新商売
乾物屋の喧騒から二日。領主邸ではタムラとシャルロットの二人が、応接室で客の到着を雑談しながら待っていた。
「それで?」
「だからよう、あいつらだって領民な訳だよ」
「わかってるわ」
「それでな、何か仕事を斡旋してやろうかと……」
「具体的には?」
「それを姫様にも考えて欲しい訳だ」
「ばかじゃないの!」
まあ、こんな会話を昨日から繰り返す二人。堂々巡りで一行に良い案は浮かばない。喧々囂々、全く前には進まない。
そうこうしている内に、客の到着が知らされる。
「シャルロット様、お客様がお見えです」
執事長、と言っても執事は一人だけだが、アキリーズが礼儀正しく腰を折る。
シャルロットが入室の許可を出すと、アキリーズは半歩身を引いた。
そして、現れたのは二人の女性。
一人は先日、街で騒ぎを起こした濃い亜麻色の髪をした女性。もう一人は、真っ白な髪と赤い瞳をした女性であった。そして、真っ白な女性の頭頂部から伸びる長い耳。迷う事無く、彼女もヴォーリア・バニーである。
真っ白な女性が前。亜麻色の女性がやや後ろ。立ち位置を見るに、真っ白な女性の方が立場が上なのだろう。
そしてこの女性こそが、ヴォーリア・バニーの族長と推測される。
「いらっしゃいませ。わたしが、このカーディナルの領主、シャルロット・デュ・カーディナルよ」
訪れた客人に対して、シャルロットは立ち上がり挨拶の言葉を口にする。
「うむ。私は、ここいらのヴォーリア・バニーを束ねる族長をしておる、テターニアと言う。後のは補佐のヴァイエストだ」
そう言ってテターニアは胸を張る。
人に頭を下げるのが苦手な人達かもしれない……シャルロットは、この後の議論がまともに出来ない予感に襲われる。
両者の名乗りも終り、ソファーへと腰を降ろす。そのタイミングを計り、アキリーズが全員の前にティーカップと、テーブルの中央に焼き菓子を置いた。
さあ、本番である。
テターニアはティーカップを手に取り喉を潤すと、いきなり本題を切り出した。
「それで? 私達に、どんな商売を進めてくれるのかな?」
もう話が決まっているかの様な言い草だ。
この言葉を聞き、シャルロットはジト目でタムラを睨みつける。一体どう言う事になっているのかと。
この行為に対して、タムラは視線を外し頬を掻く。
そして、申し訳なさそうに
「実はよ、お前達の出来る事を聞いてから判断しようと思ってな」
テターニアにそう告げた。もちろん嘘である。
だが、山で暮らすヴォーリア・バニー達は素直な気質な様で、タムラの言う事を鵜呑みにする。
「そうね。私達は、狩りが出来るわね」
「すでに猟師さんが居るわね」
テターニアの言葉に、シャルロットがタムラにだけ聞こえる程度の音量で突っ込みを入れた。
「あとは……勇敢な者達が多いから、戦でも役に立つぞ」
「マンティコア隊、解散」
「それと……山の幸を取ってこれるぞ」
「それが、品余りなんだけど」
「残るは……………魅力的な者達が多いぞ」
「白いのは、残念臭がするわね」
テターニアの言葉を受け、タムラは頭の中で考えをまとめる作業に移る。だが、幾ら考えても良い案など出ては来ない。何故ならば、タムラの頭に浮かぶ職業は、すでに誰かが営んでいるのだ。
そんな闇の中を歩くタムラに、救いの手が差し出される。
その相手は? 無論シャルロット。
「ねえ、タムラ」
「何だよ、姫様」
「ヤマトにあって、大陸に無い職業ってないの?」
何気ない言葉であった。
しかし、この言葉がタムラに天啓をもたらす切掛けとなる。
「あ、そうだ!」
タムラの言葉に反応し、三人の視線が注がれる。
誰も口を開かず、じっとタムラの言葉を待つ。一体どんなアイデアが語られるのか?
