喧噪
新章開始です
無事ロックフェルを併呑したシャルロット。だが我が屋に帰れば、栄光などとは無縁の書類の山が待っていた。
「なんでこんなにメンドクサイのよ……」
シャルロットは、力なく目の前の書類に悪態を吐いた。
「それは、姫様が無計画に事を進めるからでは?」
珍しく仕事の傍らに立つイレーネがキツイ突っ込みを入れた。
聞き捨てならない言葉に、シャルロットは即座に反応する。
「無計画ってどう言う意味よ!」
語気を強めてシャルロットは言葉を放つが、イレーネは何時もの事とどこ吹く風。
「言っても良いんですか?」
それどころか、こんな事を言って来た。
こう言われたら、納まりが付かないのがシャルロット。元来の負けず嫌い。
「言ってみなさいよ!」
「ホントに言いますよ?」
「いいから言いなさいよ! 的を得ていたら、イレーネの好きな物あげるわ! さあ、どうぞ!」
言葉と共に、両手を前に出すシャルロット。めしあがれ、そんな言葉が似合いそうなポーズだ。
「……では」
コホンと一つ咳払いをし、イレーネは口を開く。
「学校とか、コーネリア商会を潰すとか姫様はおしゃっていましたが、後の事を考えての発言でしたか? 学校は、どこに建設なさるのですか? 業者はどこに頼むのですか? コーネリア商会の次期長はどなたにされるのですか?」
「ぐぬぬ。それは……」
イレーネの正論に、シャルロットは何とか反論しようと考えを巡らせるが、良い戦術は何も出ては来なかった。
「まったく。ですからこの様に苦労するのです。私かヴァネッサに一言言ってもらえれば……もう」
イレーネは呆れた様に溜息を洩らす。
最早シャルロットからは、グウの音も出る事は無かった。
「はいはい。わたしが悪かったわよ。今度からは、ちゃんと頼るから。それで? 望みは?」
バツが悪かったのか、シャルロットはイレーネから視線を外す。
だから見えなかった。イレーネの舌が、ゆっくりと自身の唇を濡らす光景が。
「私が望む物は…………姫様の唇です」
言葉と共に、シャルロットの頬に手を置き自分の方に向かせると、一気にその可憐な唇を奪い去るイレーネであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャルロット同様、マンティコア隊の面々もナカジマ隊を除き通常業務に追われていた。
通常業務の主たる仕事は、街の巡回である。
街を幾つかのブロックに分け、それぞれの隊長を主軸として数人編成で目を光らせていた。
そうして大路を歩く中、第一班隊長のタムラの瞳に喧騒が映る。
乾物商の店先で、店主と女性二人が何やら言い合いをしていた。
タムラは足早に言い合いの現場に近付き声を掛ける。
「オイ! 何を大声で言い合ってんだよ! 近所迷惑だろ? 散れ。帰れ」
警邏隊として、散々な言葉だった。
だが、そんな乱暴な言葉に当人達はと言うと?
「あっ、タムラさん」
「何だ、タムラか」
街に根付く店主はまだしも、口論を交わしていた女性も同様にタムラの名を呼んだ。
どうやら、全員が顔見知りだった様である。
店主の方は、五十過ぎ。もうすぐ六十に手が届く年齢であり、少々毛髪が寂しい容姿。
方や女性の方は、二人共二十代前半だろう。両者共、亜麻色の髪色をしており、タムラの名を呼んだ方の女性が僅かに重い色をしていた。大路で喧嘩が出来るほどの気の強さはその顔にも表れており、種族から来る物なのか鋭いとまでは言わないが、切れ長のつり目が特徴であった。
先に種族と言う文言があるが、その意味は彼女達を見れば一目了然で、一番の特徴。それは、頭頂部から生える兎に酷似した一対の長い耳。
「まったくよう、何を騒いでんだよ? 親父さん、何の揉め事なんだ? この飯借り兎が、何か粗相したのか?」
長い溜息の後、タムラは店主に向けて語りかけた。しかし、タムラの言葉を聞き捨てならない者が横槍を入れる。
「タムラ。私達を侮辱するな。私達はヴォーリア・バニーだ」
ヴォーリア・バニー。それは金兎族と呼ばれる兎の特徴を持つ種族の亜種とされる種族である。金兎族を人間と例えるならば、ヴォーリア・バニーはアマゾネスの位置づけとなる。
「うるせーなぁ。それで? 揉め事の原因は一体何なんだよ?」
面倒臭そうに、タムラは原因の究明を図る。
この言葉に、待ってましたとばかりに濃い髪色の方のヴォーリア・バニーが勢い良く口を開いた。
「よくぞ聞いてくれた! この店主は、私達の商品を買い取り拒否するのだ!」
「はあ? 買取拒否? それはいらねぇからだろ」
「そんな訳があるか! 一月前までは、きちんと買い取ってくれていたぞ!」
