ロックフェル
カーディナルに住まう凶悪な爺婆の功績により、カーディナル商業ギルドの悪事はあっという間に明るみに晒された。
不正があると断定された書類は全体の二割にも届き、その九割はコーネリア商会が関わっていた。
そして、件の奴隷証書であるのだが、カーディナルに置かれていた証書には、この地に住まう子供達の物は一つも無かった。どうやら各地の支店などに分散して置かれているらしい。危険を分散する為だろうとヒムロは推測する。
そして現在、シャルロット一行は街の外れにある流刑所からの帰路にあった。
重罪犯である二人の副ギルドマスター、スガルとマシューを檻に入れた後である。
「これで情報は外へは出無いわよね」
シャルロットが足取り軽く口を開く。
「ええ。ギルドマスターと副ギルドマスター、この三人が主犯でありましたから。他の職員達は、この地の出身者で、どうも脅されて従っていたそうですから」
マチダが冷静に現状を話す。
「しかしよぉ、やっと終わったな。これでガキ共も安心だな」
そう言うのはタムラである。
しかしこの発言に、場の全員が眉をひそめる。特にシャルロットが。
「はあ? あんた何言ってんの。戦いはまだ三割も終わってないわよ」
「はあ? 三割だぁ」
タムラが驚きを顕にする。
周りを見渡せば、サイトウ、シブヤ、ナカジマも同様の表情をしていた。
全てが終わってはいないと解っていても、まさか三割程度しか終わっていないとは思わなかった様である。
「まあ、三割と言っても、本丸を崩せば連鎖で何とかなるわよ。ばよえーんって!」
「「ばよえーん?」」
皆の声が重なる。
その合唱に満足したのか、シャルロットは笑みをたたえ
「そ! 目標はコーネリア商会本店、一点突破よ!」
そう高らかに宣言した。
ここからのシャルロットの行動は早かった。
急ぎ屋敷に帰宅すると、執務室に籠り親書をしたためる。
相手の名はローザンメルド・ロックフェル。シャルロットとは旧知の伯爵位を持つ老人である。
急ぎ親書を書き上げ、ヴァネッサに命じ早馬を飛ばせた。通常通りに行けば、明日の午前中には届くはずである。
そして、シャルロットは今後の方針を口にした。
「マチダ」
「は、はい」
「よくやってくれたわ。あなたはこの地に残り、ギルドの代表をしなさい」
「え、それは……」
シャルロットの言葉に、マチダは狼狽する。
それはそうだろう。
ついさっきまで一介の無頼の徒であった自分がいきなりギルドの長となるのだから。
現代風に言えば、フリーターが市長に任命された程の出世である。
マチダは自分達の頭であるヒムロに視線を向けた。視線を合わせたヒムロは、ゆっくりと一度だけ頷いた。その意味は“お前ならやれる”である。
「解りました、姫様。マチダ、お役目拝命致します」
言葉と共に、礼儀正しく腰を折った。
その瞬間、タムラなどからいささか行き過ぎた祝福を受けたが、それは後の笑い事である。
そして、シャルロットは明日以降の随伴者に声を掛ける。
「ヒムロ」
「はい」
「あなたは、絶えずわたしの隣に控えなさい」
「解りました」
「ヴァネッサ、イレーネは宿の手配を」
「「畏まりました」」
「タムラ」
「おう」
「アンタは十人ぐらい引連れて、ロックフェルの街に潜入しなさい」
「わかった」
それぞれの役割を言いつけ、本日の仕事は終了となる。
「決行は明日の早朝! 今日は解散!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロックフェル領、伯爵直轄都市ロックフェル。
その外れにある領主邸。
その一室で遅めの朝食を口にする一人の老人が居た。
名はローザンメルド・ロックフェル。この地の領主であり、シャルロットの戦術面での教師でもあった男である。
鳥の囀りの声を聞きながら、優雅な時間を過ごすローザンメルドだが、この日は少し違っていた。ローザンメルドとドレス姿の女性、そしてメイドが数人、そんな何時もの光景の中、ドアがノックされた。
「入れ」
ローザンメルドから入室の許可が下りる。
入室して来たのは、この館の執事長であった。
執事長は足音を立てずにローザンメルドに近づくと、一通の書簡を差し出した。
ローザンメルドはそれを受け取ると、ペーパーナイフで封を切る。そして、ざっと目を通す。
順に視線が文字を追って行く。
その表情は、徐々に愉悦に溢れて行った。
「随分と楽しそうですこと」
ドレス姿の女性が呟いた。
ローザンメルドは顔を上げ、口角を上げる。
「楽しそう? それ以上じゃな。何せ、シャル坊が訪ねて来ると言っておるのじゃからな」
「シャル坊? ああ、あなたの教え子だったと言う」
「そうじゃ。しかし、だったは違うぞ。今もシャル坊はわしの教え子じゃからな」
そう言ってローザンメルドは黒い笑みを湛えるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もうすぐ日が落ちる。
