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ストリートチルドレン

 シャルロットの声を受け男が入室して来た。髪をツーブロックに刈り込み、きっちりと整えられた短い鬚に、サカモトやタムラと違い色の付いていない眼鏡を掛けていた。


(かしら)、タムラのアニキ、サイトウのアニキ、ご無沙汰しております」


 挨拶の言葉と共に、男は腰を折った。


「マチダ!」


「おい、マチダかよ!」


「ひさしぶりだな!」


 ヒムロ、タムラ、サイトウと順にマチダと呼ばれた男に声をかける。

 その顔を見ると、とても嬉しそうに見えた。マチダと言う男と彼らとは、強い繋がりがあるのだろう。


「そうだ、マチダ。この方がシャルロット嬢。オヤジと五分の杯を交わした御方だ」


「あなたがそうでしたか。オヤジから聞いてます。マチダと申します。以後よろしくお願いします」


 言って礼儀正しく腰を折った。


「シャルロットよ。よろしくね」


 シャルロットはニッコリと笑って挨拶を返す。

 一様の言葉のやり取りは終わった。だが、謎は残ったままだ。

 その謎とは、何故マチダが領主館に来たか? と言う事である。

 ヒムロ達への挨拶ならば、彼らの住む場所で出来るはずなのだ。

 そして、シャルロットへの挨拶は、その後でも可能である。

 それなのに何故?