「そうだ! そうだ!」
タムラは姦しい兎二人に対して盛大に溜息を吐く。僅かに視線をずらすと、店主がうんざりとした表情を浮かべていた。どうやら、心情は同じであった様だ。
だが警邏隊として、ほおっておく訳にも行かない。タムラは再び意を決して、問題解決へと動き出す。
「それで、お前らは何を売りに来たんだ?」
まずは品物の確認から始めるタムラ。
その言葉に呼応した、ヴォーリア・バニー達は、背中に背負った籠を降ろす。
タムラは中身を確認する為に覗きこんだ。
籠の一つには果物が、もう一つには茸が入っていた。どちらも乾燥させる事でうまみが増す食材である。
そして此処は乾物商。買い取らない意味が解らない。
「なあ親父さんよぉ、何で買い取ってやらねえんだ? 別に意地悪でしてる訳でもねぇえんだろ? 乾物商なんだからよ」
タムラが、彼なりに礼を尽くして言葉を綴る。
そして、この場を好機と見たのかヴォーリア・バニー達は
「「そうだ! そうだ!」」
声を大にして囃し立てた。
「うるせぇぞ!」
イラついたタムラが、ヴォーリア・バニー達を一括する。だが、それで引き下がる娘さん達では無い。
「なんだと!」
「生意気だぞ!」
唇を尖らせ抗議の嵐を投げつける。最早娘さん達の相手はお腹一杯なタムラは、放置を選択する。
そして、会話相手は商店主へ。五月蠅い小娘共は、放置が一番なのである。
「親父さんよぉ、良かったら訳を教えてくれねえかな? 現状じゃ、コイツらだって納得が行かねえだろ?」
言葉を選び、諭す様に問いかける。
商店主とて、わざわざ仲裁に入ってくれたタムラが言うのだ。訳を話すのもやぶさかでは無い。だが、一つだけ約束して欲しい事柄があった。
「そりゃあ、タムラさんが言うんだ、話しても良いが……」
「ん? 何だか歯切れが悪ぃなぁ」
商店主の言葉に、タムラは首を捻る。
「他言無用で頼めるか?」
「あ? おお」
商店主の言葉に、タムラが了承の返事を返した。
約束された事で、商店主はようやく口を開く。
「タムラさんは、ロックフェルがカーディナルに併呑されたのを知っているかい?」
知っているも何も、その当事者であるタムラ。だが、若干頬を引きつらせただけで、タムラは先を促す。
「そのおかげでな、いや、娘さん達にすれば、せいでと言う事になるのか。そのせいで、山の幸が大量にカーディナルに出回る様になってなぁ」
商店主の話を要約するとこうである。
元々ロックフェル領と言う場所は、山々囲まれた土地である。当然、山の幸もカーディナルなどとは比較にならない程豊富に取れる。
今までは、近隣の領地にも販売していたのだが、領地を超えて荷物を運ぼうとすれば税金がかかる。では、同じ領地での品物の移動はどうだろう?
それは当然、税などは掛かっては来ない。
ならば、カーディナルとなった元ロックフェルから最も荷が多く流通する場所は?
言わなくても解っている。それは、元々カーディナルと呼ばれていた土地なのだ。
それが何をもたらすか?
つまりは、品物が余っていると言う事だ。
だから、買い取りは出来ない、と。
「成程なぁ。併呑にそんな弊害があったか」
タムラは納得行った用に言葉を綴る。
「ウチは、管理さえしっかりしていれば、腐る物では無いから良いんですけどね」
そう言って店主は話を結ぶ。
今までの話の内容では、無理にヴォーリア・バニー達の品物を買い取らせる訳にも行かない。タムラは必死に現状打破の方法に頭をひねった。
「お前らよぉ。買い取りは無理そうだな。まあ、その荷物は、俺達で買い取るわ。親父さん、悪いが見積もってくれねえかな?」
タムラの言葉に、商店主は二つ返事で了解する。
取り合えず、ヴォーリア・バニー達も溜飲を下げた様だった。
だが、ここで終わっては何をしたのか解らない。
「それでよ、これから今の稼ぎを続けるのは無理そうなんだよ」
「そうなのか?」
ヴォーリア・バニー達が首を傾げる。
「しかし、私達には、これしか金を稼ぐ方法が無い」
そう言って髪色の濃いヴォーリア・バニーは項垂れた。心なしか耳までがしょげて見える。
「提案なんだがな、近い内に族長を連れて領主館までこいや」
「相談に乗ってくれるのか?」
「……まあな」
「そうか。では明後日伺おう。良いか?」
「まあ、良いんじゃないか? 俺も話を通しておくからよぉ」
「了解した」
この言葉を最後に、ヴォーリア・バニー達は帰って行った。
このタムラの手助けがカーディナルにとって多大な利益を生む事になるとは、現時点では誰も知る由も無かった。




