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マンティコア

~カーディナル領 領主邸~


 現在領主邸の応接室には数人の男女が集まり、会議を開催していた。

 主要な面子として、シャルロット付きのメイドであるヴァネッサとイレーネ。そして、無頼の者。

 いや、警邏隊として新たな一歩を踏み出したヒムロ、タムラ、サイトウと言った面々である。


「ですから、姫様好き好き隊しかありません!」


「私もイレーネの意見に賛成です」


 ヴァネッサは小さく右手を上げ、賛同の意思を示す。


「でもよぉ、もうちょっとドスが利いた方が良くないか? 例えば黒竜会とかよぉ」


「お! 良いですねぇ、アニキ」


 タムラの言葉に、サイトウが肯定の言葉を述べた。


「まあ待て。リュウトも少し落ち着け。あまりドスの利きすぎる名前だと、街の人が警戒する。もう少し柔らかな――」


「ですから、姫様好き好き隊しかありません!」


 ヒムロの言葉を遮る様に、イレーネが再度口を開く。


 一体何を話し合っているのか? 

 それは、新たに発足した警邏隊の名称であった。


「しかしよぉ、メイドのお嬢ちゃん方の言い分も解るけどよぉ、名前を名乗るのは俺達なんだぜ。それが姫様好き好き隊じゃあよぉ。おい、サイトウ。おっと間違った、クマちゃんよぉ、言ってみな。ほれ」


 タムラはサイトウに指示を出す。

 上の者からの指示に、首を横に振る事は許されない。

 親が黒と言ったら、白い物でも黒なのだ。それが任侠の世界。


「お、俺ですか? じゃ、じゃあ。オラ! 姫様好き好き隊じゃあ! 大人しく縛につけやぁ!」


「しまらねぇなぁ」


「ああ、ダメだな」


 ヒムロ、タムラ共に却下の言葉を口にする。


「それなら(かしら)(かしら)なら何と名づけますか?」


 サイトウがヒムロに声を掛ける。

 言われたヒムロだが、僅かに逡巡し答えを導き出した。


「鬼面組ってのは……」


「オイ、レイジ。そりゃダメだ。ぜってい、付けちゃいけねえ、名前だな」


 ヒムロの言葉を遮り、タムラが却下の決を下す。


「オ、オイ、リュウト」


「そんな名前付けてみろよ、またオヤジが拗ねるに決まってるだろ」


「…………」


 タムラの的を得た言葉に、ヒムロは口を閉ざすしか無かった。

 そして、場は沈黙が支配する。

 そんな中


「名付けって難しいもんだなぁ」


 タムラがポツリと呟いた。

 この発言に、場の全員が首を縦に振る。

 その瞬間、何の前触れも無くドアが開かれた。


「アンタ達、何騒いでんの? わたしが書類に埋もれているのに、まぁ楽しそうに」


 怨みがましく半眼で睨むシャルロットだった。


「それで? 何をはしゃいでたのよ?」


 シャルロットの問いに、全員が一様に視線を巡らせ


「「警邏隊の名称を」」


 声をそろえて趣旨を語った。


「はぁ? 警邏隊の名称? 暇なの?」


「いえ。そうでもありませんよ、姫様。それなりには忙しいです」


 シャルロットの言に、ヴァネッサが丁寧な言葉で返す。

 ただ、それなりに忙しいと言う言は疑わしいが。

 だが、シャルロットは優しく良い娘なので反論はしない。

 信じているかは別問題だが。

 何をやっているのかと毒吐きながら、シャルロットはヴァネッサの隣に腰を降ろす。


「それで、良い案は出たの?」


「……それがですね」


 シャルロットの問いに、ヒムロは申しわけ無さそうに口を開く。難航中、だと。

 この答えには溜息しか出なかった。


「あんた達としては、どんなのが良いわけ?」


 警邏隊の面子の顔を眺めながらシャルロットは問いかける。


「何かこう、パッとした感じだろ」


 タムラだ。


「ドスが利いたヤツがいいですね」


 サイトウである。


「まあ総合して、威厳がある方が良いと思うんですよ」


 ヒムロが結論を告げる。


「パッとしてて、ドスが利いてて、威厳がある名前ねぇ」


 言いながらシャルロットはサカモト一家の面々の顔を思い出す。思い出すのだが、それらの顔はすぐにサカモトの顔へと塗り替えられる。


(ダメだわ。もっさんの顔しか出てこない)