「それにしてもマチダ、どうして此処に?」


 ヒムロも同様であったのか、マチダに席を進めながら問いかける。


「ええ。少し気になった話を聞いた物ですから、それをオヤジに話したらこちらで話した方が良いと云われまして」


「オヤジが?」


「はい」


 マチダは返事を返すが、ヒムロは浮かない表情を創る。

 そして、暫しの思案の後、静かに口を開いた。


「オヤジがそう言った、と言う事は……」


 そう言葉にしながら、視線はシャルロットへ。


「姫様にも聞いてもらった方が良い、と言う事ですかね」


「わたしに?」


「ええ」


 言葉を交わし、視線をマチダへと戻し


「マチダ、遠慮はしなくて良い。話せ」


 先を促した。


「はい。カーディナルの隣の領地、ロックフェル領で聞いた話なんですが、何でも街のガキ共、いわゆるストリートチルドレンが消えているらしいんですよ」


「「消えてる?」」


 場の全員から疑問の声が上がる。


「ええ。数か月に一人か二人、居なくなっているらしいんですよ」


「はあ? そりゃあ、ガキ共がどっか行ったってだけの話じゃねえのか?」


 タムラが口を挟む。

 確かに、今の情報だけでは、タムラの言が正解に思われる。


「俺もそう思ったんですけど、良く考えるとおかしいんですよ」


「何がだよ」


「アニキ、ストリートチルドレンですよ。街に根を張っているからストリートチルドレンなんじゃ無いですかね」


「……そうだな。別の土地に移ったって、当てがある訳じゃ無いしな」


 マチダの言葉に、ヒムロは肯定の言葉を付け加えた。


「しかしよ、良い食いぶちがあればガキ共だって移るだろ?」


「そうかも知れませんが、タムラ、子供達にどんな伝手が有るのです?」


 ヴァネッサの冷静な言葉に、タムラは神妙な表情を作る。


「そこの姉さんの言う通りだと思うんですよ。ガキ共にとって、その街その街が言わば縄張りじゃ無いですか。それをほおって、他の土地に行くとも考えられないんですよ」


 そして、マチダが言葉を続ける。


「野菜の切れっぱしをくれる店。農繁期なんかで雇ってくれる農家。街に根を張っていれば、そう言う伝手が出来ている、か」


「はい。(かしら)、俺もそう思います」


 何て事の無い話なのだが、つじつまを合わせようとすると、どうにもしっくりと来ない。それが解っているのか、場は段々と勢いを失っていく。

 そんな中、突然シャルロットが口を開いた。


「タムラ。あんた何人か連れて、街を回って来なさいよ」


「こんな時に巡回か? 姫様」


「ええ、そうよ。それで商店の人達にこっそりと聞いて来なさい。顔見知りの子供達で、最近見ない顔は無いかって」


 シャルロットの言葉に、タムラは虚を突かれた様な表情を作る。


「それじゃあ姫様はよぉ、カーディナルでも同じ事が起きているって言うのか?」


「そこまでは言ってないわよ。だから、聞いて来てくれない」


 そう言われたタムラの行動は早かった。簡単な挨拶をすませ、サイトウを連れ足早に領主館を後にする。


 慌ただしかった一時が去り、残ったのは冷静な者達だ。

 それぞれが考えを巡らせ、マチダの持ってきた奇妙な案件に答えを出そうと思いを巡らせる。

 その中で、最初に口火を切ったのはシャルロットだ。


「ねえ、マチダ」


「はい。…………えーと」


「姫様だ。さっきそう呼ぶ事に決まった」


 シャルロットの呼び名で困惑したマチダに、ヒムロが助け船を出した。


「では、何でしょう姫様」


「あのね、ストリートチルドレンが消えてるのって、クソ爺……じゃ無かった、ロックフェル領だけなのかしら?」


「それはどう言う――」


「南のアイオン領とかはどうなのかしら?」


 マチダの言葉を遮ってシャルロットは言葉を続ける。


「姫様? どう言う意味でしょうか?」


 訳が分からない、とイレーネが言葉を挟む。

 その態度に、我が意を得たりと言わんばかりにシャルロットは言葉を紡ぐ。


「子供達が姿を消すにも理由があるでしょ? 煙じゃあるまいしタダでは消えないわよ」


「ええ。そうですが」


 イレーネが返事を返す。

 しかし、煙じゃ無いと言うシャルロットの言葉の方が煙の様だ。全く話が掴めない、と言う意味で。


「カーディナル、ロックフェル、アイオン、ヴァスカビル。この辺りの領地から子供達が消えていると言うならば、共通点が無い事も無いのよ」


「本当ですか?」


 驚きを顕にし、ヒムロが問いかける。


「ええ。この辺りの街道ってね、コーネリア商会の巡回路なのよ」


「コーネリア商会。あのロックフェル領に本店を置くコーネリア商会ですか?」


 不思議そうな表情で、ヴァネッサが質問して来た。何故に子供の失踪と商会の販路の話が噛み合うのか、と。


「そう。正確には、コーネリア商業組合に属する組合員の行商ルートって事ね」


「ああ。商会自体では無く、組合の方の」


 シャルロットの言葉の意味を、ヒムロは若干ながら読み説いた様であった。

 持って回った言い方をシャルロットはするが、噛み砕くとこうである。


 子供達が移動したにせよ、消えたにせよ、一人では無理である、と。

 ならば、それを手助けした人、もしくは連れ去った人物がいるはず。そう考えた場合、街に根付いた人達では無いだろう。

 何故ならば、連れて行った先からその者は戻ってこなければいけないからである。

 結果、何者かが糸を引いていた場合の関係者は、行商人、ひいては各地に居を構える商会の支店と言う事になる。


 広範囲で事が起こっていたと言う結果から逆算した、あくまでも今は仮定の話なのだが。

 シャルロットの話を黙って聞いていたマチダだったが、この仮説を元に思い出したかの様にポツリと言葉を漏らす。


「そう言えば(かしら)


「ん? どうした」


「確か、カーディナルの商業ギルドの代表者は、コーネリア商会の関係者だったはず」


「本当か?」


「ええ。俺がこの地を離れる、半年前まではそうでした」


「そうか。代替わりした、と言う話は聞いてないからな。まだそのままだろう」


 ヒムロとマチダの会話の中、シャルロットが言葉を挟む。


 まだ急ぐ時では無い、と。


「まあ、続きの話は、タムラ達が戻って来てからね」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 次の日の早朝、領主館には昨日と同じ顔ぶれが並んでいた。


「姫様よぉ、やっぱり当たりだったぜ。二、三人だが顔を見ないガキが居るらしい」


「それがですね、そのガキ達商業ギルドの斡旋で働いていたようなんですよ」


 タムラの言葉に、サイトウが補足を入れる。


「俺の方も、知り合いの行商人に探りを入れたんですが、姫様の推測通りでした」


 さらにマチダからも情報が加わる。


「姫様。これはもう商業ギルドは……」


「限りなく黒に近いグレー、よね」


 ヒムロの言葉をシャルロットが受け継ぐ。

 さて、どうした物か? 事を起こすべきかどうか?


「如何致しますか、姫様」


 皆の感情を代弁する様にヴァネッサが問いかける。


「そうねぇ、どうするにせよ、一度探りを入れないと……。ヒムロ」


「はい」


「マチダを借りられるかしら」


「構いませんが、一体どうする御積りですか?」


 ヒムロの問いに、シャルロットは神妙な顔で告げる。


「ちょっと見学に行こうと思って」


「見学、ですか」


「ええ。マチダ、今夜少し付き合ってもらうわよ」



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