表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/105

終わりの始まり

 ロックフェル伯爵とシャルロットの会合から一日。

 前日と同時刻に、白塗りの馬車は領主邸の門をくぐる。

 昨日と違う点は、非常に静かに車軸を軋ませていると言う事だ。


 馬も何かが起こっているのかが解るのか、小さく嘶く程度に収まっている。しかし、隠密行動も此処までであった。

 勢い良くドアが開かれ、シャルロットが姿を現す。そして、昨日と同様に我が家の様に廊下を闊歩していった。

 それに続くヒムロも、もう慣れた物で表情を変えずに後に従っていた。

 そして、まるで蹴破るかの様に、書斎の扉が開かれた。


「おう。待っておったぞ、シャル坊ー」


「お待ちしておりました」


 ロックフェル伯爵は孫の顔でも見る様に破顔し、ヘンリエッタは丁寧に腰を折った。

 そんな二人を視界に留めながら、シャルロットは腕を組みどっかりとソファーに腰を降ろす。


「それで、結果は?」


 前置き無用とばかりに、いきなり本題を口にする。

 この行動に対して、ロックフェル伯爵は僅かに眉を潜めた。

 どうやら構って貰いたかった様である。

 全く持って面倒臭い人物であった。


 だが、相手はシャルロット。

 長年の弟子である。

 だから無視する。無視を決め込む。相手になど一切しない。


 無表情で自分を睨むシャルロットを目にしてようやく諦めたのか、ロックフェル伯爵は羊皮紙を一枚テーブルに置いた。

 シャルロットは、それを手に取り目を通す。

 羊皮紙の内容は、カーディナルのロックフェル併呑(へいどん)の許可通知である。

 しっかりと、クリスタニア王のサインと王印も記されていた。

 準備は整ったのだ。


「何時から執行されるの?」


 視線を羊皮紙に留めながら、シャルロットが問いかけた。

 この言葉に、ロックフェル伯爵はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると


「明日の朝一つの鐘(朝六時)からじゃな」


 事実のみを口にする。しかし、その瞳は弟子の行う計画を楽しみにしている師匠の物であった。

 それを知ってか知らずか、シャルロットは師と同じような笑みを浮かべると


「ヒムロ。決行は明日の朝、鐘二つ(八時)。タムラ達に連絡を回しなさい。コーネリア商会を潰すわよ!」


 意気揚々と宣言する。


「解りました、姫様」


 返事を返すヒムロだが、その顔には僅かな笑顔が浮かんでいた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 朝日が昇り、人々が仕事や農作業へと向かう時間、コーネリア商会本店の周りは、一種異様な空気が漂っていた。


 その正体は、カーディナル領 警邏部 マンティコア隊の面々である。

 朝二つの鐘の音が迫る中、マンティコア隊の面々は、徐々にコーネリア商会の正面玄関へと集結して行く。その数、四十三名。

 一つに固まった集団は、一瞬で二つに割れた。

 そして、全員が膝に手を置くと


「「お疲れ様です!」」


 声を揃えて挨拶の言葉を叫ぶ。

 その言葉の先には、三つの影。タムラ、ヒムロ、そしてシャルロットである。


 タムラは右腕を上げ、ヒムロは頷きで皆に答える。

 しかし、シャルロットだけは腕を組み、瞼を閉じていた。

 何かを待っている様に。

 そう、シャルロットは待っていたのだ、戦いのゴングが鳴り響くのを。


 その時、鐘二つ(八時)の音が街に響いた。

 その音を確かめる様に、シャルロットは瞼を開けると


「やりなさい、タムラ!」


 作戦の決行を指示した。


「オイ。お前ら得物出せ」


 タムラの言葉に呼応して、ヒムロ以外の全員が懐から唱える者(スペル・ガン)を取り出した。


「あら? 唱える者(スペル・ガン)? 珍しいわね」


「まあな」


 シャルロットの呟きに、タムラは僅かに口角を上げて答える。




 唱える者(スペル・ガン)は、魔力その物を打ち出す魔道具なのだが、そのマガジンやシリンダーと呼ばれる場所に魔力を貯め込む必要がある。だが、その魔力を扱える者が大陸では少ない為、あまり見かける事はなかった。

