ワーム
通常の屋根付き馬車から、国境警備所で使われていた荷馬車に乗り換えたシャルロット達。
その車上で、シャルロットは一メートル半程の革で造られたケースをクロムウェルへと渡す。
「これは?」
首を傾げるクロムウェルに対して、シャルロットは毅然と言葉を綴る。
「使いなさい。あなた自身で一族の恨みを晴らすの」
この言葉に、クロムウェルの表情は緊張を映す。
そして、ゆっくりとケースを開いて行く。
ケースの中身、それは一振りの剣であった。薔薇の柄を持ち百合が描かれた鞘に包まれた逸品。
クロムウェルはゆっくりと剣を鞘から解放する。
レイピアよりもやや太い刀身を持ち、その表面は、水にインクを垂らした様な文様が浮かぶ。
「剣の名はバリサルダ。魔女が鍛えし破魔の剣」
「……破魔の剣」
クロムウェルは刀身を見つめながら、オウム返しに呟いた。
「ええ。聞いた話ですが、その剣の前では大抵の魔法は意味を成さないそうです」
クロムウェルの隣に座っていたイレーネが、シャルロットの言葉を補足する。その言葉に驚き、クロムウェルの視線はシャルロットを捉えた。
「ちょっと待ってくれ。この剣は、国宝か何かなのか? そんな物を私が――」
「大丈夫、私物だから」
何でも無いようなシャルロットの返しに、再びクロムウェルは目を見開く。それほどに信じられない言葉だったのだ。
「私物……。一体どこでこれほどの物を」
「もらったのよ、わたしの誕生祝いに」
「貰っただと、一体誰がこれほどの物をポンとくれると言うのだ?」
シャルロットの説明に、納得がいかなかったのかクロムウェルは再度説明を求める。
「魔女様自身ですよ」
流石にくどいと思ったのか、ヴァネッサが真実を告げる。
「姫様誕生の祝いとして、光と許しの魔女ビクトーリア様から」
「魔女、様、から」
ヴァネッサの言葉に、クロムウェルは信じられない物を見た様な表情を浮かべた。
「で、では、この人は……」
「魔女の加護を受けし方ですよ」
ヴァネッサに変わり、イレーネが胸を張り答える。
この会話を最後に、クロムウェルは硬く口を結ぶ。だが、その瞳は、これまでに見た事も無い程に力に満たされていた。
国境警備所から約五時間。昼を少し過ぎた頃に一行は目的の場所へと到着した。
「酷いものね」
シャルロットは、周りを眺めてそう呟く。
木で造られた家屋はばらばらに破壊され、地面は平らな所を探す事が難しい程うねりかえっていた。そして、そこらこちらに散乱する武器達。
此処で、何かキナ臭い事が起こったと言う事が明白な現場であった。
シャルロットは周りに視線を走らせた後、ヴィルヘイム騎士隊の騎士隊長を呼び寄せた。
「何用でござますか? カーディナル卿」
騎士隊長は呼びかけに応え、急ぎ馳せ参じた。
「騎士達を、二人一組にして周りを見回ってくれるかしら?」
「はっ!」
騎士隊長は姿勢を正し、命令を受諾する。その直後、シャルロットは何かを思い出したかの様に再び口を開いた。
「あっ! 変な物を見つけても、決して手は出さない様にきつく言っておいてね。絶対だから」
「了解いたしました」
そう言って騎士隊長は、シャルロットの前から去っていった。
その後、十メートル程前で騎士隊長が騎士達を集め命令を下している。ほどなくして騎士達は四方八方へと散開して行く。
一体何が出るのやら。シャルロットは報告を待つ事にした。
約一時間程を費やし、騎士団長は再びシャルロットの前に現れる。
「カーディナル卿、周りの調査終了いたしました」
「そう、それで?」
「とりわけ変わった場所は無かった、との事です」
「穴とかも?」
「はい。うねった地面が続いているだけ、との事でした」
騎士団長の言葉を聞き、シャルロットは顎に指を当て再び周りを見渡した。そして決意の言葉を口にする。
「少し休憩したら、行動に移ります」
「はっ!」
騎士団長はシャルロットに対し啓礼し、再び部下達の下へと帰って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「用意は良い?」
シャルロット一行と騎士団は、外側を向いて円陣を組む。そして、全員が二つの音爆弾を握っていた。
