素敵な提案
「もっとお得なのは、蒸留酒の類だな」
タムラの口から、次の矢が放たれた。
「蒸留酒と言うと、ウイスキーとかか?」
テターニアが興味深げな表情で言葉を返す。
タムラは一度大きく頷き
「利幅が多いんだよ」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
タムラの意味深な言葉に、部屋の中の三人は首を傾げる。
この様子を満足げに見つめたタムラは、正解を開示する為に口を開いた。
「良いか。ウイスキー何かの蒸留酒は、普通水で薄めるもんだ。まあ、氷を入れてそのままってやつもあるが、普通は水で割る」
「まあ、そうだな」
今一要領を得ないテターニアは、相槌を打つに留まった。
「それでな……」
そう言ってタムラは、再び花瓶を手に取る。
「ワインのボトルに水を入れて、店で出すんだよ」
「水をか? あっ! 見た目の問題か!」
素直なテターニアは見た通りの答えを口にした。だがタムラの言葉は彼女らにとって、意外その物だった。
「バカか! 売るんだよ。水一本、五百スイール」
「な! そんな物が売れるのか?」
「売れるだろう。お前らの集落の近くで汲んだ、新鮮な水だぞ」
タムラの言に、テターニアはしばし考えた後
「そうか! 集落の近くの沢で汲んでこれば――」
「違うだろ」
テターニアの言葉は、タムラによって遮られた。
「そんな面倒臭い事やるつもりか?」
そして、こんな事を言われる。
テターニアは僅かに混乱した。視線を横のヴァイエストに向けるが、彼女も同様である。
「水なら、領主館の井戸から汲めば良いじゃねえか」
「な! そんな事をしたら、嘘を吐く事になるぞ!」
「良いんだよ! そんな細けえ事は! 大体よう、お前らの里はどっちにあるんだ?」
「こ、この館の北側だが」
「だろぉ!」
だろ、と言われてもテターニアには一切何の事か解らない。
この部屋の中で唯一理解出来るのは、言い出しっぺのタムラのみなのだ。
テターニアもヴァイエストも、タムラの次の言葉をじっと待つ。
だだし、シャルロットは優雅に焼き菓子をポリポリとかじっているが。
「店を出したら、里から街へと通う事になるだろ? 通う道すがら水を汲むなら、それは集落の近くで汲んだ水じゃねーか」
暴論であった。
だが名水と呼ばれる水であっても、水源がそこ自体では無い事も真実である。
何とか山の名水が、実際その山で汲んでいるか? と言う事である。
山の近くで汲んだ水が、何とか山の名水ならば、ヴォーリア・バニー達が通う道すがらで汲んだ水も、集落の近くの水。
タムラの暴論はそう言う物である。
誰かが聞けば鼻で笑われる様な暴論でも、純粋なヴォーリア・バニー達は首を縦に振る。
「な、なるほど! そう言う事か!」
「そう言う事だ!」
テターニアの言葉に、タムラは大きく頷く。
そして、持論の展開を次のフェーズへと移行する。
「まあ酒の方は相手の酔っ払い度を見て、濃くしたり薄くしたりすれば良いからな。後の稼ぎは……つまみだな」
「つまみ、か?」
「そう。まずはこれだな」
そう言ってタムラは、テーブルの上の焼き菓子に手を伸ばす。
それは、現代で言う所のクッキーである。
「これのよう、もう少し薄いやつ無かったか? 旅の非常食に持って行くヤツ」
「確か…………クラッカーとか言うやつか?」
「それだ」
言いながら、タムラは指をパチンと弾く。
「あれはよぉ、口の中の水分を持って行くからな。酒を飲ませるには最適だ。値段は…………五枚四百くらいか?」
「クラッカー五枚で、四百スイールも取るのか!」
テターニアが本日何度目かの驚きを顕にする。
それはそうだろう。クラッカーは、街のパン屋などで売られている軽食に分類される物なのだが、大体一包五十枚入りで五百スイール程度の値段だ。それを、五枚で四百スイール取ろうと言うのだ。
何と言う暴利。
だが、タムラは顔色一つ変える事は無い。
「お前らが、あーんとか言って食わせてやれば良いじゃねーか」
そして、こんな事まで言い放つ。
言葉を聞いてヴォーリア・バニー達は不安げな表情を映す。
「そ、そんな事でお客は怒らないのか?」
「ああ? 怒る訳ねぇだろ! お前らみたいな器量良しが接待してくれるんだぞ? そう思うだろ?」
テターニアとヴァイエストはお互い顔を見合わせる。そして、お互いに首を傾げる。そうなのだろうか、と。
「後はそうだなぁ……」
ヴォーリア・バニー達の心配を余所に、タムラの悪知恵は加速度を増して行く。
「果物なんかも良いなぁ」
「「果物?」」
「おう。見栄えは良いし、量も取れるしな!」
大見えを張るタムラ。
だが、果物の謎は残ったままである。
「果物を一体どうしようと言うのだ?」
