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再びの王都

 指針を決めたシャルロットの行動は早かった。

 ヴィルヘイム領までの距離を考えると行きだけで一ヶ月は覚悟しなければならない。行き帰りで二ヶ月。領主の責務をほったらかしのままで過ごせる時間では無い。だからこそ、色々と根回しが必要なのだ。

 商用ギルドや、その他のギルドへの領主権限の委託。旧ロックフェル領での管理やもろもろの頼み。約二日を費やし、シャルロットは考えうる全ての仕事の各方面への割り振りを完了した。

 その間に二人のメイド、ヴァネッサとイレーネは旅支度を整えて行く。


「姫様。出立は明朝、と言う事でよろしいですか?」


 最終確認として、ヴァネッサが問いかける。


「いいわよ」


「では明日の朝、お屋敷を出て南下、と言う事で」


「いいえ。まずは王都に向かうわ」


 誰しもが考えていたヴィルヘイム領へのルートを、シャルロットはいともあっさりと覆した。


「何故王都へ向かう必要がある?」


 シャルロットの提案に、一人不快感を顕わにするクロムウェル。

 その言葉を聞き、シャルロットは諭す様に表情を崩した。


「クロム。あなたが王都からカーディナルに来るまで、何日かかったのかしら?」


「十日程だが……」


「そう、十日。それからカーディナルで三日。これから王都までさらに十日。合計二十三日。何かの情報は集まっているはず。まずはそれを確認しないと、話は始まらないわ。わたしは玉砕なんて、まっぴらゴメンだもの」


 そう言ってシャルロットは掌をひらひらと振って見せる。

 玉砕なんて、まっぴらゴメン。それは誰もが思う所だ。しかし、今回の遠征では、それをしでかしかねない人物が一名いるのだ。だからこそシャルロットは、釘を刺す様に言葉を発した。

 その後シャルロットは、何か思い出した様に視線をヴァネッサへと向け。


「ねえ、アレは積み込んでくれた?」


 ヴァネッサは一瞬言葉の意味が解らない様であったが、すぐにこの言葉の意味を理解する。


「はい。確かに積み込んであります」


「ならば良し!」


 何やら謎の会話を交わし、シャルロットは満足げに頷いた。

 そして、この会話を最後に、皆本日は就寝となった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ガタゴトと車軸を軋ませ、馬車は王城の門をくぐる。

 馬車の中には、シャルロット、ヴァネッサ、イレーネ、クロムウェル。そして、急きょ招集されたテターニアの五人が腰掛けていた。

 クレメンスとは、以前カーディナルを荒らしたお馬鹿さん達を連れて行って貰う為に別行動になっている。


「久々の帰宅ですね」


 イレーネが隣に座るシャルロットに言葉を掛けた。この言葉にシャルロットは


「帰宅ってアンタ……。それに、わたしの家はカーディナルの領主館よ」


 困った様に返事を返した。

 そんな車内の微妙な空気など気にするでも無く、馬車は王城の貴賓者玄関の前に滑り込んだ。

 扉を開け、一行は馬車を降りる。

 誰も居ないであろうと予想していたシャルロットは、そこに居た者の顔を見るなり驚きの声を上げた。


「エリザベート! 何でアンタが?」


 エリザベート・デュ・クリスタニア。蒼い髪をした二十代中盤の女性である。その物腰には気品が有り、特権階級の人間である事が伺えた。


「何でもも何も、姉の帰りを妹が出迎えて何か可笑しな事があるのでしょうか?」


 そう言ってエリザベートは、嘘の無い花の様な笑みを浮かべる。


「妹? 姉の間違いではないのか?」


 二人の様子を後ろで見ていたテターニアが、呟く様に言葉を紡ぐ。

 その声が聞こえたのか、イレーネが僅かに後ろに下がりテターニアの横に陣どった。


「エリザベート様は、姫様の弟君であるシャルルマーニュ・ド・クリスタニア様の奥方様です」


 イレーネは件の人物を紹介するが、その説明にテターニアは眉を跳ねさせる。


「奥方って、姫様の弟は幾つなんだ?」


「確か……十五歳だったかと」


「あの人は?」


 そう言ってテターニアは、気付かれない様に視線でエリザベートを指し示す。


「えーと、二十六だったかと」


「年の差十一歳かぁ」


 感慨深い様な、呆れた様な何とも言えない表情でテターニアは呟いた。


「ええ。エリザベート様は、御自身よりも年若い男の子がお好きですから」


「大丈夫なの? この国」


 二人が人知れずそんな事を話している内に、シャルロットとエリザベートの話は終わった様だ。

 シャルロットが疲れ果てた表情で手招きをする。招かれれば行かねばならない。一同はシャルロットの下へ。


「テターニア。あなたは二人と一緒に、貴賓室で待っていてもらえるかしら。エリザベート、お願い」


「解りましたわ。御姉さま」


 そして、シャルロットは視線をクロムウェルへ。


「クロムは、わたしと一緒に情報の蒐集よ」


「解った」


 シャルロットの言葉にクロムウェルは小さく頷く。





 シャルロットとクロムウェルの二人は、以前はアーデルハイドの部下であった王宮付きのメイドに案内され、会議室へと足を向ける。両開きの重さのある扉の前でメイドは停止し、その扉を二度ノックした。


