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采配

 慌ただしい一日を終え、シャルロットはヒムロを伴い宿へと帰って来ていた。

 何時もなら素早く夜着に着替えベッドにダイブを決め込むのだが、本日は少し様子が違っていた。部屋に戻ると、ヴァネッサ、イレーネと僅かに言葉を交わし、すぐに机に向って羽ペンを走らせたのだ。


「……姫様?」


 心配げにヴァネッサが呼びかける。隣では同様の視線でイレーネが見つめていた。

 メイド達がこれ以上の言葉を紡げない中、ソファーに座り状況を見つめていたヒムロが助け船を出す。


「姫様。先ほどから何を書いておられるのですか?」


 本丸ど真ん中の言葉に、ヴァネッサとイレーネは後手でサムズアップを決める。しかし、逆手で出されているため、ヒムロから見ると地獄へ落ちろ、となるのだが。

 言葉に反応する様に、シャルロットは羽ペンを置き大きく深呼吸をした。そして、ゆっくりと振り返ると


「招待状。ん? 違うわね。召喚状かしら?」


 笑いながらそう答えるのだった


“召喚状”


 この物騒な響きに、三人は首を傾げる。それはそうだろう。召喚状など、騎士団や憲兵から出頭を求められる時や、王宮内での裁判の時くらいしか聞かないからだ。そんな物を使って、一体誰を呼び出そうとしているのか? ヴァネッサとイレーネは視線を合わせるとお互いに頷き合った。


「姫様。一体誰をお呼びに?」


 代表してヴァネッサが問いかけた。

 この問いに対して、シャルロットはニヤリと笑い


「アーデルハイドよ!」


 その人物の名を口にした。

 件の人物の名を聞き、ヒムロは若干眉を潜めるに留まるが、ヴァネッサ、イレーネのメイド隊は驚きを顕にする。


「ヒムロに大見え切ったんだから、それに相応しい人物をあてがわないとね」


 メイド達が驚きを表す中、シャルロットはそう言ってウインクをした。

 しかし問題なのは、蚊帳の外のヒムロである。彼にとって、目の前でやり取りされている話は、理解不能、ちんぷんかんぷんなのだ。


「アーデルハイド・ロッテンマイヤー。私やヴァネッサの先生に当たる方です」


 それに気付いたイレーネは、短く補足を入れる。

 人物の素性は、僅かにだが解った。だが、何故二人がこうまで驚くのかの説明は無い。

 ヒムロがその先を促そうとした時、ヴァネッサが後を引き継ぐ様に言葉を続けた。


「イレーネも言いましたが、アーデルハイド・ロッテンマイヤーは私達の先生に当たる御方です。そして、三代前から、王城クリスタニアに使えている御方なのです」


「三代前? ですか」


「はい。クリスタニア城が今の場所に移築されたのは、現国王様の三代前、ユリウス様の時代になります。その時に出会い、以来クリスタニア城の管理責任者となっておいでです」


