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もたらされた悲報

 冬の足音がもうそこまで近づいている頃、クリスタニア王国旧ロックフェル伯爵領、現カーディナル子爵領ロックフェル地方。その中心にある旧ロックフェル伯爵邸の玄関扉をノックする影があった。

 ノッカーは二度打ち付けられ、同様に二度重い音を響かせる。

 その音に反応し、玄関扉は重い口をゆっくりと開いて行った。


「おや? お久しぶりですな。本日は何用で?」


 扉の向こう側で、そんな呑気な言葉を口にするのは、ロックフェル邸の執事長ハロルド。

 来訪者は、人の良さそうなハロルドの皺の刻まれた顔を懐かしむように見つめながら


「お恥ずかしい話、伯爵様に少しご相談がありまして……」


 どこか言葉を濁す様に、来訪の理由を語る。

 この来訪者、名をサビーナと言う。六十代前半の女性で、以前はロックフェル邸でメイド長を務めていた人物である。

 ロックフェルのカーディナル併呑と同時に、ロックフェル伯爵の爵位返上に伴い行われたロックフェル邸の人員縮小。それに伴いサビーナは、円満退職し自身の娘の嫁ぎ先近辺で隠居を決め込んでいたはずである。それが何故? ハロルドは笑顔を浮かべながら、心中では首を傾げるのであった。

 胸の内でそう思いながらも、ハロルドはすぐに思考を切り替える。

 自分は執事。面倒事は仕事の範疇外なのだ。では、執事として取るべき行動とは?


「遠い所良く御出で下さいました。ロックフェル老も、さぞや喜ばれると思いますよ」


 来訪者を迎え入れる事に全力を尽くすのみである。


 屋敷の応接室へと通されたサビーナ。

 その前には、この家の家長の妻、シルキー(家妖精)であるヘンリエッタ自らが淹れたハーブティーが湯気を立てていた。

 緊張からか、少しずつ喉を潤すサビーナ。そして、ハーブティーが熱を無くす頃御目当ての人物が顔を出した。


「すまんの、サビーナ。息災であったか?」


 声を掛けられ、慌てて立ち上がり腰を折るサビーナ。


「これは伯爵様、御時間を取って頂き申し訳ありません」


 サビーナの行動を見、ロックフェル老は右手を上げ気にする事は無いと告げる。そして、サビーナと向かい合う様にソファーへと腰を下ろす。


「さて、お主の移住した土地は、かなり南の方であったと記憶しておるのだが、本日は一体どの様な要件なのじゃ? はるばる儂のところへやって来たと言う事は、決して楽しい話では無いのであろう?」


