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殲滅軍師

~クリスタニア王国 王城~


 この日、王城は朝から上や下への大騒ぎとなっていた。

 原因は一つ。早朝に、早馬によって届けられた一本の書簡だった。


「どう言う事だ!」


 書簡を手に、バーングラス王は声の限り叫ぶ。

 一声上げた後は、文字を追う事に夢中となり、着替えもせずただ立ち尽くしていた。そして側付きのメイド達は、大声に怯えるばかりである


 しかしその中で、一人だけ王に言葉を掛ける事が出来る人物が居た。そう、王妃であるエリザベスである。

 低血圧なのか、普段はぱっちりとした瞳は半眼で留まり、醸し出す雰囲気はどこか気だるそうであった。


「どうか致しましたのですか? 朝から大声を上げて」


 ゆっくりと歩きながら、エリザベス王妃は問いかける。

 バーングラス王は振り返り、届けられた書簡をエリザベス王妃の目の前に掲げた。

 エリザベス王妃は書簡を手に取り、その内容に目を通す。

 そして、口から出た言葉は


「あらぁ」


 これのみであった。

 この呑気な返答に、バーングラス王が異議を唱える。


「エリザベスよ、この事態はそんな空気が抜けた言葉で表せる事ではないぞ」


 そう言うバーングラス王に、王妃エリザベスは首を傾げるのみであった。


「解らぬ、と言う表情だな」


「ええ。シャーリィが領土を広げた、と言うお話ではなくて?」


 そう、そうなのだ。朝早く届けられた書簡は、ロックフェル領がカーディナル領へ併呑(へいどん)される事への許可申請であった。

 しかし、このエリザベス妃の的を得た指摘に、バーングラス王は眉をひそめる。それだけでは無いのだと。


「アレが城を出てどれほどになる?」


「確か……三か月程になるかと」


 王の問いかけに、王妃は事実のみを告げる。

 この答えに、バーングラス王は大きく一度頷くと


「そう、三か月だ。僅か三ヶ月だぞ」


「それが何か?」


 不思議そうな表情を創るエリザベス王妃。

 いまいち話の焦点が理解出来ていない様だ。


「お前は異常とは思わんのか? たった三か月、いや、道中を考えれば二カ月だ。それで領地をほぼ倍以上にしのだぞ? 領土の広さをだけを比べれば、王国内で四番目だ。可笑しいとは思わんか?」


 エリザベス妃は顎に人差し指を突き立て、しばし考え込むと


「思いませんわね。シャーリィとロックフェル伯爵が手を組んで、この程度で収まっているのですから。きっと誰かがシャーリィに喧嘩を売ったのでしょう。おかわいそうに、相手の御方」


