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アーデルハイド

「私はまだ負けてはいない! 勝負だ、生意気な小娘!」


 テターニアが顔を真っ赤にし興奮を顕にしながら言い放つ。

 方や、この言葉を受けたシャルロットは、顔を邪悪に歪ませた。

 思う壺。

 それがシャルロットの心中である。

 しかしそんなシャルロットの掌の上で転がされるテターニアに、頼もしいながらも冷静な援軍が現れる。


「テターニア様。心苦しいのですが、今のテターニア様では彼女に勝つ事は無理かと愚考致します」


 何時も、静かに控えていたヴァイエストだった。


「何でよ!」


 ヴァイエストの言葉に、テターニアが即座に反応を示す。


「我らの戦闘は、相手をいかに倒すかが鍵となっております。言い方は悪いですが、様は喧嘩の延長となります」


「……む」


 ヴァイエストの言葉に、テターニアは口を噤む。それが事実であるからこそだ。


「ですが、彼女の戦い方は、いかに相手を制するかと言う体捌きでした。技術に裏付けされた動きに、冷静な思考。勝利するのはどちらでしょうか?」


 ヴァイエストの言葉は冷静でいて冷徹に現状を語る。

 だが、テターニアとて引き下がる事は出来ない立場にあるのだ。部族長として。そして、何より誇り高きヴォーリア・バニー(首狩り兎)として。

 何か言わなければと焦るテターニアに、思わぬ所から手が指し伸ばされる。


「姫様と同じ土俵で戦いたいですか?」


 ヴァネッサだった。

 そして反対側からは


「勝てるかは解りませんが、対策は取れるかと」


 イレーネである。


 この行動に焦りを見せたのは、当然シャルロット。


「ちょ! 二人とも何を言っ――」


「これは、姫様への罰です」


 理由を問いただそうと口を開いたシャルロットだが、全部を言い終える前にヴァネッサによって言葉を封じられた。そして、思いもかけなかった理由を告げられる。


「ば、つ?」


 意味が解らず首を傾げるシャルロット。


「はい。正直やり過ぎです。ヒールは必要ではありません」


「姫様の技術であるのならば、ヒール・ホールド以外でも仕留められたはずです」


 お叱りの様な言葉に、イレーネも参戦する。


「そりゃあ、やり過ぎって言われたら、そうかもだけど……」


 二人からの厳重注意によって、シャルロットの勢いは徐々に削られて行った。

 そして、最後には


「ごめんなさい」


 ペコリと頭を下げるのだった。


 その姿勢を二人のメイドは頷きで肯定する。そして、こんな提案を持ち掛けた。


「話を繰り返しますが、私達に委ねてみませんか?」


 二人のメイドはテターニアから視線を外さない。


「強く、なれるのか?」


 何かを感じたのか、テターニアは素直な言葉を口にした。だが、二人のメイドの首は横に振られる。


「私達が教える事が出来るのは、あくまで技術です。それをどのように昇華させるかは、あなた次第かと」


 ヴァネッサの言葉は、当然であり非常な物であった。だが、突き放した物言いが、時には人の為になるのも事実。テターニアは一度目を瞑ると、その紅玉の瞳で二人のメイドを見つめる。そして


「頼む」


 短く決意の言葉を口にした。

 ヴァネッサとイレーネは、テターニアに向け一度頷くと視線をシャルロットへと向ける。


「と言う事ですので、私達は一週間程お休みを頂きます。よろしいですね、姫様」


 ニコリと微笑みながら、事務的に告げるヴァネッサ。だが口調とは裏腹に、そのたたずまいはすこぶる楽しそうに見えた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ヴァネッサとイレーネが休暇と言うテターニア育成計画に乗り出してから24時間、つまりは一日が経過した。その間に、不便があったか? と言えば、別段何事も無かった。その理由とは、ヴォーリア・バニー(首狩り兎)達の集落は、領主館から非常に近い場所にあり、ヴァネッサもイレーネも夕方になれば、普通に帰宅して来ているからだ。


