話し合い
かなり物騒な回です
タムラが連れて来た老人達。それを見たゴーシュの怒りはさらに増して行く。
「何だ、その老いぼれ共は!」
「テメェこそ何だよ! 俺達は忙しいんだよ、邪魔だ! どっか行ってろ」
タムラは言葉と共にあしらう様にシッシと手を振る。
しかし、こんな事をされて黙っていられるほどゴーシュの懐は広くない。
「お前達の方が邪魔だ! ギルドマスターとして、こんな横暴は許さんぞ!」
「はぁ? 許すも許さねえも無いだろうが。領主様が預かるって言っているんだろうが。大体よぉ、お前誰だよ」
不快感を顕わにするタムラに対し、マチダが耳打ちをする。
「コイツがそうなのか?」
「ええ。コイツが例の」
タムラの口が邪悪に歪む。
タムラは、おもむろにゴーシュの肩に手を回すと
「姫様、俺はちょっとコイツとお話して来るからよぉ、後頼むわ」
そう言って掌をひらひらとさせる。
「なに、出かけるの? そいつと一緒なら、よーく話を聞いておいてね」
「おう。よーーくな。シブヤ行くぞ!」
「へ、へえ」
どたどたと、タムラはシブヤとゴーシュを伴い出て行った。
一旦の喧騒が収まる。
タムラ達が出て行った正面玄関を見つめていたシャルロットだが、視線を外しギルド職員達をグルリと見渡した。
そしてジュリ扇を突き付けると、高らかに今後の方針を口にする。
「いい? さっきも言ったけど、実務はこちらの元職員さん達が行います。でも、あなた達はお休みじゃないわよ! ちゃあんと明日も来る様に。もし、不正が見つかった時は、あちらの小部屋で憲兵隊の優しいお兄さんがお話を聞いてくれます。解ったわね。じゃあ、全員外に出る!」
次々と職員を外に出し、最後に屋外に出たシャルロットは、ギルドの両開きのドアに特大の南京錠を掛ける。これで大丈夫だと思うが、一応の用心にとマンティコア達の人間数名を配置した。
夜の警戒の準備を終え、職員達と顔を合わせるシャルロット。
そして、その愛らしい顔に半月を貼り付け
「逃げるなよ」
静かにそう呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
タムラとシブヤは、商業ギルドのギルドマスターを連れ人気の無い路地を歩く。
暫しの時間を費やし、目的の場所に到着した。その場所とは、あの水車小屋であった。
主、マリアベル不在の水車小屋のドアを開け、タムラはゴーシュの背を押した。その衝撃で、ゴーシュは転げる様に水車小屋の中へと足を踏み入れる。
「何しやがる!」
床に倒れながらも振り返り、ゴーシュが叫ぶ。
しかし、タムラもシブヤも動じなかった。
それどころか詰まらなそうに息を吐く。
「何しやがるも何もねえよ。話を聞くだけだ、話を。オイ、シブヤ」
「へい」
タムラの呼びかけに、言葉短く返事を返したシブヤは、置いてあった椅子にゴーシュを座らせる。そして、カチャリと言う硬い音と共に手枷を嵌めた。
「な、何を――ゴッ!」
叫ぶゴーシュの言葉は、途中で遮られた。
それは言葉によってでは無い。
タムラの拳によってだ。
「何を、何を、うるせーなぁ。だから言ってるだろ、話をするって」
タムラはもう一脚あった椅子に腰を降ろす。そして、懐から黒い塊を取り出した。
「そ、それは……」
タムラが取り出した物、それは鍛冶やからくり技師などの技術職が奉る魔女、六人の魔女の内の一人、ターマレン・グラスティアが過去に創造したと言われる、魔法の力を溜め打ち出す武器。
魔女達が元居たと言う世界で銃、それも拳銃と呼ばれる武器に酷似した姿。
魔道を扱えない人間にもたらされた恩恵。
唱える者。
その短銃身バージョンを手にタムラは語りかける。
「オメェはよ、コーネリア商会の回し者で良いんだよな?」
「な、何を……」
バンッ!
