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明日への一歩

 コーネリア商会の商会長、エンデマンを断罪した後のシャルロットの行動は早かった。矢継ぎ早に関係書類を集めると、ヒムロを呼び寄せる。


「ヒムロ。隊の中から、何名かを行商路へと回してくれるかしら?」


「支店に保存されている、承諾書の回収ですね?」


「ええ、それと……」


 呟く様に、そう口を開いたシャルロットは、商会内を見渡した。


「算盤が得意な人を選び出して、暫く此処の仕事をさせてくれるかしら?」


「解りました。あ、そうだ姫様?」


 了承の言を返したヒムロの口から、問いかけの言葉が投げかけられた。それを、シャルロットは首を傾げる事で答える。


「証書が揃えば、子供達は解放される訳ですよね?」


「うん。そうね」


「その後の子供達は、どうなるのでしょうか?」


 ヒムロの問いかけは、要約するとこうである。


 誓約書がシャルロットの手に渡れば、シャルロットの領主権限によって、虚偽で製作された書類は破棄される。それは、すなわち子供達が解放されると言う事だ。


 だが、解放はされても、彼、彼女らには戻る先は無い。それをどう考えているのか? と言う事であった。


 この問いに、シャルロットは人差し指を顎に当て、僅かに考える様な仕草をすると


「学校をつくるわ」


 にっこりとほほ笑みながら答えを返した。

 さも当然の様に言うシャルロットに、ヒムロは若干の戸惑いを見せる。貴族の、それも領主になる様な人物であるシャルロットが、まさかこんな事を考えているなど、思っても居なかったのである。せいぜいが、どこか働き口を斡旋するくらいだと思っていたのだ。

