戦いの結末
「何故、あんな醜い物がまだ存在するのですか」
アーデルハイドは小さくそう呟く。
「危険が無いって! 先生、あれはビホルダーでは無いのですか?」
「ひょっとして、スペクテイターですか?」
呟きは届かなかったのか、先のアーデルハイドの言葉にヴァネッサが、続いてイレーネが反応した。しかしこの言葉に、アーデルハイドはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。あれはビホルダーで間違いは無いです」
そして、含みを持たせた言葉で返す。
「では、一体何だと?」
イレーネが不思議そうに言葉を漏らした。その言葉に、アーデルハイドは視線をイレーネへと向け
「あれは、あなたにとって最も忌むべき化け物です」
事実を突き付ける様な言葉を口にした。
「まさか!」
「……では、先生」
アーデルハイドの言葉によって、ヴァネッサ、イレーネは答えにたどり着く。
「ちょっと待ちなさいよ! 一体あれは何なの?」
置いてけ堀な面々を代表して、シャルロットが口を開く。周りに目を向ければ、ヒムロ、タムラ、テターニア、テターニアのお付きのヴァイエストも不思議そうな表情を浮かべていた。
それを確認したアーデルハイドは、ゆっくりと腰を折る。
「申し訳ありません、姫様。あれは、あの醜悪な物体は…………レギオン・モンスターと思われます」
「なっ!」
「レ、レギオンだと!」
アーデルハイドの発言に、シャルロットは息を飲み、テターニアは怒りを顕わにする。だが、東方出身のヒムロとタムラは首を捻るのみだった。
その時、上空のビホルダーに亀裂が入る。大きく開かれた眼球のすぐ下。まさに、口と言える物が開かれる。
「マジョノチカラ マジョヲメッセヨ ――」
そして、同じ様な言葉を繰り返す。
「間違い無い様ですね」
アーデルハイドが、履き捨てる様に言葉を突き付けた。
「オ、オイ。そのレギ何とかって何だよ」
状況が掴み切れていないタムラが、一同に説明を求める。
「レギオン・モンスターとは、モンスターの身体に、人の魂を融合させた化け物の事です」
この言葉に反応したアーデルハイドが、ヒムロ、タムラに対し端的に敵の素性を語った。
「で、出来るんですか、そんな事?」
ヒムロが疑問を口にする。
「出来ます。ですが……」
アーデルハイドは、説明は後だと暗に告げる。
それをいち早く汲み取ったタムラは、懐から唱える者を素早く取り出し引き金を引いた。乾いた破裂音を響かせ、風属性の魔法が解き放たれる。
一直線にビホルダー目掛け迫る魔弾。だが、僅かに動いたビホルダーの視線に囚われ、その力を霧散させる。
「クソッ!」
その様を見つめ、タムラは悪態をついた。
「魔力喪失の視線は生きているようね」
今の状況を、シャルロットは冷静に観察した。
「ですが、融合が中途半端の様ですね」
「解るの? アーデルハイド!」
緊張感を保ちながらも、シャルロットは問いかけた。
この言葉に、アーデルハイドは一度首を縦に振る。
「私達の様な精霊種は、姿を姿として見るだけでなく、その魂の色も見ていますから」
「……すげぇな」
アーデルハイドの言葉に、タムラは素直に反応する。
「融合されたビホルダーの意識が、人間の魂を拒否している様です。力のほとんどが機能していないのは、そのせいでしょう」
アーデルハイドの言葉に、シャルロットは意地の悪い笑みを漏らす。その微笑みは、十代の少女とは思えない程の邪悪にまみれていた。
「タムラ! 左に回って、視線外から唱える者を撃って!」
シャルロットの指示に、タムラは素早く行動を開始する。
地面を蹴り、ビホルダーの左側へと回り込む。その気配を察したのか、ビホルダーの視線はタムラを追う。
視線の動きに気付き、ヒムロは自身の唱える者を打ち放つ。火属性の魔法が込められた魔弾は、火球となりビホルダーに迫る。しかし、すんでの所で火球は視線に囚われその存在を消失させた。
だが、それがヒムロの狙いであった。
自分への視線追従が無くなったタムラは、ビホルダーの背後から唱える者の撃鉄を鳴らす。破裂音と共に、風属性の魔弾はビホルダーに命中した。
だが、ビホルダーはびくともせず、その黒い体色を僅かに変化させるだけだった。
しかし、シャルロットの笑みはさらに邪悪さを増して行く。
「そーいうことかぁー」
