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後語り

 数分前まで質量を持っていた黒い霧が消滅したのを確信したシャルロットは、大きく息を吐いた。


「やっと終わったわ」


 疲れを最大限に示すかの様に半眼でそう呟いた。


「お疲れ様です、姫様」


 これまでの事をねぎらう様にアーデルハイドは口を開く。


「……ほんとにね。喉が渇いたわ。アーデルハイド、お水をちょうだい」


 シャルロットは水分補給がしたいと申し出る。

 それと同時に、手に持つフラッグポールを背後へと投げ捨てた。投げられたフラッグポールは現れた時と同様、空間に出来た波紋の中に吸い込まれて行く。


「む、娘……」


 その光景をじっと見つめていたテターニアから声が掛る。シャルロットは静かにテターニアへと視線を向けた。


 はずだった。


 だが、シャルロットは首の動きだけで無く、身体の動きまでも左右から拘束される。


(他の女)との会話はそこまでです、姫様」


「今は、一刻も早く事態(体のほてり)を解決しなければなりません」


 必死の表情でヴァネッサとイレーネが語りかける。そして、シャルロットからの返事を待たずに二人は屋敷の中へと消えて行った。シャルロットを拘束したまま。


「何だありゃ?」


 ポツリとタムラが呟いた。


「魔道使いの宿命ですよ」


 何気ないタムラの言葉に、アーデルハイドが答えを示す。


「ああ、あれか」


 アーデルハイドの言葉によって、タムラは反動の事を思い出した様だ。だが、そうすると、一つ疑問が持ち上がって来る。


「しかしよぉ、姫様達は全員女だろ? それでも良いのか?」


 この何げ無いタムラの発言に、驚きを表す者がいた。テターニアである。

 テターニアは急ぎヒムロ、タムラの下へと近付くと


「キサマ。アイツが、いや、あの方が誰だか知らんのか!」


 問い詰める様な口調で相対する。


「はぁ? 姫様は姫様だろ? この領地の領主で、オヤジの兄妹分。なあ、レイジ」


「あ、ああ」


 もう一つ、クリスタニア王国の第一王女である事実を知っているヒムロは言葉を濁すが、タムラの方はあっけらかんと楽観的に言い切った。だが、本質はそこでは無いとテターニアはさらに詰め寄る。


「バカかっ! ホントにお前達は愚かだ! あの方は、魔女の、ビクトーリア様の加護を授かりし方! 世界の守り手だ!」


「「何だって?」」


 ヒムロとタムラから、同時に驚きの声が漏れた。それはそうだろう、そんな人物と自分達が知り合い行動を共にするなど普通の人間ならば考えもしないのだから。隣に住んでいる住人が、世界を救う救世主だと言われて、誰が信じると言うのだ。


「何を驚いているのだ」


 テターニアが呆れた様に、二人へと視線を向ける。


「しかしよぉ、にわかには信じられねぇよ」


 頭を掻きながら、タムラは心中を言葉にする。だが、ヒムロの表情は硬く引き締まった物へと変化していた。


「姫様が、魔女の加護を受けているとすれば、俺達も戦いに準ずると言う事なのかと思ってな?」


 そして、脳裏に浮かんだ事柄を口にする。それに対して、タムラは怪訝な表情を浮かべた。


「何だよ、レイジ。お前らしくない」


「いや、お前らしくないって……」


「姫様が戦うんだろ? なら、一緒に戦うだけじゃねぇか」


 タムラの言う事は、尤もだとヒムロも思う。自分達は無頼の徒だ。直接では無いが、主筋に当たるシャルロットが戦うと言うのなら戦うだけだ。しかし、ヒムロの心配はそこでは無かった。


「リュウト、お前の言いたい事は解る。だけど、俺の心配はそこじゃあない」


「ああ? じゃあ、何だよ」


 ヒムロは、一度タムラから視線を外す。そして、意を決したかの様に胸の内を言葉にする。


「俺の心配は、末端の奴らの事だ」


「末端?」


「ああ。最近、ナカジマの所に入った奴らとかな」


 ヒムロの言葉を聞き、タムラは自分の額をペチンと叩く。失念していた、と言う意思表示。


「……そう言う事か」


 言葉と共に、神妙な表情を作る。だが、この心配は杞憂に終わると別の方向から助け船とも言える言葉が発せられた。


「姫様はそんな事させませんよ」


「アーデルハイドさん?」


 ヒムロの視線が、声の主に向けられる。

 発言者であるアーデルハイドは、優しげな表情でヒムロとタムラに向け語りかけた。


「姫様は、いえ、シャルロット様は、誰にも戦いを強要しませんよ」


「…………」


 アーデルハイドの言葉に、ヒムロとタムラ、そして、テターニア、ヴァイエストも言葉を返さない。いや、返す言葉を持っていないのだ。

 それが解っているのだろう、アーデルハイドは静かに言葉を続ける。


「領内でのいざこざ程度なら、あなた達の力を借りるでしょう。ですが、世界に関わる事は別です。何も言わず、何も気付かせず、ある日突然シャルロット様は消えるでしょう」


「な、何故です?」


 ヒムロがやっとの事で短いながらも言葉を発した。それは、アーデルハイドの話に理解が追い付いていないからであった。

 廃嫡されたからと言っても、シャルロットは王国の第一王女。そして、世界の守り手である。そんな彼女が一声かければ、国が、そして騎士隊を動かす事も容易なはずである。なのに何故? 加えるなら、シャルロットはまだ十六歳の少女と言っても良い年齢なのだ。


