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志願奴隷

~クリスタニア王国 王都~

 クレメンス・コーデ。年若い女性であるが、れっきとした国から許可を受けた奴隷商人である。

 そのクレメンスなのだが、何時もの様に朝から書類の山に追われていた。鉱山主からの犯罪奴隷の注文書。貴族や富豪からの家事奴隷の要請書。妖精などの、特殊な存在の斡旋先。仕事は山積み、最早紙を見るだけでもウンザリする程である。

 眉間に皺を寄せ、ペンを走らせるだけで貴重な時間が過ぎて行く。そんなクレメンスが、本日何度目かの溜息を吐いた時、誰かがドアをノックした。


「だあれー?」


 ペンを置き、眉間を指でマッサージしながら、クレメンスはそっけなく扉の向うへと呼びかける


「サージで御座います」


 扉の向うの人物は、この商会の実質的なナンバー2であるサージであった。


「入りなさいな」


 クレメンスは入室を許可する言葉を口にする。

 その言葉に、一拍置いて扉が開かれた。


「ずいぶんかかったわね」


 クレメンスはサージを心配する様な、どこか皮肉を込めた様な妙なニュアンスで言葉を掛けた。

 この言葉に、サージは自身の半分ほどの歳であるクレメンスに、申し訳ありませんと頭を下げる。


「それで、遅れた理由は?」


「実は、例の娘、かなり厄介な事情を持っておりまして、オークションは避けられませんでした」


「結果は?」


 サージの報告に、クレメンスの機嫌は悪い方へと進んで行く。それが解っているはずなのだが、サージの態度は変わらず平坦な物だ。淡々と事実を口にするだけである。


「落札されてはおりません」


「まあ、訳有りなら当然ね」


「入札者もゼロでありますから」


「なんですって!」


 サージの言葉に、クレメンスは勢い良く立ち上がる。

 幾ら訳有りだとしても、入札者ゼロはありえない。

 何故ならば、オークションである限り、出品者がいるからだ。

 落札もされず、入札者もゼロとくれば、出品者は大損だ。

 犯罪奴隷ならば、その身柄を預かる保障として、国に少なくない供託金を治める必要がある。

 税などを払えず、期間奴隷と呼ばれる身分に落とされた者は、税を肩代わりする必要がある。

 一般奴隷と呼ばれる農民奴隷や家事奴隷、戦闘奴隷などは、その身受金が。

 奴隷商が商品を手に入れる為には、必ず元手が必要なのである。そして、その商品が売れるまでの食費もろもろ。

 だからこそ有り得ない事なのだ。たった一つ例外を除いて。


「あの娘の出品者は?」


 クレメンスは探る様に言葉を掛ける。


「お嬢様の御察しの通りで御座います」


「そう、志願奴隷なのね……」


 呟きながら、クレメンスは天井を仰ぎ見た。厄介な事になった、と。


「それで、あの娘の所在は?」


「事が事ですので、一緒に来ていただきました」


「そう、下にいるの?」


「はい」


 サージの返事を聞くや否や、クレメンスは部屋を後にした。



 クレメンスの事務所の二階。通常は応接室として使われている部屋のドアがノックされる。ノックはされたが、部屋の中に居る者の返事を待たずに扉は開かれた。

 ガチャリと音を立て扉が開き、姿を現したのは、この事務所の主人クレメンス・コーデ。

 そして室内に居たのは、銀色の髪をした褐色肌の女性。

 いや、そうでは無い。良く良く見れば違いが解る。人と同じだが、微妙に違う部分が。人と同じ位置から延びる笹の様な耳が。

 そう、室内にいたのは妖精。ダーク・エルフであった。


「あなたが件の志願奴隷ね」


「どう言う意味かは解らないが、私で間違いないだろう」


 やや高圧的な物言いのクレメンスに対し、堂々と返事を返すダーク・エルフ。

 クレメンスは内心溜息を吐いた。人柄は解らないが、意思は強そうである。そして見た目も良い。これで剣の扱いが上手ければ言う事は無い。

 ただ一つ、彼女が志願奴隷であると言う点を除いて。


 志願奴隷。それは言葉通り自ら志願して奴隷に落ちる者達の呼び名である。