「いくわよ」
シャルロットが力を込め、次の言葉を放とうとした瞬間、二つ隣に並ぶテターニアが口を挟んだ。
「なあ、姫様」
「なによ、緊張してるの?」
「それは問題ない。私が危惧しているのは、ワームが真ん中から出現した場合だ」
言われてシャルロットは背後へと視線を向ける。そこには結構な面積の空間があった。
それはそうだろう。総勢三十五名で円陣を組んでいるのだ、その直径も結構な距離となる。
その場所にワームが現れた場合の事は考えているのか? テターニアが聞きたい事はそう言う事である。
「………………」
「考えて無かったのか?」
「もうちょっと距離を縮めましょうか?」
シャルロットは、テターニアから視線を外しそう言うのだった。
「肩が動く範囲でねー」
シャルロットの言葉に合わせ、円陣の輪を僅かに縮める。
まあ、どんな状態であっても、ピンポイントでワームが現れればそれで積みなのだが。
「投擲地視認、準備は良い?」
「「はい!」」
「せーのーでっ!」
シャルロットの号令によって、一斉に全員が音爆弾を全方位に投擲する。
音爆弾は地面に着地した瞬間、地面を揺らす轟音を上げて爆発した。
「第二波!」
再度投擲される音爆弾。そして、再び響く炸裂音。
さて、どうなるか? 固唾を飲んで周りを注視する一同。
どれほどの時間が経ったであろうか? いや、一瞬の事だったかもしれない。
全員の足裏が、地面からノックされた。
「何事だ?」
騎士団長が呟いた。その動揺は波紋の様に騎士達に、そして魔道師達に伝染して行く。
「散開!」
シャルロットから激が飛んだ。その透き通るような声に、騎士達はすぐに正気を取り戻し、剣を抜きながら四方八方へと散っていく。その直後、シャルロット達が円陣を組んでいた中心部に亀裂が走る。
「出るわよ!」
シャルロットがそう叫んだ瞬間
「ヘラクレス!」
「アタランテ!」
ヴァネッサとイレーネは精霊を召喚した。
その瞬間、地面は割れソレは姿を現した。地面から出ている部分だけで十メートル。埋もれている部分を足せば、二十五~三十メートルにはなるだろう。
乳白色の体表。そこに塗れる粘液。まぎれも無くワームである。それも、超巨大な。
「騎士隊は逃げて! テターニア!」
「おう!」
一瞬の判断。
シャルロットの言葉に、テターニアは即座に反応する。
種族特徴の脚力を生かし猛スピードで駆け寄ると、右手にはめた火砲槌で巨大ワームを殴り付ける。
「燃え尽きろ!」
火砲槌の先端にはめ込まれた魔石が輝き、ワームは衝撃と共に炎に包まれる。数秒後炎は揺らめきを消す、だが巨大ワームは傷一つ負ってはいなかった。
「報告通り、ね」
シャルロットは憎々しげに呟いた。
「ヴァネッサ! イレーネ!」
「「はい! 姫様!」」
「アトラックナチャ!」
イレーネの呼びかけに応え現れた精霊は、鞭の形状に自らを変える。
「サウザンド・ウィップ!」
言葉と共にイレーネは、巨大ワームに向け鞭を振るう。
風斬り音を響かせながら鞭は巨大ワームへと襲いかかる。後少しで巨大ワームの体表を衝撃が襲おうとした瞬間、鞭は無数の細い糸状に変化した。そして、変化した糸は巨大ワームを絡め取る。
「ヴァネッサ!」
イレーネの声が跳ねる。その声に呼応し、ヴァネッサがイレーネの持つ鞭から延びる糸を掴んだ。
「ヘラクレス、力を見せなさい!」
ヴァネッサが叫んだ瞬間、黒曜石の様な色をしたガントレットが淡く光輝く。
「ふんっ!」
ヴァネッサは掴んだ糸と共に、巨大ワームを地面から引き吊り出した。
急激に全身を外気にさらされたショックで、巨大ワームはビチビチと地面を撥ねる。
「姫様!」
イレーネからヴァネッサへ。
そしてシャルロットへ。
「クロム、あなたの出番は最後。しっかりと準備して置きなさい。来なさい! メディア!」
シャルロットは、空に向かって最上級精霊の名を呼ぶ。その呼びかけに応え、半透明の女性の様な物体が姿を現す。そしてシャルロットの横に降り立つと、その頬に優しく口づけを落とした。
瞬間、シャルロットを黒い霧が包みこむ。
霧が晴れたその場には豪華な、黒と紫を基調としたドレスを纏う魔女姫の姿があった。