 別段何事も無く、極普通に書類に目を通すシャルロットの執務室のドアがノックされた。

 ヴァネッサとイレーネが外出している中、ノックをする人物は一人しか居ない。執事長のアキリーズである。


「どうぞー!」


 語尾を伸ばし、どこか子供っぽく許可を出すシャルロット。

 ドアは静かに開き、件の人物が姿を見せる。


「シャルロット様、お客様がお見えです」


 アキリーズの言葉に、シャルロットは首を傾げる。

 サカモト一家の組員であれば、アキリーズは名を言うはずである。街の者でもそうであった。

 アキリーズが名を告げないと言う事は、この街の物では無いと言う事であろう。最近併合した元ロックフェルの誰かかも知れない。

 シャルロットは椅子から立ち上がりながら客の所在を尋ねる。


「それで、お客様はどこに?」

「応接室でお待ちになっております」


 うやうやしく腰を折り、アキリーズは的確に返事を返す。この礼に、シャルロットは右手を上げ返礼すると、目的の場所へ向け歩きだした。一体誰が来たのだろうと思いながら。


 応接室にたどり着き、ドアをノックしようと右手を上げたシャルロットだが、その畳まれた人差し指がドアを叩く事は無かった。応接室から漏れ出る会話に、ちゅうちょしたからである。


「それではいけません。お客様よりも、上の目線で給仕する事は失礼にあたります」

「は、はいぃ」


 凛とした声に、怯える様な声。

 どちらの声も、自分と同じ年頃の少女の物に聞こえる。

 アキリーズからの話で、一人はマリアベルである事は解っている。そう、あの水車小屋の管理をしていた少女である。現在は、寄宿舎などが出来上がるまで、領主館で住み込みのメイド見習をしている。

 ではもう一人は?

 シャルロットはその声に聞き覚えがあった。あったと言うよりは、待ち望んでいた人物の声であったのだ。シャルロットはゆっくりとドアを開けると、自分に背を向けマリアベルを指導する少女に声を掛けた。


「そのくらいにしてあげて。マリアベルは、メイドの道を歩き始めたばかりのヒヨコなんだから」


 シャルロットの声を聞き、少女が静かに振り返った。

 透ける様な真っ白な肌に、薄桃色の髪。そして、エメラルド色の瞳。

 そう、彼女が数百年の間、クリスタニア王家を見守り続けていたシルキー(家妖精)

 アーデルハイド・ロッテンマイヤーである。


「アーデルハイド、姫様からの呼びかけに応え御側に。これより長き時、姫様の一族を見守る事、ここに確約を」


 メイド服とは違う、デュアンドルの様な衣装を纏ったアーデルハイドが礼を持って腰を折る。


「ええ。よろしくお願いね」


 アーデルハイドを視界に収めつつ、シャルロットはポスンとソファーへと腰を降ろす。


「で、一体何を教えていたの?」


 何でもない言葉。だが、話を始めるには最適な話題だ。


「通常のテーブルとは違う、低い位置での給仕の仕方を少々」


 実に質実剛健な言葉であった。流石はシルキー(家妖精)、と言った所だろうか。

 アーデルハイドは、ティーカップを持ち上げ、僅かに唇を湿らせると


「姫様。ヴァネッサとイレーネは何処に?」


 気になっていた事柄を確認する様に口を開く。

 この問いに、シャルロットは「ああ」と短く相槌を打つと、これまでの経緯を語って聞かせる。


「何とまあ。仕えるべき主をほったらかしにして、何とも不詳の弟子ですわ」


 溜息を吐きながら、心情を吐露した。

 だが、事はこれでは終わらない。

 アーデルハイドは、おもむろに立ち上がると身体の筋を伸ばす様に背伸びをする。そして、真正面からシャルロットに視線を合わせると


「姫様。ならば、姫様も特訓ですわね」


 花の様な笑みで宣言するのだった。



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