「お前らさぁ、飲み屋やんない?」
「「?」」
ヴォーリア・バニー二人の首が僅かに傾いだ。
どうやら意味が解らないらしい。
「タムラ、飲み屋ってお酒を飲むところ?」
代表する様に、シャルロットが問いかける。
この質問が意外だったのか、タムラはキョトンとした表情で
「そうだが?」
言葉短く答えを返した。
だが、今度はシャルロットの方が怪訝な表情を見せる。
「お酒を飲む所って…………宿屋の酒場があるじゃない」
そう言ったシャルロットに、タムラは視界を閉ざし頭を横に振る。
解っていない、とでも言う様に。
「違うんだよ、姫様。俺が言っているのはな、酒を飲む為だけの店なんだよ」
「ほーう」
タムラの言った酒を飲むだけの店、その事にシャルロットは僅かに興味を抱く。
だが、不可思議な部分も多々あった。
だから、その事に対し素直に教えを乞う事にする。
「ねえ、タムラ」
「おう、何だよ」
「一人でお酒を飲んで、楽しいの?」
尤もだ。
専用のお店を用意してまで、一人でお酒を飲みたいのだろうか?
お酒があまり飲めないシャルロットは、純粋にそう思う。
「はぁ? 一人じゃねえよ。こいつらが相手をするんだよ」
タムラは親指でヴォーリア・バニー達を指しながら答えた。
突然指名された事で、驚きを顕にするヴォーリア・バニー達。
「ちょ、ちょっと待て。なんだ? つまりは私達がもてなすと言う事か?」
「おお、そうだな」
楽観的に言い放つタムラ。
しかし、ヴォーリア・バニー達は頭を抱える。
何か意味が有りそうだ。
「何だよ。何かあるのか?」
タムラも気付いた様で、真面目な表情で語りかける。
「う、うむ。その……なんだぁ? 私達の部族は……その、人に頭を下げるのが苦手でなぁ」
意を決したのか、心中を吐露するテターニア。
この言葉を聞き、シャルロットはがっくりと肩を落とす。ダメじゃん! と。
しかし、タムラの表情は違っていた。何も問題は無く、心配も無いと。
「お前らよぉ、道に金が落ちていたら拾うか?」
そして、急にこんな事を言い始めた。
それに対してテターニアは
「それは……拾うのが普通では無いか?」
素直に心情を言葉にする。
「だよなぁ。だがよ、その時金に頭を下げているだろ?」
タムラの言葉を、テターニアは脳内で映像化してみる。
「確かにそうだな」
落ちている物を拾うのだ、当然頭は下がる。
自然の摂理、人体の構造上当然の結果。
「良いか、酒を飲みに来るのは、人じゃねえ。金だ」
この言葉に、テターニアの上半身が僅かに前に出た。
喰いついて来た様である。
「相手を人間だと思うから、プライドが邪魔をするんだよ。相手を財布と思え」
「さ、財布だと……」
「そうだ。おだて、飲ませて紐を緩めていくんだよ!」
「おお!」
「そうすれば、酔って首を回しながら、じゃらじゃらと金を落とすって事だ」
タムラの説明に、テターニアの身体が震え出す。目から鱗、と言った所だろう。
そして、タムラからは邪悪な笑みが漏れていた。
シャルロットは黙ってこの先を見守る事に専念する。
「うむむ。お前の言う事は解る。だが、そんなので儲かるのか?」
テターニアから根源的な疑問が語られた。
言葉を受け取り、タムラは咳払いを一つすると持論を展開する。
「客が店に入った。五千スイールだな」
「「は?」」
ヴォーリア・バニー達から間抜けな言葉が漏れた。
それはそうだろう。意味が解らない。
「店では、お前達から酌をして貰えるんだ。当然だろ」
つまりは、ヴォーリア・バニーの娘を、少なくとも一人隣に置く値段と言う事らしい。
そして、タムラは横にあった花瓶をテーブルの上に置いた。
「コイツがワインだとする。市場では千スイールだ。幾らで売る?」
謎掛けの様な質問が、テターニアに投げかけられた。
テターニアは暫し花瓶を見つめ
「千二百スイール?」
自身無さげに呟く。
だが、タムラは意地の悪い笑みを崩さない。
「グラス一杯、千スイール」
「な!」
ヴォーリア・バニー達は、驚きの表情を顔に張り付かせた。
御酌をするだけで、千スイールが六千スイールに化けるのだ。ワインのボトル一本で、グラス六杯分。そして当然そのワインは、隣に座ったヴォーリア・バニー達の口にも入る事になる。
つまりは、六千スイールを払っても、客はワインを六杯飲む事は出来ないのである。
悪どい。言葉にこそしなかったが、シャルロットは心の中でそう呟く。
だが、タムラの兎の酒場計画が本領を発揮するのはこれからなのであった。