 そんなヒムロの思考を見抜いたとでも言う様に、シャルロットは自身の考えを語って聞かせる。


「今回の件で分かった事だけど、やっぱり文字が読めるのって大切だと思うの」


「は、はい」


 ヒムロは返事と共に、頭を縦に振る。


「それでね、職業訓練と兼ねて、文字と算術を習う場所が創れれば、と思って」


 この発想に、ヒムロは素直に頭が下がる思いだった。だが、疑問点もあるのが正直な所だ。


「姫様。姫様の考えは素晴らしいと思います。ですが、維持費や子供達の食費などはどうするんですか?」


 尤もな言葉だ。

 だが、シャルロットはキョトンとした表情を浮かべる。そして、思い出したかの様に「ああ」と納得の言葉を紡いだ。そんな事は、織り込み済みであると言う様に。

 いや、実際そうであった。シャルロットの頭の中には、すでにその事をクリアするプランが出来上がっていたのだった。


「そんなの簡単よ。働いている商家や農家の人達に出して貰えば良いじゃない」


 シャルロットの言葉に、ヒムロは再び驚きを顕にする。

 幾ら何でも楽観的過ぎると。

 やはりシャルロットも、貴族と言う枠組みから出る事は出来ないのか? そう思い始めた時、次の言葉が語られる。


「ま、その分税は控除するけどね」


「え?」


「なにが、え? よ」


「い、いえ。そこまでお考えとは……」


「当たり前でしょ? いずれは徒弟制度なんか作れればいいかな、とかね」


 軽くいなすシャルロットに、ヒムロの視線が注がれる。それは、驚きと、尊敬が込められた物であった。だが、当のシャルロットは気楽な物である。


「それにね、領地に養われているんじゃ無くて、自分で働いて食事代を稼ぐ。これが重要なのよ」


「ええ。そうですね」


 ヒムロは言葉短く返事を返すが、シャルロットの優しさと、それを見抜いた自身が支えるサカモトの眼力に敬服するのだった。


 ヒムロの返事で場は収まるかと思った瞬間、第三者が突然会話に加わって来た。


「姫様とレイジの言う事も解るけどよぉ、一筋縄には行かねぇと思うぜ」


 タムラである。

 ヒムロ、シャルロットの両名は、タムラの言葉に眉を寄せる。

 ヒムロは顎をしゃくり、タムラに話の続きを促した。


「あのよぉ。二人とも、何か忘れてねぇか?」


「「忘れてる?」」


 二人が同時に首を傾げる。

 本当に解らないと言った表情である。

 その顔をつぶさに見せられ、タムラは溜息と共に事実を口にする。


「ガキ共の中にはよ、俺達みたいなヤツも居るんじゃねぇか?」


 この言葉に、ヒムロは顔を顰める。


「……そうだった」


 囁く様に、一言だけヒムロは呟いた。

 そして、おもむろにシャルロットと視線を合わせ


「姫様。俺の様な子供達はどうしますか?」


 端的に判断を仰ぐ。だが、シャルロットの表情は変わらない。

 何か良い案を持っているのかとヒムロは期待するが、そうでは無かった。


「ヒムロみたいな常識人を、どうにかするって、どう言う事?」


 可愛らしく首を傾げる。

 シャルロットの言葉に、ヒムロとタムラは目を合わせて溜息を吐いた。

 シャルロットの中では、ヒムロが無頼の若頭である事が消去されている様なのだ。

 さて、どう伝えるべきか? 二人が思案する中、横からクマちゃん事、サイトウが顔を出す。


「姫様。(かしら)が言いたいのは、街にいるタムラのアニキみたいなガキ共はどうしますかって事ですよ」


 そう言われて、シャルロットの表情が一変した。


「ダメじゃない! どうしよう! 乱闘になるわ! ううん、街が滅びるじゃない!」


 酷い言い様である。

 この言葉に、タムラは僅かに天を仰ぎ


「俺はどう言う風に見られてたんだよ」


 悲しそうな瞳で、ポツリと愚痴をこぼした。

 そんな中、微妙な空気を察したのかヒムロが言葉を挟む。


「姫様も好い加減に悪戯は止めて下さい。リュウトもそんなに落ち込まずに」


 言葉に反応する様に、シャルロットはペロリと舌を出す。

 そして、タムラは


「オヤジは、こんな気持ちだったんだな」


 思い深く感想を述べた。

 一様のおふざけも終り、シャルロットはパチンと両手を合わせる。それが終了の合図だと言わんばかりに。


「それで、そのタムラ軍団が何なの?」


「いや、軍団かどうかは知りませんが、俺達みたいな跳ね返りが居るんじゃないかと思うんですよ」


 やっとの事で、ヒムロは軌道修正に成功した。だがシャルロットの恐ろしさは、ここからだったのだ。


「どこに?」


 微笑みを絶やさずシャルロットは言って抜ける。だが、相手は生真面目なヒムロ


「何処にって、街ですよ」


 しっかりと返事を返す。


「ふーん。どこの?」


 第二の矢が放たれた。


「どこって、此処ですよ。元ロックフェルの街です」


「なにが?」


「何がって、さっきも言いましたけど、跳ね返りの子供達です」


「だれが?」


「誰って姫様。騙されていた子供達です」


「なんで?」


「何でって――」

「オイ、レイジ」


 堂々巡りに陥りそうな事象に、タムラがストップをかけた。

 この行動に、ヒムロは怪訝な表情で答える。しかしタムラは静かに首を横に振ると、ある一点を指差した。

 その指の指し示す先は? 決まっているシャルロットその人だ。


「あ」


 ヒムロは短く声を上げる。

 視線の先のシャルロットは、ニンマリとした笑みを浮かべていたのだ。

 そして、理解した。自分がからかわれていた事に。ヒムロは怒るでも無く、只溜息を吐く事でシャルロットに答えた。


「それでよぉ、姫様。どうすんだ?」


「どうするって、タムラキッズを?」


「俺を引き合いに出すの、止めてくんない?」


 お願いされた。久々に。


 シャルロットは顎に人差し指を当て、暫く思考の海に浸る。そして行きついた先は?


「ねえ。そう言う子達って、喧嘩とか強いの?」


 取り合えず、質問する事だった。

 問われたヒムロとタムラは、一度視線を交わし


「そうですね」

「まあな」


 同じ答えを口にした。

 その言葉に満足したのか、シャルロットは大きく頷くと


「じゃあ、あんたらが面倒みなさいよ。ねっ!」


 可愛く、ウインクをしながら丸投げするのだった。


「いや! 姫様。俺達が面倒をみるって――」

「まて、リュウト。それも一つの案かもしれない」


 否定しようとしたタムラを、冷静な声色でヒムロが止めた。だがタムラとしては、首を傾げるばかりだ。それが長年の付き合いで解るヒムロは、言葉を選びながらも短く語る。


「リュウト。俺達はどうやって、誰に礼儀を教えてもらった?」


 それだけで良かった。

 詰まる所、彼らも同じであったのだ。荒れ、人と同じようなレールには乗れず、はみ出し者として幼少期を生きて来た。だがサカモトと出会い、殴られながらも認められ、礼儀を、礼節を教えて貰ったのだ。

 ならば、今度は自分達の番だ。

 ヒムロが言いたかった事は、そう言う事なのである。


「お、おう。そう言う事か。ならよ、ナカジマに任せたらどうだ?」


 話を理解したタムラが、ナカジマに白羽の矢を立てる。


「ナカジマか……」


 これに対し、ヒムロは若干考える様な仕草で答える。

 だが、これは否定の仕草では無い。

 子供達の世話をさせると言う事は、マンティコア隊の戦力の一旦であるナカジマが抜ける事を意味しているからだ。残留におけるメリットと、この地に留まらせるメリット。その損得の値をヒムロは図っているのだった。

 そして、下した決断は?


「そうだな。ここはナカジマに任せよう」


「おお。アイツ昔は愚連隊の(かしら)張ってたからな。大丈夫だろ」


 御互い頷きあい、ヒムロはナカジマを呼び寄せる。


(かしら)、なんでっしゃろ?」


 僅かの間を置いて、ナカジマが顔を見せる。


「ナカジマ。この街と周辺をお前に預ける。しっかりと面倒を見てやってくれ」


「は? どう言う事です?」


 理解が追い付かないナカジマからは、疑問の言葉しか漏れ出さない。それを理解しているのか、タムラは自分達の言葉で言いかえる。


「あのよぉ、これから此処ら一体は、お前の島内になるから、ガキ共含めて面倒を見ろって事だよ」


 そう言われ、やっと理解が追い付くナカジマ。


「ええんですか? わし、一所懸命やらせて頂きます!」


 宣言と共に頭を下げた。


 だが、言わなければならない事はまだ残っている。

 やんちゃな子供達の扱い方は、後でも良い。

 今言わなければならない事は


「此処は姫様の島だ。お前はそこを守る責務がある。解るな?」


 ヒムロは、重々しく言葉を綴る。それに対し、ナカジマは表情を硬くし頷いた。


「なら、言う事があるだろうが」


 ヒムロの言葉をタムラが補足する。

 言われ、ナカジマはシャルロットに対し頭を下げると


「姫様! ナカジマ、確かにお預かり致しました! 決して姫様の期待を裏切らぬ様、しっかりと管理していきます! よろしゅうお願い致します!」


 決意を言葉にした。

 それを笑顔で受け取ったシャルロットは、まるで子供をあやす様に、ナカジマの頭を二度、三度と軽く叩くのだった。



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