タムラが唱える者の引き金を引いた。
狙いの先は、ゴーシュの足先である。
靴で覆われている為怪我の程は解らないが、靴底まで空いた穴から流れ出た赤い液体が水車小屋の床を濡らす。
「■■■■■■!」
ゴーシュが言葉にならない叫び声を上げる。
その声の大きさにイラついたのか、タムラが爪先でゴーシュの鳩尾を蹴り上げた。
「ゴフォ! ゲフ、ゲフ」
「全く、ギャーとかブーとかうるせぇなぁ。オイ、シブヤ」
「ヘイ」
シブヤは短く返事を返すと、上着のポケットからナイフを取り出す。
それを、ゴーシュの首筋に刃を上向きにしてピッタリと当てた。
そしてゴーシュの耳元に顔を近づけると
「耳、削がれたら痛いやろうなぁ」
物騒な言葉を呟いた。
「オイ、もう一回だけ聞くぞ。オメェはよ、コーネリア商会の回し者で良いんだよな?」
「は、はい」
タムラの問いに、ゴーシュは素直に頷いた。
「じゃあ、ここからが本番だ。ガキ共に嘘言って拇印押させたのは誰だ?」
「そ、それは……」
「誰だって聞いてんだよ!」
バンッ! バンッ!
いらつき、怒り、タムラの手にある唱える者は床に穴を開ける。
「副ギルドマスターの、スガルとマシューだ! いや、です!」
「そうか」
そう言ってタムラは懐からメモ用のパピルスとペンを取り、ゴーシュが言った名前を書き連ねる。
「な、何を書いているのですか?」
「お? これか? 殺すリストだよ」
「こ、ころ――」
「ほんじゃあ、次の質問だぁ」
タムラはサングラスの位置を直しながら、世間話でもする様にゴーシュに語りかける。
「ガキ共を売ろうと指示したのは、誰だ?」
「コ、コーネリア商会の商会長、エンデマン・コーネリア!」
「ああ。やっぱり商会挙げての悪だくみかよ」
タムラは疲れた様に額のに手を置く。そして、じっとゴーシュの瞳を見つめると
「オマエ、これからどうする?」
心底心配する様に言葉を掛ける。
タムラの表情が解ったのか、ゴーシュは一度唾をのみ込むと
「ど、どこかへ身を隠す。コ、コーネリア商会の目の届かない所へ」
ゴーシュは頭を垂らし、目を伏せながら心情を吐露する。
だが、タムラはその言葉に妙な違和感を覚えた。それは、確定的な何かでは無く、タムラの野生の感から来る物だった。
「そうか。それでよぉ、あの小娘領主、ギルドを潰すとか言ってるらしいぞ」
「ギ、ギルドを、ですか?」
「おお。生意気だと思わねえか? 貴族だからってよぉ、踏ん反り返りやがって」
タムラは天井を仰ぎ見ながらそう愚痴を垂れる。
そして、ゴーシュに「どうしたら良い?」と問いかけた
ゴーシュはハッと顔を上げる。その表情は、偶然宝の地図を見つけたトレジャーハンターの様だった。自分の返り咲く場所、そして、返り咲く方法を見つけた者の表情だった。
「あ、あの」
「何だよ」
「お、俺に協力させては貰えないでしょうか?」
「協力?」
ゴーシュの言葉に、タムラは眉を潜める。
「ええ。あの小娘を無き者にする為の」
「はぁ。どうやってやるんだよ?」
「コーネリア商会と手を組むんです」
この言葉に、タムラの眉が跳ねる。
やっと魚が針にかかったと。
「組んでどうやるんだよ」
「ええ。商会の方から、俺の様な暗部の者を何名か――」
そこまで言ってゴーシュの口が止まる。
その理由は………………タムラがゴーシュの眉間に唱える者を突き付けたのだ。
「シブヤ、やっぱりコイツ黒だったわ」
「ほんまですね、アニキ。けど、ホンマ何なんでしょう。俺らが姫様を裏切ると本当に思うとったんでしょうかね?」
「まあな。そこは俺の演技力、ってやつだな」
「お前ら、騙したのか?」
顔を青ざめ、ゴーシュが短く怨みの言葉を呟く。
それを受け止めるタムラの表情は、楽しそうにも残酷だった。
「おお。ガキ共を騙して売っぱらう様な外道にはよう、逃がしてやるなんて選択肢は最初から無えんだよ」
バンっ! バンっ! バンっ!
乾いた音が三つ木霊した。
唱える者を懐に戻したタムラは、シブヤに視線を向けると
「シブヤ。ここ掃除しとけ。水車と粉引きの器具以外はぶっ壊しても良いからよ」
「え? 良いんですか?」
「おう。姫様がよ、もう少し利便性の良い所に、新築するらしいからな。じゃあ、俺は報告に帰るからよ」
そう言ってタムラは水車小屋を後にした。




