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ヴィルヘイム領

 カーディナルから王都まで約十日。その半分程の時間を費やしシャルロット一行はヴィルヘイム領の中心街へと到着する。


「ここが王国の最南端にある領地か」


 感慨深そうに窓の外を眺めていたテターニアがボソリと呟いた。


「テターニアさんは、他の領地は初めてですか?」


 この呟きが聞こえたのだろう、ヴァネッサが問いかける。


「いや、ロックフェルなどへは何度も行った事があるが、さすがに此処まで遠出した事はないな」


 隠す事無く、テターニアは真実のみを口にする。


「随分違うでしょ。ヴィルヘイム領は、王国の要だから」


「要?」


 シャルロットの補足の様な言葉にテターニアは首を傾げる。


「そ。温暖な王国の南側は、重要な穀倉地帯なのよ。大麦や小麦、野菜何かの農業が盛んな地域なの。カーディナル何かの気温が低い土地では、作れる野菜も多くはないからね」


「成程、だから要か」


 納得が行ったのか、テターニアは首を縦に振る。


「そんな土地だから、統治する者も厳選されるのよ」


 続いて放たれた言葉に、テターニアの首は再び傾げられた。

 その行動と表情を見て、シャルロットはクスリと笑いを漏らす。そして、その意味を口にする。


「王国の食料を一手に握る様な土地なのよ? 馬鹿が統治して土地を疲弊させたり、爵位が低い者が統治して反逆されたりなんかしたら大変じゃない?」


「もっともだ。では、ここの領主は……?」


「ここ、ヴィルヘイム領の領主様は、レビルネイト・ヴィルヘイム公爵。クリスタニア王国国王、バーングラス・ド・クリスタニア陛下の弟よ」


「国王の弟かぁ。ん? なあ姫様」


「なに?」


 シャルロットの言葉に、テターニアは僅かな違和感を覚えた。それは、とても小さな刺ではあるが、聞かずにはいられない。


「姫様や国王の名前の真ん中。ドとかデュって何なんだ?」


 テターニアの言葉に、シャルロットはああと思い至る。


「これはね、継承の有無を知らせる言葉よ」


「継承?」


「そ。ドとか、デュとか付いた人の子供は、爵位を継ぐ事が出来るの」


「ほう、では付かない者達は……」


「一代限りの爵位、と言う事ね」


「では、この地を治める公爵も」


「一代限りね」


 シャルロットの説明に、テターニアはやや眉をひそめる。爵位や国などに、さほど興味の無いヴォーリア・バニー(首狩り兎)のテターニアだが、さすがに少々可哀そうに思えたのだ。

 それを知ってか知らずか、シャルロットは話の続きを口にする。


「まあ、よっぽどのお馬鹿さんじゃない限り、何らかの爵位は貰えるわよ。安心しなさい」


 そんな車内での会話を余所に、馬車はヴィルヘイム邸へと滑りこんで行く。


「いつ見ても大きいですねぇ」


 馬車から下りたイレーネの第一声がこれであった。その意見には、シャルロットもヴァネッサも同意である。正面から見ただけでも、カーディナルの領主館の三倍程の大きさを誇っているのだ。体積で見たら、どれほどの物になるのか考えるのも嫌になる。

 まあ、地位で見るのならば、王国で二番目に偉い人の住まう場所なのだから、それも当然だとも言えるが。

 シャルロットが自虐的思考に捕らわれている中、ヴィルヘイム邸の玄関が盛大に開き、メイドに追われながら一人の少女が駆け出して来た。


「シャーリィ!」


 少女はシャルロットの愛称を呼びながら、飛ぶようにシャルロットを抱きしめた。


「ぶふぉ!」


「お久しぶりー! 会いたかったわよー!」


 少女は嬉しさが振り切れたかの様に、お世辞にもあまり豊かでは無い自身の胸にシャルロットを押し付ける。


「ぶぶふぉ!」


「なになに? ホントにシャーリィったら、全然ヴィルヘイムに来てくれないんだもん!」


「ぶぶっ!」


 少女的には、色々と不満が溜まって居た様である。愛しさ余って憎さ百倍、とでも言いたいのか今度はシャルロットを左右に揺さぶりだした。


「ア、アンナマリー様。それ以上されますと姫様が……」


 少女のあまりのはしゃぎっぷりに、慌ててヴァネッサが助け船を出した。


「え?」


 アンナマリーと呼ばれた少女は、間抜けな声と共に、腕の中で放心状態のシャルロットに視線を向けた。


「きゅーー」


「あ! シャーリィ、どうしたの? ぐったりしちゃって」


 アンナマリーのあまりにも残念な言葉に、シャルロットの意識は一気に覚醒へと導かれる。そして、その意識は怒りのゲージを伴い上昇していった。


「ア、アンタねー! 嬉しいからってはしゃぎすぎでしょーが! 死ぬかと思ったわよ!」


「……くすん」


 しょげかえるアンナマリー。その姿を見て溜息を吐くシャルロット。

 この二人にとっては、何時もの事であった。

 少女の名はアンナマリー・ヴィルヘイム。ヴィルヘイム公爵の一人娘であり、シャルロットの従妹である。

 蒼みがかったロングストレートな髪。まだ幼さを残しながら整った顔立ち。そして、シャルロットと同様に印象的な蒼い瞳。若干十七歳。そして、シャルロットの下へ、執事長アキリーズ以下二人を送り出した人物でもある。


