任侠の男達
西洋の町並みに相応しくない、和風の長屋の前で男女の怒声が響き合う。
そのあまりの五月蠅さに、一人の男が長屋から姿を見せた。
「お前ら、五月蠅いぞ! 何を騒いでいるんだ!」
冷静で、太く低い声が注意を促す。
現れた男。歳はタムラと同じくらい。身長は高く、百八十以上あるだろう。髪は短く、奇麗に整えられている。
場の全員の視線が、男に集中する。
「やだ、すごいイケメン」
シャルロットがぽつりと感想を述べる。
言う通り、男の顔は好感が持てる凛々しい物だ。
「頭!」
「ヒムロの頭!」
「ヒムロのアニキ!」
「……レイジ」
タムラ、サイトウ、シブヤ、名を知らぬ人が男が同時に声を上げた。
一つ解った事は、イケメンの名前はヒムロ レイジと言うらしい。
皆の下へ歩いて来たヒムロは、タムラと視線を合わせ
「リュウト、お前が居ながら、何の騒ぎだ」
どうやらタムラのフルネームは、タムラ リュウトの様だ。
「しかしよぉ、レイジ。俺だって何が何だか」
「どう言う事だ?」
「詳しい事は、その嬢ちゃん方に聞いてくれ」
そう言ってタムラは、シャルロットへと視線を向ける。
「この人達が?」
「おう」
ヒムロの問いに、漠然と答えるタムラ。
ヒムロは首を傾げながらも、シャルロット達と向かい合う。
「あなた達が、騒ぎの中心なのですか?」
ヒムロの態度は、荒くれ者の仲間でありながら、実に紳士的な物であった。
この姿勢に答える様に、シャルロットは一歩前に出ると
「さあ? 騒いでいたのは、クマちゃんとお仲間達よ。わたしは関係ないわ」
「クマちゃん?」
ヒムロが難しい表情を作る。
「頭。クマちゃんてのは、サイトウのアニキの事ですわ」
名を知らぬ男が補足を入れる。
「何? サイトウ、お前クマちゃんなんて呼ばれているのか?」
驚きを顔に貼り付け、ヒムロが問う。
「い、いや。その……」
狼狽しながら、サイトウの視線は左右を彷徨い
「ナカジマ! お前、余計な事を言うんじゃねぇよ!」
言葉と共に名を知らぬ男の頭を叩いた。
名を知らぬ男の名は、ナカジマと言うらしい。
「サイトウ、ナカジマ。好い加減にしろ!」
ヒムロからお叱りの言葉が飛んだ。
「そうだぞ、お前ら! 遊んでんじゃねぇぞ!」
「リュウト。お前もだ!」
調子に乗って言葉を発したタムラにも飛び火する。
項垂れるタムラ。
「それで? お嬢さん達は、何の用で此処へ?」
ヒムロが改めて問いかける。
この問いに、シャルロットは僅かに逡巡し
「あなた達の大将に会いに来たの。ヒムロさん。あなたが大将?」
理由をボカして伝える。
この答えに、ヒムロは僅かに眉を寄せるが
「いや。俺じゃ無い。だが、オヤジに会いたいのなら、理由を話してもらう」
今まで優しげだったヒムロの瞳が、細く鋭い物に変わった。
この態度の変化に、シャルロットは盛大に溜息を吐くと
「徴税の話よ」
素直に用事を口にした。
「徴税? あんた達、徴税官か何かなのか?」
ヒムロが不思議そうに口を開く。
それはそうだろう。
シャルロットの様な年端も行かぬ少女や、ヴァネッサ、イレーネの様なメイド姿の者が徴税官と信じろと言う方がおかしい。
だが、仕方の無い事だった。
現在、此処カーディナル領は、人材不足なのだから。だからこそ、色々な役職の仕事を、シャルロットが掛け持ちで行っているのだ。
しかし、そんな事を言っても始まらない。
「似た様な物よ。まあ、有態に言えば、代理、と言った所ね」
シャルロットは素直に答える。
その言葉は、嘘は言ってはいないが、真実も言ってはいない。ただ、現状を説明しただけだ。
クリスタニア王国の第一王女として、王宮内で生きて来た彼女にとって、真実の重みとその重要性は嫌と言うほど解っている。そして、敵との戦い方も。
だからこそ曖昧な言葉で煙に巻くのだ。
「そうか。だが、徴税と言ってもなぁ」
渋るヒムロ。
だが、シャルロットだって負けてはいない。
「いいから! 会って話をさせなさいよ! そうでなくちゃ、折り合いも付けられないでしょ!」
正論で責めるシャルロット。
これではヒムロも折れざるを得ない。
ここで突き返せば、自分達は力で言う事を聞かせようとするならず者集団になってしまうからだ。幾ら自分達が無頼の輩とは言っても、プライドに掛けて、そこらのチンピラと一緒にされるのは許せなかった。
