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VS2

 戦いの始まりと同じ様に、二人は左半身を前に出し構えを取った。

 ゆっくりと身体を揺らしながら、相手の動きに集中する。


 先手を取ったのは、先ほど同様テターニア。鞭の様にしなる動きで左の拳を突き出す。フリッカー式のジャブだ。

 シャルロットの視界を邪魔する様に、的確に顔面を狙い続ける。それと同時に繰り出される、何発かに一回のローキック。


「良い動きです」


 一連の攻撃を見たアーデルハイドの口から、褒め言葉が漏れる。だが、その視線は厳しい物だ。すぐに否定の言葉が空気を揺らす。


「ですが、奇襲への対応はどうでしょうね? 姫様は簡単には攻略出来ませんよ」


 そう言って静かに笑みを漏らした。

 テターニアのリズム良い攻撃を、シャルロットは上下左右の動きで的確にガードして行く。

 それは、まるでテターニアの癖を見ているかの様だった。いや、実際にそうであった。


 フリッカージャブのリズムは、二回、一回、それに続いてローキック。

 静かに、ゆっくりとシャルロットの口角が上がって行く。そして、ローキックをガードした次の瞬間、テターニアの視界からシャルロットが掻き消えた。


「!?」


 当然のことながら、テターニアの左腕は大きく空を切る。

 次の瞬間、テターニアは地面に尻もちを付く結果となっていた。そして、左肩の激痛と衝撃。


「ガァッ!」


 一体何が起こったのか。テターニアには理解が出来なかった。

 いや、最後の痛みは解る。シャルロットの踵落しが左の首筋にヒットしたからだ。

 だが、何故自分は尻もちをつかされているのか? それが解らないのだ。


 しかし、テターニア以外の者達には、その理由がありありと解っていた。テターニアがフリッカージャブを繰り出した瞬間、シャルロットは大きく腰を落とし、左足を軸に自身の身体を大きく右回転させた。結果、伸ばされた右足はテターニアの踵辺りを背後から払う形となる。


 シャルロットの一瞬、とも思える様な流れる動きは、テターニアの両足を狩り、転倒させるに至る。水面蹴り、と呼ばれる足技の一つをシャルロットは仕掛けたのだった。


 そして、間髪入れずの踵落し。


 テターニアの動きは、完全に停止させられた。そんな瞬間を見逃す程シャルロットは甘くない。即座に追撃の態勢を取るシャルロット。その瞬間


「動きなさい!」


 ヴァネッサの声が響く。

 その声に揺り起こされる様に、テターニアは座ったままの状態で地面を蹴り付ける。種族特有の強靭な脚力は、まるで跳ね起きるかの様にテターニアを後方へと退避させた。


「ふーん。おもしろい事できるんだぁ」


 僅かに笑みを浮かべるシャルロットだが、その言葉は実に興味深げに聞こえた。


 どうやらシャルロットは、テターニアと言うヴォーリア・バニー(首狩り兎)をかなり気に入ったようだ。だからこそ、本気で叩き潰すのだ。もう一度その意思を心に刻み、表情を引き締めた。そして視線の先には、若干息を荒げるテターニアの姿が。


 立ち尽くすテターニアに、イレーネが近付き何やら言葉を掛ける。それに呼応して、テターニアが一度頷いた。

 その瞬間…………爆発的なスピードでテターニアが迫り来る。

 それはまさに一瞬、と言っても良い時間であった。

 息を飲む時間でシャルロットに迫り、その細い首筋に肘を叩き込んだ。


「クッ!」


 シャルロットから呻き声が漏れた。

 この事態に、アーデルハイド、ヴァネッサ、イレーネは驚きの声を上げる。

 シャルロットは自身の魔道、つまりは精霊の力を借り強化された状態にあるのだ。それも、近接戦闘、特に防御に優れた上位精霊のリリィの力を。

 なのに、生身でその魔法防御を抜き、テターニアはダメージを入れたのだ。


 誤解無きよう補足するが、普通の人間とヴォーリア・バニー(首狩り兎)などの種族との力の差はおよそ三倍。他の種族や魔族、亜人などとは、十倍の戦力差が付く場合がある。だからこそ人は魔道を行使するのだが…………その魔道の力を抜きテターニアは攻撃を通したのだ。それは、やはり驚くべき事なのだった。


「「姫様!」」


 ヴァネッサとイレーネから、悲痛な叫びが放たれる。二人は見誤っていたのだ。テターニアと言う女性を。


 戦争と喧嘩、それに決闘。言葉は違えど戦い、と言う言葉に括る事が出来る。だが、意味合いは大きく違う。しかし、共通する部分が無いかと言えば、否である。戦争での人は駒であり、国や民族の勝利を第一とする。そして喧嘩は相手を倒す事を目的とし、決闘とは勝利が目指す先である。

