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奴隷商

 玉座の間を離れ、自室に戻ったシャルロットは頭を悩ませていた。


「困ったわね。ガードの当てが外れたわ」


 ちっとも困っていない様な言葉で、シャルロットは現状を語る。


「姫様、本気で言ってます?」


 そう言うのは、歳の頃は二十歳前後。緑の髪をのれんの様に垂らし視線を隠すかの様な髪型をした女性。イレーネである。

 シャルロットは、イレーネの言葉に、ペロリと舌を出す事で答えとした。


「失礼ながら姫様。武と言う事ならば、私とイレーネで事足りるのでは?」


 イレーネと共にシャルロット付きの二人の従者。そのもう一人である青い髪に、眼鏡を掛け、タイトなメイド服を纏ったイレーネよりも僅かに歳上に見える女性、ヴァネッサが口を開く。


「ダメ。あなた達二人が武にも精通している事は、わたしも十分に知っているわ。だけど、それじゃあダメ。二人はあくまでも隠し玉。目に見えて武に精通している者が必要なの」


 そう言うシャルロットの言葉を、ヴァネッサ、イレーネの二人はお互い顔を合わせながら、そう言う物か? と言葉を受け止める。


「そう言えば、今、街にクレメンスが来ているらしいですよ?」


 イレーネが事務的、事実のみを言葉にする。


「クレメンス? 奴隷商の? 連絡が来たの?」


 不機嫌そうに、その者の名を口にするシャルロット。


「いえ。出入りの業者からの報告です」


 背筋を正し、事実のみを言葉にするイレーネ。


 シャルロットは只「そう」とだけ口にするが、ヴァネッサが言葉を受け取る。


「姫様。あの者の所ならば、良い者がいるかも知れません」


「アイツの所に?」


「「はい」」


 二人の肯定の返事が重なる。


 クレメンス・コーデ。


 この王国を中心に、各地に手広く網を張っている奴隷商である。


 シャルロットはクレメンスを苦手としていた。色香漂うと言えば聞こえが良いが、これでもかと色気と露出を槇散らかせる女がどうにもダメだった。


「うーん」


 思い悩むシャルロットに、イレーネが促す様に言葉を掛けた。


「望む者がいなければ、即座に退散すれば良いのですから。あまり考えを巡らせるのもどうかと」


 そう言われ、それもそうかとシャルロットは重い腰を上げる。

 時間は正午過ぎ。出掛けるには良い時間である。


「二人はどうする?」


 シャルロットの問いに。


「私は出立の準備がありますので」


 ヴァネッサは居残りを選ぶ。


「ならば、私がお付き合い致します」


 イレーネが同行を申し出た。

 そうであるならば話は早い。手短に準備すると、シャルロットは王城を抜け街へと繰り出す。


 他の国はどうかはわからないが、この国、クリスタニア王国では街で王族を目にする事は多々ある事だった。

 小国、と言う事もあるのだが、この国では福祉、行政、医療、などの各分野でそれなりの仕事をこなしている。

 その為か、国民からの信頼も高く、街を歩けば気軽に、敬意を持ってだが、普通に声を掛けられる。そんな声に手を振り答えながら、シャルロットは裏路地へと入って行った。


