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ブレイクスルー

 いきなり領主の前に連れてこられ、疲れを見せるマリアベルをイレーネに任せ、一同は場所を執務室へと移す。

 ドアを開け、それぞれが立ち位置を決めた所で、シャルロットが口を開いた。


「これで、ほぼ概要は固まったわよね。次の話はどうするか、と言う事なんだけど……」


「そんなもん、廃棄だ廃棄。嘘で塗り固めた書類なんて、意味がないだろう!」


 すかさずタムラの言葉が飛ぶ。

 だが、他の面子の対応は冷たく、どこか冷めて見えた。


「何だよ! 何だよ! 皆して辛気臭い顔してよぉ!」


 それに対して、悪態と言っても良い言葉を突き付ける。

 タムラの言いたい事は解る。

 この場にいる全員の思いは同じなのだ。だが、それでは解決出来ない。

 それが嫌と言うほど解っているからこそシャルロットは言葉を紡ぐ。


「タムラ、この誓約書は覆らない。そこは解って欲しいの」


「だから、何でだよ!」


「この書類をタムラの言う通り破棄すれば、今後このカーディナルで交わされる書類は、全て何の拘束力も無い紙切れになるの」


 シャルロットは机を叩き、正論とも言える事実を突き付ける。

 だが、感情で動いているタムラには正反対の意見を湛える。


「だから、それが解んねぇんだよ! 嘘で固められた書類だろうが! それが何で破棄出来ねえんだよ!」


「嘘で固められ様と、冗談ででっち上げられ様と、判子を突いたら終りなの!」


「だから、何でなんだよ!」


「それが決まりだからよ!」


 ドン! と言う音と共に、シャルロットの拳がテーブルに打ち付けられた。しかし、タムラも引き下がらない。同じ様にテーブルに拳を打ちつけ


「決まり、決まりって何だよ! それがどうしたって言うんだよ!」


 シャルロットに向け睨みを効かせる。

 しかし、シャルロットも負けてはいない。じっとタムラのサングラス越しに瞳を見つめる。


「守らなきゃいけない事だから、決まりなの! 誰が破ろうと、わたしは破ってはいけないし、見過ごしてもいけないの! だから止めてるの!」


「だから、何でだよ!」


「わたしが領主だからよ! わたしが規則を破ったら、このカーディナルでは無法が法になるの! お願いだから分かってよ! お願いだから堪えてよ!」


 言葉と共に、シャルロットは自身の拳を強く握り締める。


「リュウト……」


 ヒムロは静かに、タムラの名前だけを呼ぶ。

 そして、視線が交錯する。それだけで良かった。

 二人の間では、それだけで理解出来た。


「すまねえ、姫様。少し熱くなってたみたいだ」


 素直に謝罪の言葉を口にするタムラに対し、シャルロットは一度だけ頷くと、掌をパチンと合わせる。

 仕切り直し、だと。


「では前提条件として、その誓約書は無効に出来無い、と言う事ですね」


「ええ」


 ヒムロの問いに、シャルロットが短く返事を返す。


「それじゃあよ、破棄させるにはどうすれば良いんだ?」


「それは無理よ。財産を捨てろと言われて、捨てる人が居ると思う?」


「それじゃあ、どうすれば良いんだよ!」


 タムラが再び苛立ちを顕にする。

 それに対してシャルロットは、その愛らしい顔から笑みを消し


「簡単よ。彼らを買い取って解放すれば良いだけよ」


 答えを提示した。

 それに対しタムラは豪快に笑い


「何だよ! 悩んで損したじゃねえか! 姫様も人が悪いな!」


 ほっとした様に言葉を綴る。だが、他の面子の表情は暗いままだった。


「ん? どうした?」


 不思議そうにタムラは口を開く。

 その言葉に対し、ヒムロは膝の上で掌を組みながら静かに語りかけた。


「リュウト。確かに姫様の言っている事は正解だ。だけどな、証書を買い取る金はどこから出て来るんだ?」


 言われタムラの口が開く。それを忘れていたとでも言う様に。


「あ、ああ。そう言う事か。……あー、クソ! ギルドが借金でもしてくてればよぉ!」


 タムラの言葉に、シャルロットの眉がピクンと跳ねる。


「タムラ。借金してるとどうなるの?」


「ああ? 証文を集めて脅すんだよ」


 タムラの物騒な物言いに、ヒムロとマチダが「ああ」と同意の声を漏らした。


 だが、シャルロットとヴァネッサは首を傾げる。


 その状況を察し、ヒムロは事の顛末を言葉にした。


 内容はこうであった。





 まだサカモト一家が和の国、ヤマトに居た頃の話である。


 ある鰻屋に親方と二人の弟子がいた。

 その親方の死後、のれんは兄弟子(あにでし)が継ぎ弟弟子(おとうとでし)は別の名で鰻屋を続けたと言う。

 しかし、兄弟子(あにでし)はギャンブルが好きで、至所で借金を繰り返し、その影響で本業もおろそかになって行った。

 弟弟子(おとうとでし)は憤慨し、何とかのれんを取り戻そうと何度か説得するが、聞き入れてはもらえなかった。

 困った弟弟子(おとうとでし)は、サカモト一家に相談を持ちかける。

 正攻法での説得は無理と判断したヒムロは、その時まだ役職に付いていなかったサイトウ、マチダに命じて、借金の証文を買い取らせたと言う。

 そして、兄弟子(あにでし)の全ての証文を集め、一括して支払えと兄弟子(あにでし)に迫ったそうだ。

 しかし、巨額となった借金を一括で払える訳も無く、借金の代わりにのれんと店を回収する事になったと言う。

 そして、のれんは無事弟弟子(おとうとでし)の下へと戻ったと言う。

 師匠が商っていた店と共に。


 



