伝えたい事
バーングラス王の自室。
寝室とは別の、王が休息を取る為の部屋に皆は集められていた。
面子は六名。
バーングラス王、王妃エリザベス、シャルロット、ヴァネッサ、イレーネ。そして、今回の主犯であるクーデリカ・ビスケス。
王、王妃、シャルロットは肘掛が付いた一人用ソファーに腰を下ろし、ヴァネッサ、イレーネはシャルロットの後ろに控えていた。
そしてクーデリカは一人座らされている。
無論、床にだ。
「今回の暴走、シャルロットの廃嫡に抗議する為と取って良いのだな? ビスケス」
バーングラス王の低い声が口火を切る。
「はい。で、ですが――」
「言い訳はよい。事実のみを話せ」
「申し訳御座いません」
重々しい空気に、項垂れるクーデリカ。
「しかし、ここまでシャーリィの事を気遣ってくれていたとは。それは家臣として褒めて良い事では無いでしょうか?」
あまりに弱々しい姿に、王妃エリザベスが助け船の様な形で言葉を紡ぐ。
「うむ。確かにそうなのだが…………今回は、ちと度が過ぎると思うが?」
「ええ。私もそう思いますわ。まさか、簒奪まで考えるとは。流石に私も思い至りませんでした」
しかし最終的には、その暴走っぷりに咎めが行くのだが。
バーングラス王は、どうしたら良いのか思い悩む。
先の決定通り、クーデリカを城に留め置くのが良策なのかどうか判断が付きづらくなっていた。
確かに、騎士団長として今クーデリカが城を、王都を空けるのは避けたい懸案だ。
しかし、シャルロットと離れ離れになったクーデリカが団長として使い物になるかどうかが怪しい所なのだ。
バーングラス王は、意を決して決断を下す。
「クーデリカ・ビスケスよ」
「は、はい」
王の呼びかけに、背筋を正し答えるクーデリカ。
「この度のお前がしでかした騒ぎ、見逃す事は出来ん。騎士団長として、有るまじき事柄だ。解るな?」
「はい。承知しております」
「よって、お前を騎士団長の職から外し、辺境への左遷を持って罰とする」
「そ、それは……」
厳しい罰だが、王はこう言っているのだ。シャルロットに付いて行け、と。
クーデリカの瞳が涙で濡れて行く。
しかし、この歓喜は一瞬で終わる事になった。
「ダメよ。クーデリカ、あなたは王都で騎士団長を続けなさい」
「え?」
シャルロットがダメを出ししたのだ。
これにはバーングラス王も、王妃エリザベスも顔を歪ませる。
なにせ、最初にクーデリカを欲したのは当のシャルロットなのだ。
「ひ、姫様?」
クーデリカの声が詰まる。
信じられない。
そんな表情だ。
「いずれ、あなたと、あなたの団員を迎える事にはなるでしょうけど、今はダメ。それは出来ない」
「な、何故でしょうか?」
クーデリカは震える声で問いかけた。
シャルロットは、コホンと一つ咳払いをし、その答えを雄弁に語る。
「領主として任命されたからには、わたしには領民を幸せで安心に暮らさせると言う責務があります。それを実行し現実化させるには、今、あなたと、あなたの騎士団は邪魔でしかないの」
「姫様……」
邪魔、そう言われクーデリカの瞳は、先程とは別の涙があふれて行く。
それを見かねたのかバーングラス王が口を開いた。
「どう言う事だシャルロット? 何故に今、騎士がいらんのだ?」
「王様、いえ、父上。はっきりと申し上げます。今、騎士を連れ領地に入れば、不安を生みます。そして、それは、わたしと領民の間に、決定的な溝を生み、領地の荒廃へと進みます」
「言っている事が理解出来んのだが?」
「では、噛み砕いて申し上げます。年端の行かぬ小娘が、騎士団と言う力を引き連れ領主となったなら、領民はどう思うでしょうか? 答えは簡単です。あの小娘は、力で我らを屈伏させるつもりだ。そう領民に思われます。それほどに武装した騎士は恐怖なのです。ですから、私は身一つで行かねばならぬのです。それに……」
「「それに?」」
バーングラス王、王妃エリザベスの声が重なる。
他に何か理由が有るのだろうか、と。
シャルロットは立ち上がりクーデリカへと顔を寄せる。そして、耳たぶを引っ張りあげると
「あんた、後輩の育成全くやって無いでしょうがぁ! 今、あんたが抜けたら、騎士団はペラッペラの見かけだけの集団に成り下がるの! 解ってるの! 解ってるの、クーデリカ!」
