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新たな師弟

 旧ロックフェル伯爵邸の庭先へと、漆黒の馬車が一台車軸を鳴らしながら滑り込んで行く。そして、車軸の軋みは徐々に小さくなり、馬のいななきと共に停車した。

 旧ロックフェル伯爵邸、現ロックフェル邸の玄関先で待っていた執事長ハロルドが静かに馬車の扉を開ける。


「お疲れ様でした」


 ハロルドは、車内へ向け労いの言葉をかけた。


「こちらこそ、こんな夜分に申し訳ありません」


 車内から姿を現した人物、背が高く凛々しい表情をした男、ヒムロである。


「いいえ、お呼びしたのはこちらですので」


 ハロルドは暗に返礼無用とヒムロに告げる。

 そして、同時に自身の主が待っている事を伝えた。


「そうですか。では……」


「はい。すぐにでも話し合いを、と」


 言葉と共に、ハロルドは一歩前に出て、ヒムロを屋敷へといざなう。

 ハロルドの行動に、ヒムロは黙って一度頷くと後ろに控えるツムラに言葉をかける。


「もう良いぞ。今日はご苦労だったな、帰ってナカジマに報告しておいてくれ」


「わかりました! (かしら)、失礼します!」


 ヒムロの言葉を受け取り、ツムラは腰を折り返事を返す。頭を下げたその姿勢は、ヒムロが屋敷の扉をくぐるまで続いたのだった。





 ヒムロが通された場所は、サビーナが居た応接室では無く、ロックフェル老の書斎であった。


「遠路遥々すまんのう。こういう事は、儂よりもお主の方が専門かと思うてな」


 ロックフェル老は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながらヒムロを出迎える。

 ロックフェル老の創る笑顔に、ヒムロは早々と来た事を少し後悔した。それほどに、悪意ある笑顔だった。

 そんなヒムロの気持ちなど露にも介さず、ロックフェル老は話を進める。


「話の大まかな概要は聞いておるじゃろうが、今一度儂の口から伝えよう。それを聞いて思う事を聞かせて欲しい」


 ヒムロは、ロックフェル老の言葉に頷く事で返事とした。


「事の始まりは、半年程になるそうじゃ──」


 ロックフェル老の語る事件のあらましはこうである。



 サビーナの娘が嫁いだ先は、森に囲まれた中規模の集落で宿屋を営む家である。

 その宿屋は、三代続く古い宿で、過去に何度か改修工事が行われてはいたが、最後に改修が行われてから随分と立つらしい。

 当然店としても老朽化が進み、新たに改修工事に踏み切る決心をしたとの事。

 だが、工事をすると言っても先立つ物がなければ始まらない。しかし、田舎の宿屋にすぐに出せる金など有る訳が無かった。

 ならばどうするか? 答えは単純、しかるべき所から借り入れるである。

 宿屋の主人、サビーナの娘の夫は、集落にある商業ギルドを訪ね融資を頼み込んだ。だが、宿屋が田舎の宿屋なら、商業ギルドとて田舎の商業ギルド。すぐには返事が出来ないと帰されたそうだ。

 そんな事があってから三日後、宿に三人の男が訪ねてきたと言う。

 一人はカーディナル商業ギルドのギルド職員。そして、後の二人は旅の警護の者だと名乗ったと言う。

 彼らの目的は、中央から離れた集落に出向き、融資などの相談を受け付ける事だと語ったらしい。

 だが、当然の事ながらそう簡単に信じる者は居ない。宿屋の主人もそうであった。

 そうである事を見越してか、ギルド職員と名乗った男は、職員しか持っていない木札を見せたと言う。

 これは、カーディナルの商業ギルドで厳重に管理された一品物の焼き印によって作られる物。木札を所持するイコール、正規のギルド職員となる物だ。

 こうなっては、主人も信じざるを得ない。

 契約は速やかに結実され、数日の後三百万スイールが宿屋に届けられた。

 ここまでは良かった。だが、問題はここからである。


 今から一月前、ガラの悪い連中が宿屋に押しかけて来て、返済を迫ったと言うのである。

 その手には、自分が署名したあの借用証書。

 だが、一つだけ違う部分があった。

 それは金額。

 以前主人が確認した際、確かに借金額は三百万スイールであった。

 しかし、その証書に書かれていた金額は、三億スイール。

 目を疑う主人に対し、ガラの悪い連中は即座の返金を要求。返金出来なければ、宿屋の土地建物を明け渡せと言う事。

 何とか返済を一月待ってもらう交渉に成功したが、支払い期日はもうそこまで来ていると言う。

 これが今回の事件の全貌である。



「どう思う、青年?」


 ロックフェル老は顎髭を撫でながらヒムロに問う。

 ヒムロは、青年と呼ばれた事に苦笑いを浮かべながらも、自身の感じた疑問点をロックフェル老へと開示する。


「今の話で、俺の疑問は二点ですね」


「……ほう」


 ヒムロの言葉に、ロックフェル老は感心したかの様な相槌を打つ。


「一つ目は当然、金額の齟齬ですね」


「ふむ」


 まず、最初の引っ掛かり。

 これは誰にでも解る事である。

 それだからロックフェル老の相槌も淡白な物であった。

 問題は二つ目。

 ヒムロの引っ掛かりはどう言う物なのか?