「何故と言われましても、それがシャルロット様と言う人物だからですよ」


 アーデルハイドはそう言って、少し寂しそうに笑う。


「ホントに姫様は、一人で消えるのか?」


 補足する様に、タムラが口を開く。

 この言葉に対し、アーデルハイドは先ほどとは違う笑みで答える。


「まあ、ヴァネッサとイレーネ。城でいじけている騎士が一人付いて行くでしょうけど」


「それでも四人か…………私達も協力出来ないだろうか?」


 アーデルハイドの言葉に、テターニアが協力を申し出た。

 この提案に、アーデルハイドの美麗な眉は八の字を描く。


「それは、シャルロット様がお決めになる事です」


 そして自分には何の権限も無い、と口を閉じた。

 実際にそうである事実を突き付けられ、テターニアも同様に口を閉ざすしか無かった。

 話は此処で終わる雰囲気を醸し出す。だが、謎は残ったままなのだ。

 その一つを解決しようとタムラが口を開く。


「なあ、何でアンタは、姫様が魔女の加護付きだって知っていたんだ?」


 そう一つ目はコレである。

 問われたテターニアは、静かに一度目を閉じる。それは、まるで過去の記憶へと旅立つ様だった。

 そして、その目が開かれる。


「バカか! あの娘……シャ、シャルロット……様? が使っていた武器を見たであろうが! 旗が付いた棒だぞ! 棒! あんなふざけた物を武器にするなんて、創世記にある煉獄の王ビクトーリア様くらいだ!」


 テターニアは誇らしげに胸をはる。

 どうやら、知っていたのでは無く、ただのカンであった様だ。


「何だよ。ただのカンかよ」


 呆れた様にタムラは口を開く。だが、すぐに表情を引き締めると、視線をアーデルハイドへと向けた。


「だけど、姫様が魔女の加護持ちと言うのは事実なんだよな」


「ええ」


 タムラの問いに、アーデルハイドはゆっくりと頷いた。

 何やらテターニアのせいで話がとっちらかってしまったが、一つの謎は理解出来た。次は本番である。


「アーデルハイドさん」


「何でしょう」


 ヒムロの問いかけに、アーデルハイドは今までの事が無かったかのように返事を返す。


「レギオン・モンスターとは何なのでしょうか?」


 そう、レギオン・モンスターの事である。

 アーデルハイドは、ゆっくりと自身の顎に人差し指を立て何か考える様な仕草を作る。そして、数秒の後


「立ち話も何ですね。屋敷の中で続きを話すとしましょう」


 そう言うと、一人屋敷へと歩を向けた





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 慌ててアーデルハイドの後を追った四人は、何時もの応接室へと通された。そして、きっちりとしながらも手早い動作で、アーデルハイドが淹れた紅茶がそれぞれの前に出される。


「さて、どこから話しましょうか?」


 紅茶を一口飲み、喉を潤したアーデルハイドはそう切り出した。


「まあ、普通は最初からだな」


 アーデルハイドの言葉を受け、タムラがそう返す。しかし、最初からと言っても、どこからが最初なのか? 僅かに思案した後、アーデルハイドは再び口を開く。


「皆様は、英雄戦争はご存じですか?」


 この問いかけの反応は、三者三様であった。

 実際に英雄戦争の只中にいたヴォーリア・バニー(首狩り兎)達。

 メイド二人に、話を聞いていたヒムロ。

 何も知らないタムラ。

 各々はそれぞれの表情を表に現す。


「何だそりゃ?」


 唯一事象を飲みこめないタムラが口を開いた。それに対し、ヒムロがメイド達から聞いた英雄戦争い対してのあらましをタムラに語る。


「酷ぇ事があったんだな」


 小さく憎々しげな声がタムラから漏れる。


「あった、ではなく、あり続けているのですよ」


「何?」


 アーデルハイドの訂正に、タムラの顔が歪む。


「二十年前に起きた勇者を信奉する者達の反乱。いわゆる英雄戦争は、勇者を崇めていた教団の宗主が倒された事で収束していきました」


 アーデルハイドの言葉に全員の首が縦に振られる。


「しかし、その思想は残り、今回の事へと繋がったのでしょう」


 嘆かわしい事だとアーデルハイドは言葉を紡ぐ。


「それで、レギオン・モンスターとは?」


 静かにヒムロが疑問を投げかけた。

 アーデルハイドは一度頷くと、再び話を前へと進める。


「勇者を信奉する教団。通称、勇者教団は、その全ての信徒は人。つまりはヒューマンです」


 そう言ってアーデルハイドは、場の全員にぐるりと視線を向けた。


「人とは弱きものです。力はミノタウルスなどには遠く及ばず、空も飛べなければ、水中で呼吸も出来ない。そして、寿命もとても短い」


 ここで一旦話を切ると、アーデルハイドは紅茶で喉を潤した。此処からが本番だと言わんばかりに。


「その非力な生物が、己と同種の生物だけに戦いを挑んだならば、それでも良いでしょう。しかし、彼らは、違った」


「他の特徴を持った者達を隷属しようとした」


 ヒムロの言葉に、アーデルハイドはゆっくりと頷いた。


「その為に彼らは力を求めた。そして、行きついた先が、人の魂と魔物の身体を融合させる失われた秘術」


「あるのかよ、そんなもん?」


 アーデルハイドの言葉が信じられないと言わんばかりに、タムラは目を見張る。

 アーデルハイドは、その言葉を静かに受け止め、ハッキリと宣言するかの様に口を開いた。


「魔女様達がお使いになった秘術とよく似ている、と聞き及んでおりますね」


「マジかよ……」


 タムラはポツリと驚きの声を上げた。



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