「シャルロット姫殿下が、御到着なされました」


 メイドは唄う様に言葉を綴る。

 しかしその瞬間、メイドはお尻に僅かな衝撃を感じた。そして、後を振り向くと…………シャルロットが残念そうな表情で首を横に振っていた。

 メイドはハッとした表情を浮かべる。何か重要な事を思い出した様に。


「申し訳御座いません!」


 謝罪の言葉を扉に向け言い放つと、改めて二度ノックをする。


「カーディナル候、シャルロット男爵様が御到着なされました」


「入れ」


 中から重々しい声が響く。

 その声に呼応するように、メイドがドアを開き一礼をしシャルロット達二人を招きいれた。

 シャルロットは会議室へと一歩を踏み出した後、儀礼にそった挨拶を口にする。


「バーングラス国王陛下、エリザベス王妃様、シャルルマーニュ王子殿下、本日は御時間を作って頂きありがとう御座います」


 シャルロットの言葉を聞き、室内にいた三人は何とも表現しづらい微妙な表情を浮かべた。

 その表情に対して首を傾げるシャルロット。訳が分からない、と言った所である。

 それを察知したのか、バーングラス王はゆっくりと口を開いた。


「シャルロットや、少々他人行儀過ぎやしないか?」


 そうあの表情の意味はコレであった。


「そうですよシャーリィ。王位継承権を失ったとしても、私達は家族なのですよ」

「そうです姉上」


 エリザベス妃もシャルルマーニュ王子も、口をそろえて言葉を紡ぐ。

 寂しいではないか? と。

 だが、当のシャルロットは困惑顔だ。


「いえ、いくら家族と言っても、今のわたしは一地方領主に過ぎません。それに立場と言う物も御座います。男爵如きが王族となれなれしく振舞うなんて、今後の統治に悪影響を与えかねません」


 確かにそうであった。この件に関しては全面的にシャルロットが正しいのである。ぐうの音も出ない程に。


「お前の言う事は解った。だが、この場では無礼講としてくれ。その様な格式ばった話し方では、情報の擦り合わせも出来んのでな」


 今回はお前が折れろ。バーングラス王が言いたい事は、そう言う事である。


「承知いたしました。では失礼いたします」


 そして、その言葉にシャルロットは了承の意を告げる。


「それで? 解った事は?」


 着席後のシャルロットの第一声がコレだった。全く、と頭を抱えるバーングラス王。幾ら何でも極端すぎる、と。

 一旦場が落ち着いた所で、お互いの情報の擦り合わせをして行った。初期の、クロムウェルの持っていた情報に関しては、それほど違いは無かった。本番はここからである。


「先日早馬を飛ばし、レビルネイト……ヴィルヘイム公爵に書簡を送った」


「返事は帰って来たのでしょうか?」


 バーングラスの言葉に、シャルロットが質問を返す。


「ああ、帰って来ている。ヴィルヘイムの騎士隊、約三十人程で偵察に出たそうだ」


「結果は?」


 問いかけるシャルロットに対し、バーングラス王は一度クロムウェルへと視線を向ける。そして


「その娘の言う通りであったよ。槍も、矢も、魔道も通じなかったそうだ。ヴィルヘイム公爵の言葉を借りれば、ほうほうの体で逃げ帰って来たそうだ」


 疲れた様にそう口にした。


「では、やはり……」


「間違い無いであろう。敵はレギオン・モンスターだ」


 薄々は解っていた敵の正体を、実際に口にしたバーングラス王。

 その事で、場は静寂が包みこむ。だが、その沈黙を破ったのもバーングラス王であった。


「結果、情けない話だが、お前に助力を願う他無い。やってくれるか、シャルロット?」


 バーングラス王は、悲痛な表情でシャルロットを見つめる。視線を横に流せば、母であるエリザベス王妃、弟であり次期国王のシャルルマーニュも同様の表情であった。



 この世界に住まうヒューマンが扱える魔道、精霊は大きく分けて四種類に分類される。


 明かりを付けるなどの、生活に根差した様な魔道は、主に下位精霊と呼ばれる精霊を宿した本を、街の魔道屋で購入する事で契約行使出来る。


 次に中位精霊。これらの宿る魔道書は精霊文字で書かれており、それを長い年月を掛け解読しその精霊の指定したキーワードを読み解く事で契約出来る。宮廷魔道師や、魔道師と呼ばれるほとんどの者達が中位精霊と契約を果たした者達である。


 それでは上位精霊とは何か? それは、精霊の中でもとりわけ力が強く、自我がはっきりとある精霊を指す。そして、上位精霊のほとんどがその力の指し示す名を持っていると言う事だ。さらに、上位精霊は自分自身で契約者を選ぶのである。ヴァネッサ、イレーネが契約している精霊も上位精霊である。


 最後に語られるのは、最上位精霊と呼ばれる精霊である。

 世界が生み出された瞬間から存在すると言われる精霊であり、他の精霊が姿を持たず光球なのに対し、人と酷似した姿を持っていると言われている。シャルロットが纏う鎧。ブリュンヒルデがその最上位精霊の一柱でもある。



 バーングラス王の話を聞く限り、今回の敵は騎士団や中位精霊と契約した魔道師では歯が立たないと言うことだ。

 上位精霊と契約した者を探す、と言う手段も無い事では無いが、現実的ではないだろう。何しろそう言った連中は、俗世を嫌う傾向にあるからだ。

 王国が現在頼れる人材としては、クロムウェルの様な妖精種。(えんじゅ)などの魔法を行使出来る亜人種。そして、シャルロット達なのである。

 クリスタニア王族としては、苦渋の決断であろう。なにせ、自身の娘を、姉を、化け物へとぶつけ様としているのだ。だが、他に手が無いのも事実。

 それが解るからこそ、シャルロットは大きく首を縦に振る。


「承知いたしました、国王様。シャルロット・デュ・カーディナル、モンスター討伐の任務、拝命させて頂きます」


 そして、決意の言葉を口にするのであった。



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