 ロックフェル老は、眼光鋭くサビーナを見つめる。

 ロックフェル老の、その問い詰めるような態度を叱る様に、背後から鈴の音の様な声が聞こえた。


「旦那様、その様に脅す物ではありませんよ。サビーナも怯えてしまいます」


 そう言うとヘンリエッタは、流れる様な手際でハーブティーを新しい物に替えて行く。

 サビーナのカップには新たなお茶を注ぎ直し、ロックフェル老の前に新たに二つのティーカップを置く。素早く仕事を終え、ヘンリエッタはロックフェル老の隣に腰かけた。


「サビーナ、あなたは旦那様に長年尽くしてくれた家族同然の方。何も遠慮はいりませんよ」


 ヘンリエッタはサビーナを気遣い、優しく話す様に促した。

 この言葉で少し気が楽になったのか、サビーナは静かに事の始まりを語り出す。


 最初はやや気軽な気持ちで話を聞いていたロックフェル夫妻だが、サビーナの話が核心に触れて行くにつれ、その表情は硬く苦い物へと変化して行った。


「ふむ、話は分かった。しかし……簡単には解決出来るかどうか──」


 話を聞き終え、ロックフェル老は言葉を濁す様に口を開いた。


「難しいでしょうか?」


 最後の希望にすがる様に、サビーナはロックフェル老を見つめる。

 その視線を真っ向から受ける形となったロックフェル老は、一つの方向性を探ろうと執事長のハロルドを呼び出す。


「ハロルド、参りました」


 丁寧に腰を折りながら、ハロルドは挨拶の言葉を口にする。

 ロックフェル老は、ハロルドの言葉が終わるのを待ち、さらに一泊置いてからハロルドへの用を言葉にした。


「ハロルド。あの鼻たれ小僧を呼んで来てはくれまいか?」


 ロックフェル老の言う鼻たれ小僧、ハロルドは最初その意味が理解出来なかったが、すぐにその言葉が誰を指す物か思い当たる。


「しばしのお待ちを。すぐにナカジマ殿をお連れ致します」


 ハロルドはそう言うと、再び腰を折り退室して行った。


「今は儂よりも頼りになりそうなヤツらがおる。まずは、そやつらとの話し合いじゃな」


 ロックフェル老は、顎髭を撫でながらサビーナを落ち着かせようと言葉を綴った。


 時間にして約三十分、その鼻たれ小僧が姿を現す。


「お呼びとの事で、ナカジマ参りました。ところでロックフェル老、何の用でっしゃろか?」


 正しく礼を持って腰を折るナカジマだが、その後に続く言葉はどこか不躾な物であった。

 だが、そんなナカジマの態度にロックフェル老は憤慨すること無く着席を進める。


「ふむ。鼻たれ小僧、とりあえずお主を呼んだ訳だが、実際に用があるのはお主では無いぞ」


 サビーナの横に腰かけたナカジマは、ロックフェル老の言葉に空いた口が塞がらない思いであった。

 何せ、緊急の要件があるからと呼び出されてみれば、この扱いなのだから。

 そんなナカジマの思いなど微塵もくみ取ること無く、ロックフェル老はまずは話を聞けと言い聞かせる。


「まあ、そんなに不貞腐れる出ないわ。用があるのはお主では無いが、まったく関係が無いかと言えば嘘になるでのぅ」


 ロックフェル老は、顎髭を撫でながら慰めの言葉を投げかける。まあ、全く慰めの言葉にはなっていないのがこの老人らしいのだが。


「なるほど。しかし、妙な話ですな」


 ロックフェル老から、サビーナの相談事を聞いたナカジマの第一声がこれだった。


「ふむ。儂も同意見じゃ。だが、儂は元軍師でな、事軍事には強ようても、この様な民事にはちと疎くてのう」


「はあ、それでわしらに?」


「お主と言うか、弟子二号にじゃよ」


「ああ、ヒムロの(かしら)に」


 ナカジマは言葉を重ね、やっと自分が何故この場に呼ばれたのかを理解した。

 つまり、ロックフェル老はナカジマにヒムロとの繋ぎを要請したのだ。


「わかりました。昼一で下の者に早馬で向かわせます」





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「成程な。それならレイジが適任だわな」


 ロックフェル老とナカジマが会合した日、その夕刻にはナカジマの昔からの舎弟、ツムラがマンティコア隊の詰所に顔を出していた。そして、そのツムラから話を聞いたタムラの第一声が先ほどの言葉である。

 それと同時に、場の全員の目がヒムロへと向けられた。

 しかし、ヒムロの表情は、どこか浮かない物である。


(かしら)、一体どうしたんで?」


 心配したのか、クマちゃんことサイトウが声をかけた。


「いや、話は分かったんだが…………どうやって騙したのか、とな。仮にも宿屋の主人をしている人物だ、文字の読み書きは出来るのだろう?」


 ヒムロは表情を引き締めながらツムラに問いかける。


「は、はい! そう聞いてます」


 急に話を振られ、ツムラはどもりながら返事を返した。


「なら、どうやって──」


「オイ! レイジよぉ、此処で悩んでたって仕方が寝無えじゃねえか。そこん所は、本人に聞くしかねぇだろう? 違うか?」


 どこか煮え切らないヒムロに、タムラが言葉をかけた。

 その声を聞き、ヒムロはその重い腰を上げる。


「確かにリュウトの言う通りだな。こっちの事、任せて良いか?」


「大丈夫だよ、心配すんな」


 ヒムロの確認するような言葉に、タムラは気持ち良く返事を返した。

 その言葉に、ヒムロは僅かに微笑むと


「心配はしてねぇよ。ツムラ、案内を頼む」


 その視線を目の前の事象へと向けた。

 シャルロット不在のカーディナルで起こった事件、その解決へと一歩が踏み出された。


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