表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/105

疑問点

 疲れ果てたテターニアを客間で休ませ、一同は何時もの様に応接室に集合していた。その空気はどこか重く、それぞれがそれぞれの思いを内に秘めている様に感じる。

 ただ一人、当事者のシャルロット以外は。


「なあ、メイドの姉さん方よぉ。何で試合を止めたんだ?」


 沈黙を破る様にタムラが口を開く。


「ええ。勝負事ですから、少々無作法かと」


 続いてヒムロが。


 問われたメイド、ヴァネッサとイレーネはお互いに視線を合わせる。何を言うべきか悩む様に。

 意を決したのか、僅かの後ヴァネッサが代表する様に口を開いた。


「あのまま戦いを続けていたら、彼女は足に障害を抱える結果となりましたので、ヒムロの言う通り無作法でしたが間に入った、と言う事です」


 ヴァネッサはありのままの出来事を説明するが、ヒムロとタムラは首を捻る。

 シャルロットはテターニアの踵を抱えただけなのだ。それが何故、障害などと言う物騒な事へと繋がるのか? そこがいまいち掴めずにいるのだ。


 微妙な表情を浮かべるヒムロとタムラ。

 それにいち早く気付いたイレーネが、会話を受け取る様に口を開いた。


「姫様が最後に仕掛けた技。あれはヒール・ホールドと言う危険な技なのです」


「あれがか?」


「そんなに危険には見えませんでしたが?」


 イレーネの言葉を聞き、二人は心情を語る。

 この言葉を聞き、ヴァネッサとイレーネは盛大な溜息を吐いた。


「まあ、普通はそう見えますね」


「ですが、一瞬で膝を砕く事が出来るのです」


 ヴァネッサが、イレーネが自身の言葉を補足した。

 この言葉に、ヒムロとタムラの顔から表情が消える。あの瞬間、シャルロットはそれほど危険な事を仕掛けようとしていたのだ。だが、一体何故? 普段の彼女を知る者ならば、絶対に湧き上がる疑問だ。


「姫様。一体何故この様な仕掛けを?」


 改めてヒムロが声を上げた。

 この問いに、シャルロットは一度目を瞑ると心中を語り出す。


「負けを認めさせるためよ」


 言葉短く、確信を口にした。


「「負けを認めさせる為?」」


 場の全員が首を傾げる。


「わたしが、彼女に部下になりなさいって言った事は知っているわよね」


 シャルロットの言葉に、皆の首が縦に揺れる。


「でも現状では、彼女はわたしの指揮下には入る事は無い」


 バッサリと言い切ったシャルロットに対して、再び全員の首が傾げられた。

 シャルロットは現実を語っているのだろう。だが、他の者には本質が見えては来ないのだった。簡単な言葉であるはずなのに、酷く難解に聞こえているのだ。

 そんな周りを眺めたシャルロットは、大きく溜息を吐いた。そして、丁寧に言葉を綴る。


「彼女達は、彼女、テターニアを頂点として成り立っている部族。それは理解出来るわよね」


「ええ。もちろんです」


 ヴァネッサが代表して返事を返す。


「なら、解るはずじゃない? 彼女の負けは、部族の、取ってはヴォーリア・バニー(首狩り兎)全体の、種としての敗北になるの」


「王が獲られれば、国民全体の敗北となる。ですか」


 イレーネが呟く様に話の中核を口にする。


「いや。姫様が言いたい事は、そうじゃない」


 イレーネの言葉に、ヒムロが否を突き付けた。


「どう言う事ですか?」


 少し機嫌を損ねたのか、やや冷たい雰囲気でイレーナが返す。

 それを感じたのか、ヒムロは表情を崩し


「イレーネさんの言う事は、姫様ありきの言葉ですよね」


 諭す様に言葉を返した。

 ヒムロの言った姫様ありき、と言う言葉の意味。それはイレーネの視線が、王家へと向けられている事を暗に語っていた。


「王が捕られれば、国は滅びます。ですが、民は敗北するのでしょうか?」


 ヒムロの言葉に、ヴァネッサとイレーネは何も言えずにいた。

 答えが解らないのだ。

 しかし、その中で一人、シャルロットは我が意を得たりと意地の悪い笑みを浮かべる。


「そうよ。国同士の戦で、一番警戒しなければいけないのは民達の存在よ。でもね、民達は、昨日の生活が続けば、僅かにでも良くなれば、新しい国を受け入れるわ。でもね、彼女達は違うの。そうでしょ、ヒムロ」


