夕日の決闘
太陽が西の山へと落ちて行く頃、もうすぐ仕事も終り帰宅しようと言うまったりとした空気が漂うカーディナル商業ギルド。
そんな緩やかな空気が、ある男の登場によって一変した。
現れた男達は四人。
先頭を歩く、髪をツーブロックに刈り込み眼鏡を掛けた男がリーダーと思われる集団だ。そのリーダーと思われる男は、受付カウンターに皮鞄を置くと、受付の男の瞳を睨みつけ低い声で用件を告げる。
「ギルドマスターをお願いしたい。今日中に決済したい債権が有るんでな」
言われた受付の男は一度背筋を伸ばし、「お待ちを」と言う短い言葉のみ残し奥へと下がって行った。
現れた眼鏡の男。それは当然、姫様好き好き第二分隊、マンティコア隊のマチダである。
そして、後に控えるガラの悪い男達は、マチダの舎弟分であった。
暫くして目当ての人物が現れた。
商業組合に勤める文系の者達とは違う厳つい身体。射る様な鋭い視線。
マチダは確信する。
コイツはお飾りのギルドマスターだと。
そして用心棒であり、コーネリア商会の息がかかっている者だと。
「俺がここのギルドマスターをしている、ゴーシュと言う者だ」
「マチダだ」
御互いに軽く名乗り合う。
いわば、最初の一手と言うヤツだ。
「決済したい債権があると聞いたんだが?」
「ああ」
ゴーシュの問いかけに、マチダはぶっきらぼうに鞄を叩く。
「兄さん、明日じゃダメなのかい? 今日はこんな時間だ、コチラとしては遠慮して欲しいんだがな」
やんわりと言葉を掛けるゴーシュだが、言葉の意味は、帰れ、である。
だが、マチダとて負けてはいない。
しっかりとゴーシュの瞳を睨みつけ
「ダメだな」
短く馬鹿にする様に言葉を綴った。
この挑発に、ゴーシュのこめかみが僅かに痙攣する。
だが、建前と言えどもゴーシュはギルドマスター。ギルド内で騒ぎを起こす訳にはいかない。
「どうしてもダメなのか?」
「当たり前だろ? 支払って物があるんだ。それに遅れたら、俺の信用問題に関わるからな」
マチダの尤もな言葉に、ゴーシュは折れるしか無かった。
溜息と共に、マチダが鞄から出したギルド債に目を通す。
一通り目を通し終わり、ゴーシュは僅かに口元を緩める。
少額の請求ばかりでは無いか、と。
ゴーシュは後ろに居た職員を呼び寄せ証券を渡すと
「払ってやれ」
言葉短く指示を出した。
しかし、手に持つ証券に目を通していた職員の顔は、どんどんと青ざめて行った。
その表情をつぶさに見ていたゴーシュは、不思議そうに声を掛ける。
「どうした? 大した額でも無いだろう?」
言われた職員は、信じられないと言う表情でゴーシュを見つめ返す。
「お、おい。どうした?」
「ゴーシュさん、知らないんですか? コレ…………創立債、ですよ」
「創立債?」
首を傾げるゴーシュに、職員は創立債について説明した。
「そ、それで、額面は幾らになるんだ!」
職員は急ぎ算盤を弾く。
「こ、この創立債の現在の価値は……五億二千万スイールです」
「ご、五億二千万……アンタ、それを今すぐ払えって言うのか!?」
マチダの顔を正面から見つめ、震える声でそう告げる。
「ああ、そうだ」
マチダは冷たく冷静に事実のみを口にした。
「七日、い、いや、五日待ってくれないか? 今、ギルドにそれだけの現金は無い」
ゴーシュは必死になって支払期日を伸ばそうとする。
だが、マチダは首を横に振るのみである。
ギルドに、現金が無い事などすでに織り込み済みなのだ。その先の計画に進む為に、マチダは無い袖を振らすのだから。
不味い事になったと言う表情のゴーシュに対し、職員が何かを見つけたのか耳打ちをした。
その瞬間、ゴーシュの顔色が変化する。もちろん勝ち誇った側に。
「兄さん。証券を持ちこむのは良いんだがな、この書類に記載されている名前は、全員兄さんの名前じゃ無い。ここは商業ギルドだ、信用で成り立っているんだよ。解るだろ?」
難解な言い回しをするゴーシュだが、言葉の意味する事は、どうやってこの書類を手にしたのか、内訳を話せ。そして、それが違法でないと言う証拠を示せ、である。
苦肉の策、であった。
この言葉に、マチダは詰まらなそうな表情を創る。