ポツリと馬鹿にした様な言葉を漏らした次の瞬間、シャルロットの視線はテターニアを捉えた。
「兎! 得物は持って来てる?!」
「当然!」
問われたテターニアは、言葉と共に自身の右腕に火砲槌を装着する。
テターニアの姿に、シャルロットは頷くと
「イレーネ! 奴を蹴り飛ばしなさい! ヴァネッサは、叩き潰しなさい! ヒムロとタムラは視線を! 最後は兎! 良い!」
シャルロットの暗号の様な指示に、場の全員の首が縦に振られた。
「アタランテ! アトラック・ナチャ!」
イレーネが力ある名を告げた。
二体の光球がイレーネの胸へと吸い込まれる。翡翠色のグリーブと、三十センチ程度のロッドがイレーネの足に、右手に装着された。
「ヘラクレス! ヘファイストス!」
続いてヴァネッサが。
イレーネ同様、二体の光球がヴァネッサの豊かな胸へと消える。瞬間、黒曜石のガントレットと、巨大なスレッジハンマーが現れた。
「来なさい、ブリュンヒルデ!」
最後にシャルロットが天へと呼びかけた。
シャルロットの呼び声に呼応し、深紅の球体が現れシャルロットの背後で人型をとる。深紅の髪に、豪華な刺繍で飾られたドレスを纏った女性の姿を。
その女性は、静かに、そして愛しむ様にシャルロットを抱きしめる。
そして、実態は薄れ光へと帰って行く。光は徐々に収まりシャルロットの姿が見えて来た。
リリィの可憐さや華麗な鎧と言うよりもドレスと言った類の物とは違い、力強さを感じる深紅の鎧を纏って。
「行くわよ」
シャルロットは、短くそう言うと右の親指と中指を擦り合わせた後、パチンと弾く。
その瞬間、空が波打ち水滴を打った様に波紋を形作った。そして、その中から棒状の何かがストンと落下し、地面に突き刺さる。
一同は、その物体へと視線を向ける。それは、三角形の蒼い旗が揺らめくポールであった。
シャルロットは、そのフラッグポールを手に取るとブンッ! と風斬り音を響かせながら一度横に薙いだ。
ヒムロとタムラは、不思議そうにその光景を見つめていたが、テターニアにはそれが何であるかすぐに解った。
自分達の遠い祖先が仕えたとされる魔女の一人、黄金の魔女、煉獄の王、ビクトーリア・F・ホーエンハイムが手にしていた武器である事が。そして、シャルロットが何者であるのかが。
「ヒムロ! タムラ! イレーネ!」
シャルロットの檄が飛ぶ。
「オウ!」
「解った!」
「行きます!」
言葉と共に、唱える者を撃ちながら、ヒムロは左へ、タムラは右へと回り込む。
そして、イレーネはビホルダーが二人に注意を向けている内に背後へと回った。
「アトラック・ナチャ!」
イレーネはロッドに呼びかける。
その言葉に反応し、ロッドの先端から何本もの蜘蛛の糸が吹き出し、うねり束になり鞭の様な姿へと形を変えた。同時に、イレーネは鞭となったアトラック・ナチャでビホルダーを拘束する。そして、自身の方へと一気に引く。
上空で漂う様な姿勢のビホルダーは、抗える事無くイレーネの方へと引き寄せられた。
あと一メートル程で、ビホルダーとイレーネの身体が接触をする。その瞬間。
「ふんっ!」
アタランテの力を顕現したグリーブによって強化されたイレーネの強烈な蹴りが、ビホルダーの背後に叩きつけられる。その衝撃は凄まじく、球体だったビホルダーの身体がくの字を描く。同時に衝撃によって回転しながら前へと射出された。
そして、ビホルダーの行き先には。
「潰れなさい!」
タイミングバッチリで、ヴァネッサがスレッジハンマーを振り下ろす。
ヘラクレスの恩恵である力のガントレットと、鍛冶の神に仕える精霊であるヘファイストスの力を内包したハンマー。このコンボに、ビホルダーは地面へとめり込みながら行動を停止する。
「姫様!」
ヴァネッサから声が上がった。
その瞬間、ヴァネッサと位置を交換する様に、シャルロットが頭上から飛来した。そして、ビホルダーにフラッグポールを叩きつける。この攻撃によって、ビホルダーの体皮はバチンと乾いた音を立てて切り裂かれた。
「テターニア!」
シャルロットの声が飛ぶ。
同時にテターニアが走り込んで来た。そして、シャルロットの付けた傷に火砲槌を叩きこむ。
「弾けろ!」
テターニアの声に反応した火砲槌は、ビホルダーの体内で爆発する様に熱量を上げた。
その熱量と同期する様に、ビホルダーの身体のあちこちが徐々に膨らんで行く。
そして音も無く破裂し、破片は塵となって霧散していった。