 タムラ達、サカモト一家がコレを常時扱えるのは、魔道では無く、魔術を操る(えんじゅ)の存在があるからだった。




 タムラは腰を落とすと、正面玄関の扉を蹴り開ける。

 開け放たれた扉からマンティコア隊の面々が屋内へと雪崩れ込んだ。そして、所々から怒声が響いて来た。

 それはマンティコア隊の者達が、コーネリア商会の職員の行動を制止する声。


 その中で一人、タムラだけが床に向け拳を振るっていた。

 タムラの行動に首を傾げながら、シャルロットはヒムロと共に近付いて行く。

 そこには、スキンヘッドの男を殴り付けるタムラの姿があった。


「タムラ、何してるの?」


 シャルロットは殴られている男に視線を向けながら言葉を掛ける。


「ああ? 何だ姫様かよ! いや、コイツの顔に見覚えがあってよ」


「顔?」


 そう言いながら、シャルロットはスキンヘッドの男の顔を凝視する。

 その顔は、見るも無残に腫れ上がっていた。

 だが、シャルロットが目を奪われた所は、そこでは無かった。


「ねえ、タムラ」


「何だよ?」


「この人、どっからが顔?」


 スキンヘッド頭の境界線が気になった様である。


「顔? ……この辺じゃねえか?」


 それに対して、素直に応じるタムラ。

 二人は、そうじゃない、こうじゃない、とスキンヘッドの男の顔の位置で議論を交わす。

 しかし、そんな馬鹿な確認事に裂く時間など無いのだ。


「おい、リュウトも姫様も好い加減にしないか。大体コイツは誰なんだ?」


 ヒムロである。

 このヒムロの言葉に反応するのは、もちろんシャルロット。


「そうよね。コイツ、だれ?」


 やっとの事で、そこに行きつくシャルロット。

 緊張感の無い者達であった。


「ああ? コイツか。コイツはよぉ、商会の用心棒の頭張ってるヤツらしくてな、コイツを辿れば商会長に行きつくって寸法だな」


 タムラの説明にシャルロットは「そう」と返事を返すと、スキンヘッドの男と向き合った。


「ねえ、商会長はどこ? 領主様直々の質問よ」


「あ、う……うあ」


「は?」


「あ、う……うあ」


「うーん。…………タムラ! あんたが殴り過ぎるから、はうはうしか言わないじゃない!」


 シャルロットの言う通りだった。

 スキンヘッドの男はタムラに殴られ、顎が外れ意思が朦朧とした状態なのであった。


「ああ? まいったなぁ。もう一発殴っとくか?」


 頭を掻きながら、物騒な事を言うタムラ。

 だが、冷静沈着なヒムロは違う結論を下す。


「取り合えず、姫様。商会長を見つける前に、ここの書類をどうにかしませんか?」


 尤もな話であった。

 ヒムロはシャルロットの頷きを確認すると、マンティコア隊の何人かに命を出し書類の選考を始める。


 そんな作業を続ける中、事件は起こった。

 朝三つの鐘(十時)が鳴る頃、ようやく商会長、エンデマン・コーネリアが姿を現したのだ。

 何も知らずにゆっくりと、威厳を持って。

 だが、扉を開けた瞬間それらは影を潜め、驚きと憤慨が表に出る。


「何の騒ぎだ!」


 よほど慌てていたのか、これだけを言うのが精いっぱいの様だった。

 そんな商会長、エンデマン・コーネリアの周りをマンティコア隊の面々が囲む。

 その中で、ナカジマが一歩前に出て、件の人物の名を確認する。

 そして


(かしら)、アニキ! 目当ての人、やっと来はりましたわ!」


 ヒムロとタムラに向け現状を報告した。

 その声を聞き、ヒムロは一度だけ頷く。

 その意味を汲み取り、タムラは商会長の下へと歩み出した。


 タムラは商会長の前で立ち止まると


「誰だ、テメェは? こっちは忙しいんだよ、用が無いなら帰れ」


 そう言って、掌をひらひらとさせる。

 わざとらしい挑発だ。


 このふざけた態度に怒りを現すのは、当然商会長エンデマン・コーネリア。

 歳は四十台前半、整った穏やかな顔つきの男であるのだが、今日だけは顔面を真っ赤にしてタムラと対峙する。


「用が無いとは何だ! 此処は私の商会で、私の場所だ!」


 エンデマンのこの言葉に、タムラの口角が邪悪に歪む。


「そうかぁ。テメェが黒幕かぁ」


 舐める様にエンデマンの顔を凝視するタムラ。

 この行動によって、エンデマンの顔はさらに真っ赤に変わって行く。


「ぶ、無礼な! キサマらは何者だ!」


「はあ? 俺達か? 俺達は憲兵隊だよ」


「憲兵?」


 エンデマンはそう聞いて、若干溜飲を下げる。公僕ならば容易く排除出来る、と。


「ふん。こちらは領主から特権を貰っている。報告されたくなければ、すぐに出て行くんだな」


 鼻行き荒くそう言って、タムラの肩を叩く。この行為が、自身を地獄へと導く最初に一歩になる事も知らずに。


「はあ? 領主様から特権を貰っているだぁ? そんな話、俺は知らねぇぞ」


 そう言い切るタムラに、エンデマンの表情はさらに明るさを増して行く。そんな事も知らされていない下っ端だ、と。


「ふふっ。この商会は、ロックフェル領主から、特権を貰っている。今までの無礼には、目をつむってやる。解ったなら、とっとと帰れ!」


 エンデマンは正面玄関を指差し、勝ち誇った表情でそう言い切った。

 だがタムラは、エンデマンと額が触れる程の距離まで近付き


「ロックフェルってどこだよ?」


 エンデマンにとっては、思いもかけない言葉を口にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