 そう言って、よよよと涙を拭き取る仕草を取った。

 無論、演技である。


 バーングラス王は、エリザベス妃の言葉を聞き、がっくりと肩を落とした。

 多分、そう言う事だろうと。

 何所かの馬鹿が、シャルロットに知らず喧嘩を売り、そしてロックフェル伯爵がそれに手を貸した。

 エリザベス王妃の言う事が真実なのだろう。

 被害がこれだけですんで良かったと。


 領地の併呑(へいどん)に関しては、あの腹黒クソ爺が後見人となるだろう。ならば、他の爵位持ちの曲者共も納得せざるを得ない。

 バーングラス王は、着替えもせず羽ペンを取ると、許可証にサインをするのだった。

 そして、王都クリスタニアに平安が戻る。



 訳が無かった。



 何時もの日課である来賓との謁見を終えた王、王妃の両名は、玉座で一息吐いていた。

 その謁見の間に、騒がしい声が近付いて来る。


 少しずつ声が大きくなり、言葉が明確になって来た。

 その声を聞き取り王妃は僅かに口角を上げ、王は頭を抱えた。

 そして声の主は、謁見の間のドアを豪快に開け放つ。


「陛下は居られるか!」


 そう、姫様馬鹿の一人、騎士団長クーデリカ・ビスケスであった。


「何だ、クーデリカ。何用だ?」


 バーングラス王は重々しく口を開いた。

 その心は、きっとまともな用件では無いだろうと言う経験則からである。

 しかし、当のクーデリカは満面の笑顔を浮かべていた。


「はい! 今日は、陛下にお暇を頂こうと参上致しました!」


 バーングラス王は、ゲンナリする思いだった。

 今日も今日とて、コイツは何を言っているんだろうか、と。


「一応は聞いておくぞ。何故だ?」


「はっ! 姫様が領地を拡大なされた様なので、警備の騎士が必要であろうと思いまして!」


 理由は分かった。

 しかし、問題は残っている。


「シャルロットから、来いと言われたのか?」


「はい!」


 クーデリカは元気よく返事を返す。

 バーングラス王は、思案する。自分達に話を通さず直接クーデリカを呼び寄せるなど、思っても見ない事だったからだ。

 だが、相手はクーデリカ。

 姫様隊の中では、脳筋担当な人物だ。

 確認が必要だろう。


「クーデリカよ。改めて聞くが、アレから何時連絡が来たのだ」


「はっ! 先ほど調練を終え、休憩を取っていた時であります」


 成程、一様は筋が通ってはいる。

 問題は、連絡の方法である。


「うむ。その連絡は何で来たのだ? 早馬か? 鳩か?」


 バーングラス王は、最もメジャーな連絡方法を口にする。

 だが、クーデリカからもたらされた言葉は、衝撃的な物だった。


「陛下は何を言っておられるのですか? 姫様からの連絡は、念話です!」


 念話?

 話が妙な方向に転がり出した。


「クーデリカ。その時の様子を、詳しく話してはくれないか?」


「はっ! 先ほども申し上げましたが、私は調練を終え、休憩を取っておりました」


「うむ」


 そう此処までは良い。


「そして庭の木に寄りかかり、身体を休めておりました。その時です、私の肌を撫でる風と共に、姫様の御言葉が聞こえたのです! クーデリカ。わたしの愛しいクーデリカ。早くわたしの下へ。あなたの温もりが恋しいわ。と!」


 バーングラス王は、ガックリと(こうべ)を垂れる。

 やっと理解出来た、と。

 クーデリカ、それは夢と言うのだ、と。

 さて、この馬鹿に何と言ったら納得してくれるのだろうか? バーングラス王は途方に暮れるのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ロックフェル伯爵邸を出たシャルロット一行は、街の宿屋に辿り着く。