 タムラが言いたい事は、こう言う事だった。


 説明が終わり、理解は出来たがヴァネッサの表情は暗い。

 そして、それは他の皆も同様であった。

 ギルドとは、それぞれの職種の者が頼る組織であり、お金を貸す側なのだ。それが借金など。それも組織が傾く程の。


 しかしシャルロットは、こめかみに指を当て何かを思い出そうとしていた。借金、借金と呟きながら。

 どれほどそうしていただろうか? シャルロットはおもむろに鞄を手に取ると、無地の羊皮紙を突っ込み走り出した。

 慌ててヴァネッサ、ヒムロ、タムラ、マチダは後に続く。


 息を切らせたシャルロットが辿り着いた先は、商店が並ぶ街の中心であった。

 石畳が敷かれた道の真ん中で、まるで見定める様に辺りを見回したシャルロットは、古びた店へと入って行く。

 そして、鞄から羊皮紙を取り出すと、店番をしていた店主であろう老人に渡し一所懸命に頭を下げる。

 老人が頷くと、もう一度頭を下げ次の店へと入って行った。


 シャルロットが回った店の数は数十店舗。

 その店々を往復、二度訪れ領主館へと帰宅した。


「……疲れたわ。一生分走った感じ」


 シャルロットは、まるでゼンマイが切れたおもちゃの様にソファーに寝転がっていた。

 皆は一様に視線を合わせながら首を横に振る。

 その心は? この娘は一体何をして来たのだろう? であった。

 その中で、無遠慮では定評のあるタムラが不思議そうに口を開く。


「姫様よぉ、一体何をして来たんだ?」


 言われたシャルロットは、無言で鞄を指差す。

 タムラはヒムロと目を合わせ、慎重に鞄の留金を外した。

 中に入っていた物は…………持って出た数十枚の羊皮紙と、その三倍はあろうかと言う所々擦り切れた羊皮紙であった。


「何だぁ? きったねえ羊皮紙だな」


 タムラはそう言うが、ヒムロとマチダは目を見張る。


「オイ、リュウト」


「何だ?」


「アニキ、これは債券ですよ」


「はあ? 債券?」


 ヒムロの言葉を受け取ったマチダが、それが何かを言葉にする。だが、タムラの表情は半信半疑だ。


「じゃあよう、ソレでギルドを追い詰めれんのか?」


「いや。そうはいかないみたいです」


 タムラの問いに、マチダがすかさず答えた。


「やっぱりか。理由は何だ?」


 再びの問いかけに、マチダは少しだけ目を伏せると申し訳なさそうに言葉を綴る。


「金額が低すぎます。全てを合わせても二千万、いや多めに見積もって二千五百万スイールあればいい方です」


「二千五百万だぁ? 犯罪奴隷以外の奴隷の相場は、一人辺り五~七百万だろ? 最安値で買い取れても五人分じゃねーか。姫様のくたびれ儲けかよ」


 言葉と共に、タムラはソファーに身体を投げ出す。

 だが、この言葉が間違いだと当の本人から語られる。