「そうですね。彼女達は、俺達と同じですから」


 御互いに視線を合わせ、淡く笑みを作る。


「お楽しみの所、申し訳無いんだけどよぉ。何の事だ?」


 ソファーに背を預け、一人リラックスした態勢を取っていたタムラが、不意に口を開く。タムラの言葉を耳にし、ヒムロは表情を引き締める。


「なあ、リュウト。もし、どこかの組織に、オヤジが獲られたらどうする?」


「オヤジがぁ? そんなもん決まっているだろ! 一人になっても、相手の野郎をブッ潰してやるよ」


 何の迷いも無く、タムラはそう言い切る。

 その言葉を、ヒムロは頷きで引き取ると


「なら、オヤジが誰かの下に付く、と言ったなら?」


 新たな問題を定義する。


「そりゃあ、オヤジの言う事だ。俺達は黙って――。ああ、そう言う事か」


「そう言う事だ」


 ヒムロの言葉で、タムラは納得が行った様だ。

 残された人数は、あと二人。

 シャルロットは視線をヒムロへと向ける。丸投げを決め込む算段なのだろう。

 そこはそれ、ヒムロもすでに織り込み済みなのである。


「ヴァネッサさん。イレーネさん。姫様が言う事は、単純な事なのですよ。彼女らは、王と民草と言う関係性では無く、俺達無頼の徒に近い関係性を築く者達なのだと」


「あなた達、にですか?」


 ヴァネッサがオウム返しで呟いた。

 このヴァネッサの呟きに、ヒムロは静かに首を縦に振る。


「俺達の世界では、オヤジの言う事が絶対です。オヤジが黒と言えば、白い物でも黒になります」


「そ、そんな事が……」


 改めてヒムロから事実を聞かされ、ヴァネッサは僅かに言葉を失った。

 それでは、ヒムロ達は奴隷と同じではないか? と。

 だが、ヒムロから発せられた言葉は、ヴァネッサの思考とは真逆の意味を持った物だった。


「あなたの心に浮かんだ物の内容は、理解できます。ですが、俺達とオヤジとの繋がりは、それとは別の物です」


「まあな! 俺達は、オヤジを慕って此処まで来た様な物だからな!」


 ヒムロの言葉を、タムラが補足する。

 なまじ礼儀正しいヒムロよりも、タムラの剥き出しの言葉の方が、時には説得力を持つ。


「俺達は、オヤジに拾われて、育てて貰いましたから」


 時間を可視化し、それを遡る様にヒムロは優しい眼差しを浮かべる。


「本題が見えませんね」


 唐突にイレーネが会話に割り込んだ。

 そして、一瞬の後


「きゃふん!」


 可笑しな嬌声を上げる。何て事は無い。要らん事を言ったお仕置きで、シャルロットに尻肉を摘み上げられたのだ。そんな馬鹿なやり取りを見せられ、ヒムロの表情は何時もの物へと帰ってきていた。


「長々と言いましたが、端的に言えば、俺達は家族なんですよ」


「「ああ」」


 ヴァネッサとイレーネが同時に声を上げる。どうやら、腑に落ちた様だ。


「では、ヴォーリア・バニー(首狩り兎)達もそうだと?」


 ヴァネッサが律儀に話を最初へと戻した。


「でしょうね。戦いの間、もう一人のヴォーリア・バニー(首狩り兎)はずっと彼女の勝利を信じて願っていましたから」


「それだけの絆があると?」


「そう思います。あなた達と、姫様の様に」


 ヒムロの言葉が、一連の事案を締める事となった。


 だが、事は始まったばかりなのだ。それを証明する様に、領主邸の廊下から、けたたましい足音が近付いて来た。そして、ドアが乱暴に開けられ、見知った顔が現れる。


「私はまだ負けてはいない! 勝負だ、生意気な小娘!」


 テターニアが顔を真っ赤にし興奮を顕にしながら言い放つ。

 方や、この言葉を受けたシャルロットは、顔を邪悪に歪ませた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