疑問点
疲れ果てたテターニアを客間で休ませ、一同は何時もの様に応接室に集合していた。その空気はどこか重く、それぞれがそれぞれの思いを内に秘めている様に感じる。
ただ一人、当事者のシャルロット以外は。
「なあ、メイドの姉さん方よぉ。何で試合を止めたんだ?」
沈黙を破る様にタムラが口を開く。
「ええ。勝負事ですから、少々無作法かと」
続いてヒムロが。
問われたメイド、ヴァネッサとイレーネはお互いに視線を合わせる。何を言うべきか悩む様に。
意を決したのか、僅かの後ヴァネッサが代表する様に口を開いた。
「あのまま戦いを続けていたら、彼女は足に障害を抱える結果となりましたので、ヒムロの言う通り無作法でしたが間に入った、と言う事です」
ヴァネッサはありのままの出来事を説明するが、ヒムロとタムラは首を捻る。
シャルロットはテターニアの踵を抱えただけなのだ。それが何故、障害などと言う物騒な事へと繋がるのか? そこがいまいち掴めずにいるのだ。
微妙な表情を浮かべるヒムロとタムラ。
それにいち早く気付いたイレーネが、会話を受け取る様に口を開いた。
「姫様が最後に仕掛けた技。あれはヒール・ホールドと言う危険な技なのです」
「あれがか?」
「そんなに危険には見えませんでしたが?」
イレーネの言葉を聞き、二人は心情を語る。
この言葉を聞き、ヴァネッサとイレーネは盛大な溜息を吐いた。
「まあ、普通はそう見えますね」
「ですが、一瞬で膝を砕く事が出来るのです」
ヴァネッサが、イレーネが自身の言葉を補足した。
この言葉に、ヒムロとタムラの顔から表情が消える。あの瞬間、シャルロットはそれほど危険な事を仕掛けようとしていたのだ。だが、一体何故? 普段の彼女を知る者ならば、絶対に湧き上がる疑問だ。
「姫様。一体何故この様な仕掛けを?」
改めてヒムロが声を上げた。
この問いに、シャルロットは一度目を瞑ると心中を語り出す。
「負けを認めさせるためよ」
言葉短く、確信を口にした。
「「負けを認めさせる為?」」
場の全員が首を傾げる。
「わたしが、彼女に部下になりなさいって言った事は知っているわよね」
シャルロットの言葉に、皆の首が縦に揺れる。
「でも現状では、彼女はわたしの指揮下には入る事は無い」
バッサリと言い切ったシャルロットに対して、再び全員の首が傾げられた。
シャルロットは現実を語っているのだろう。だが、他の者には本質が見えては来ないのだった。簡単な言葉であるはずなのに、酷く難解に聞こえているのだ。
そんな周りを眺めたシャルロットは、大きく溜息を吐いた。そして、丁寧に言葉を綴る。
「彼女達は、彼女、テターニアを頂点として成り立っている部族。それは理解出来るわよね」
「ええ。もちろんです」
ヴァネッサが代表して返事を返す。
「なら、解るはずじゃない? 彼女の負けは、部族の、取ってはヴォーリア・バニー全体の、種としての敗北になるの」
「王が獲られれば、国民全体の敗北となる。ですか」
イレーネが呟く様に話の中核を口にする。
「いや。姫様が言いたい事は、そうじゃない」
イレーネの言葉に、ヒムロが否を突き付けた。
「どう言う事ですか?」
少し機嫌を損ねたのか、やや冷たい雰囲気でイレーナが返す。
それを感じたのか、ヒムロは表情を崩し
「イレーネさんの言う事は、姫様ありきの言葉ですよね」
諭す様に言葉を返した。
ヒムロの言った姫様ありき、と言う言葉の意味。それはイレーネの視線が、王家へと向けられている事を暗に語っていた。
「王が捕られれば、国は滅びます。ですが、民は敗北するのでしょうか?」
ヒムロの言葉に、ヴァネッサとイレーネは何も言えずにいた。
答えが解らないのだ。