「解った。少し待っていてくれないか? オヤジに話を通して来る」
「解ったわ。なるべく早くしてちょうだい」
シャルロットは、無垢な少女の様な笑みでヒムロを見送った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ほどなくしてヒムロが戻り、彼らの言うオヤジが会うと言う事が告げられる。
そして、シャルロットは現在屋内の広間に居た。
屋内に入る時に、靴を脱がず土足で上がってしまい、叱られると言う一悶着があったが、それは小さな事だ。
シャルロットは出された座布団にちょこんと座り、床に敷かれた畳と言う物の感触を指で確かめる。
「何か良いわね」
「そうでしょか?」
シャルロットの言葉に、僅かに後ろで腰を降ろすイレーネが答える。
今この部屋に居るのは、シャルロットとイレーネの二人だけだ。ヴァネッサはブーツであった為、脱ぐのも履くのも面倒臭いと言う理由で、馬車の番を買って出ている。
「良いと思うんだけど……。草の床に、紙の窓。素敵じゃない?」
「まあ、少しは思いますが、椅子が無いと、どうやって座って良いのか」
「ああ、そう言う事もあるわね。でも、屋敷にあれば、くつろげると思うけど」
「人目が無ければ、ですね」
言われてシャルロットは相槌を打つ
尤もだと。
「だけど、気の置けない相手とだったら良いんじゃない? 例えば、仕事が終わった後のわたし達とか」
「そうですねぇ。ですが、私もヴァネッサも姫様の前ではメイドですよ」
「乳姉妹なのに?」
「乳姉妹でもです」
イレーネはキッパリと自分の立場を口にする。
「それだと何だかさみしくない?」
シャルロットは口を尖らせ、意思を示す。
それを見、イレーネは表情を崩すと
「ベッドの上では別ですよ」
そう言って妖艶な笑みを浮かべた。
室内がほんわかとした雰囲気に包まれ、穏やかな空気が漂う中、障子がおもむろに開かれた。
「お待たせしました。オヤジは今参ります」
ヒムロが丁寧に頭を下げた。
そして、部屋の中央に置かれた長机の、シャルロットから見て右側に胡坐をかいて座る。
僅かな時間を置いて、お目当ての人物が姿を現した。
「おう、待たせたのう」
男が言葉と共に入室して来た。
歳の頃は五十台半ば。
短い髪をオールバックに整え、東方の着流しと言う衣装を着ていた。
そして、この男の一番の特徴は………………とてつもなく顔が怖かった。それはもう、オーガかと思う程に。
「な、な、な……」
シャルロットは思わず声を上げた。
「ん? どうした御嬢ちゃん」
「なんでそんなに顔が怖の!」
「あ?」
射抜く様な視線が、シャルロットを捉える。
「わしの顔、そんなに怖いか?」
男が問いかけて来た。
しかし、ここで嘘を言っても仕方が無い。
「怖いわ。オーガかと思った」
「……さよか」
言葉と共に、男が右手で両目を覆った。
(あれ? 傷付いているのかしら?)
シャルロットがそんな事を考えていると、向こうでも新たな展開が始まる。
「オ、オヤジ。大丈夫ですって。言うほど怖くはありませんって」
「そうですよオヤジ。彼女はまだそれほど多くの大人に会って無いだけですって。なあ、リュウト」
「お、おお。人生経験薄いからな。そうだよな、嬢ちゃん」
タムラのフォローにヒムロが反応し、さらにそれを受けたタムラがシャルロットに同意を求める。
「そ、そうよね。見慣れれば、愛嬌がある顔に見えてくるんじゃないかしら」
「そうですよ、オヤジ! 一見さんには解らないんですよ!」
「……ホンマか?」
「「ホンマです!」」
シャルロット、ヒムロ、タムラの声が重なる。
「ホンマならええ」
男はやっと機嫌を直してくれた様だ。
ほっとした所でタムラがシャルロットに僅かに近づき
「バカ! オヤジは、あんな顔だが繊細なんだからな! あんまり変な事とか言うなよ!」
「わ、わかったわよ」
ボソリと内緒の会話が交わされた。
「遅そうなったが、わしがこいつらの大将をやっとる、サカモト言う者じゃ。あんたさんは?」
「わたしはシャルロット。よろしく」
御互い名乗り合う。
こうして戦いの火蓋は切って落とされた。