 では、何が共通するのか? それは、自身の敗北、もしくは命の危機が訪れた時。その時に何が自身を守るのか? それは、蓄積された経験、技術と言ってもいい物だ。


 前回のテターニアは、技術が無く只乱暴に手足を振るっていただけであった。

 だが今のテターニアは、たった七日間、と言う時間であったが、確実に技術を学んでいるのだ。拳の突き出し方。蹴りの動作。そして、身体の重心位置の把握。それだけで、たったそれだけでテターニアは遙かに強くなっていた。


 急ぎ駆け出そうとするヴァネッサとイレーネを、アーデルハイドが手で制止する。

 そしてゆっくりとシャルロットを指差した。良く見てみろ、と。

 首筋への肘での連打。当然の如くシャルロットは表情を歪めるが、打撃と打撃の僅かな瞬間、口角が上がっていた。そう、シャルロットは楽しんでいたのだ。


 何発と言う肘の連打を受け、シャルロットの白磁の肌は赤く変色していく。そして、二十発程の連打を受けた時、変化が起こる。

 肘を打ち続けたことによる疲弊から、僅かにテターニアの打撃の速度が鈍くなったのだ。

 それを肌で感じたシャルロットは、瞬間にテターニアの右手を掴んだ。そして、サイドに回ると同時に、テターニアの脛を蹴りバランスを崩す。

 当然、打撃の為に前へと重心を掛けていたテターニアはつまずく様に前へと倒れ込む。瞬間、シャルロットは自身の体重をテターニアの背後へと移した。脇固め。前回の決闘でも繰り出した技だ。


「回って!」


 イレーネから檄が飛んだ。

 テターニアは即座に反応し前転をする様に身体を転がせる。

 これによって、ひねられた腕は通常の状態へと戻る。

 だが、シャルロットには織り込み済みの行動であった。

 身体の前面を上にし、寝転がった様な姿勢のテターニアの胸に両足を置く。当然、テターニアの右腕を自身の両足で挟み込みながら。そして、手首を抱え込むと腰を浮かせた。


「ギィッ!」


 苦しげな悲鳴がテターニアから漏れた。

 腕ひしぎ十字固め。

 シャルロットは、自身の腰を支点としてテターニアの肘関節を逆方向へと誘う。

 初めて見る技に、テターニアは防御の術が無い。只、空いている左腕をバタつかせるだけだ。

 一気に勝負を決めるつもりなのか、シャルロットは身体を起こし反動を付け、再度肘を絞りこもうと試みる。


「今です! 左手で右手を掴みなさい!」


 再度イレーネから言葉が掛った。

 天才的な反応とでも言うのか、テターニアは言葉の意味を理解し、拘束が緩んだ瞬間左右の掌をガッチリと掴んだ。


「ちっ!」


 シャルロットは僅かに舌打ちを漏らす。

 こうなったならば、力でテターニアのクラッチを切る他術が無い。ならば、次の作戦へと切り替えるのみ。


 両手を繋いでいるテターニアの姿勢は、半身の状態。そこからゆっくりと立ち上がって行く。上からの攻撃を狙っているのだろう。踏みつけか? 持ち上げての叩きつけか? いや、持ち上げは軸である右腕が痺れ不可能だ。ならばどうすれば?

 いずれにせよ、テターニアは身体でシャルロットを押し潰す様に体重を掛ける。


 だがそれも一瞬の事。抱きしめる様に拘束されていた自身の右手が、急に軽くなったのだ。それを感じたのも僅かな間、首筋に柔らかな物が巻きついて来た。

 テターニアの右手と頭部を絡め取る様に巻き付いたシャルロットの両足。そう、再び下からの三角締め。


「終りですね」


 アーデルハイドが冷静に判断を下す。

 シャルロットの柔らかく細い両足は、みっちりと隙間無くテターニアに絡みついていた。

 何とか拘束を解こうと足搔いていたテターニアの左手は徐々に力を失い、シャルロットを押し潰す力を持っていた両足は、崩れ去って行く。


 この状態を見つめていたアーデルハイドは、二人に近づくとテターニアの背中を二度ほど叩いた。しかし、当のテターニアは夢心地の様な表情を浮かべ無反応だった。いわゆる、落ちた、と言う状態だった。

 アーデルハイドは一度頷くと立ち上がり


「試合終了! 勝者、姫様!」


 高々と戦いの終わりを宣言した。

 アーデルハイドの声を聞いたシャルロットは、拘束を解き地面に大の字で寝転がる。


 そして


「つかれたぁ」


 満足げにそう呟いたのだった。


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