「三代前、と言う事は?」


「はい。ロッテンマイヤー先生は、シルキー(家妖精)です」


 ヴァネッサの説明により、ロッテンマイヤーが何者かは解った

 だが今の説明の中で、ヒムロには腑に落ち無い事柄があったのだ。それは、何故シャルロットが王宮付きのシルキー(家妖精)を呼びつける事が出来るのか? と言う事だ。

 個人の過去を探ると言う行為は、ヒムロの本意では無いのだが、何故かそれを知るべきだと本能が語りかけていた。


「あ、あの。姫様は一体何者なのですか?」


 表情を硬くしながら、ヒムロは語りかける。

 気を悪くしないだろうかと。

 だが問われたシャルロットは、ヒムロのそんな思いをあっけらかんと笑い飛ばす。


「なあに、ヒムロ。わたしの事が知りたいの?」


 小悪魔然とした表情で、しれっとこんな事を口にする。これがタムラであったなら、馬鹿なコントが始まるのだが、相手は生真面目なヒムロ。


「い、いえ。無作法だとは思いますが、少し気になりまして」


 礼儀を持って言葉を返す。


 これにはシャルロットも、口を塞がざるを得なかった。

 シャルロットは大きな溜息を一つ吐くと、言葉少なく自身の立場を口にする。


「わたしは、廃嫡された王女。それだけの者よ」


「では姫様は、本当に姫様だったと……」


「ええ、クリスタニア王国第一王女。それがシャルロット様」


 呟く様なヒムロの言葉に、ヴァネッサが補足を入れた。

 だが、それを否定する者がこの場には居た。そう、当人であるシャルロットが。


「何を言っているの、ヴァネッサ? わたしは王国第一王女じゃないわよ」


「「え、姫様?」」


 ヴァネッサとイレーネの声が重なった。

 表情から読み取るに、シャルロットの口から出た言葉の意味が良く解らない、と言った風体である。

 その表情が可笑しかったのか、シャルロットは大きく表情を崩し


「私は領主様なの。カーディナル領の領主、シャルロット・デュ・カーディナル、よ。わかった?」


「「失礼致しました、姫様」」


 自身の主が何者なのか? それを再確認しヴァネッサ、イレーネが頭を下げる。


「ヒムロは良いかしら?」


 端的な言葉がシャルロットから紡がれる。

 言葉は少ないが、意味している事はヒムロの胸にストンと落ちた。

 シャルロットが言いたい事、伝えたい事は只一点のみであった。自分は、自分の領地とそこに住まう物達を守り繁栄させるだけである、と。


 ヒムロはおもむろに立ち上がると片雛を付く。その姿はまるで、叙勲を待つ騎士の様に見えた。

 下げられたヒムロの頭頂部をシャルロットはじっと見つめる。そして、立ちあがるとヒムロの右肩に自身の右手を置いた。


「ヒムロ。マンティコア隊の全権限を今よりあなたに移譲します。あなたの、正しいと思う事を成しなさい」


「「はあ?」」


 メイド二人とヒムロの声が重なった。

 その表情を視界に収めながら、シャルロットは僅かに表情を崩し、ヒムロの顔を両手で挟み込む。


「あのね! わたしは忙しいの! 領主館は、絶賛人手不足中なの! そのわたしに……そのわたしに……警邏隊の管理までやらせるって言うの! そう思うでしょ!」


 言葉と共に、シャルロットの瞳がヒムロを射抜く。


「ええ、まあ。そうですね」


 シャルロットのあまりにもな気迫に、無頼の(かしら)であるヒムロですら、肯定の返事を返すのが精いっぱいであった。


 しかし、何時もの様に何事にも例外と言う物がある。そう、二人のメイド。ヴァネッサとイレーネであった。

 ヴァネッサは、自身の脂の乗ったお尻を摘み上げ必死に欲情と戦っていた。方やイレーネは、うっとりと熱の籠った瞳で主を見つめる。全く、色々と台無しな二人であった。


 そんな中、イレーネが表情を変える。そして、何かに気付いた様に口を開いた。


「そう言えば姫様。カーディナルが大きくなって、統治が大変では無いですか?」


 そう、全くその通りである。


 言葉に反応し、シャルロットはヒムロの頭を拘束したまま、顔をイレーネ達へと向けた。

 二人のメイドの視界に収まったシャルロットの表情は、背筋が凍る程の邪悪に満ちていた。その口から何が語られるのか? 二人のメイドはゴクリと喉を鳴らす。


「きまっているじゃなーい! この地方の代理行政をクソ爺に丸投げすのよ。そう簡単には隠居なんてさせないわよ。くっくっくっ」


「で、では姫様。ナカジマ達の事も、ロックフェル伯爵に?」


 唯一シャルロットの表情を見ていないヒムロから、言葉が漏れる。この言葉に反応し、シャルロットは満面の笑顔をヒムロに向けた。


「そうよ。と言う事で、後はお願いね」


 そう言ってパチンと天使の様なウインクを見せた。

 だが、ヒムロは戸惑うばかりである。それはそうだろう。いきなり警邏隊の全権を任され、なおかつくせ者のロックフェル伯爵と協議しろと言われたのだ。誰だって戸惑う事しか出来はしない。


「え? 後はお願いってどう言う――」


 そして、この程度の言葉しか出ては来なかった。

 方やシャルロットは胸を張り、言葉を続ける。


「ふふん。あのクソ爺をボロ雑巾の様に使い潰す算段よ。適当な役職を……そうね、相談役とか言う耳心地言い言葉で煙にまいて、その気にさせて、一切の権限を与えず働かせる交渉をするの」


「俺が、ですか?」


 ヒムロの問いに、シャルロットはゆっくりと一度首を縦に振る。

 シャルロットのこの行動に、ヒムロは(こうべ)を垂れる他無かった。

 協議をする事は何となく理解出来ていた。しかしその内容が、これほど黒い物だとは想像の範疇を超えていたのだ。

 しかし、任された以上やり遂げるしかない。ヒムロはがっくりと肩を落とす中、どうやってこのミッションを成功させられるか考えを巡らせるのであった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