そんな時間帯のロックフェル領主邸に、一台の白塗りの馬車が滑り込む。
玄関前で乱暴に停止した馬車の中から、二人の人物が顔を出した。
一人は男。
もう一人は年端も行かぬ少女であった。
そう、ヒムロとシャルロットである。
出迎えに出た執事長を、シャルロットは一睨みすると
「クソ爺は?」
ぶっきら棒にそう告げた。
しかし、執事長は憤る事も無く
「自室の書斎でお待ちです」
そう言って、きちんと礼節を持って腰を折った。
シャルロットは一言「ありがと」と言うお礼の言葉を残し、無遠慮にロックフェル伯爵邸へと入って行った。この行動を呆れて見ていたヒムロだが、慌てて後を追う。
シャルロットはまるで自分の家の如く廊下を進み、目当ての部屋のドアを勢い良く開け放った。
そして
「クソ爺、来たわよ!」
無礼な言葉を投げかけた。
ヒムロは冷や汗をかく思いであった。
幾らシャルロットが男爵、爵位持ちだと言っても、相手は伯爵なのだ。こんな無礼な態度が許されるのかどうか。しかし、それは杞憂に終わる。
「おお! 私の可愛いシャル坊ー!」
「誰がよ!」
ロックフェル伯爵は、実に好々爺と言った雰囲気で出迎えてくれた。
だが、シャルロットの態度は変わらない。
ロックフェル伯爵が座る一人掛けのソファーの前に鎮座する三人掛けのソファーにシャルロットはどっかりと腰を降ろす。ヒムロもそれに倣い、シャルロットの隣に腰かける。
すると不思議な事に、音も無くテーブルにティーカップが出現した。
そして、揺らめく人影が。
シャルロットはその人影を視界に納める。瞳に映る人物は、大量のフリルに飾られた薄紫のどこか子供っぽいデザインのドレスを着ていた。容姿は二十歳そこそこに見え、肌は透ける様に白く、黄金の髪は細く金糸の様であった。
「シルキー」
シャルロットがポツリと呟いた。
その言葉に呼応するように、シルキーがにっこりとほほ笑んだ。
「初めまして、シャルロット様。私、ローザンメルド・ロックフェルの妻でヘンリエッタと申します」
「つまぁ!」
驚きのあまり、シャルロットは立ち上がった。
そして、ロックフェル伯爵を睨みつけると
「ジジイ! あんた、どこからさらって来たの!」
犯罪者決定の判断を下す。
だが、ロックフェル伯爵の態度は変化しない。
この暴言ですら楽しんでいる様だった。
「ヘンリエッタはのう、妖精奴隷として買ったのじゃが、その、情が湧いての……」
「奥さんにしたの?」
「まあの」
ロックフェル伯爵の言葉に、シャルロットは溜息で返す。
そして
「あんたは良いの? こんなクソ爺の世話なんかして」
ヘンリエッタに意思確認をした。
方やヘンリエッタは、優しい笑みを湛えたまま一度頷き
「私達シルキーとしては、家のお世話をするのも、旦那様のお世話をするのも同じ事ですから」
そう言葉を返す。
この言葉でシャルロットは確信した。
このクソ爺は、シルキーが守る家の付属品なのだと。
理解が出来た所で、シャルロットは頭を切り替える。
本題を伝えねばならないのだ。
「クソ爺」
「なんじゃ、シャル坊」
「明日一日、この街で起こる事に目を瞑ってくれないかしら?」
シャルロットの問いかけに、ロックフェル伯爵は目を細くする。
思案をしている様には見えない。答えは出ているのだろう。
「無理じゃな」
「なんで!」
「シャル坊の目当ては、コーネリア商会じゃろ」
「!」
言葉を失うシャルロットの姿を、ロックフェル伯爵は楽しそうに見つめていた。
そして、今回の幕引きが無理であるとの言葉を告げる。
「シャル坊や。コーネリア商会を追い詰めるのは無理じゃぞ」
「なんでよ!」
シャルロットの掌が、テーブルを叩く。
「あそこはのう、このロックフェルにある限り、取扱商品の制限解除と商会内の治外法権を約束されておるからの」
「取扱商品の制限解除と商会内の治外法権」
シャルロットがオウム返しで呟いた。
取扱商品の制限解除。これは、どんな商品でも取り扱えると言う事だ。それが、国の許可証を必要とする奴隷の売買であっても。
そして、商会内の治外法権。商会が罪を犯したと言う証拠である書類が存在しても、それが商会の本部にある限り手出しが出来ないと言う事だ。
「だ、誰がそんな約定を?」
奥歯を噛み締めながらシャルロットは問う。
それに対して、ロックフェル伯爵は笑みを漏らしながら答える。
「無論、わしじゃ。この地はわしの領地、わし以外ありえんじゃろ」
この答えに、シャルロットの頭脳は正解を導き出した。
「クソ爺! あんた、商会から幾ら引っ張って来たの!」
引っ張って来た。
つまりは、ロックフェル伯爵はコーネリア商会から賄賂を受け取っていた、と言う事だ。
図星を突かれ、狼狽するでも無く愉快に笑うロックフェル伯爵がそこに居た。
世界説明
この世界の早馬とは、グリフォンの事である