「もう良いわよ。それに、何時まで客人を外に放置しておくのかしら」


 シャルロットにそう言われ、思い出したかの様に顔を上げるアンナマリー。


「あら、そうだったわね。ごめんなさいね、少しはしゃぎ過ぎちゃったみたい」


 そう言ってペロリと舌を出したのだった。

 その顔を見れば、もう許すと言う選択肢しかシャルロットには無かった。

 その後、一行は談笑を交しながら執務室へと足を向ける。

 執務室の前まで来ると、アンナマリーが扉をノックし名と用件を口にした。


「アンナマリーです。カーディナル卿が御到着なされました」


 この言葉に対し、僅かに遅れ室内から入室の許可を告げる声が帰って来た。

 アンナマリーは言葉に従い扉を開け、僅かに左にずれ立ち止まる。質素ながら丁寧に選び出されたであろう家具が置かれた部屋の中心には、壮年の男が立っていた。


「おお、シャルロット。廃嫡されたと聞いたが、息災か? 何か困っている事は無いか?」


 壮年の男、レビルネイト・ヴィルヘイム公爵は、シャルロットの顔を見るなりそう切り出した。


「御心使い感謝致します、ヴィルヘイム公爵閣下」


 礼節を持って言葉を返すシャルロットだが、ヴィルヘイム公爵の顔は、何とも言えない表情を形作る。そう、王城で国王達が見せたあの表情である。再びのご対面であった。


「悲しい言葉を言わないでおくれ、シャルロット。私は君の叔父なのだ。公爵としてでは無く、叔父として接しておくれ」


 そう言われても立場と言う物があるのも事実。だからシャルロットは折衷案を提示する事にした。


「ありがとう御座います、叔父様。ですが、叔父様の家臣が居られる場では、礼節を持った話し方をさせていただきますが宜しいでしょうか?」


 譲れる所は譲った。後はヴィルヘイム公爵の答えを待つだけである。


「解った。それで良い。しかし、兄上も思い切った事をした物だ」


 ヴィルヘイム公爵の言葉に、シャルロットは首を傾げる。前半の部分は良い。問題は後半の部分である。思いきった事? シャルロットには思い当たる事が一つも無かった。


「叔父様、思いきった事とは、一体何の事でしょうか?」


 シャルロットは疑問に思った事を口にする。

 その言葉が意外だったのか、ヴィルヘイム公爵は驚きの表情を浮かべた。


「お前の事だシャルロット」


「わたし?」


 いきなり自分の名前を出され戸惑うシャルロット。


「お前が廃嫡された事だ」


 首を傾げるばかりのシャルロットに、ヴィルヘイム公爵は事実を突き付けた。

 だが、当の本人はさらに首を捻る。

 一体何の問題があるのだろう、と。

 自分が王族のまま居たのなら、王国のトップ、国王になる可能性が出て来る。仮にシャルロットが国王になった場合、魔女の加護、その強力な力によって外交を有利に持って行く事が出来る。国王にならなくても、王族で居る限りそれが可能となってしまう。それによって、他国との不和を招けば戦となる可能性が出て来る。大陸の中心に位置するクリスタニア王国にとっては、非常に不味い展開だ。


 次に、他国へ嫁に行くと言う選択肢。これは最も悪手な選択である。シャルロットが他国へ嫁に行った場合、それ以外の国はどう思うかだ。そんな事は決まっている。クリスタニア王国は、その国のみを選んだ、と思われるのだ。そうなれば、他国との外交が非常に厳しい物となってしまう。王国からの入国の税などを値上げされたら、街道の中心となっている王国にとって死活問題だ。


 他の選択肢として、国を出たとしても、結局はどこかの国に生活の基盤を置かざるを得ない。


 後は、誰も居ない場所で暮らす、と言う選択。だが、シャルロットとしても、人っこ一人居ない場所で、隠居生活などまっぴらごめんと言うだろう。


 だからこそ、廃嫡し、クリスタニア王族とは関係が無い、と言う体裁を整えるのが正解であったのだ。


「わたしは現状で満足しています。叔父様も、あまり心を痛めないで下さい。国王様……父上も考え抜いての事ですので」


 シャルロットは笑いながらそう言うのであった。



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