~クリスタニア王国 王城~


 ここ最近の王城は妙に活気があった。

 別の言い方をすれば、騒がしいと言い変える事出来る。

 さらに突っ込んだ言い方に変えると、馬鹿が妙なテンションで国王に絡んでいるのだ。

 ほぼ、三日と開けずに。


「陛下! 今日こそ御暇を頂きたい!」


「クーデリカ…………それは夢と言う物だと何度言ったら分るのだ」


 バーングラス王は、目の前で力説する騎士団長を前に溜息を吐いた。だがこの程度の嫌味など、クーデリカにとって意味を成さない。実際聞いているかどうかも謎である。

 そんな堂々巡りの問答が一時間ほど続く。全く迷惑な事である。


 だが、今日、この日は少し違っていた。

 何時もなら、こんな面倒な問答に自発的に加わろうなどと言う者は居ない。しかし、謁見の間に一つの影が足を踏み入れる。


 王城には、貴族や官僚、そして騎士やメイドなど、様々な役職の人間が働いているが、一つの共通点が存在する。それは皆、ある程度上質な服を着ていると言う事である。


 そんな王城の中、不釣り合いな程庶民的な服装の女性が王の前まで歩み出た。


「陛下」


「ん? おお、アーデルハイドでは無いか。どうした? お前が私服など珍しい」


 そう人影の正体は、王城のメイドをまとめるメイド長、アーデルハイド・ロッテンマイヤーであった。

 薄桃色の髪に、数百年を経ても変わらぬ若々しい容姿。クリスタニア城の守手のシルキー(家妖精)


 そのアーデルハイドの呼びかけに、一服の清涼剤でも得たかの様にバーングラス王は返事を返した。

 王の声が許可の証である様に、アーデルハイドは進み出て頭を下げる。長く下げられた頭が上がり、王と王妃へと視線を流す。

 そして


「ユリウス様との盟約により長らく留まらせて頂きましたが、(わたくし)この地を去る事となりましたので御挨拶をと」


「な!」


 アーデルハイドの発言に、声を上げたのは当然バーングラス王。隣を見れば、王妃も同様に驚きを顕にしていた。


「ア、アーデルハイドよ。この地を去るとは、一体理由は何なのだ?」


 バーングラス王は、慌て去就の理由を尋ねる。

 この問いかけにアーデルハイドは僅かに表情を緩め


「主人に呼ばれまして」


 端的に事情を口にした。

 この言葉には、王も王妃も口をポカンと開けざるを得なかった。


「ま、待てアーデルハイド。主人とは何だ? お前は、この城に憑いているのでは無いのか?」


 やっとの事でバーングラス王は言葉を絞り出す。

 方やアーデルハイドは、困った様にはにかんだ。


「誤解をなさっておられる方が多いのですが、我らシルキー(家妖精)は家を守りますが家に憑く訳では御座いません。我らは、その家族、一族に憑くのです」


「一族に?」


 アーデルハイドの説明に、バーングラス王がオウム返しで相槌を打つ。


「はい。(わたくし)は、ユリウス様との盟約により、クリスタニア家を見守ってまいりました」


「では、何故出て行くのだ?」


「主人に来いと言われましたので」


「うむ。それだな。その主人とは誰なのだ?」


 そこがはっきりしないと話が始まらないとばかりに、バーングラス王は問いかける。


(わたくし)の主人は、シャルロット様であります」


「シャ、シャルロットだと! 一体どう言う事なのだ?」


「あれは……八年程前になりますか。シャルロット様は、(わたくし)にこう仰られました。アーデルハイド、わたしのものになってくれる? と」


「うむ。それで?」


 バーングラス王は話の続きを促す。

 しかし、アーデルハイドはキョトンとした表情を浮かべ


「それだけですが」


 不思議そうにそう告げた。

 だが、これでは納得出来はしない。バーングラス王は、話の詳細を語る様に告げた。


「はあ、そうですね。(わたくし)達の契約は至って簡単な物です。願い、受け入れる。それだけの事なのです。まだ幼かったシャルロット様は仰られました。そして、(わたくし)は、その願いを受け入れた。と言う事で御座います。今の(わたくし)は、クリスタニア王家では無くカーディナル男爵家を見守るシルキー(家妖精)なのです」


「そう言う事か」


「そうですわね」


 アーデルハイドの言葉に、王も王妃も首を縦に振るしか無かった。ならば、快く送り出してやるのが一番であろう。


「アーデルハイド、出立は七日待て。世話になった礼がしたい。何か、欲する物はあるか?」


 バーングラス王の問いに、アーデルハイドは僅かに天井を見上げ答えを口にした。


「では、子供服を各サイズ頂けますか?」


「子供服だと?」


 バーングラス王は首を捻る。


「はい。メイド服なども頂けるとありがたいのですが」


「ふむ。それは構わんが…………何ぜだ?」


「はい。シャルロット様が、孤児院兼学校を御造りになられるとかで」


 アーデルハイドの言葉に王も王妃も言葉を失う。そして、やっと口から出た言葉は


「何をやっておるのだ? 我が娘は」


 であった。


「あ、そうそう。クーデリカ。あなたに伝言が」


「姫様からか!」


 クーデリカが即座に反応した。その様子は、ご飯を前にした子犬の様である。

 だが、嬉しさも一瞬、この後アーデルハイドから告げられる言葉によって、クーデリカは地の底へ叩き落とされる事になる。


「あなたは、もうしばらく王都で頑張りなさい。以上です」



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[良い点] クーデリカ不憫で笑う
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