「はあ? 二千五百万スイール? バカ言わないで。そのギルド債の価値は、五億よ!」


「「五億!」」


 場の全員の声が重なった。

 信じられない、と。

 まあ、信じろと言う方が酷なのである。

 二千五百万の額面である債券が、五億もの値を持つのであるから。

 ポカンと口を開ける面々に、シャルロットは身体を起こしながら答えを示す。


「その債券はねぇ、創立債なのよ」


「「創立債?」」


「そ。この地がカーディナル領として認められた時に、ご先祖様達が商業ギルド創立の為に支出した証拠」


「ですが姫様、二十倍ですよ」


 シャルロットの説明に、ヴァネッサが異議を申し立てる。幾らなんでも馬鹿げていると。

 その言葉を聞き、シャルロットは笑いながらあらましを語る。


「実際にはね、その創立債は売られる物じゃあないの」


「どう言う事ですか?」


 ヒムロだ。


「創立債はねぇ、ここに住む人達の誇りの形なのよ。前にヴァネッサには言ったと思うけど、この地は、街に住む人達のご先祖様が切り開いた地なの。そして、自分達の手で街を築き商店を創った。そして、その互助団体として商業ギルドを設立したの。その債券は、自分達の手で、一から街を、カーディナルを作り上げた証拠なの」


 なるほど。誇りであるからこそ、売られる物では無い。その事は解った。

 しかし、二十倍の返金の事はまだ謎である。

 だからこそ、ヒムロは再び疑問を投げかける。


「それは解りますが――」


 ヒムロの言葉を、シャルロットは掌で制する。

 慌てるな、と。


「これは先々代の領主様。わたしのひい御爺様から聞いた話なんだけど、最初の商業ギルドはほんとに小さくて、只の掘っ立て小屋だったそうよ。でもね、自分達で設立した共同組合がよほど嬉しかったのか、浮かれちゃってね、創立債の文言にとんでもない一文を領主認めとして書いちゃったのよ」


「それが返金二十倍の約束」


 ヴァネッサがポツリと呟く。

 シャルロットは大きく頷き話を続ける。


「そう。払い戻しの開始は、債券が発行されてから百年後。その意味は、自分達の偉業を孫達に示しながら、どれほど当時浮かれていたのかを見て貰うため。その為の文言。それを見て、当時の自分達を想像しながら、楽しくお酒を飲めるように、ってね」


「なるほどなぁ」


 天井を見上げたまま、タムラが感想を口にする。

 そして……


「その債権を売った金で、ガキ共の誓約書を買い取るんだな?」


 計画の終を言葉にした。

 誰もがそう思っていた。

 しかし、シャルロットは顔に半月を張り付かせる。


「誓約書を買い取る? なにバカなこと言ってんの? わたしはねぇ、この証書でギルドを潰すのよ」


 そして、物騒な言葉を口にした。



1スイール=1円

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