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姫と兎

 白き鎧を纏ったシャルロットは、右の指をパチンと弾いた。その瞬間、空間が歪み何かが地面に突き刺さる。


 その物体の正体は、シャルロットの身長を遙かに超える柄を持つハルバートであった。


 シャルロットは、その鈍く光るハルバートを手に取ると、二度三度と演武の様に振り回す。何度かの後、ハルバートの石突で地面を叩いた。


「用意は出来た様だな」


 テターニアから冷酷な声が飛ぶ。それに反応する様に、シャルロットは意地の悪い笑みを浮かべた。軽い挑発である。


「小生意気な小娘が」


 テターニアは小さく呟くと、種族特有の脚力を生かし一気にシャルロットとの距離を詰めると、火砲槌で殴りかかる。


「吹き飛べ!」


 言葉と共に魔石が光を湛える。瞬間、シャルロットの居た場所から火柱が上がる。それを視界に収めたテターニアは、ゆっくりと立ち上がった。


「ふん。こんな物か」


 詰まらなそうに言葉を吐き捨てた。


「なにが、こんな物かしら?」


 背後から花が咲く様な可憐な声が掛けられた。

 急ぎテターニアは声のする方へと視線を向ける。そこには、傷一つ無くただ微笑むシャルロットの姿があった。


「魔道か……」


 確信を持ってテターニアは呟く。

 だが、事実は違っていた。


「なに言ってんの? わたしは、ただ避けただけよ」


 そう、種も仕掛けも無くシャルロットは只避けただけなのだ。


 火砲槌のインパクトの瞬間をバックステップで避け、火柱が出現した刹那テターニアの背後へと回ったのだ。


 だが、言うは簡単。だからこそ、テターニアのこめかみに嫌な汗が滲む。今解るのはシャルロットの動きが想定以上に早い、それだけだ。


 テターニアは火砲槌を構え、攻守どちらでも対応出来る構えを取る。


 その構えを視界に捉え、シャルロットはハルバートを振るう。二度、三度とハルバートの刃が火砲槌に叩きつけられる。甲高い金属音を響かせるその行動は、まるでテターニアの実力を試している様に映っていた。


 いや、実際にそうなのかも知れない。何合か打ち合った後、シャルロットはハルバートを手放した。


「ん? もう疲れたのか?」


 額に汗をにじませるテターニアから声が飛ぶ。だが、この言葉にシャルロットからの返事は無い。ただ、僅かに微笑み腰を落とす。

 次の瞬間、テターニアの左太腿に鋭い痛みが走った。右のローキック。シャルロットはまず、ヴォーリア・バニー(首狩り兎)の種族特性である速度を殺しに来たのだ。


 左右に身体を揺らしながら、何度もローキックが放たれる。しかし、テターニアも左足を上げ、すねで受ける事でガードを試みる。だが、シャルロットの目も節穴では無い。足を上げる事でがら空きになる右の内腿へとローキックを放つ。


 このままでは足が殺される。そう本能的に感じたテターニアは、左を前に出した構えを取った。

 その姿に、シャルロットは僅かに首を傾げる。

 テターニアのメイン武器は、右手に装着した火砲槌だ、今の構えでは大ぶりの一撃しか打つ事が出来ない。何故そんな見え見えの攻撃態勢を取るのか? そう疑問に思った瞬間、シャルロットの瞳に黒い影が走った。


 慌てて後へ下がるシャルロット。


 影の正体は鞭の様にしなりながら放たれたジャブ。そう、フリッカースタイルでの拳。

 だが、シャルロットは全てが見えているとでも言う様に、後ろに、左右に、下に、顔を身体を揺らし避け続ける。

 しかし、テターニアは何度もシャルロットの顎を狙いフリッカージャブを打ち続けた。


 一見無駄な攻撃に見えた。だが、テターニアの狙いはそうでは無かった。

 何発も放たれるフリッカージャブ。

 段々とシャルロットの意識は、それのみに集中していく。そう、シャルロットの意識を火砲槌からそらすのが狙いなのだ。


 お膳立ては整った。テターニアは左腕を引いた瞬間、火砲槌へと力を集中させる。そして、満を持しての右のストレート!