 建物が密集し、あまり日当たりが良くない場所にそこはあった。

 レンガ作りの四角い建物。

 それが目指す場所であった。


 ドアを守る様に立っていた男に声をかける。


「クレメンスに取り次いでくれるかしら? シャルロットが来た、と言えば解るから」


 自分に声をかけて来たのが、王国の姫と知り、男は慌てて建物へと姿を消した。

 暫しの暇な時間が訪れる。イレーネと何か話そうか? そう思った所で男が帰って来た。


「あ、姐さん、いや、クレメンス様がお待ちです。三階へどうぞ」


 言葉を選びながら話す男を尻目に、シャルロットは建物へと足を踏み入れる。

 階段を上がり、指定された部屋のドアを無遠慮に開けた。

 広々とした室内。応接室も兼ねているのだろう。その部屋の端に置かれた執務机にペンを走らせながらその者は居た。

 真っ赤な癖っ毛と蒼い瞳。そして、蜜色の肌。それらをまるで舞踏会にでも行くような背中と胸元がバッサリと空いたドレスに包んで。

 部屋の主は、開かれたドアへと視線を向けた。


「あら? シャーリィじゃない。どうしたの?」


 そして、キョトンとした表情で迎い入れる。


「あんたねぇ。店番から聞いて無いの? わたしが来たって」


「そうだったかしら。集中してたから」


 聞こえてはいたが、聞いてはいない。

 クレメンスはそう告げる。

 そうだった。

 コイツはそう言うヤツだった。


 シャルロットは溜息と共に、無遠慮に来客用のソファーに腰を降ろす。イレーネは当然の様にシャルロットの後ろへ。

 それが合図となったのか、クレメンスもペンを置きシャルロットの正面へと腰を降ろす。

 優雅で、気品のある動作であった。

 しかし、その行動をシャルロットは半眼で見つめていた。

 その理由は………………クレメンスが纏うドレスにあった。

 黒を基調としたドレスは装飾こそ少ないが縫製もしっかりとした値の張る物だ。生地も特殊で、大陸の南の方でしか生産されていない羅紗と呼ばれる生地でしつらえてある。現代で言う、シースルー。妖艶にして淫靡。そんな言葉が良く似合う仕立てであった。

 ただし、下着を身に付けていればの話である。

 クレメンスの纏う衣類は、羅紗のドレス一枚。

 ただ、それのみであった。

 当然、僅かに茶が掛った乳首や、股間に茂る髪と同色の下の毛も透けて見えていた。


「ねえ」


「なにかしら?」


「あんた露出狂だったっけ?」


「酷い言い方ね、シャーリィ」


 シャルロットはやんわりと注意を促すが、クレメンスにはのれんに腕押しであった。それどころか、シャルロットの言葉の意味が解らないといった様子である。

 シャルロットは意を決し真実を告げる。


「何で下着を履かないのかしら?」


 言われ、クレメンスは自身の身体に視線を巡らせる。

 そして納得いった様に、僅かに「ああ」と声を漏らした。


「ああ、これ。これはねぇ、帝国で流行っているファッションなのよ」


「はぁ? 帝国で?」


 シャルロットは首を傾げる。

 帝国とは、このクリスタニア王国の東に位置する国家である。

 厳粛な雰囲気と、工業と漁業が盛んな土地であった。

 そんな帝国民が、こんなストリップまがいの恰好をするだろうか?