しかし、その中で一人、シャルロットは我が意を得たりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「そうよ。国同士の戦で、一番警戒しなければいけないのは民達の存在よ。でもね、民達は、昨日の生活が続けば、僅かにでも良くなれば、新しい国を受け入れるわ。でもね、彼女達は違うの。そうでしょ、ヒムロ」
「そうですね。彼女達は、俺達と同じですから」
御互いに視線を合わせ、淡く笑みを作る。
「お楽しみの所、申し訳無いんだけどよぉ。何の事だ?」
ソファーに背を預け、一人リラックスした態勢を取っていたタムラが、不意に口を開く。タムラの言葉を耳にし、ヒムロは表情を引き締める。
「なあ、リュウト。もし、どこかの組織に、オヤジが獲られたらどうする?」
「オヤジがぁ? そんなもん決まっているだろ! 一人になっても、相手の野郎をブッ潰してやるよ」
何の迷いも無く、タムラはそう言い切る。
その言葉を、ヒムロは頷きで引き取ると
「なら、オヤジが誰かの下に付く、と言ったなら?」
新たな問題を定義する。
「そりゃあ、オヤジの言う事だ。俺達は黙って――。ああ、そう言う事か」
「そう言う事だ」
ヒムロの言葉で、タムラは納得が行った様だ。
残された人数は、あと二人。
シャルロットは視線をヒムロへと向ける。丸投げを決め込む算段なのだろう。
そこはそれ、ヒムロもすでに織り込み済みなのである。
「ヴァネッサさん。イレーネさん。姫様が言う事は、単純な事なのですよ。彼女らは、王と民草と言う関係性では無く、俺達無頼の徒に近い関係性を築く者達なのだと」
「あなた達、にですか?」
ヴァネッサがオウム返しで呟いた。
このヴァネッサの呟きに、ヒムロは静かに首を縦に振る。
「俺達の世界では、オヤジの言う事が絶対です。オヤジが黒と言えば、白い物でも黒になります」
「そ、そんな事が……」
改めてヒムロから事実を聞かされ、ヴァネッサは僅かに言葉を失った。
それでは、ヒムロ達は奴隷と同じではないか? と。
だが、ヒムロから発せられた言葉は、ヴァネッサの思考とは真逆の意味を持った物だった。
「あなたの心に浮かんだ物の内容は、理解できます。ですが、俺達とオヤジとの繋がりは、それとは別の物です」
「まあな! 俺達は、オヤジを慕って此処まで来た様な物だからな!」
ヒムロの言葉を、タムラが補足する。
なまじ礼儀正しいヒムロよりも、タムラの剥き出しの言葉の方が、時には説得力を持つ。
「俺達は、オヤジに拾われて、育てて貰いましたから」
時間を可視化し、それを遡る様にヒムロは優しい眼差しを浮かべる。
「本題が見えませんね」
唐突にイレーネが会話に割り込んだ。
そして、一瞬の後
「きゃふん!」
可笑しな嬌声を上げる。何て事は無い。要らん事を言ったお仕置きで、シャルロットに尻肉を摘み上げられたのだ。そんな馬鹿なやり取りを見せられ、ヒムロの表情は何時もの物へと帰ってきていた。
「長々と言いましたが、端的に言えば、俺達は家族なんですよ」
「「ああ」」
ヴァネッサとイレーネが同時に声を上げる。どうやら、腑に落ちた様だ。
「では、ヴォーリア・バニー達もそうだと?」
ヴァネッサが律儀に話を最初へと戻した。
「でしょうね。戦いの間、もう一人のヴォーリア・バニーはずっと彼女の勝利を信じて願っていましたから」
「それだけの絆があると?」
「そう思います。あなた達と、姫様の様に」
ヒムロの言葉が、一連の事案を締める事となった。
だが、事は始まったばかりなのだ。それを証明する様に、領主邸の廊下から、けたたましい足音が近付いて来た。そして、ドアが乱暴に開けられ、見知った顔が現れる。
「私はまだ負けてはいない! 勝負だ、生意気な小娘!」
テターニアが顔を真っ赤にし興奮を顕にしながら言い放つ。
方や、この言葉を受けたシャルロットは、顔を邪悪に歪ませた。




