旅立ち
朝日が優しく王都を照らす。
その中で、王城の廊下をふらついた足取りで歩く一つの影。
その正体は、昨日めでたく廃嫡されたこの国の第一王女シャルロットである。
寝間着姿のまま、虫取り網片手に帰路についていた。
「やっと終わったわ。それにしても……精霊って自由過ぎるわ」
愚痴をこぼしながら、とてとてと一歩を踏み出す。
そして、その疲れ果てた姿を目ざとく見つける者が。
「姫様、お早よう御座います」
シャルロットの朝食を用意する為に、炊事場に行くイレーネであった。
「ああ?」
シャルロットは半眼で声の主を睨みつけた。
「イレーネ。アンタねぇ」
「何で御座いましょうか、姫様?」
呑気に相槌を返すイレーネに、シャルロットはおもむろに近付くと
「アンタ、扉の施錠、忘れたでしょ」
事実を突き付けた。
イレーネは僅かに首を傾げ
「忘れましたか?」
疑問形で言葉を返す。
この言葉に、シャルロットの小さな堪忍袋の緒が切れた。
「忘れたの! 忘れてたの! そのせいでわたしは、酷い目にあったの! 朝まで精霊狩りに勤しむ事になっちゃったの!」
もの凄い勢いでの言葉の濁流に、イレーネは一度まばたきをすると
「それは大変でしたね。ですが、姫様がお元気そうで、イレーネは嬉しく思います」
無責任な感想を口にする。
これには、いかにシャルロットと言えども溜息を吐く事しか出来なかった。
しかし、意趣返しはしなくてはいけない。
「イレーネ」
「はい。何でしょう姫様」
「しばらくの間、アンタは閨無し。一人寂しく夜を過ごしなさい。私は王都で過ごす最後の一日、ヴァネッサと温め合います。」
シャルロットはバッサリと決断を下し、よたよたと自室へと歩を進める。
後ろからイレーネの悲痛な叫びが聞こえたが、無視を決め込んだ。
そして、運命の日を迎える。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
旅立ちを祝福する様に、王都の空は雲一つ無い晴天に包まれていた。
正門の前には二台の馬車が止まり搭乗者を静かに待っている。一台は屋根付きの人が乗り込む馬車。そして、もう一台は荷車。
そこへ向け、規則正しい足取りで歩く二つの影と、それに続くアンデッドの姿があった。
いや、アンデッドでは無い。
ふらふらと揺れながら歩くシャルロットである。
「姫様、大丈夫ですか?」
心配しイレーネが声を掛ける。
それに対し、シャルロットはゆらゆらと手を振るのみ。
その状態をつぶさに観察し、イレーネの瞳は一瞬で半眼となる。そして視線はゆっくりとヴァネッサへ。
「あなた、何回絞り取ったの?」
朝も早くからそんな質問をされ、ヴァネッサは頬を染める。普段の硬物キャラとは程遠い乙女な姿。
「そんな! 絞り取ったなんて!」
改めて言われ、イレーネは若干反省の意を表す。確かに、絞り取るははしたなかった、と。
「こほん。姫様に何回注いで頂いたのかしら?」
咳払いと共に過去の自分と別れを告げ、新たに問いかける。
ヴァネッサはゆっくりと指を三本立てた。
三回したと言う事だろうか?
しかし、三回でシャルロットがふらふらのアンデッドと化すだろうか?
イレーネは質問の変更を試みる。
「姫様は何回出されましたか?」
この問いに、ヴァネッサは両の手を広げる。
「じゅっかい、ですか?」
イレーネが指の数を読み上げる。しかし、その指は静かに四本畳まれた。
「ん? 六回と言う事ですか?」
この言葉に、ヴァネッサは静かに首を横に振った。
「まさか、十四回」
「きゃっ」
頬に手を当て恥らうヴァネッサ。
しかし、一晩で十四回の発射。
シャルロットの身体は、女性をベースに構成されている。と言う事は、当然女性器も有している。
そちらも含めれば……アンデッド化するのも仕方が無い。
イレーネは再び視線をシャルロットに向ける。そこには、今だふらふらと歩くシャルロットの姿が。
イレーネの喉がゴクリとなる。
今のシャルロットならば、やりたい放題では無いか、と。
ヴァネッサに絞り取られた状態で、さらに追い詰めれば、きっと初な小娘の様に泣き悶える事だろう。
馬車と言う密室の中、自分は我慢が出来るだろうか?
「イレーネ、どうかしましたか?」
ヴァネッサが呼びかけて来た。今のプチ興奮状態を悟られない様に言葉を返さねば。
「いえ、何でもありません。姫様の泣き喚く姿が見たい、だなんて微塵も思っていません」
「………………欲望がダダ漏れです。欲求不満、ですね」
言われ、イレーネは顔を強張らせる。
そして
「椅子は硬くても冷たいですから」
謎の発言を漏らす。
「何、馬鹿な事を話してるの?」
アンデッドが追い付いて来た。
「あ、姫様。蘇生されましたか」
「死んで無いわよ。腹上死しかけたけど」
「腹下死では?」
ヴァネッサが訂正を入れる。
「つまりは、三回ともヴァネッサが上だったと」
「きゃっ」
メイド達の馬鹿な会話に、シャルロットの美麗な眉がピクンと跳ねる。そして、前に居る馬鹿達の尻肉をつまみ上げた。
「きゃあ!」
「あふん」
二人の反応の違い。イレーネは驚きを顕にし、ヴァネッサは歓喜に震える。
シャルロットは心の中で分析する。これがSとMの違いなのだと。
そんな朝っぱらからの猥談は、馬車へ到着する事で終了する。
シャルロットはおもむろに馬車の扉を開けると
「こーらー、すけべメイド達。いきますよー」
弱々しくシャルロットの声が響く。
「「はい。姫様」」
凛々しく、出来るメイド然と返事を返す。
しかし、心の中では
((弱っている姫様。可愛い))
愛が深い二人であった。
シャルロットが馬車へ足を掛けた時、イレーネが思い出した様に口を開いた。
「あっ! 姫様、例の物、見つかりました」
言って荷馬車から壱メーター半程のケースを取り出した。
「姫様。これは?」
ヴァネッサが問いかける。
その問いにシャルロットは
「まあ、武器ね」
ケースの中身を言葉にする。
武器。確かにそうなのだろう。しかし、それだけではない様にヴァネッサには見えた。イレーネが持つケース、どこかで見た事があったのだ。
それにしても、とヴァネッサは辺りを見回す。
馬車が二台。馬が四頭。御者が二人に、自分達メイドが二人。そしてシャルロット。
「姫様。見送りの者はおられないので?」
「んー?」
「ですから、見送りの者は……」
「いないわよー。私は廃嫡されたの。追放される元王族を見送る者なんて、居ないでしょうに」
何でも無いと、平然とシャルロットは言葉にする。
「そんな!」
「ヴァネッサ。別れの挨拶は、当の昔に終わられています。忘れたのですか?」
「あら」
困惑していたヴァネッサに、イレーネが真実を語る。当然、言葉に嫌味を混ぜる事も忘れずに。
言われたヴァネッサも、そう言えばそうだったと手をポンと合わせる。シャルロットとの蜜月ですっかり忘れていたと。
「ほーら、早く行くわよ」
シャルロットから声がかかる。
「「畏まりました、姫様」」
二人のメイドは規律正しく言葉を返す。
三人が馬車に乗り込むと、僅かに軋む音と共に馬車が動き出した。
人生の半分を過ごした王城を、王都をシャルロットは離れ様としている。
だが、その瞳には悲しみは無く、一片の心残りも映してはいなかった