声を荒げ、悲痛な現実を突き付ける。
この言葉を突き付けられ、バーングラス王は天井を仰ぎ見る。
そう、そうだった、と。
現在、騎士団が騎士団としてあるのは、単にクーデリカの天才的な、いや、天然的な采配による物だった。その動物的な本能によって武を示し続けている。
しかし、その弊害として、現在の騎士団に次期団長と成れる様な人物は居ない。
優秀な補佐官と成れる者は多数いるが、皆を引っ張っていける様なカリスマと力を持つ者が居ないのだ。
「いい、クーデリカ。あなたの仕事は、私が呼ぶまでに団長になれる人物を育て上げる事。私の創る組織の一番隊を空けておくから頑張りなさい。解った?」
シャルロットの口が塞がれる。
言いたい事、伝えなければならない事は全て言った、と。
瞬間、塞ぎ込んでいたクーデリカの顔が上がる。
「畏まりました、姫様! このクーデリカ・ビスケス、必ずや短期間で次期団長候補を育て上げてみせます。そして、姫様の下へ、我が騎士団と共に!」
力強く決意を口にする。
「父上、母上もこれでよろしいかしら?」
シャルロットは王、王妃に事の結末の可否を問う。
「私はよろしいと思います」
「う、うむ。良い決断であった」
二人は同時に頷いた。
この動きを確認したシャルロットは、満足げに再び口を開く。
「ではバーングラス王、言質は取りましたよ。わたしの処へクーデリカと、彼女の騎士団を貰い受ける事を」
瞬間、バーングラス王の目が見開かれる。
シャルロットは何と言っただろうか?
シャルロットの下へと送るのは、クーデリカ一人の筈。
なのに、何故騎士団もそこに入っているのだろうか?
バーングラス王は、じっとシャルロットを、自分の娘を視界に納める。その眼に映る可愛い愛娘は、顔に邪悪な半月を張り付けていた。
やられた。
言葉巧みに誘導され、騎士団まで譲る事を承認してしまった。
流石は我が娘。
バーングラス王は、溜息を吐く事しかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからの数日は、目まぐるしく過ぎて行った。
世話になった者や、支えていてくれた家臣たちへの言葉贈り。
そして、旅立ちに対しての荷造り。
やる事は尽きない日々が続いた。
疲れ果て、ヴァネッサ、イレーネに、今夜の閨の中止を告げたシャルロットは、一人ベッドで眠りに付いた。
寝息正しくまどろむ中、それは起こった。
夢も見ないほど深い眠りに落ちていたシャルロットの肌に、僅かな刺激がもたらされる。
コツン、コツンと何かが当たる。
まるで優しく頬を突く様に。
「うん? なに? だれ?」
シャルロットは目を擦りながら、睡魔と闘う様に思い瞼を上げる。
僅かに開かれた瞳は、部屋に跋扈する光の集団を感知し、一気に意識を覚醒へと持って行く。
勢い良く上半身を起こし、部屋の中を見渡し、一呼吸置いてから
「なんじゃこりゃーーー!」
頭を抱え絶叫した。
それもそのはずである。
シャルロットの、決して狭くは無い私室を埋め尽くす様に、野球のボール程の大きさの発光体が数十、いや、数百の単位で飛び回っているのだ。
そればかりか、時々シャルロットに向かって飛来し、コツンとぶつかって離れて行く。感じ様によっては、子犬の群れがじゃれている様に感じる。
しかし、相手は謎の発光体。
だが、シャルロットはその正体を知っていた。
知っていたからこそ走り出した。
王族と言う衣も、姫と言う肩書も無く、只、一心不乱に。
廊下を駆け抜け、扉を乱暴に開け放ち、階段を降りる。そして、辿り着いた地下室の一角で、シャルロットはがっくりと膝を付いた。
地下室に設え、いや、張り付けられた重々しい扉。
その扉が僅かに開いていたのだ。
そこから漏れ出る発光体。
その正体は、魔道書と呼ばれる本に宿った精霊達であった。そして扉の正体は、シャルロットが所有、いや、シャルロットに取り憑いたと言う方が正解かもしれない精霊達の居場所、魔道書を収めた無限書庫と呼ばれる空間の入口である。
シャルロットは静かに扉を閉めると、傍らに常備してある虫取り網を手に取った。
「イレーネー。戸締りはちゃんとしろって言ってあったのに…………まあ良いわ! それより今は…………覚悟しなさい、精霊達!」
言うや否や発光体に向け駆け出した。