 ドアが開き、ヒムロとシャルロットが姿を現す。


「シブヤ、後頼むぞ」


「へい」


 ヒムロは振り返り、馬車と馬の世話をシブヤに任せる。

 そして二人は、重たい扉を抜け、中へと姿を消した。


 ヴァネッサとイレーネが決めた宿は、この街でも一、二を争う名店である。掃除は行き届き、調度品なども嫌味が無く、また豪華な品だった。


 予約した部屋番号を確認し、二人はメイド達が待つ部屋へと向け階段を上る。

 目当ての部屋へとたどり着き、ドアを開けるとヴァネッサとイレーネがいた。

 ヒムロは遠慮しようかと思ったが、ヴァネッサの招きの言葉に、少し甘える事にした。


 シャルロットは疲れたのか、早々に着替えを済ませベッドに横になった。

 そして残された三人は、スウィートルームのリビングに腰掛ける。

 ヒムロが腰を降ろすと、おもむろにイレーネがグラスを差し出し、ヴァネッサがワインを注ぐ。二人は慰労の意を告げていた。

 ヒムロは礼の言葉を口にし、そのワインに口を付ける。

 その中で、ヒムロはずっと気になっていた事柄を聞いてみる事にした。


「少し聞きたいのですが、あのロックフェル伯爵と姫様の関係は何なのでしょうか?」


 問われ、二人のメイドは顔を見合す。

 そして、代表する様にヴァネッサが口を開いた。


「ロックフェル伯爵様は、姫様の家庭教師をなさっていた御方です」


「家庭教師?」


「はい。主に戦術、戦略に特化した授業を担当されておりました。人の心の機微、大衆心理から群衆心理。そして、戦況下での兵士や指揮官の心の揺れなどの」


 ヒムロの背中に冷たい汗が伝う。

 貴族や騎士。

 ヤマトの言い方であれば、大名や武士。

 それらの者達は、多くの事を学ぶ。それは、大陸でも島国であるヤマトも変わりはしない。


 戦の仕方。


 部下の纏め方。


 上に立つ者の責務だ。


 だが、シャルロットの受けていた授業は、全く正反対の物だった。

 如何に相手の心理を理解し、それを逆手に取るのか?

 相手を落としいれ、自分達を有利に持って行く。

 自陣の被害を最小限に抑え、相手に大打撃を与える為の教育。


 文字としても、言葉としても、この行為は正しい物に聞こえるだろう。実際に正しいのかもしれない。

 だが、こう言い変えて見た場合はどうだろうか? シャルロットが受けた授業は、戦争では無く蹂躙する為の教えである、と。

 若干十六歳の少女の根幹としては、物騒過ぎる教えであった。


 そして此処まで聞いて、ヒムロには新しい疑問が生まれた。

 そう、ロックフェル伯爵とは、一体何者なのだろうか? と言うことである。

 ワインの酔いのせいか、その事を素直に口にするヒムロ。ヴァネッサとイレーネは、再び顔を見合わせるが、その表情は少し影がある物だった。


「ヒムロは、英雄戦争をご存じですか?」


 ヴァネッサに変わり、イレーネが言葉を紡ぐ。




 ~英雄戦争~


 これは、約二十年程前に大陸中で行われたゲリラ戦争である。

 勇者こそが絶対であり、その子孫である人間こそが上位種、英雄である。

 そう定義した教団、通称勇者教団の手引きにより起こされた戦い。

 獣人、亜人などの種族は劣等種であり、人間に支配される存在であると言う主義の下、各地で虐殺や蹂躙を繰り返した。

 その事に対して、鎮圧に動いた大陸内の王族、貴族達との間で、泥沼の戦いを繰り広げたのだった。




 この事柄は、当時島国ヤマトに居たヒムロ達にとっては、あまり詳しくは無い戦である。

 つまりは、対岸の火事であった。


 それに対してイレーネは、まるで氷で出来た人形の様に淡々と事実のみを語った。

 後に聞かされた話では、イレーネの父親は、この戦で命を落としたそうだ。

 しかし、今はロックフェル伯爵の事である。


「敵は、王族でも無ければ、貴族でもありませんでした。ましてや騎士や兵士でも。何時もは鍬を片手に、畑を耕している様な人達だったのです」


 イレーネの言葉に、ヒムロは頷きで返す。


「そんな敵に対して、王宮の戦術家では手も足も出なかったのです。何せ彼らが今まで相手にして来た者達とは全然違うタイプの敵ですから」


「そうですね。王宮の戦術家は国家の戦いに主眼を置いていますから」


 ヒムロの言葉に、今度はイレーネが頷いた。

 正解、であると。


「その終盤、指揮を執ったのがロックフェル伯爵です。当時の伯爵は、男爵の爵位を持つ王宮勤務の戦術研究家でした。しかし、そのロックフェル男爵が提案した作戦により戦は終息へと向かって行ったのです。その功に対しての褒美として陛下は、伯爵位とこの領地を授けられたのです」


「で、では……」


 ヒムロの喉が鳴った。

 つまりは、ロックフェル伯爵の正体とは、一方的な殲滅戦を得意とする軍師なのだった。

 そんな人物と、その教えを一身に受けたシャルロット。

 この二人を相手にしてしまったコーネリア商会に対して、ヒムロは哀れみすら感じるのであった。



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