 シャルロットは、ニヤリと悪党の笑みを浮かべると


「ヴァネッサ」


 自身のメイドに声を掛けた。


「は、はい。何でしょう、姫様」


 僅かに遅れて返事を返すヴァネッサ。


「巨大ワームに、止めを刺したのは誰だったかしら?」


「「あ」」


 ヴァネッサとクロムウェルの声が重なった。

 そう、巨大ワームに止めを刺したのは、最後の一撃を加えたのは、紛れも無くクロムウェルなのだ。ならば、クロムウェルの望みを叶えた者は、クロムウェル自身となる。つまり、クロムウェルの所有者は、クロムウェル自身なのだ。

 事態を見ていず戸惑うクレメンスに、ヴァネッサが説明する。事の顛末を聞かされ、理解したクレメンスの取った行動は?


「あきれたわ」


 その一言であった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 姫様そんな引掛けみたいなwwww
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