逆にギルド側の面子の表情は、明るさを増す。
だが、それも一瞬の事であった。
彼らは間違えているのだ。
今、ギルドに喧嘩を売っているのはマチダでは無い。ギルドが本当に相手にしなければいけないのは、この地の領主、あのお馬鹿さん一掃事件の立案者、腹黒姫のシャルロットなのだ。
マチダは溜息を一つ吐くと、鞄から新しい羊皮紙を取り出しカウンターに投げ捨てた。
「委任状だ。解ったらさっさと決済をしろ」
ギルド側の表情が一変した。
今までは、マチダ一人を相手にしていたつもりであった。
何かの方法を使い、マチダが債権を買い取って来たと思っていた。
だが、差し出された物は委任状である。
つまり目の前のマチダは、只の代理人と言う事だ。
ならば、ギルドは誰に支払いを求められているのか? 答えは簡単であった。
この街の商店全てである。
シャルロットは、商業ギルド対カーディナルの商店全て、と言う構図を作り出したのだ。
支払いを断っても、遅らせても、ギルドの信用は地に落ちると言う構図を。
決して逃げられないと言う状況を。
だが、現在のギルドに五億の現金など無い。
だから支払えない。
それが解っていながらも、マチダは渋い表情で口を開く。
「払えないのか?」
「す、少し待って頂ければ……」
ギルド職員が、額に汗を浮かばせながら答える。
マチダは言葉を受け取ると、背後へと振り返り
「と言う事らしいです。どう致しますか? 姫様」
別の人物へと語りかけた。
カウンター内の職員達の視線が、姫様と呼ばれた人物に注がれる。
そこの居たのは、まだ年端も行かぬ少女であった。
少女は王都の人気役者であるジュリアの発案で造られた豪華な扇子。ジュリアの扇子、通称ジュリ扇で口元を隠しながら、困った様な表情で視線を巡らせていた。
そしてマチダと同様にわざとらしく溜息を洩らすと、ジュリ扇をパチンと閉じた。
「わかったわ! お金が支払われるまで、わたしの権限で今からこのギルドを一時領主預かりとします! 職員は一切の物に触れない様に! やーっておしまい!」
シャルロットの馬鹿な合図と共に、ヒムロ達マンティコア隊はギルドを占拠した。
だが、ギルド側も黙ってはいられない。
「オイ。これはどう言う事だ?」
ドスを効かせた低い声でゴーシュが口を開いた。
しかし、相手はシャルロット。あのサカモトと口論出来る逸材なのだ。
まさに百年に一人の。
「なに? 忙しいんだけど」
ぶっきら棒に言葉を返す。
「だから、どう言う事だ!」
「はあ? さっきも言ったじゃない。わたしの権限で今からこのギルドを一時領主預かりとしますって。バカじゃないの?」
シャルロットの言葉に、ゴーシュは遠慮無用と怒りを顕にする。
「何で小娘の権限で領主が動くんだ! 出鱈目をぬかすな!」
「でたらめ? 領主のわたしが領主預かりにするって言ってんの! バカじゃないの! バカじゃないの! わかった!」
ぐうの音も出なかった。
職員に視線を向けると、誰もが頷いていた。目の前の小娘は、間違い無く領主様だと言う事だ。
しかし、ギルド側も負けてはいない。一人の男がゴーシュを押しのけ前へと進み出た。
「りょ、領主様。今、ギルドを閉められますと、街での色々な決済が出来ません。それどころか、様々な相談も受け付ける事が出来ません。何卒、通常業務だけでも許しては頂けないでしょうか?」
この男の懇願に、ゴーシュは胸の中で頬笑みを浮かべる。通常業務に恰好付けて、不味い書類を始末出来ると。
だが、甘かった。
そう言う事態をシャルロットが見過ごしている訳が無かったのだ。
そして今現在、シャルロットの隣にはヒムロ、マチダと言ったブレーンが居るのだ。
蟻の抜け出る隙間など無い。
「タムラー」
シャルロットは名を呼び、手を二回打ち鳴らす。
それを合図にタムラが正面玄関から顔を出す。
何人もの老人達を従えて。
「じいちゃん!」
「爺様!」
「ばあちゃん! なんで……」
職員達の数名から声が上がる。どうやら家族が居た様であった。
シャルロットはゴーシュの顔に指を突き付け
「心配御無用! わたし預かり中の業務は、この方達に委託します!」
堂々と宣言した。