 もっさん、もっさんと呟きながら考えをまとめるシャルロットだが、頭の中のサカモトの顔が色々な物に変わって行く。それは、オーガであったり、オークであったり。

 その中で、一つぴったりな物があった。


「わかったわ。あんた達の名前は、わたしが決めます」


「「姐さんが?」」


 警邏隊の者達の声が重なる。


 しかし、この合唱に、シャルロットは眉をひそめる。

 そして


「姐さんは止めなさい」


 姐さん禁止令を発令した。


「しかしよぉ、姐さんは、姐さんだしなぁ」


「ええ」


「そうですよ、姐さん」


 タムラの呟きに、サイトウが返事を返し、ヒムロが肯定する。


「止めなさいよ、もう。わたしは、あなた達の半分ぐらいの歳なのよ。それが姐さんだなんて」


 愚痴るシャルロット。

 そこに応援の声が混じる。


「確かにそうですね。あなた達の伝統なんでしょうけど、年上に姉呼ばわりされても、姫様はあまり気分が良くは無いかもしれません」


 ヴァネッサの言だ。

 隣でイレーネも頷いている。


「それじゃあよぉ、何て呼べば良いんだ?」


 タムラが言葉を返す。

 その言葉に、場は一旦の沈黙が支配した。


「シャルロット様、と言うのもよそよそしいですよね」


 ヒムロが沈黙を破る。


「姫様、で宜しいのではないでしょうか?」


 再びヴァネッサが口を開く。


「まあ、確かに、姫様って感じだもんな」


 頷きながらタムラが肯定する。

 そして、めでたくシャルロットの呼び名は姫様で統一される事となった。


「それでよぉ、姫様。俺達の呼び名はどうなったんだ?」


 タムラの軌道修正に、シャルロットは一つ咳をして場を引き締めると脳内にあった名を高々と言葉にする。


「あなた達の名前は、デケデケデケデケー、ドン! マンティコア隊よ!」


「「マンティコア隊!」」


 自信満々に、自身でのドラムロール付きで宣言した。


「おう! 良いんじゃないか、マンティコア。あれだろ? 獅子の顔をした、空飛ぶヤツ」


「そうっすね! 格好いいじゃないですか!」


「私も良いと思います」


「はい。私も同意です」


 タムラが、サイトウが、ヴァネッサ、イレーネが賛辞を贈る。

 シャルロットの提案は、快く向かい入れられた。

 そして、ヒムロも同様に受け入れながらも、僅かに浮かび出た疑問を口にする。


「しかし姐さ、いや、姫様。何故マンティコアなんですか?」


 ヒムロの言葉に、場の面々は「そう言えば」と顔を見合わせた。

 そんな光景を見つめていたシャルロットは、おもむろに脇にあったメモ用のパピルスを手に取ると筆を走らせた。

 描かれた物は、可愛らしい獅子のイラストである。


「これよ」


 そう言ってイラストを見せる。


「獅子ですよね」


「おう、そうだな」


 ヒムロ、タムラが確認の言葉を告げる。


「それで姫様、イラストがどうか致しましたか?」


「ええ。とても御上手だと思いますが?」


 ヴァネッサ、イレーネが後に続く。


 不思議そうな面々の顔を満足げに見つめ、シャルロットは獅子のイラストに僅かに手を加える。

 それは、ほんの僅かな変化だった。


 獅子の瞳、その部分を黒く塗りつぶしたのだ。見様によっては、獅子がサングラスを掛けている様に見えた。


 その時、シャルロットが黒を置いた瞬間、場の全員の瞳が見開かれた。

 可愛い獅子のイラストだったはずが、一瞬にして、僅かに黒を置かれただけで別の物に変化したのだ。


「こ、これは……」


(かしら)、アニキ……」


「……ヴァネッサ」


「ええ。そうですね、イレーネ」


 ヒムロ、サイトウは言葉が詰まり、ヴァネッサ、イレーネは顔を見合わせ頷いた。


「こ、こつは……オヤジじゃねーか!」


 そして、タムラが止めを刺した。

 そう、シャルロットの描いた可愛らしい獅子は、いかついサカモトの顔に変化したのだ。


「姫様。まさか……」


 言葉少ないヒムロの言に、全員の喉がなる。

 ヒムロはこう言いたいのだ。サカモト親分の怖い顔をイメージして、マンティコア隊と言う名前にしたのか? と。

 表情で全てを察したシャルロットの顔が愉悦に歪む。

 いち早くそれを察知したタムラは、身を乗り出し声を上げる。


「いいか! これは、マンティコア隊の機密事項だからな! 表向きの理由は、オヤジが獅子の様に力強いからだ! 良いな? ぜってい漏らすんじゃねえぞ!」


「ああ、それが良いだろう。下手に知られると面倒な事になるからな」


 タムラの言葉を受け、ヒムロが決定を下した。

 その意志の籠った瞳に、サイトウも頷きで返す。


 隊の名前は決まった。

 他に決める事は……ヒムロが顎に手を当て思案する中、応接室のドアがノックされる。

 シャルロットが入室の許可を出し、現れたのは執事のアキリーズであった。

 アキリーズはうやうやしく腰を折ると、案件を告げる。


「ヒムロ様、お客様が見えております」


 その言葉に、ヒムロは首を傾げる。

 それはそうだろう。何せ此処は領主館なのだから。

 悩むヒムロを横目に見ながら、シャルロットは客を通す様に指示を出す。


 現れたのは、ヒムロ達にとって久々に見る顔だった。

 そしてこの者が告げた言葉は、隠された悪意を表に出すのだった。



サカモトのビジュアルイメージは、俳優の小沢○志さんです。任侠物のVシネマの顔と言う方ですね。

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