「二つ目として、ギルド職員とガラの悪い奴らの繋がりですね」


「んん? ギルド職員がどう言う奴か、では無いのか?」


 ロックフェル老が口にした言葉に対し、ヒムロは僅かに微笑むと


「そんな事をしていれば、俺の耳に入って来ていますよ。なにせ、カーディナルの商業ギルドを仕切っているのは、俺の兄弟分ですから」


「つまりは、真っ赤な偽物なのは明白じゃと?」


 ロックフェル老の確認する様な言葉に、ヒムロは静かに頷いた。当然であると。


「ですが、確認しなければいけないのは、男が持っていた木札の事ですよね」


「そうさのぉ……しかし、どう確認するか?」


 ヒムロの言葉に、ロックフェル老は思い悩むように言葉を紡ぐ。

 しかし、一方のヒムロはどこか余裕を感じさせた。


「ウチのマチダ。商業ギルドのトップから聞いたのですが、そんな裏組織に詳しい人物がこの地に居るそうなんですよ」


「なんじゃと!」


 突然のヒムロの言葉に、ロックフェル老は珍しく驚きを顕にする。


「ですので、明日の朝、会って来ようと思います」


「左様か。しかしの青年、事は素早く解決せねばならぬぞ」


 突然ロックフェル老の口からもたらされた時間制限。

 そんな事はヒムロも解っている。融資の期日までに事を終わらせなければ、全てが無駄となるのだから。

 だが、ロックフェル老が言う時間制限、それはヒムロが思っていた事とは全く違う物であった。


「青年、お主が何を考えておるかは解っているつもりじゃ。だがな、儂が言う時間制限は全く別物じゃぞ」


「別物、ですか?」


 首を傾げるヒムロを、ロックフェル老はこれまでに無く真剣な瞳で見つめ


「シャル坊が、法国から帰って来るまでに終わらせねばならんと言う事じゃ」


「! ……そう、ですね」


 ロックフェル老の言葉に、ヒムロは目の覚める思いで答える。


「一商会がしでかした事件で、あの結末じゃ。ほんに悪意ある者達相手じゃと、あ奴手加減などせんぞ。それこそ、ぺんぺん草も生えんほど更地になる結末しか想像出来ん」


 ロックフェル老は、どこか疲れた様に言葉を綴る。

 しかし、ヒムロはこの言葉を黙って受け止めた。

 その行動が気になったのか、ロックフェル老は首を傾げる。


「どうした、青年?」


 それと同時に、ロックフェル老は問いかける。


「その、罪を犯した連中の事ですが……」


「うむ。彼奴ら(きゃつら)がどうした?」


 一度は言葉を発したヒムロだが、その口はためらう様に再び瞑られる。


「どうした?」


 そのしぐさを心配するかの様に、ロックフェル老は再び問いかけた。

 催促とも取れるロックフェル老の言葉に、ヒムロは渋々口を開く。


「その悪さをしている奴らの事なんですけど…………簡単に始末して良いのかどうなのか」


 意を決したヒムロの口から洩れた言葉は、どこか煮え切らない物であった。どこか曖昧な、どこか煮え切らない様な、どこか迷いを含んだ、そんな言葉。


「悩んでおるのか?」


 核心を突く様なロックフェル老の言葉に、ヒムロは返す言葉を失う。


「悩んでいると言いますか…………」


 言い淀むヒムロに、ロックフェル老は溜息と共に言葉を贈る。


「お主はシャル坊の代理じゃ。今、権限は全てお主にある。言うてみよ、老人にしか出来ぬ助言もあろうて」


 好好爺然としたロックフェル老の姿に、ヒムロは若干の苦笑いを浮かべた。それと同時に、腹の内を話す決断を下す。


「彼らを排除する、それは良いと思うんですよ。姫様も、きっと同じ決断を下したでしょうし」


「ふむ。しかし、お主はそれが不満なんじゃろう? と言うよりも、続きがあるのじゃろ?」


 見透かす様なロックフェル老の言葉に、ヒムロは敵わないとばかりに柔らかな笑みを漏らした。



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