 そんな話があれば、大陸中に広まっているはずだ。エロスの楽園が帝国に生まれたと。


「あんた、それどこで聞いたの?」


「聞いたんじゃ無いわよ。見て来たの」


 よりにもよって見て来たと言うクレメンス。


 最早、常軌を逸した世界である。


「……どこで?」


「帝国のルートを押さえている同業者がねぇ、面白い物があるから見に行こうって劇場に誘ってくれたのよ」


「ほう」


 相槌を打つシャルロットだが、段々と落ちが見え隠れしていた。


「そしたらね、奇麗な女性が沢山歩いて来て……」


「みんなそう言う格好だった、と?」


「そう! それでね、これが最新のファッションだって――」


「主催者が言っていたと」


 シャルロットはクレメンスの言葉を遮って結論を口にした。

 そして、その通りだとクレメンスは頷く。

 シャルロットは一度大きく深呼吸すると、クレメンスの右の耳たぶを摘み上げ


「それは、ファッションショーって言うの! 実際には、そんな破廉恥な格好で街中を歩く人はいないの! わかった!」


 大声で真実を語る。


「……くすん」


 真実を突き付けられ、しょげかえるクレメンス。

 だが、気分をすぐに切り替え


「でもシャーリィ。この見え無さそうで見える私の姿……興奮しない?」


 自身の乳房を持ち上げながら扇情的な視線をシャルロットに向ける。

 それを受けたシャルロットは、小さく鼻を鳴らし


「私はねぇ、あんたのなんか見ても興奮しないの」


 バッサリと切って捨てた。


「つれないわねぇ。じゃあ、なんだったら興奮するの? イレーネの毛深いアソコ? ヴァネッサの人並み以上のお乳?」


「両方よ。ついでに言うと、イレーネのセクシーな脇も、ヴァネッサの可愛いおへそも好きよ」


「はいはい、ご馳走様」


 クレメンスは掌をひらひらさせながら、あしらう様にシャルロットの言葉を交わす。それと同時に、静かに瞳を狭め本題を口にした。


「それで、シャーリィは何用で来たのかしら。まあ、私に用があると言えば、一つしか思い浮かばないけど」


 そう言うクレメンスの顔は、今までと違い商人のソレだった。


「そうね、ガードが出来る()が欲しいわ。居るかしら?」


「ガード、ねぇ」


 言葉を受けクレメンスは天井を見上げる。

 何かを思い悩んでいる様だ。


「居るには、居るわ。でも、シャーリィに進められる様な()は……」


「居ないの?」


「ええ」


 クレメンスの答えに、今度はシャルロットの瞳が狭められる。

 その意味は、先を話せ、である。

 諦めたかの様にクレメンスは溜息を一つ吐きと、あらましを語る。


「武を行使出来る者は、今は三人いるわ」


「居るじゃない」


 シャルロットはクレメンスの矛盾を指摘するが、当の本人は首を横に振る。

 その行動に、シャルロットは眉をひそめた。シャルロットの表情が面白かったからなのか、クレメンスは僅かに表情を緩め答えを提示した。


「ガード向きじゃないのよ」


 クレメンスの言葉に、シャルロットの眉は八の字の角度を増す。


「そうねぇ、シャーリィの欲している()は、騎士とかの部類よね」


 言われ少し悩んだが、シャルロットは首を縦に振る。


「でも、今居る()達は、戦士や冒険者の類の()達なのよ」


 シャルロットはやっと理解出来た。

 クレメンスが居ないと言った意味を。

 そして実感した。

 やはりクレメンス・コーデと言う奴隷商は一流の人物なのだと。


 だが、それを表だって表す事はしない。

 何故ならば、その事をシャルロットが口にすれば、目の前の人物は浮かれ調子に乗るだろうから。

 そうなったら面倒臭い事此の上無い。


 だからシャルロットは静かに「そう」とだけ口にする。そして、こう続ける。「当てが外れたわ」と。

 落胆し、失望した様に。そうする事で、クレメンスがどう出るかを知っているから。


「もう、解ったわよ。探してあげるわよ! 剣の腕が立って、気立てが良くて、とびっきりの器量良し! これで良いんでしょ!」


 クレメンスが艶の有る唇を尖らせ顔をそむけた。

 その意味は、敗北宣言であった。

 シャルロットは顔に愉悦を張り付かせ、誰にも聞こえない声で小さく囁く。


「……勝った」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 シャルロット達が去った執務室で、クレメンスは一人書類を捲る。何枚かの羊皮紙が右から左へとスライドし、ある一枚で動きが止まる。


「サージ! サージ! 居ないのかしら!」


 クレメンスの呼びかけに反応し、扉が開かれた。

 そして、一人の壮年の男が部屋に足を踏み入れる。

 クレメンスの瞳は、その男を視界に留めると持っていた羊皮紙を差し出した。


「この()を手に入れなさい」


 言葉と共に、サージは羊皮紙を手に取り目を通す。


「ほう。ダーク・エルフ、ですか」


「ええ。来月のオークションに出品される予定の()よ」


「競り落としてこい、と」


「違う。手に入れて来なさい。出品される前に」


「畏まりました」


 クレメンスの無茶な注文に、サージは腰を折り了承した。



世界観補足


奴隷には通常三つの種類がある

 1.犯罪奴隷(終身刑的に売り買いされる奴隷)

 2.期間奴隷(税などが払えず、一定期間無償労働をする)

 3.一般奴隷(農業奴隷、家事奴隷、戦闘奴隷など)

   一般奴隷は、いわゆる職業斡旋的な意味を持つ

   

    例外的に、何かの望みをかなえる対価として、志願奴隷が存在する


✳︎奴隷商は、国家から認可されなければならない

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― 新着の感想 ―
[良い点] 入鹿さまワールド全開でした。笑 度肝を抜くワードセンス! 世界観に圧倒されるんだけど、いやらしさがなく(いやあるけど)、清々しいものを感じます。笑 さらりと取り入れられるの羨ましい…( ̄…
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