 その存在は極めて特殊であり、自らの望みを叶える為に奴隷に落ちる者がほとんどだ。

 望みは様々な物があるが、大方を占めるのが復讐であろう。

 その望みを叶えて貰う対価として、自分自身を差出す、それが志願奴隷。

 性奴隷と言う物が存在しないこの大陸で、唯一性奴隷と成り得るのも志願奴隷である。


「ならば、あなたの望みを聞かせて貰えるかしら?」


 クレメンスの言葉に、ダーク・エルフの女性はクレメンスの背後に視線を向ける。そこにはサージの姿が。そして、サージはゆっくりと首を縦に振った。大丈夫だと。

 それを契機に、彼女は自身の事を語り出した。

 自分の名は、クロムウェルと言う事。そして、彼女の望みの事を。

 全てを聞き終えたクレメンスは、本日何度目かの溜息を洩らす。


「これは……一個人や、一商人がどうにか出来る話ではないわねぇ。サージ。彼女に部屋をあてがってあげて。しばらくは客人待遇で居て貰うわ」


「畏まりました。それでお嬢様はどう動かれますか?」


 サージはクレメンスの指示に了解を示し、さらに次の指針を求める。

 この言葉に、クレメンスは僅かに口を紡ぐと


「王城に行ってくるわ。国王様にお伺いを立ててみる」


 そう締めくくるのであった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





~クリスタニア王国 王城 謁見の間~

「この度は御時間を取って頂きありがとう御座います」


 謁見の間で国王バーングラス、王妃エリザベスを前に、クレメンスは片膝を付き(こうべ)を垂れる。


「良い。部下では無く、お前が直々に来たと言う事は、只事では無いのだろう」


 バーングラスの言葉に、クレメンスは姿勢を変えず


「心中を察し頂き、クレメンス嬉しく思います」


 礼の言葉を口にした。


「で、何があった?」


 バーングラスの疑問の言葉に、クレメンスは事のあらましを口にする。

 シャルロットがガードの女性を求めた事。

 その要求を満たす為に、自分は一人の妖精に目を付けた事。

 目を付けた妖精は志願奴隷であった事。

 そして、妖精の願い。


「成程、解った。しかし、これは国でもどうにか出来るかどうか」


 話を聞き終えたバーングラスは、珍しく弱気な発言を漏らした。


「騎士隊でも無理なのでしょうか?」


 その発言にクレメンスが疑問を投げかけた。

 この疑問に、バーングラスは一度頭を抱えると頭の中にあった不安点を開示する。


「懸念材料の一点としては、状況が異常過ぎると言う事だ」


「はい」


「そして二点目は、それが野良かどうかと言う事だ」


「どう言う事で御座いましょうか?」


 バーングラスが提示した二点目の懸念に、クレメンスは首を傾げる。自身の言った言葉が、あやふやである事を認識しているのだろう、バーングラスは再び口を開く。


「先の戦争の生き残り、と言う可能性だ」


「レギオン・モンスター、ですか」


「うむ」


「そうなると……」


 謁見中、一度も口を開かなかったエリザベスが震える様な声を絞りだす。


「我が娘に助けを求める他無いかもしれぬ」


 そう言ったバーングラスの表情は、苦しげな物であった。


「クレメンス。その妖精を連れてカーディナルへ行ってはくれぬか?」


「カーディナル領、で御座いますか?」


「そうだ、シャルロットの下へと向かって欲しい。あれに話を聞かせ、判断を仰いで欲しい。その間に、我らは情報を集めよう」


 国王バーングラスの言葉に、クレメンスは顔を上げ


「承知致しました」


 了承の言葉を返した。



世界説明

奴隷には通常三つの種類がある

 1.犯罪奴隷(終身刑的に売り買いされる奴隷)

 2.期間奴隷(税などが払えず、一定期間無償労働をする)

 3.一般奴隷(農業奴隷、家事奴隷、戦闘奴隷など)

例外的に、何かの望みをかなえる対価として、志願奴隷が存在する

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