「弾けろ!」


 もらった! テターニアは確信する。


 だが、現実は違っていた。今の今まで立っていた自分の身体が、地に伏せていたのだ。それと同時に襲ってくる右腕からの激しい痛み。


 理由は簡単だった。シャルロットは迫る右のストレートを左へと避け、肘に腕を絡め捻り上げ脇固め、フジワラ・アームバーの態勢へと持ち込んだのだ。


 シャルロットはガッチリと火砲槌を抱え込みながら、テターニアの背中へと体重を預けて行く。


「■■■■■■!」


 テターニアの口から言葉にならない悲鳴が漏れた。それと同時に、片口の関節がギチギチと精神を削る。

 身体をずらし、何とか脇固めを解こうと試みるテターニア。だが、それを追随する様にシャルロットも態勢を変える。


 負けを認めるしか無いのか? 誰もがそう思った瞬間、テターニアの右腕は解放された。


「何の、つもりだ?」


 屈辱の表情を顕にしながらテターニアは問いかける。

 だが、依然シャルロットからの返事は無い。

 代わりに、コイコイと掌を振る。

 まるで一ポイント先取、とでも言わんばかりに。


 テターニアはゆっくりと立ち上がり構えを取る。

 同時にシャルロットも。


 第二ラウンドのゴングが鳴り響く。


 テターニアは再びフリッカージャブでの牽制を試みる。

 その攻撃に対し、シャルロットは同様に避けて見せた。

 本命は、先程と同様火砲槌での一撃。そう推測したシャルロットだが、左の脇腹に痛みが走る。

 フリッカージャブからのミドルキック。それがテターニアの狙いだった。


 この一撃を皮切りに、右半身を前に出した構えを取り、ロー、ミドルとフェイントを交えて蹴りを放つテターニア。シャルロットのガードが徐々に下がって行く。その瞬間、テターニアの右足が大きく弧を描いた。左側頭部へのハイキック。決まれば勝利はテターニアの物。


 だが、テターニアの視界がグニャリと歪んだ。


 何が起こったのか?

 その正体は、シャルロットが放ったカウンターでの右掌打。

 ハイキックの一瞬を捉え、一歩を踏み出しテターニアの顎を打ち抜いたのだ。


 脳を揺らされ倒れ込むテターニア。


 シャルロットは、ゆっくりとテターニアの後ろに回ると、その右足を抱え込む様に抱きしめる。そして、爪先を捻り上げた。アンクル・ホールド。アキレス腱固め。


「■■■■■■!」


 再びテターニアから言葉にならない悲鳴が上がる。


 ガッチリと決まっているのを確認すると、シャルロットはテターニアの右足を左側へと捻った。そうされれば、自然とテターニアの身体は反転される。その状態を視界に収め、シャルロットはテターニアの右足に、自身の両足を絡ませた。


 地面に背を預ける二人。


 シャルロットはアンクル・ホールドを解き、テターニアの右の踵を包む様に抱き寄せた。

 シャルロットは何を仕掛けようと言うのか?

 ヒムロが、タムラが、ヴァイエストが見守る中、ヴァネッサとイレーネがシャルロットに抱きついた。そう、二人のメイドの介入によって、決闘が中止されたのだ。

 誰の表情にも驚きが浮かぶ。

 一体何が起こったのか。


「姫様! やり過ぎです!」

「彼女を壊す御積りですか!」


 メイド達から非難の声が飛ぶ。

 シャルロットは何を仕掛けようとしたのか? その答えは、ヒール・ホールド。一瞬にして膝を破壊する危険極まりない技。

 それが、魔道の力、精霊リリィによって筋力が増したシャルロットによって放たれるのだ。無事で済む訳が無かったのだ。だから、メイド達は止めに入った。


 これが、起きた事の全てである。


 こうして、水入りによって決闘は終わった。

 テターニアは、何を語るのか? それは、彼女の回復を待ってからでも良いだろう。



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