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南へ

「ここに来るのも久しぶりだな」


 ヒムロは、居並ぶ建築物よりも一際大きく豪華な装飾を施された建物の前で呟く。


(かしら)は、あの事件の主犯ですからねぇ」


 ヒムロの呟きに、マチダはからかう様な言葉を贈る。

 その言葉にヒムロは眉をひそめ


「主犯は姫様だ」


 端的な突っ込みと共に、足を一歩踏み出した。

 両開きのウエスタンドアを開け、室内に踏み込むと受付と思われる場所に歩を向ける。二人は静かに、しかし悠然とカウンターの前に立ち


「サージ殿を頼む」


 ヒムロが囁く様にそう告げた。

 受付の男は、虚を突かれ一瞬ポカンとした表情を浮かべるが、サージと言う名にすぐに反応し、頭を下げ奥へと小走りで向かって行く。

 ヒムロ達が残された僅か後、一人の男が顔を出す。

 鋭利な刃物の様な切れ長の瞳。コルデマン商会のナンバー2、サージである。


「これはこれは、ギルド長。急なお越しで、一体何用で?」


 ヒムロとマチダ。

 まず、サージの目に留まったのは、商業ギルドのギルド長であるマチダであった。まあ、サージとて商人、商業ギルドの関係者に目が行くのは当然の事。だが、マチダの心中を鑑みると、その心中を察するのだが。


「サージ殿、本日の客人は俺じゃない。こちらは、カーディナル警邏隊、マンティコア隊隊長のヒムロさんだ」


 マチダは僅かに焦りながら、ヒムロをサージに紹介する。


「ヒムロだ」


 反対に、ヒムロは落ち着き払った態度で名乗りを上げる。

 サージはカーディナルの大物の登場に、僅かに驚きを顕しながらも名乗りを返す。


「コルデマン商会で、現場指揮を担当しておりますサージと申します。ヒムロ殿の活躍は、聞き及んでおります」


 しっかりと礼儀も忘れずに。

 サージは奥の応接室に二人を通すと、従業員にお茶の用意を言いつけ最後にソファーへと腰を下ろす。


「それで、本日は以下用で?」


 腰を下ろしたサージは、素直な疑問を口にする。

 この問いかけを聞き、マチダはヒムロへと視線を向けた。

 ヒムロは視線を受け、ゆっくりと口を開く。


「ロックフェル地方の南で、詐欺行為が行われているのをご存じですか?」


 ヒムロから投げかけられた問いかけに、サージは首を傾げる。その様な報告は聞いてはいない、と。

 その一方、商人として情報に興味があるのか


「詳しくお話をお聞きしても?」


 ヒムロに先を促した。

 この要望にヒムロはうなずきで返し、ロックフェル老から聞かされた話を包み隠さずサージへと語った。


「成程、その様な事が……そうであるならば、私よりも詳しい人物がおりますゆえ、呼んでもよろしいでしょうか?」


 サージからの提案、その事に一番驚きを顕にしたのはマチダである。コルデマン商会に、その様な人物が居るなど聞いたことも無かったのだ。

 当然商会の一社員の情報など、商業ギルドに上げる必要などは無い。だが、サージ以上に裏社会に通じる者であるならば、万が一を鑑みてギルドに報告を上げるのが通例。コルデマン商会は、この通例を無視してその者を雇い入れている。マチダの驚きはそう言った事である。

 しかし、ヒムロは冷静に事の分析を図る。

 それも数秒、あっさりと結論は出た。


「どうやら俺達は、姫様の掌の上からはみ出す事は出来無いようですね」


 苦笑いを浮かべながら、ヒムロは心情を呟いた。

 この呟きに、サージも同様の表情を浮かべ


「どこまであの御方が見透かしているかは謎で御座いますが、驚かされる事ばかりです。おい、商会長に話を通して、彼をこの場に」


 サージは後ろに控える商会員に伝言を頼む。

 言われた商会員は、一礼すると素早く退席して行った。

 時間にして十分少々、その者は現れた。


「サージ殿、お呼びとの事で参りました」


 ドアを開け入室して来た人物を見、ヒムロは息が止まる思いであった。

 その人物はエンデマン・コーネリア。先の事件の主犯である。


「エンデマン・コーネリア!」


 エンデマンの姿を見た瞬間、ヒムロは立ち上がり驚きを現した。そして僅かな後、その視線はサージに向けられる。説明を求む、と。

 ヒムロの鋭い視線にさらされるも、サージの涼しい態度は変わらない。それどころか、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ


「ヒムロ殿も申したでしょう? 姫様の掌の上からははみ出す事が出来ぬ、と」


 先程のヒムロの言葉を肯定した。


「サージ殿、私に用とお聞きしましたが、一体どの様な?」


 ヒムロとサージの会話が一時落ち着いた瞬間を狙って、エンデマンが口を開く。その言葉を切掛けに、二人は話を本題へと戻す。

 エンデマンへの説明は、サージが代表して行った。


「成程。その地域ですと…………テオが詳しかったはず」


 エンデマンは、どこか言いにくそうに主犯と思しき者の名を挙げた。それはそうであろう、悪しき事とは言え以前は自分に仕えていた人物を告発するのだから。


「テオ、か。確か、カーディナル、元カーディナルの南の方を担当していた者です」


 マチダは、補足する様にヒムロに向け語りかけた。


「南、か。そうなると、ヴァスカビル、アイオンの北側。それに、ロックフェルの南の知識も……」


「ええ、当然持っているでしょう。それも、かなり詳しく」


 ヒムロの一人語りに、マチダが答える。同時に、サージも頷きで肯定の意を告げた。


「そうなると……奴らの居場所だが……」


「かなりの範囲が予想出来ますね」


「ああ」


 ヒムロとマチダの会話が続く中、エンデマンが口を挟む。


「恐らくはフォートナスだと思われます」


「フォートナス?」


 いぶかしがるヒムロに対し、エンデマンは話の先を口にする。


「先程、ヒムロ殿? のおっしゃった地域で、大きな街はフォートナスのみで御座います」


「成程。大きな街であれば、宿でも目立たず、裏の仕事をする面子も集まりやすい、か」


「はい」


 エンデマンの話を聞き、ヒムロはしばし目を閉じた。そして、目を開くと同時に


「マチダ、早馬(グリフォン)を飛ばせ。リュウトと合流して、情報の擦り合わせを」


「では、情報が合致していれば……」


「ああ、フォートナスへ向かえと。その後の判断は、リュウトに一任すると伝えてくれ」


「解りました」


 マチダは場に頭を下げると、早馬(グリフォン)の手配へと部屋を出て行った。

 僅かにだが、応接室から緊張の空気が薄れる。


「しかし、お前が居るとはな、エンデマン」


 ヒムロはそう言って、本日何度目かの苦笑いを浮かべた。


「まあ、自分自身の運命だと言っても、数奇な巡り合わせだと思います」


 言われエンデマンは、どこか自嘲気味な笑みで答える。


「立場としては、どういった立ち位置なんだ?」


 ヒムロの素直な問いかけに、エンデマンの肩は一瞬ビクリと震える。そして……


「……商会長の奴隷、と言う立場になります」


 絞り出すように自身の立場を語った。

 その事に対し、ヒムロは何の感情も見せず


「……そうか。これも姫様の?」


 エンデマンに対し返事を返し、僅かに明るくサージに問いかけた。

 問われたサージは、これまた何度目かの苦笑いを浮かべると


「ええ、シャルロット様の入知恵だと聞き及んでおります」


 まるで告げ口をするかのように、真実を暴露する。


「全く、あの姫様は」


 解りきっていたとはいえ、真実を告げられヒムロは天井を仰いだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ヒムロ達の会談が終了して半日程後


「それで、レイジ達の話はどうなったんだ?」


 ロックフェル地方南方の地で、マチダの代理として派遣されたギルド職員とタムラ達は合流を果たしていた。


「はい。奴らの根城は、恐らくフォートナスとの事です」


 ギルド職員は、礼節を持ってタムラの言葉に回答を示す。


「フォートナスだぁ! どこだそれ!」


「アニキ。フォートナスは、ここから南に行った所ですわ」


 荒っぽい言葉で疑問を口にするタムラに対し、僅かにでも地理感のあるナカジマが耳打ちする。


「南かぁ。仕入れた情報と合致するなぁ」


 タムラ達は目立たぬよう注意を注ぎながら、ロックフェル地方で聞き込みを開始していた。

 道中の村々で、仕入れた情報の示す先は南。

 そして、マチダからもたらされた情報も同じく南。

 タムラはニヤリと悪党の笑みを浮かべ


「それじゃあ、俺達の流儀で行くとしますか」


 これから起こる野蛮極まりない捕物を、タムラは日常の一つの様に宣言するのだった。



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