「はあ? 今まで何を聞いてたんだ? 注文させんだよ! 客に!」
「どうやって?」
タムラの言葉に、間髪入れず答えるテターニア。
その問いに、タムラは薄ら笑いを浮かべる。
「わたし、果物がたべたーい。とか言えば良いじゃねえか」
「バカっぽい、な」
「そのくらいが良いんだよ!」
そう言い切るタムラに対し、テターニアはそう言う物かと自身を納得させる。
だが、疑問は残っている。
「しかし、果物なので儲かるのか?」
そう、これである。
果物類は、市場に行けば一山幾らで買える。熟しすぎた物など捨て値で放出だ。ドライフルーツや蜂蜜漬けなどに、加工されていれば話は別だが。
だからこそテターニアは疑問を抱くのだ。
だが、そんな事もタムラは笑って切り捨てる。
「もう一回言うぞ。今まで何を聞いてたんだ? そんなも物、酔わせりゃ何とでもなるだろうが!」
「な、なんと!」
「し、しかし、値段の面で難癖を付けるお客もいると思うのですが?」
陥落寸前のテターニアに変わり、じっと口を噤んでいたヴァイエストが疑問を口にした。
「それこそ簡単じゃねえか。文句を言うヤツを軽くひねって――」
「……タムラ」
「は、いけませんね!」
無頼丸出しのタムラの言葉に、シャルロットが静かに突っ込みを入れる。
その声は低く冷たく、まるで永久凍土の様だ。
言葉を受け、すかさずタムラは言葉を訂正した。
「ま、まあ、ウチから非番のヤツにケツ持ちさせるからよ」
「「ケツ持ち?」」
ヴォーリア・バニーの二人が首を傾げる。
東方の独特な言い回しは、大陸の者には意味不明だった様だ。
「あ? ああ、番をさせるって事だ」
「用心棒か?」
「それだ」
御互いの歩み寄りによって、正解が導かれた。
大まかだが、ヴォーリア・バニー達の生活基盤は整った。
だが、まだ解決しなければいけない案件も存在する。
それは、どこに店を出すか? であった。
「宿屋の近くが良いんじゃねえか?」
確かに立地としては最高と思える場所である。
「却下」
しかし、一瞬でシャルロットから否決された。
良い案だと思うタムラとヴォーリア・バニー達は首を傾げる。
「何でダメなんだ?」
疑問のままでは終われない。
愚直なタムラは、素直に問いの言葉を口にする。
これに対し、シャルロットは人差し指を一本立てると、答えを開示した。
「宿屋にも酒場があるでしょーが!」
尤もな言葉であった。
領主立ち会いの下で決めたヴォーリア・バニー達の商売が、もともと営んでいた領民とお客を食い合っては本末転倒なのだ。
「じゃあよう、どこなら良いんだ?」
タムラは問いかける。
それなら、領主様が決めてくれと。
その魂胆がありありと解るシャルロットだが、此処は黙って候補地の選定へと頭を切り替える。
「街の外れなら、店舗に使える家もあるんじゃない?」
「街の外れー? 大丈夫なのか、そんな場所で」
タムラの疑問は的を得ていた。
だが、そこはシャルロット。
出来る領主様は一味違う。
「街のみんなに協力してもらうのよ。宣伝してもらったり」
「そんな事してくれんのか?」
「してもらうのよ。積極的に市場で買い物したり、お店で出す軽食何かの仕込みを宿に頼んだりして。お店の儲けを、あんたらだけで一人占めしなければ協力してくれるわよ。そ・れ・か・ら! 街の人たちはお店への出入りは一切禁止だからね!」
指差しと共に、シャルロットの言葉が投げかけられる。
「「なんで!」」
タムラとテターニアから抗議の声が上がる。
だが、シャルロットは言葉を正面から受け止め、それを打ち消す程の勢いで反論した。
「ばかじゃないの! こんな詐欺まがいでボッタクリな飲み屋、街の人に行かせる訳ないでしょうが! ばかじゃないの! ばかじゃないの!」
物凄い剣幕であった。
これには、無頼のタムラも、ヴォーリア・バニーのテターニアも表情を引き攣らせる。
「な、ならば、私達は誰を相手に商売をすれば良いのだ」
おっかなびっくりテターニアが問いかける。
シャルロットは顎に指を当て、僅かに考えた後
「旅人相手にしなさい」
そう決断を下す。
しかし、このシャルロットの判断にも思わぬ抜け穴があった。
「旅の人相手で、採算がとれますかね」
一人冷静に事態を見つめていたヴァイエストだ。
この問いには、幾らシャルロットでも首を傾げずにはいられなかった。
「心配すんな。赤字分は、姫様が持ってくれるって。な、姫様」
また勝手な事を言い出すタムラ。
シャルロットは即座に反論しようとしたが、口を開けたまま停止する。そして、椅子に腰掛け考えを巡らせる。その時シャルロットに天啓が下る。
「わかったわ! テターニア。あなた、わたしの部下になりなさい!」
この発言により、場は騒然となった。




